16二人の戦争孤児
「警備ザルだな!」と思われるかもしれませんが、元とは言え主筋の直系男子なので周りは強く出れないのです。
ディーター・ブランマルシュが父親の死の知らせを聞いたのは、彼が6歳の時だった。
ランドルフは傲慢で厳しかったが、家族には優しいいい父親だった。
なにより兄の口車に乗って賭けに出たのは子供たちの将来を心配してでの事で、彼は子供たちに財産を何も遺せないことこそを恐れたのだ。
だから…と言うべきか、彼は父親が好きだったし、その高い軍人としての名声を誇りに思っていた。
そんな父がわずか8歳の子供に…しかも女に!…敗れて戦死したという報告がもたらしたショックは、彼に数年立ち直れないほどの落胆を与えた。
もちろんあの戦争でのクベール侯爵令嬢の功績はごく一部出しかないのだが、帝国貴族たちはランドルフをこき下ろすために全てを光刃の戦乙女の力と囃し立てたのだ。
もちろん、彼女に負けたランドルフの名誉は底辺まで失墜した。
その名誉が若干でも回復したのは、彼女が自軍に数倍する王国反乱軍を野戦で打ち破り、人類の天敵とも言える神話の怪物を独力で退治したという話が伝わってきた後だった。
皮肉にも憎っき仇敵の名声が際限なく上がる事で、彼女に敗れた父の名誉は幾ばくか回復する事となる。
だがディーターにとってはそれすらも忌々しい事でしかなかった。
これでは王国の生意気女のおこぼれににあり付いただけではないか!
しかもそのドラゴンによって彼が父の仇を討つ機会は永遠に失われたのだ。
ディーターはベルン=ラース王国に、クベール侯家に憎悪と復讐心を燃やし続けた。
ヴィルフリートの企みに乗ったのも彼の約束を信じたわけではなく、このまま座して待っていても永遠に復戦の機会はやってこないだろうという半ばヤケクソ気味な考えと、王国に復讐するどころか軍備を削って軟弱な宥和政策と交易などにうつつを抜かすジキスムントに怒りを覚えたからだ。
もはやその怒りは王国や光刃の戦乙女だけには収まらず、それらに関わる者全てに向けられようとしていた。
ジキスムント暗殺の場にレオンが一緒に居るタイミングを狙ったわけではないが、レオンの存在を知っていたらあの場で逃げずに襲い掛かっていたかもしれない。
あの女を聖女とたたえる教会すらもディーターは復讐の対象に選んでいたのだから…。
しかもレオンはクベール候家で繋がりが深い。
下手をすればジキスムントよりも優先される標的になるのかもしれない。
何よりもレオンの父はランドルフの側近で、彼を守ろうとして命を落としたのだ。
そんな男が仇敵と懇意にしてるなど、彼には許せないだろう。
ディーターはヴィルフリートを見捨ててただ一騎で駆けていた。
もはやヴェストシュタットにも戻れない。
このまま盗賊になって王国に下り、精々一人でも多くの王国民を苦しめてやろうか?
そんな事を考えていた時だった。
「止まれ!どこに行く?」
「チッ、ブライトクロイツの巡回か」
帝国でも平時の騎乗が許されるのは騎士よりも上の位の者だけだ。
街道を避けてるとはいえ、身元不明の騎馬が巡視に見つかれば止められるのは当然だ。
ディーターは考えた、果たして上級伯爵邸の事件は知れ渡っているだろうか?
まだならば自分の身分を証明すればここは素通りできるだろう。
だが知れ渡っていれば…彼は6人ほどの衛兵の一隊をにらみつける。
自分の魔術と剣の腕ならこのぐらいの兵士を片付けるのは難しくないだろう。
だが、まぐれ当たりなどで自分はもちろん、馬が傷つくのは面白くない。
そうなっては長距離の逃亡は望めなくなる。
そうなるぐらいなら…。
「まて!逃げたぞ追えっ!」
ディーターは馬首を返し、ドルグバッハの街中に向かって走り出した。
いっそこのままジキスムント親子に切り込んでやろうか?
