23アイシャの帰還
遅くなった上に短いです。
申し訳ありません。
船上で手を振るアイシャを見えなくなるまで見送ったメリーはしばらく水平線を睨んでいたが、やがて諦めたように場所に戻った。
「それでは南の離宮に戻ります」
ゲラルドの言葉に上の空で頷きながら、メリーはアイシャと昨日のベッカー司祭の言葉を思い出していた。
まさかエッカルト司祭が行方不明とは…もし何も考えずに大聖堂に駆け込んでいたら、彼女は身の証を立てる術などなかったわけだ。
もちろんそれだけではない。
この事を何とかレオンに知らせる手は無いのだろうか?
彼のような司祭が3月ぐらい帝都を留守にするのは珍しくないだろうが…。
エッカルト司祭が従事してた職務というのが何だったかは結局教えてもらえなかったのだが、行方不明だと言うのだから教会としても不測の事態だろう。
それに彼が窮地に陥ってるのだとしたら、それはクベール家にとってもひと事ではないはずだ。
だがアイシャに預けた手紙にその事を付け加えるのは躊躇われた。
詳しいことは何もわかっていないのだ。
自分のうかつな一言でレオンにいらない心配を与えたくない。
とはいえまったく知らせないのも義理を欠く気がしてメリーは悩んでいた。
幸いベッカー司祭が今後も手紙を届けてくれると請け負ってくれたので、考える時間はできた。
だがメリヴィエが考え事に没頭できたのはそこまでだった。
道半ばで馬車が止まると、おずおずと馬車のドアをノックする音が聞こえた。
「メリヴィエ様、離宮より知らせが来ました」
アイシャの代わりに付けられた侍女がそっと馬車のドアを開くと、その隙間から見えたゲラルドの顔は申し訳なさそうだった。
「南の離宮にオルスペクト家のご党首が見えられているそうです。
どうなさいますか?」
「帰りたくない…と私が言った場合どうなるのかしら?」
「私が困ります」
メリーは声を出して笑った。
「つまり私にとってその知らせは、覚悟を決めておけって意味でしかないのね」
「申し訳ありません…」
「いいわ、仕方ないもの。
そう何度も殿下を呼びつけるわけにもいかないでしょうしね。
それに私を王宮に連れて行く許可も出ていないのでしょう?」
「そうですね。
ですがそれは許可が必要というわけではなく、メリヴィエ様を貴族達に目立たぬように陛下のおん前までお連れする手はずが整っていないという事です」
「そんなに私を貴族の前に出したくないの?」
「私はよくわかりませんが…殿下はメリヴィエ様を貴族達の、できれば皇族方の前にもさらしたくないようです。
それは皇太子殿下も陛下も同じ考えだそうで…けっしてメリヴィエ様を軽んじているわけでは…」
「あなた達を護衛に付けてくれるという事で、殿下がどれほど私を厚遇してくれているかって事はわかってるつもりよ」
メリーはゲラルドと、侍女として付けられたミヒャエラを交互に見つめながら言った。
ミヒャエラはその言葉を聞いて驚いていたようだが、ゲラルドはただ一礼して馬車のドアを閉めた。
それにしてもまたあの傍若無人に会わねばならないと考えると気が重くなる事は確かにあった。
だがアイシャを帰すために骨を追ってくれたヴォルフガングにこれ以上甘えるのも考え物だし、何より今彼はその後始末に奔走しているのだ。
これ以上手を煩わしてはいけないと思った。
それに彼がもっとも信頼してくれている護衛を預けられているのだ。
これは自分で何とかする案件だろう。
そう考えてメリーは自分を納得させていたが、それ以上にヴォルフガングにこれ以上借りを作ることを恐れていたのだ。
勝気な彼女は二人の関係を片方によった歪なかたちにはしたくなかった。
アイシャと別れた寂しさもあっただろう、彼女はまた暴走ぎみに前に進もうとしていたのだ。
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
ミヒャエラは代員伯爵家の三女として生を受けた。
貴族家の娘といえば当然政略結婚の道具で、それも強い魔力を持っているほうが価値が高いとみなされる。
血筋に明確に力が現れるこの世界では、その力が色濃く出現するほど血が濃いとも見られるのだ。
