17呪鉄刀
帝国の4皇家はレンツカグヤ、カルナリアス、オルスペクト、ジノルフンツの4家で、これに根絶させられたフルグタイル家がありました。
これは初代皇帝アンツブレト・シュットルードの5人の息子の名前をその血族がそれぞれ受け継いでいるという事になります。
「港に着いた様だけど、まだ私たちを下船てくれないのかしら?」
メリーは苛立ちを隠そうともせずに、男爵に言い放った。
数日ちょっと会話しただけで、この男は遠まわしな嫌味など意に介さないと知れたのだ。
こういう輩には言いたい事を直接ぶつけるに限る。
「そう急かさないでくれたまえ。
報せは接舷すると同時に出してあるよ、今は迎えの馬車を待っているところだ。
貴人をうろんな港町にそのまま下ろすわけにはいかんだろう?」
「あら、さすが帝国の…おそらくは皇室専用の港。
整然としているように見えるけど?」
アスペルマイヤーはうんざりした様にかぶりを振ると、甲板から港のほうを指差した。
「ほら来たぞ、まあこれで私とはお別れだ。
お互い清々する事になるだろうな」
彼の指差した先では8頭立ての立派な馬車が、威厳をたっぷり放ちながら港に入ってくる所だった。
だが男爵は眉をひそめた。
「妙だな?
いくら他国の貴族を迎えるためだといっても、あれではまるで皇族か上級貴族用の馬車ではないか?」
「あら?貴人を迎えるには丁度いい馬車ではなくて?」
そうは言ったもののメリーからしても大仰過ぎる馬車に見えた。
ベルン=ラースではあれほどの馬車は王族でも持っていまい。
やがて馬車は桟橋の根元まで到着すると、しばし間を置いてその大きな両開きの登場口を開けた。
「ささ、侯爵令嬢お待たせしてたいへん申し訳ありません」
この慇懃無礼が服を着たような人間の指示に従うのは癪だとメリーは思ったが、この土地では逃げることもママならないと思い素直にタラップを降りた。
「メリー様…」
「大丈夫よアイシャ、きっと悪いようにはされないわ」
一行が近づいたタイミングで馬車の中から現れたのは、派手ではないが高級そうな装いの一人の青年だった。
メリーは眉を寄せたが、それよりも彼の登場に驚いたのは男爵だった。
「ご苦労だったな男爵」
「で、殿下!
殿下御自らとはいったい?!」
メリーはアスペルマイヤーの慌てようと"殿下"の言葉から彼の正体を探ろうとした。
殿下というからには皇帝の息子と思われるが、たしかアルジヌア三世は70歳の高齢で、その息子の皇太子ウーツベルフも40歳を超えていたはず。
だがこの青年はどう見ても兄と同じくらいにしか見えない。
皇帝の息子でこのぐらいの歳の男子はいなかったはずだ。
「なに、それだけ西方からの客人を重視しているという事だよ。
それに半島一の魔術師と話したいこともあってな」
彼は爽やかにそう告げると、メリーに向き直った。
「随分お待たせしたようだなクベール侯爵令嬢。
お互いの自己紹介は馬車の中でさせてもらいたいので、急かすようで悪いがこちらにおいでいただこうか」
そういって伸ばされた青年の手には、ウィルの手で見慣れていたのと同じような剣術だこができていた。
メリーは数秒迷った後その手を取った。
「ああ、かまわんよ、彼女もこちらに乗せたまえ」
「しかし殿下、これは…」
アイシャをこれ呼ばわりした従卒にメリーが柳眉を逆立てたのを知ってか知らずか、青年は事も無げに言った。
「彼女も故郷からこんなに離れた土地では、身内と引き離されるのも辛いだろう。
私の権限で侍女の同席を認めるといっているのだが?」
あくまでもメリーに配慮するという形で言われては、従卒も強く言えない。
それが果たしてどういう意図であったのかは解らないが、メリーはこの青年に悪い印象は受けなかった。
馬車が走り出すまで黙って窓を眺めていたその青年が、まるで馬車の走る音に話し声を隠すかのように語り始めた。
「では自己紹介をさせていただこう。
私の名前はヴォルフガング・カルナリアス・シュットルード、皇太孫といった身分だな」
帝国には4つの皇家がある。
その中でもカルナリアス家はここ4代皇帝を輩出しているもっとも力の大きい家だ。
もちろん現皇帝アルジヌアⅢ世もカルナリアス家の本流で、現皇太子のウーツベルフ(即位した場合ウーツベルフⅡ世となる)も彼の長男だ。
皇太孫という事は皇太子ウーツベルフの息子という事だろうか?