自暴自棄とも思えるその行為を胸中で想像したディーターの、その口元には笑みが浮かんでいた。
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
レオンが目を覚ましたのはあれから僅か数時間後だった。
暗くなりかけた窓の外と、ベッドの傍らで転寝をしてる角人を交互に見つめ、今回の魔力枯渇による意識不明がごく短時間で済んだ事を理解した。
もっとも今回の魔力枯渇は以前と違い感情のままに無茶な魔術構成を発動したためではなく、あの場で必要な魔力を判断しギリギリまで絞りきった結果だ。
気を失いながらも今回の気絶は長くは無いとは思っていたのだが…。
「シルス、シルスっ」
「お、おう…なんだ、もう目を覚ましたのか」
シルスの知る魔力枯渇はだいたい半日以上気絶状態が続く。
レオンがこんなに早く目を覚ますとは思っていなかった。
「ここはどこ?…かなり高そうな建物なんだけど」
レオンは部屋を見回しながら尋ねた。
見慣れない作りに高そうな調度品に囲まれ、なんとなく居心地悪さを感じた。
「ああ、何でも領主の館の別棟だそうだ」
そんな事は気にならないのか高そうな水差しから高そうなグラスに、無造作に水を注いだシルスがそれを手渡してくれながら続けた。
「上級伯爵だっけ?あの屋敷はほぼ全焼しちまったからな。
全員でこっちにお世話になる事にしたらしい…上級伯爵と息子は領主主催の晩餐会とやらだよ。
お前の事を頼むって繰り返し言われちまったよ」
「ブライトクロイツ上級子爵はよく僕等を屋敷に入れてくれたね…屋敷の前でシルスに切りかかったあの人は、上級子爵の嫡男だよ」
レオンにはオズワルドという名前に聞き覚えが会ったし、言われて見れば彼の顔に面影を感じた。
ノルベルトに付き従いこの街に滞在してたとき、上級子爵の息子のオズワルドにいじめられた事があった。
今思えばノルベルトのお気に入りだったレオンに嫉妬してたのだと思うが、当時はなんでいじめられたのかもわからなかった。
「俺は貴族の事はわかんねぇけど…」
シルスは自信なさそうにそう前置きをして続けた。
「王国の貴族って位が多少上下しても完全に上にへつらうってイメージは無いんだよな。
帝国じゃあその"身分"ってどうなってるんだ?」
シルスのイメージは王国でも西部貴族のものだろう。
ベルン=ラースでも中部や東部は厳格な階級差に貴族も縛られているのだ。
もっともレオンの知る王国貴族もヴェンヌ周辺の西部諸侯達でしかない。
「シュットルード帝国はラース王国よりも身分差は厳格だと思う。
平民にも階級があるし、平民が貴族に対してどころか、位の低い貴族が高い貴族に逆らう事自体がとんでもない事と取られるんだ」
そう話しながらレオンは、4年前の辺境伯の態度がその"とんでもない事"だったと気が付いた。
当時ブランマルシュ上級伯爵家の権威が失墜してた事もあったが、彼は自家の威信をかけて目上の上級伯爵に噛み付いていたのだ。
ドルスドバッグ辺境伯にそんな決心をさせたのはやはり独断での王国侵攻だったのだろう。
決してジキスムントを軽んじての事では無かったと、今ならわかる気がした。
「ふーん、じゃあやっぱ嫌と言えなかったんだろうな」
「でもジキスムント様はそんなゴリ押しをする方じゃ…ノルベルト様はするかも」
温厚な父と違い気性の激しい息子の顔が思い浮かばれる。