そういった意味でミヒャエラは家にとって惜しくない存在、魔術の才能が無い身として生まれてきたのだ。
コースフェルト代員伯爵家の血筋はそう魔力の強いものではなかったし、希少属性でもなかったが、それでも魔力を持つ持たないは大きな待遇格差を彼女へ課した。
ゆえに彼女はろくに教育も受けさせてもらえず、半ば放置された少女時代をすごした。
彼女の遊び場は近所の森で、遊び相手は動物や屋敷を警護する兵士達だった。
彼女はそこで基礎体力をつけ、兵士達から剣を学んだ。
帝国で兵士の装備といえば槍と小剣だ。
さすがにご令嬢に槍を教えるのは抵抗あったのか、彼らはミヒャエラに小剣と短剣の扱いを教えてくれた。
やがて彼女は成人し、真剣に身の振り方を考える必要に迫られた。
とはいえ彼女のような立場の娘に選べる進路はひとつしかなかった。
幸い彼女の生家は上級貴族の端くれで、王宮とは言えないまでも帝都の王族関連施設へ勤める資格があったのは幸いだっただろう。
毎年数十名が就職し、同じく数十名が結婚のためにやめていく行儀見習いという建前の仕事だが、実際はスパイのようなもので、彼女も王族の動向を見聞きしたら実家に知らせるように言い含められていた。
ただミヒャエラがほかの娘と違うのは、実家に恩義も感じていなければ期待もしていなかったという所だろう。
執事やメイド長の度重なるテストの結果、ミヒャエラは信用にたるというお墨付きをもらった。
何のことはない、侍女たち個別においしそうな餌をにおわせそれを実家に知らせたか見張っていただけのこと。
だがそんな他愛のないことで彼女の待遇は大きく変わった。
王族つきの仕事は給金も待遇もそれまでとは段違いだったのだ。
それは生きることにある意味無頓着だった彼女の認識を大きく変えることになる。
彼女は森を駆け回る以上のやりがいをはじめて感じたのだ。
そのやりがいの中に、少なくない皇子…いや皇孫に対する思慕の情も含まれていることに彼女はまだ気がついてはいなかったが。
彼女は目の前に座る少女を見つめた。
世界の西の果ての貴族の出だという彼女は、ミヒャエラにはそう奇異なものとは見えなかった。
確かに帝国貴族としてはありえない言動が目立つが、商家のおてんば程度ならあんなものだろうし、西の果ての辺境なら貴族もその程度なのではないか?…と
コースフェルト家の領地もはっきり言えば随分な田舎にある。
そんな田舎育ちの彼女の感覚ではメリーはそう型破りにも見えなかった。
もっともどちらが田舎といえば、半島有数の都市であるヴェンヌの方がはるかに都会なのだが。
とにかく彼女は比較的冷静にメリーと接することができた。
田舎育ちで亜人などの予備知識がないことも幸いした。
猫耳娘を侍女にしていることに眉をひそめる存在は離宮内でも少なくなかったのだ。
だからはじめはメリーたちと離宮の使用人との連絡係。
そして今は帰郷したアイシャの代わりにメリー付の侍女の仕事を割り振られたのだ。
代員伯爵家の庶子が侯爵家の令嬢の侍女ならありえない話ではない。
彼女はメリー付になる前に、この仕事が長い事になる可能性も示唆されていた。
そのため今は自分の主人?との距離感を量ろうとしていた。
「あなたも大変ね」
突然話しかけられてミヒャエラは目をしばたかせた。
「わたし(付の)の侍女なんて誰もやりたがらなかったでしょう?」
「い、いえあの…」
はいそうですとも答えられず、あいまいな笑顔でごまかすしかなかった。
「いいのよ、私は帝国ではおかしな存在って自覚はあるわ。
というか…王国でも浮いていたわね」
ミヒャエラはこの貴族令嬢が自分を気遣って話題を振ってくれているのに気が付いた。
貴族の中にも使用人を気遣うものも気にしないものもいる。
少しでも使用人を振り返ってみてくれる主人は当たりだといえた。
あの娘がかいがいしく公爵令嬢に仕えていたのも納得というものだ。
「お気遣いありがとうございます…ですが私は帝国でも辺境の出身です。
やはり帝都の考えに馴染んでるとは言いがたいですので…」
「へぇ…ねえ、ミヒャエラの故郷ってどんなところ?