「何か怪訝そうな顔をしてるな?…ああ、そうか、確かに帝国に皇太孫などという地位や制度はない。
だが私が次期皇太子というのはほぼ内定しているからな、面倒なのでそう名乗らせていただいたまでさ。
さて、私は自己紹介をしたのだけどな、レディ?」
「これはこれは失礼を」
"これは"は1回で充分なところをあえて繰り返した。
「私はクベール侯爵が次女、メリヴィエ・ウル・クベールと申しますわ」
「メリヴィエか…いい響きだな、詩的ですらある。
ようこそクベール侯爵令嬢、帝国へ、帝都ブラムシュテルンへ
この私の名を持って歓迎しよう」
ヴォルフガングの言葉はオーバーで、仕草はわざとらしく尊大だったが、不思議と嫌悪感は抱かなかった。
「さて自己紹介も早々に悪いが、君を半島一の魔術師と見込んで意見を聞きたいことがある」
ヴェルフガングは身を乗り出して切り出した。
声のトーンを落とし、馬車の走る音に隠れるかのように話すその様子に、メリーはただならぬものを感じた。
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
レオンの話を聞いたジキスムントの行動は素早かった。
どういうコネを使ったのか、二日後には帝都行きの快速船を手配してくれたのだ。
ただ一つ余計な条件が着いて来てしまったが…。
「何故私が亜人や坊主などと同行しなければならんのだ?」
上級子爵の命で、彼の息子が同行す事になったのだ。
表向きはオズワルドが帝都に出かけるためと言う口実で船を出すため仕方ないのだが、本人のオズワルドは最後までごねる事ていた。
とはいえ当主である父の命には逆らう事はできず、終始仏頂面で同道する事となる。
「最初に言っておくが、私は上級子爵家の嫡男のほかに騎士の位を賜っている。
だからいくら貴様が聖職者の立場を振りかざそうと、膝を折る謂れはないからな!」
王国において騎士とは職業軍人、正確に言えばその中でも士官~将官の事であり、社会的身分はあっても国から貴族として認められているものではない。
だが帝国においては騎士は下級の貴族として扱われる。
もちろん軍の士官としての側面はあるのだが、それもほぼ形骸化しており、19位階にも及ぶ帝国貴族の最初の1階として比較的気軽に叙爵される。
代員男爵以下の爵位は継承権を認められていない。
それどころか貴族院への参加も許されていないため、偽の爵位などと嘲けられる。
準男爵などは金でその位を買える為、それも仕方の無いといえる。
いっぽう騎士の位は貴族の子息などが箔付けのために求められる事が多い。
それが騎士から立身出世を夢見る若き兵士達への壁となってそそり立つ事になっているが、貴族たちは意に介す様子も無い。
むしろ平民が爵位を得ようだなどと身の程知らずだと笑っていた。
王国暦431年に対し、帝国暦は779年。
しかもベルン=ラース王国設立が王国暦43年なのに対して、シュットルード帝国は帝国暦元年以前にほぼ成立を果たしていた。
実質倍に及ぶこの月日の積み重ねが、複雑な社会情勢と淀んだ格差社会を作り上げていた。
「騎士って言ってみたいだが、この国の騎士ってヴェンヌのとは違うのか?」
「この国の騎士は軍人というより貴族なんだ」
まだアルト語が上手くないシルスはいつものようにラース語でレオンに話しかけたのだが、それもオズワルドには面白くない事だった。
「貴様等!私の前で堂々とラースで密談とはいい度胸だ!」
出航の準備を見守っていたノルベルトが苦笑しながら取り成してくれる。
「すまんオズワルド殿、レオン達の事よろしく頼む」
「ノルベルト様…くっ、貴様等!