実際にはゴリ押しなどなく、ブランマルシュの屋敷を焼け出されたものに緊急で上級子爵が住処を用意してくれたのだ。
「これからどうすんだ?」
「本当はあの場で協力をお願いするつもりだったんだけど、こうなっちゃったらこの後にまた話をするしかないよ。
正直時間が惜しいけど仕方がない」
「ただで協力してくれるか?」
「僕に出来うる対価は払うつもりだよ。
と言っても僕には大聖堂やクベール侯爵に対して紹介状を書くことぐらいしか出来ないけど」
レオンはついつい自嘲の笑みを浮かべた。
どうやら本格的に自分のやり口が聖職者のようになってきているのを自覚したのだ。
「ジキスムント様は以前は帝都で学者をやっていたそうだから、帝都とのパイプを新たに必要とするとかないだろうけど…」
ブランマルシュ上級伯爵領ヴェストシュタットは帝国西方最大の都市とは言われているが、その実帝都からそれほど離れているわけではない。
シュットルード帝国の中核地といえる、ライヒ湾を中心とした帝都近辺の中で"西の端"であるだけなのだ。
ヴェストシュタットより西は辺境と呼ばれ、町や村が点在する未開発の土地という認識なのだ。
もちろんこのドルグバッハも辺境と扱われている。
この"辺境"の住民にとって帝都とのパイプは喉から手が出るほど欲しいもので、広大な辺境の領主は皇帝の政治や帝都の流行を把握する事にすら少なくない予算を割かなくてはいけない。
さもなくば不定期開催の貴族院に参加する事すらおぼつかないのだ。
だが、だからこそ辺境はその汚染を免れていたのだが…。
「おお、目を覚ましたのかレオン」
「ノルベルト様…」
貴族然と着飾ったノルベルトが、ノックも無しに室内に入ってきたのはその時だった。
おそらく早々に晩餐会を切り上げてきたのだろう。
「ノルベルト様、また途中で退席されたのですか?
貴族同士の交流も領主の大事な仕事だとジキスムント様も仰っていたじゃないですか」
「久々に会ったというのにお前は…。
いや、だがそういう風に意見してくれるが実にお前らしいな」
ノルベルトは何かを続けようとしたが、傍らの角人を見て一旦口を閉じた。
そして思い切ったようにシルスに向き直って言った。
「悪いが席を外してくれんか?」
シルスは横目でレオンが頷くのを確認したが、そのあと所在無げに答えた。
「席を外すのはいいんだが、俺はこの部屋以外いるとこないんだが…」
「では厨房に案内させよう、食事はまだなんだろう?
ついでにレオンの分の食事ももらってきてくれ」
ノルベルトとしては角人を交えて話をする事に抵抗があったのかもしれんない。
だがレオンと親しそうなシルスを邪険にするのも憚られたのだろう。
「もう一度聞きたいのだが…」
ベッドの傍らにシルスが使っていたのとは別の椅子を引き寄せながらノルベルトは語った。
「やはりもう戻ってくる気は無いのか?」
「申し訳ありません」
レオンはただ瞑目し、頭を下げた。
「そうか…」
まるで崩れ落ちるように椅子に座ったノルベルトは、自分の手の平をじっと見ながら続けた。
「父は惜しがっていたがな、俺はレオンの技を見て逆に頭が冷えた」
彼が見つめる掌はゆっくりだが力強く握りこまれた。
それは彼の決意に呼応するようであって、レオンの目にはノルベルトの苦悩と決意がそこに浮かび上がっているようにさえ見えた。
「あれだけの魔術を使いこなすには相当な修行を積んだのだろう?