私もヴェンヌの事教えるから、ミヒャエラの故郷の話聞きたいわ」
そういわれても正直困るところだ。
彼女は自分の故郷には何にもないと思っているのだから。
だがメリーにそういわれたら話さないわけにはいかないし、正直メリーの話すヴェンヌの話にも興味があった。
遠い異国の話など早々聞けるものではないのだから。
「つまらない田舎町です…北の山裾に広がる農地しかないところです。
シフォノヴォーリンという盆地に作られた町なので、いつも水害に苦しめられてました…」
南の離宮はすぐそこだ。
短い時間なら…とミヒャエラは話し始めた。
※この時代ヴェンヌの人口は衛星都市(オディーヌ、ラピン他)含め10万に届こうとしているところ。
一方ブラムシュテルンは中央部だけで60万人、衛星都市含める110万人を超える。
コースフェルト代員伯爵家の領地シフォノヴォーリンは3千人ほどなので、そこそこの都市という感じになります。
文明レベル的にありえない数字かも知れませんが、この手の設定は盛って何ぼだと考えていますので。
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「あの侍女を帰してしまって本当によろしかったのですか?」
アンゼルムの疑問に対し、ヴォルフガングは書類にサインする手を止めてしばし考え込んだ。
この時代まだ地方では羊皮紙が多く使われているが、皇宮で使われるのはきめ細かいパルプ紙だ。
とは言うものの漂白技術は未発達なので、その色は薄茶色である。
それにきめが細かいとは言うものの、ペン先を紙の上におきっぱなしにするとすぐ滲んでしまう。
ヴォルフガングは考えをまとめる時間を作るかのように、ペンをゆっくりペン置きに寝かせるとそのまま右手を顎に持っていった。
「正直まだあれでよかったのかと考えることはある」
「それでは…」
「とは言うがもう手遅れなのは事実、今はそれをクベール家との交渉材料にするべきだ」
アンゼルムはやれやれといった感じで首を振った。
こんな態度の主は見たことがなかった。
「殿下は彼女に甘すぎるのではないですか?」
「惚れた弱みだ…仕方あるまい」
「殿下!」
「ふっ、いまさら誤魔化しはせんよ。
だが私も何も考えないでメリヴィエ嬢に甘くしてるわけではないぞ?
彼女と円満な婚姻を結ぶことは帝国の将来のためでもある…たとえ私が皇太子になれずとも…だ」
ヴォルフガングは照れ隠しかアンゼルムから目をそらし、窓の外を眺めた。
ヴォルフガングの執務室は王宮の南側に位置し、窓の外は港まで見通せた。
「そのために彼女を送って言った司祭には、お腹の子供の父について我々が気づいてる事を臭わせてある」
「本当に主筋の子供でしょうか?」
「確信はないがメリヴィエ嬢の態度を見るとな…。
当代か次代のどちらの手つきかまでは伺い知れんが」
お腹の子供が重要な立場でないのなら、メリーはアイシャ1人を無理に先に帰そうとはしなかっただろう。
それにあれだけ献身的にメリヴィエに付き従っていたアイシャがどんな説得をすれば1人で帰ることを納得するというのだ。
だがもしお腹の子供がクベール家の血筋だったら納得できる。
もし帝都で出産した場合、それが男子であったら取り返しが付かない事になるだろう。
彼を推してクベール家の継承問題に首を突っ込む事すらできるようになる。
女子であっても利用価値は高いが、まあその場合はメリーには価値は劣る可能性がたかい。
「次期当主であるウィルレインの子であったら完璧すぎますね。
その場合だったら流石に返してしまった事は問題になるのでは?」
「そう上手く行かんよ。
私が当主だったら頑として血筋を認めないからな。
だから子供が生まれても父親が没するまで表立って動けない。
それならば帰して恩を売るべきだ…父上にはそう主張した」
死んでしまえば肯定も否定もできない。
言いがかりを付けることのできる事柄さえあればいいのだから。