ノルベルト様に言われたから帝都までは送ってやる!
だがその後は知らんからな!」
オズワルドにはほとんど魔術の才能は無い。
多少は風を起こせるらしいが、ちゃんと魔術を学んだ事もなければ、その才能を評価された事も無い。
これは風の属性が出やすい帝国西方貴族としては少々負い目に感じることで、彼が武術に傾倒したのにはきっとはそんな理由もあるのだろう。
そんなオズワルドを見ながら、レオンは無意識に腰の剣に手を重ねたいた。
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「レオン、出発前にお前に伝えておくことがある」
ジキスムントはディーターから取り返した専用の鞘に収められた呪鉄刀をテーブルの上に置いた。
その鞘は家宝の剣を収めるには驚くほど質素で地味であった。
「この剣を持っていきなさい」
「え?!これは上級伯爵家の家宝じゃないですか!」
「ああ、だから必ず返して欲しい。
だがお前が帝都に向かうなら、これはきっと必要になるはずだ」
「帝都にはいったい何があるんですか?」
「これがノルベルトを帝都留学に出さない理由なのだが…それは眠らぬ者そう呼ばれている。
魔術師にとって非常に危険な存在…らしい」
「らしい…ですか?」
「うむ、幸い私には魔術の才能がなかったからな、ソレに出会うことは無かったのだが…。
私の学友が出会ってしまった」
「その人はどうされたんですか?」
ジキスムントの学友というからにはその人も貴族の出身なのだろう。
帝国では良くも悪くも貴族と平民が机を並べることなど起こりようもない。
「真面目で公平な奴だったのだが、それを境にまるで人が変わったように差別的になっていった。
まだ帝都で健在なはずだが、非魔術師である私にはもう会いたくは無いそうだ」
「非魔術師?」
「彼等は魔術師ではない者をそう呼ぶんだ」
ジキスムントは履き捨てるようにそういうと、かつての友を思い出したのかしばし瞑目した。
「彼等とは?」
「主に貴族院に参加してる貴族の子弟達だが、自らを"心理の学徒"と称している。
秘密結社のようなものだな…それらは公然と大聖堂と敵対し、世界は魔術によって支配させるべきだと主張してるそうだ。
本当に馬鹿らしいことにだ。
だが帝都では多くのものが、いや多くの貴族が彼等に傾倒してるのも事実だ」
ジキスムントに迷いが見える。
これから口に出す事を本人も信じきれていないのだろう。
「彼らが皆愚か者という訳ではないはずなのだ…だが、眠らぬ者に出会うとその考えを変えてしまう。
というより、眠らぬ者は魔術師の心を変えてしまう。
そう言われている」
「そんな馬鹿な…いえ、すいません。
でも心を変える魔術なんて…」
「私もそう思う…古今東西人の心に干渉する魔術の属性など聞いた事が無い。
しかしアイツの変わりようを見るとそうとしか思えないのだ」
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「ありえない話ではないわ」
メリーはヴォルフガングにつられて低い声で答えた。
「魔術で心を変えられるというのか?」
「そうね、心は変えられないかも知れないわ…でも、考えを変えることはできるはずだわ」
「どう違うというのだ?」
「心という目に見えない…あるかどうかわからない物に干渉する構成とか属性は…そうね、闇の属性なら一時的にならできるかも知れないわね。
でもそういう事ではなくて、人間が何かを考えたり魔術を行使したりするときに使われるのは脳みそよ」
メリーは自分の頭を指差しながら答えた。
その仕草にアイシャが顔をしかめるがお構い無しだ。
「だからそこに物理的に干渉すれば人の意思を操る事は可能だと思うわ」
「人の脳に干渉するだって?そんな事が可能なのか?」
「あら、強力な魔術で頭ごと吹き飛ばしても、それは対象の脳みそに干渉したって事じゃない?