口惜しいが我が家ではお前に知識や技を伝授できるような魔術師は居ない…お前は我が家に居てこそ、その才能は宝の持ち腐れとなるだろう」
彼はここで初めて顔を上げると、レオンの目を見つめて言った。
「だからもうお前を引き止める真似はしない…が、これだけは覚えていて欲しい。
お前は俺にとって家族も同然だ。
だから何かあったときは素直に俺を頼って欲しい」
だがノルベルトはそこで自嘲しこうも付け加えた。
「もっとも、ブランマルシュ家がお前の助けになるようなことが出来るとは思えんがな」
「そう仰られると言い難いのですが…」
ノルベルトにそう言われては、レオンは申し訳なさげに切り出すしかなかった。
「僕らがブランマルシュのお屋敷にお邪魔したのは、ジキスムント様のお力をお借りしたかったからです」
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「つまりレオンはそのある方を追って帝都まで向かう途中だったのだな?」
ジキスムントが晩餐会から戻ってくるのを待って、レオンは事情を切り出した。
「はい、時が経てば経つほどに追跡が困難になると思い切り、出奔してまいりました」
「お前がそんな無茶をするようになるとはな…」
「僕とて好きで無茶をしてるわけではありません。
できれば穏やかな方法を取るのが一番だと思っていますよ」
そう言って目を伏せるレオンはまるで4年前そのままで、ジキスムントは4年の歳月がまるで幻に感じた。
「とりあえず挨拶を…とは思ってお尋ねしましたが、あわよくば…と都合のいい事を考えていたのは事実です」
本来はブランマルシュの屋敷で内密に話すつもりだった話だが、こうなっては仕方がない。
一刻も早く打ち明けて協力を仰ぐ必要があるとレオンは考えた。
「ですがその方を助ける事が出来たなら、ブランマルシュ上級伯爵家にとっても悪くない事になるという確信はあります」
「お前がそこまで言うある方とはいったい誰なのだ?」
レオンはたっぷり間を置いて答えた。
それが果たして師匠譲りの駆け引きなのか、やはり答えるのに勇気のいる内容だったのか、あるいはその両方か。
「ベルン=ラース王国クベール侯爵家令嬢、メリヴィエ・ウル・クベール様です。
光刃の戦乙女の妹君と言った方が解りやすいかと思いますが」
「なんだと!?」
シルス以外の一同がその答えに息を呑んだ。
ブランマルシュ家のものからすれば光刃の戦乙女ならびにクベール家は仇敵だが、同時に彼等と関係改善を計れれば帝国内の立場でも、交易を交えた利益でも、上級伯爵家が得るものは限りなく大きい。
だがその言葉に驚いたのはその場に居た家臣団だけではなかった。
「王国の生意気女の妹だと!」
一行の相談を盗み聞きしていた風の魔術師は、光刃の戦乙女の名前を聞いて頭に血を登らせ、思わず飛び出して行った。
「誰だ!」
一陣の旋風とともに窓を打ち破って部屋に踊りこんできたディーター・ブランマルシュは、無骨な鉄剣を抜き放ちと同時にジキスムントに斬りかかった。
ブライトクロイツの巡回を振り切りつつドルグバッハの街に戻ったディーターは、領主の別館に当たりをつけそこに潜伏したのだった。
彼はせめてもと、ジキスムントと…できればノルベルトをも…の暗殺を企て、機会をうかがっていた。
そこで仇敵の名前を聞き思わず飛び出して行ってしまっていた。
「ディーター!貴様その剣は!」
クベール侯家に雷光の槍が、オランジュ侯家に生きている弓に伝わっているように、ブランマルシュ家にも先祖伝来の武具があった。
その名も呪鉄刀。
またの名を魔術師殺しという。
貴族や王族に強く魔術師の傾向が現れるこの世界において魔術師殺しなどという名前は不吉以外の何者でもなく、呪われた剣と嫌われ恐れられていた。
そんな剣がなぜブランマルシュの家に伝わっているのかは定かではないが、一説によると帝国初期まで遡る。
ブランマルシュ家の当代当主が、本来殺めてはいけない貴人をこの剣で殺した罪と功績によりその爵位と辺境の領地を賜ったという。
これには皇家の醜聞が絡んでいて、謂れとともに剣は秘匿される事になった。
この剣の事は代々当主にしか伝えられていなかったはずであるが…。
「兄上め!よもや当主外に漏らすなどと!」
持ち出したのはヴィルフリートであったが、彼にはこの剣は重すぎた。
持ち出した手前帰す訳にも行かず、腕に覚えのあるディーターに預けられたままになっていたのだ。
ノルベルトとレオンが同時に魔術構成を編み上げるが…。
「無駄だ!この剣に魔術は効かん!」
ディーターが呪鉄刀を一閃すると、至近距離にあった二人の構成は一瞬で霧散してしまった。
「そんな!」
だがレオンにはこの手ごたえに身に覚えがあった。
鉄に覆われた馬車の車軸に魔術を遮られたときのような…。
「大人しくし待ってろ!臆病者を殺したらお前等も殺してやる!」
ディーターの剣の腕は荒削りであったが、人並みはずれたその膂力が繰り出す太刀筋は強力で、ジキスムントを守ろうとした従者が一撃で切り殺されるほどだった。
「父上!」
思わず駆け寄ろうとしたノルベルトを手で制したレオンは、急ぎ編み上げ直していた構成を解き放った。
「無駄な事を…この剣に魔術は効かんとまだわからないか」
余裕か、ジキスムントを殺せるからか、その口元に浮かべていた笑みが驚愕と苦痛に変わったのは次の瞬間だった。
「うぉっ?!」
ディーターが取り落とした呪鉄刀は真っ赤に赤熱していた。
「馬鹿な?!」
ディーターは焼け爛れた自分の手と、ゆっくりと放熱していく呪鉄刀を交互に見て上ずった声を上げた。
「呪鉄刀が?!しかも鉄の刀身と握りに魔術を投射するなど不可能だ…貴様は何者だ!
