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クロニクル アンド マギグラフィ  作者: 根菜類
第一部・マルグリット編
6/68

6桃色

「あんのバカ王子(ボルタノ)早く死なないかな…」


「マリー様、また目が死んでる」


 新年祝賀パーティーから1週間。

 明日より始まる新学期のために、学校の女子寮に荷物を運び入れている時だった。


 あの夜の記憶が突如フラッシュバックしてきたマリーの手は止まり、怒りで視点が定まらなくなった。


「だいたい意味が解んないわよ。

 王太子レースを棄権するんだとしても、それでウチ(クベール)と姻戚を結べるって繋がらないわ。

 ウチは方針として王家や公爵家、できれば王公派の貴族との関係を避けてるってのに、それは次期王でも次期王弟でも一緒よ!

 というか条件がクリアされても私がゴメンよ…」


「よほどマリー様と結婚なさりたいんですね」


 マリーがボルタノを蛇蝎の如く嫌うことになった顛末を知っているフラウも頭が痛い。


 あの後ボルタノは、いかに自分とマリーが結ばれるのに問題なくなったのかを嬉しそうに説いた。

 もちろんそれはマリーの言うとおり、何の根拠も無い見当違いな理屈なのだが…。


「あれじゃまるで自ら王位継承を自ら放棄したみたいじゃない…そりゃ大騒ぎにもなるわよ」


 会場の混乱は酷いものであった。

 第三王子(ボルタノ)が本気で継承争いから身を引くと言うのであれば、もう第一王子の(カルアンクス)の対抗馬は第四王子(アーノルド)しかいなくなる。

 アーノルドはまだ6歳なのに対してカルアンクスは18歳。

 カルアンクスの身に何か無ければ、継承争いはこれで決まりと言ってもいい。


 喜声の上がる下級貴族達に対して、難しい顔の上級貴族達がこちらを睨んでいるのがいたたまれなかった。

 上機嫌のボルタノと頭を抱えてる上級貴族の対比が完全に。


「酷い喜劇だったわ…」


 そういえばその場の誰も顔を引き()らせて聞いている中、国王だけは無感情で一人で気分よく語っている息子を眺めていたが。

 その目から読み取れるものはただ無関心だけだった。

 それは第三王子(ボルタノ)に対してのみだけでなく、彼の家族全員に対してそうだった。

 唯一心が動いたように見えたのは、近衛騎士団長アルバート・スタードに対して会話している時のみだ。

 聞けば亡くなったリディア側妃と国王を引き合わせたのは彼で、その縁か国王は彼を他の臣下以上の特別な存在に見ているらしい。

 明確な功績の無いスタード騎士家を上級騎士に引き上げたのも、当時即位したての王の強権によるものだった。

 リディア側妃が生きているうちは有能といえなくてもそれなりに活動的であったそうだが、いまの国王しか知らないマリーには想像もできなかった。

 小太りの国王はずっと…いわゆる死んだ目をしていた…のだから。

 あれなら王子の誰が王位を継いでも今より悪くなる事は無い。

 なんとなくそう確信できた。



 まさかそのラーリ二世の治世が、王国の歴史の中で最も長い期間の及ぶとは、神ならぬ身では予想のしようもなかった。

 