その力を小さくしていって、脳みそのごく一部だけを消し去るとか…あるいは自分の都合のいいように繋ぎ変えるとか」
ヴォルフガングはメリーのその理論をぽかんと口を半開きにして聞いていた。
だがおもむろに身を乗り出すと鬼気迫った顔でメリーを睨みつけた。
「それが本当ならば恐ろしい事だ。
陛下の脳に干渉できれば帝国は思いのままになってしまうぞ」
「今まだそうなっていないのでしたら、私の説が間違っているか…それとも皇帝陛下へ無礼を働くには条件が揃っていないのかも知れませんわね」
「条件?…そうか、条件か…」
ヴォルフガングはしばらく考えこんだ後、柔らかなクッションの座席に身を沈めた。
「いやありがとう、非常に参考になったよ。
さすが半島最高の魔術師だな」
「いいえ…私なんかまだお姉様の足元にも及ばないわ」
「光刃の戦乙女か…それが本当なら恐ろしいな…いやそれ以上に惜しいな。
彼女が健在なら我が帝国としては婚姻を結ぶ事にやぶさかではないほどに」
実際魔術師としてはメリーは姉をとうに追い越しているのだが、彼女はまだ姉の背中を追いかけているつもりだった。
彼女の姉にしてみれば褒め殺しもいいところで、これ以上変に待ち上げるのは勘弁して欲しいところだろう。
「どうやら到着したようだな」
ヴォルフガングにつられて窓の外を見ると、ちょうど門をくぐり広大な庭園に入るところだった。
「港よりの離宮だが、しばらくはここで我慢してもらいたい。
できれば王宮まで招待したいところなのだが…王宮まではここから馬車で半日以上かかるのもあってな」
「半日?ここはまだ帝都ではなかったの?」
「いや」
してやったりとヴォルフガングは笑った。
「中央部から帝都の外に出るまで馬車で1日以上かかる不便な街でな。
港まではまだ近いほうだ」
これにはさすがのメリーも驚いた。
馬車で1日以上!どれだけ広いのかと…。
ブラムシュテルンは衛星都市ののブラムノグス、ブラムイリウス、ブラムソール等の都市とは郊外を挟まずほとんど繋がっている。
そこらへんはヴェンヌとラピンの関係に似ているのだが、規模が桁違いだった。
馬車で1日以上というのはその衛星都市群の外に出るという事で、純粋な帝都といえる中央部だけならそれほど広くない。
中央区は星型の城壁をまとった城塞都市で、その形がブラムの星の名前の由来となっている。
やがて馬車は広大な庭園を突っ切り、白亜の宮殿に到着した。
ベルン=ラースなら離宮はおろか王宮よりも立派に見えるほどの宮殿だ。
「長旅で疲れただろう?
君と君の侍女には部屋を用意してある…同室でよかったかな?