教会の!クベールの走狗ではないのか!」
「魔術が効かないというなら、その魔剣はどうやって鍛えられたと思うのです?」
レオンは悠然と魔剣に近づくと、まだ熱いはずのその剣を平然と拾い上げた。
「レオン!」
「大丈夫ですよノルベルト様、急激に熱したのと同じ要領で急激に冷ましただけです」
ノルベルトはその時、温厚なレオンの瞳の中に確かに灯る憎悪の炎をみた。
「僕の名前はレオン・ケッセル…ただの侍祭ですよ」
「レオン・ケッセル?
もしかしてお前はディルク…ディルク・ケッセルの息子なのか!」
ランドルフの配下にも腹心といえる者達がいた。
彼らはブランマルシュ家というよりはランドルフ個人に付き従っていた幕僚で、立場的に残念ながら騎士の位は持ち得なかったが、騎士に匹敵する人材達であった。
その中にレオンの父、ディルク・ケッセルもいた。
優秀な部下は大事にしていたランドルフは度々部下を屋敷で慰労しており、当時6歳だったディーターも何度か彼らと面識があった。
「なぜディルクの息子がそちら側にいる!
ケッセルの者なら我が家に仕えるのが道理だろうっ!」
「…父を失った僕を助けてくださったのが、ジキスムント様だからです!
あなた達親子には父を奪われた恨みしかない!」
シルスも、付き合いの長いジキスムントやノルベルトさえも、こんなに激高したレオンは見たことがなかった。
レオンは一見大人しいが、思い切りのいい性格と相まって意外と頭に血が上りやすい。
だが普段は鉄剣と一緒ですぐ冷静になるため、ここまで怒りを露わにするのは珍しかった。
「何を馬鹿な…ディルクを殺したのは王国の…」
「いいえ…無茶な出兵さえなかればっ…あんた達が無茶な出兵さえしなければっ!」
今でこそ無茶な出兵と語られているが、ハーラルトやランドルフにとってはあれは無茶でもなんでもなかった。
ただ少しばかり横紙破りをしただけの事。
あそこまで綺麗にベルン=ラース王国の虚を突いて、勝てなかったというほうがおかしな話なのだ。
だが当時戦争に参加しなかったもの達にとっては、ブランマルシュが無理をしたからこそ負けたという事にした方が都合がよかった。
だから王国でも帝国でも、ブランマルシュ兄弟の先走りとして語り継がれる事となる。
当時の事情をよく知らないレオンもまた同じ認識だったのだ。
「ふ、ふざけるな…お前の父がちゃんと役目を果たしていれば!
父上は死なずに済んだのだ!」
「それが…本音ですか…」
レオンは口元に笑みさえ浮かべていた。
ディーターはそれが自分をあざ笑ってると感じたが、レオンにしてみればそれは自嘲の笑みだった。
彼は過去の自分なのだ…そう思ったら悲しく空しく、もう笑うしかなかったから。
「父だけではなく、僕の養父も…負傷で戦えなくなったからと言って見放したあなた方と違って、助けてくれたのはジキスムント様です。
迷惑をかけたのは、生活を壊されたのはブランマルシュ家の責任と、多くの負傷兵や戦争孤児を守ってくれたのはジキスムント様だ!お前じゃない!