特に今回は母体が猫耳娘だ。
当人に否定されたら言いがかりとしても苦しくなるだろう。
なんといっても普通は人間と亜人では子ができないと言われているのだ。
ただ稀にハーフが生まれることは一部では知られているし、生きた証拠が昨日まで帝都に居たのだ。
「下種な話になるが、抵抗がなければあれほど都合のいい愛妾はいないだろ…」
ヴォルフガングはそこまで話して、アンゼルムのなんとも言えない視線に気が付いた。
どうもいたたまれない空気が執務室に広がる。
「そんな目で見るな…私にその気はないよ」
ベルン=ラース西部ではそうでもなかったが、帝国人の感覚だと動物と愛し合うことと大差は無い。
相手の居ない辺境の賤民ならいざ知らず。
誇りの高い帝都の住民がまさか動物相手に盛るなど、どんな醜聞に取られるかわからない。
「クベール家はその…合いの子をどうするのでしょうね?」
「向こうの風習や考え方を知らんから想像もつかんな。
ただ亜人との融和政策を取っているなら都合はいいだろう。
嫡子じゃないから跡継ぎにと求められることは無いだろうし、そこそこの地位を与えて母子ともども大事にすれば自然と亜人の支持は集まるだろう。
女子の場合だったら…これは扱いが難しいな。
それこそ半島の風習や考え方を知らなければ想像の仕様もないな。
まさか彼女に聞くわけにもいかんし」
現状ではまだ牙人や角人は人間の恋愛対象にはなっていないが、ハーフまたはクォーターとなれば話は別だろう。
亜人の血が1/4となればほとんど人間と変わらない。
多少の抵抗があろうとも、侯爵家の血筋を引いていれば娶るメリットがはるかに勝る。
第一結婚は政治、恋愛は別という世界である。
ヴォルフガングもメリーに利用価値が無かったら、どんなに惚れてたとしても結婚しようとは考えなかっただろう。
恋愛と結婚を混同するなどということはそれだけで貴族家の自覚が足りないと軽蔑される原因にもなる。
「まあ多かれ少なかれ毒にも薬にもなるのだ。
それよりも帰して恩を着せる方がメリットは少ないもののデメリットはない。
そう判断した…子供が女の子だったら後悔するだろうがな」
「魔術師の血筋としては魅力的ですな」
「そうだ、魔術師の血筋を尊重するのは帝国もベルン=ラースも同じだが、全体的な質としては劣っていると見ている。
皇族こそ強力な魔術師がしばしば生まれているが、メリヴィエ嬢を見ていると自身がゆらぐよ。
名声どおり彼女が半島一の魔術師だったとしてもだ、亡き彼女の姉は彼女を凌いでいたのだろう?
それに彼の兄もな…クラウゼヴェッツ家は頑として認めないと思うが、クベール家以上の雷撃使いは世界に二つとないだろうな」
ヴォルフガングはエデルトルードを思い出し、忌々しそうに顔をしかめた。
帝国一の雷魔術使いを自負するあの公爵令嬢は、魔術師じゃないという理由だけで多くの優秀な人材を散逸させているという。
帝国は魔術師だけで回らないという事をできない愚かな女だ。
その魔術すらヴォルフガングから見たら、生まれ持った資質である魔力の高さに任せてぶん回すだけにしか見えない。
たとえ彼女がその実力を隠しているにせよ、血筋や侯爵家という背景込みでも魅力を感じなかった。
だがそれは口実だとヴォルフガングは自覚する。
自分はただ彼女が大嫌いなだけだという事を。
「殿下?…クラウゼヴェッツ侯爵令嬢を思い出していたのですか?」
「うん?…顔に出てたか?」
「はい、それはもう…機嫌の悪そうな顔で」
「いかんな、考えが顔に出てしまうようではまだまだだ」
そう言いながらもヴォルフガングは苦笑いを浮かべつつ話を打ち切った。
まあ気分転換にはなったな…と、気を回してくれたアンゼルムに感謝していた。
彼は実務能力のみならぬこういう細かな気配りが上手い。
まだ己が未熟だと痛感しているヴォルフガングにとってアンゼルムは手放せない側近といえた。