とりあえずゆっくり休んでくれ」
「まって!」
彼女達を馬車から下ろし、そのまま閉まろうとした扉に向かってメリーは叫んだ。
「私達をヴェンヌに帰す気は無いと?」
「それは決めかねている…というか、これは私の一存で決められんよ。
だがな…」
「だが?」
「いや、なんでもない。
わが国としても今ラース半島の西部諸侯と事を構えるのは得策だとは思っていない。
そう君を失望させるような結果にはならないと思う」
「…」
「まあ信用できないか、無理も無いがな。
とにかく今夜はこの離宮で疲れを落としてくれたまえ。
要望があれば執事長が聞いてくれる…私もできるだけ早くまた顔を出すさ」
そこまで言うとヴォルフガングは片手を振った。
それを合図に閉まられる扉を、メリーはただ見つめるしかなかった。
走り去る馬車を見送って向き直ると、離宮の入り口にはメイドを従えた壮年の男性がじっと彼女を待っていた。
「私がこの離宮の執事を任せられているラッツェルと申します。
本日はこの離宮を使われるのは貴女様だけなので、安心してご利用ください。
…殿下からはなるべくご要望に沿うように言い含められておりますので、ご遠慮なくおっしゃってください」
「ねえ、あなた達は私がどこの誰か知ってるの?」
「知らされておりませんが、それならばそれは必要な情報では無い…と判断します」
「そう…まずは私の侍女とお風呂に入って、着替えたいのだけど?」
「かしこまりました。
すぐ準備させます」
ラッツェルはアイシャを見ても顔色ひとつ変えなかった。
皇家の離宮を任されるような執事だ、それなりに名のある貴族の出だと思われる。
にも係わらず爪人との混血のアイシャを見ても動揺しなかったこの執事は素直に評価できるとメリーは思った。
準備させる…などと言っておきながら、ものの数分で浴室に案内された。
帝国では入浴する習慣は根付いてないと聞いていたのに、案内された浴室は立派なもので、使い勝手もよかった。
侍女と2人だけで入浴など本来はありえ無い事だが、ヴォルフガングに言い含められていたためか、異論を唱えるものはいなかった。
「ねぇアイシャ、彼はどういうつもりだと思う?」
「彼とは…皇太子、じゃ無くて皇太孫の事ですか?」
「ええ、私達を帰す気があるのか…?」
「私には帝国貴族の考える事など解りませんが、メリー様は半島どころか世界でも重要な方です。
そんなメリー様を早々手放そうとするとは思えません。
なにより私達がここに居ると(クベール家の)お屋敷は把握して無いでしょう。
黙っていれば解らない…と、そう考えるのではないでしょうか?」
「重要…というより貴重って所だと思うけどね」
メリーは自嘲気味に笑った。
確かにメリー…メリヴィエ・ウル・クベールは半島最高の魔術師で、半島最大の工業都市を有する貴族の娘で、あの光刃の戦乙女の妹である。
帝国も利用価値がありすぎて困っている事だろう。
その中にはこのまま素直にヴェンヌに帰してクベール家に恩を売るという選択肢もあるだろうが、それが取られる可能性は低いだろう。
このまま大聖堂にでも駆け込めば帰してくれるかしら?
そうも考えたが、大聖堂の位置もわからないし、向こうがクベール侯家の味方になってくれる保障もない。
それこそ大聖堂においてもメリヴィエの利用価値は多いだろう。
アイシャの言うとおりクベール候家にこの情報が伝わっていないのが痛い。
つまりこの国にいる限り味方といえるのはアイシャただ1人なのだ。
せめてレオンが居てくれれば…と思わないでもなかったが、むしろレオンは帝国側の人間だと思いなおし考えから締め出した。
風呂上りに用意された着替えは総シルク製で仕立てもよく、これ1着で幾らになるか考えるのも恐ろしかった。
さらに驚く事にアイシャの希望で用意された変えのメイド服すらシルク製だったのだ。
よく見ればこの離宮で働く使用人の衣装も…。
離宮内の調度品もヴェンヌが勝ってると思えるものもあったが、ほとんどがとんでもない値段がつきそうな芸術品や貴金属や宝石などで、その威容にただただ圧倒されるばかりだ。