自分だけが父を失ったと思うなっ!」
ディーターはレオンに気圧されていた。
今まで自分が周りに向けていた感情をまっすぐ自分につき返してくる存在に動揺し、恐怖していたのだ。
しかも彼は自分よりも数段上の魔術師だった。
この期に及んで彼はこの世の理不尽、不公平を呪った。
多くの者が同じように彼を呪ってきたように。
「何をしてる!早く取り押さえろ!」
ノルベルトの叱咤に我に返った従卒たちは丸腰となったディーターにとびかかり、未だ暴れる彼をなんとか押さえつけた。
「くそっ放せ!何故だ!何故俺たちだけがっ…父上ぇーっ」
感情に任せて吐き出した言葉が相手に届かなかった後、待っているのは空しさだけだ。
レオンは呪鉄刀を片手に呆然とその場に立ち尽くしていた。
「レオン…」
「申し訳ありません、取り乱してしまいました」
「いや、無理もない。
お前の怒りはもっともだ…だがアレには届くまい。
改めて当主としてお前に、いやお前たちに詫びさせてもらう」
そう言ってジキスムントはレオンに向かって頭を垂れた。
「あ、頭をお上げくださいジキスムント様!
さっきも言いましたが、貴方様は僕たちを助けてくださったではありませんか!」
「いや、一族のものが無礼をしたら代表となって詫びるのも当主の務めだ。
あいつらにはそれがわかってもらえなかったが…ノルベルト、お前はこの事をしっかりと肝に刻んでくれよ」
「父上…」
「だがレオン、一つだけ訂正させてくれ。
弟は、ランドルフは部下に対しては公平な男だった。
あいつが生きていたら、絶対お前の父を責める様な真似はしなかっただろう。
むしろ率先してお前に詫びただろうと私は思う…こんなことを言ってもお前を混乱させるだけだとは思うが、ランドルフの名誉のために言わせてほしい。
そんな男だったからこそ、お前の父は命を賭してあいつを守ろうとしたんだとわかってやってくれ」
「ジキスムント様…」
レオンはわかった。
ジキスムントの言いたかったことが…彼は自分の弟を弁護する形をとりつつも、レオンの父親の名誉を守ってくれたのだ。
「あいつもそんなランドルフの事をわずかでも理解してくれたなら、軍人として立ちゆく道もあっただろうが…」
次男のジキスムントは長男のハーラルトとは決定的に折り合いが悪かったのだが、三男のランドルフとはそうでもなかった。
ランドルフも理によってハーラルトと組んではいたが、仲が良かったのはジキスムントの方だった。
ジキスムントもそれはわかっていたから、ランドルフが残した彼の部下やその家族の面倒を率先してみようとしていたのだ。
「やれやれ、まさかドルグバッハで上級子爵に独房を借りる事になろうとはな」
ジキスムントはレオンの握る呪鉄刀に目をやると、何か思うところがあるのかあえて彼からソレを取り上げようとはしなかった。
「さて、レオン。
落ち着いたら話の続きをせねばならんな…メリヴィエ殿を保護し、故国まで送り届けるのはブランマルシュとしてもやぶさかではない。
だが詳しい事情を聞かねば協力はできないな」
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
快速船が明らかに速度を落としているのを、メリヴィエは風の流れで感じていた。
速度を落とすということは、目的地が近いということも。
「さてお嬢様、今日の夕刻には港に着きますがどうか大人しくしていてくれたまえよ?
君と君の侍女の身の安全だけは保障するから…それにいくら君の魔術といっても、ここからヴェンヌまで飛んで帰ることは不可能だ」
上機嫌なアスペルマイヤーに内心イラつきながらも、メリーは行動指針を定められずにいた。
ここは広大なシュットルード帝国の中心地、360度すべてが敵地と言ってよかった。
すべては未知数、未体験な場所なのだから…。
呪鉄剣だと語呂が悪いから呪鉄刀にしてありますが、直剣です。
ブロードソードだと思ってください