そう、たとえ彼が魔術師としての才能を持っていなくても、かけがえの無い人材であることに代わりないのだ。
ヴォルフガングは自分が寛大でないと自覚している。
無能は容赦なく切るし、情に訴えかけるだけの上進は無視する。
だが彼の才能へ対しての視野は広く、自分にとって役に立つ人材を目ざとく見つけ、彼らを厚く遇するのも怠らない。
アンゼルムやゲラルド達だけではない、南の離宮のメンバー達もその中に入る。
だからこそ彼は多くの臣下の指示を勝ち得ているのだが、もちろんヴォルフガングに認められなかったり切り捨てられた人は彼を恨んだ。
父や祖父であれば無用な人間も何かしら利用しようとできただろうが、ヴォルフガングはやはりまだ若かった。
若さゆえの潔癖さが、特に魔術しか能がない系の貴族連中を特に嫌ったのだから。
彼の知らないところでヴォルフガング包囲網が完成しつつあったことを、このときの彼は予測できなかった。
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「ずいぶんと待たせるものだな」
「あら、それが先触れもなしに突然押しかけた人の言い草かしら?」
3人がけのソファーを1人で占領していたカールハインツはメリーの返しに眉を寄せた。
「前にも言ったがここは皇族の所有の施設だ。
そこの私が出向くのに先触れなど必要ない」
「生憎私は、私達はその施設の一部ではありませんから…」
カールハインツは再び眉をしかめる事になった。
御付きの者が顔色を失っていたが、生憎彼らに気を使うような立場の人間はここには居なかった。
「大体どこに出かけていたのだ?お前に帝都の知り合いなど居まい」
「大聖堂へ…」
「大聖堂だと?はっ、神に祈りを捧げるようなタマか」
挑発のために発した言葉であったが、生憎それは空振りに終わった。
メリー自信昨日の件で、アインツィヒ教会に対する悪印象はほぼ無くなっていたのも幸いした。
「これでも私の姉はアインツェヒ教の聖女ですからね。
聖女の妹が大聖堂で礼拝を行うのに何のおかしな点があります?」
メリーの視界の隅で扉の脇に立つゲラルドの、肩がかすかにゆれているのが目に入った。
その意味するところを察してメリーは後で仕返しを決心した。
だがそれと同時に自分が少なからずゲラルドを気に入っていることを自覚もした。
協力して窮地を乗り切ったこともあるが、仕事人然とした彼の雰囲気が気に入ったのだろう。
やはりメリーはヴェンヌの持つ職人の、仕事人としての態度が好きなのだろう。
職人ではないものの、護衛として徹するゲラルドのその態度は、彼女に故郷の雰囲気を感じさせた。
「あいにく私は神の威を借りる教会など恐れぬぞ」
「教会を恐れないなどと公言するような人は、私も恐れるに足らないわね。
敵であろうと味方であろうとあそこまで膨れ上がった組織が目に入らないなんて節穴よ」
「こいつ…」
カールハインツとて決して教会を軽視しているわけではない。
だがその皇族としてのプライドの高さが、常に周囲を軽く見ているような軽口となってその口からあふれ出ていた。
今まではそれを理解する者もしていない者も、彼の揚げ足を取るなどという無礼をしようとはしなかっただけだ。
だがここに自分よりも上位の者に物怖じしないどころか、そういう者に対して積極的に喧嘩を売っていくスタイルのメリーが居た。
メリーが今まで反抗的でも無事だったのは、周りの者が守っていてくれたからなのだが、そんな環境がまた彼女の無鉄砲さを助長させていたのだろう。
怖いもの知らずというのはあまり褒められた性質ではない。
そんな貴族は長続きしないだろうし、すぐに足をすくわれて消えていくだろう。
だからこそ、長い貴族の歴史を誇る帝国では新鮮であった。
「まあいい…今日はお前に用があってきた」
カールハインツは口角を上げ、
その口から飛び出したのは爆弾発言だった。
「お前を故郷に返してやろう」