アイシャなどすっかりのまれて萎縮してしまっている。
「ここが外国の施設とかを迎え入れる迎賓館なのだろうとすると、この威圧感は効果的ね」
「いいえお嬢様、ここは皇族の方…特にカルナリアス皇家がお使いになる別宅にございます。
正式に国家のお客様を迎えるための迎賓館はもっと中央区よりにございます」
メリーが誰とはなしに呟いた言葉に、ラッツェルが素早く補則してくれた。
「あら、ラース語解るの?」
「もちろんですお嬢様」
ラッツェルは控えめに、だが誇りありげに答えた。
皇族の別宅ならアルト語さえ堪能であればいいのだろうが、彼は周辺国家の言語まで流暢に会話することが出来るのだった。
「でもその"お嬢様"という呼び方は止めて…アイシャと同じでメリーと呼んで」
「そういうわけには参りません、殿下のお客様を愛称呼びなど…」
私はそういう風に見られてるのね?と、メリーは見当をつけた。
ヴォルフガングもわざと誤解されるような説明をしたのかもしれない。
異国から攫われてきた侯爵令嬢よりも、皇太孫の愛人扱いのほうが多少は気楽だ。
「ではメリヴィエ…と、私の本名よ」
「かしこまりましたメリヴィエ様、では他の使用人にも?」
「お願い」
その命令はすぐ徹底されたようで、着替えのときも食事のときもメイドや給仕からは"メリヴィエ様"とよばれる事になる。
メリヴィエ呼びであればヴェンヌの屋敷と変わらない。
これで少しは落ち着けそうだ…そう思いメリーは息をひとつ吐き出した。
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「この剣はお前も知るとおり魔術を切り払う剣だ。
そしてこの剣の本当の力は、鉄の属性を持つ魔術師が握って初めて発揮される」
「ジキスムント様?」
「レオン、私はお前の中に鉄の属性…魔術師殺しの力を見たのだよ。
何もお前の身を守るためだけにこの剣を預けるのではない。
出来得るなら帝都に蔓延る眠らぬ者をおろかな魔術信奉者の妄執をその剣で切り払って欲しい」
「そんな、僕にはそんな力は…」
「お前に出来なければ誰にも出来ないさ…。
私としてもお前にこんな重い事を背負わせるのは躊躇われるが、お前しか出来ないのもまた事実だ。
お前に鉄の属性が発現したのなら、お前の父か母が魔術師殺しの末裔だったのだろうが、今となってはその血筋を探す事もできん」
自分達親子はこの幼い少年に頼りすぎなのではないか?
そんな疑問がジキスムントに無いわけではなかったが、自分に出来る事はレオンを止める事か、この魔剣を預けるかだけなのだ。
おそらくレオンは止まらないだろう…情け無いが今のレオンは自分には止められない。
ならばレオンのためにも帝国のためにも呪鉄刀を預けるのが最善の手だ。
「それに…お前ほどの魔術師を眠らぬ者が見過ごすとは考えられん。
きっと嫌でも対決する事になるだろう」
ジキスムントは自分に魔術の才能こそ無かったが、その広い見識のおかげで魔術の知識は乏しくは無かった。
その彼から見て、レオンが呪鉄刀を加熱した魔術をみて、彼の魔術師殺しの才能を確信していた。
呪鉄刀は鉄の属性のみ受け入れ、その真の姿を現すとブランマルシュ家に伝えられていたのだ。
「その時、その剣がお前の助けになる」
レオンにすれば、馬車の軸受けを錆びさせた要領で鉄に魔術を飛ばしただけのつもりだった。
それが鉄の属性の発現だとは知らなかったのだ。
おそらくレオンの属性を把握しているのはジキスムントと…軸受けを錆びさせるのを目の当たりにしたメリーだけだろう。
「お前の探しているメリヴィエ嬢は、あの半島一の魔術師の…なのだろう?
ならば彼女を守るためにもその剣は必要だ」
魔術師の心を変える。
もしそんな事が可能なのだとしたら?
角人や半爪人を差別し見下するメリヴィエなど見たくなかった。
もし本当に眠らぬ者が人の心を変えてしまうのだとしたら!
レオンは呪鉄刀を持ち上げ抜いた。
生鉄のような刀身が、明かりを反射して鈍く輝いていた。
必要に迫られて決めたラッツェルという名前の執事ですが、名前付けたらなんか死にそうな気がする…。