 きっと彼の無関心は王国の行く末や、自身の評判にも及んでいると。

 そうであれば尊大で無神経のボルタノの方が、まだマシに感じた。


 さて実際もし、仮定の話としてボルタノとマリーが婚約したとすると、逆にボルタノとカルアンクスの順位は逆転しかねない。

 クベール侯爵家が後ろ盾になればボルタノは充分な基盤を手に入れることが出来る上、彼を傀儡にしてのアルメソルダの専横をも防ぐことができる。

 宰相(フレドリッツ)の遣り口を考えると本気で縁談をねじ込みかねない。


「お父様が絶対阻止してくれるのを期待するしかないわね」


 それに関してはもう自分は何も出来ない。

 自分自身が迂闊な口約束をしてしまわぬように気をつけるだけだ。

 幸い宰相の息子(オルドア)は学校を卒業済みでマリーとは接点がない。

 彼と知恵比べはやりたくはなかった。

 本気で足元をすくわれかねないから。

 当のオルドアは父からそう命じられてもマルグリットを陥れるような真似はするはずも無いが…そんな事はマリーの知る由もない。


「とりあえず気分転換にもお昼にしましょう。

 もう食堂は営業されてるわよね?」


「早めに入寮にされる方がいるので、昨日からやってるはずです」



    ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 学園の食堂は寮と学舎の中間ほどにある。

 一般生徒向けの食堂と、サロン形式の上級貴族用が分かれているがメニューは同一の物が提供される。

 建前では…だが。

 食堂に併設されている厨房は繋がってはいるが、中で上級貴族用と一般用…つまり下級貴族と少数の庶民の才能持ち…に分かれていて、同じメニューでも食材や掛ける手間が違ったりする。

 そんな事をするなら同じメニューを用意する意味はないが、以前本当に同じメニューが出されていた時代の名残りらしい。

 ちなみに侯爵以上の貴族には個別サロンが用意されているが、マリーはサロン内に併設されてるキッチンを借りるとき以外はあまり使っていない。

 つまりお菓子を作りや朝食に利用するだけである。

 

 彼女は一般サロンに顔出しはするが、食事はもっぱら一般生徒向けの食堂で食べる。

 これは別に平等主義者とか清貧を気取ってるわけではなく、フラウとアイシャと同じテーブルで食事をするためである。

 侍女と同じテーブルで食事をするなど、クベール邸ですら許されてはいない…両親の目を盗んでやってはいるが…だから堂々と二人と食卓を囲める一般食堂で食事を取るようにしている。

 もちろん侯爵令嬢が一般生徒用食堂で侍女と同じテーブルを囲むなど、どれ一つとっても許されない事である。

 半年ほどはフラウも粘ったのだが、結局マリーに押し切られてしまった。

 今ではしぶしぶという形だが同じテーブルに着く。

 新入生が入ってきたらまた好奇の目で見られるんだろうなぁ…と憂鬱に感じながら。


「クロエ!貴女クロエじゃやない?!」


 そんな苦笑いな心情を破ったのは一行の後ろから掛けられた甲高い声であった。

 振り返るとピンク色の髪、ピンクの瞳にまん丸な大きな目、キンキン甲高い声、の胸のリボンから新入生とは判る。

 アニメ?!

 ここではありえないものの、ついついそんなイメージがマリーの脳裏をよぎる。


「貴女クロエでしょう?なんでここにいるの?!」


 彼女が絡んでいるのはアイシャであった。

 アイシャの片腕を両手で掴んでブンブンと振り回す…なんとなくわざとらしい、あざとさを感じる仕草ではある。

 当のアイシャは助けを求めるようにマリーを見てくる。

 彼女は自分はマリーの従属物だと思っているので、マリーを無視して自分にコンタクト取られるとどう対処したらいいか解らなくなってしまうらしい。


「失礼ですけど…あなた新入生よね?

 ウチの侍女になにかご用?あと彼女の名前はクロエじゃないと思うわ?」


「なんで疑問系なんですか…」


「もしかして…私に会う前のお知り合いかもしれないでしょう?

 アイシャは覚えてないみたいだけど。

 …って、ちょっと、貴女!」


 何回か声をかけてやっとピンク頭はマリーに振り返った。

 アイシャの腕を掴んだままだが。


「あの、貴女は…?」


 マリーには侯爵令嬢として、上級生として、その問いに答える前に言わなければならない事があった。


「この学園は貴族の作法の練習の場でもあるのよ。

 だから、いまの貴女の対応はダメよ」


 言われている事がよく分からないといった感じに首を傾げるピンク頭に、マリーは根気よく言い聞かせる。


「名乗りはまず目下から目上に対して先に行うの、そして先方の許可が無いうちはフルネームに敬称をつけないといけないの。

 これはこれから先学園で生活していく上で必要なことよ」


「…?」


「…」


 …これはっ、理解する気のない目だ!…とピンクの目を覗き込んだマリーは思った。

 何かもうめんどくさいのに係わっちゃったなと、早くも後悔を開始し始めた時。


「モモ!モモーッ!」


 慌てた声を上げながら、後ろから駆けつけてきた少年にがっと掴まれたピンク頭が、マリーの前でぶんぶんと縦に振られてる。


「い、痛いわお兄様!ちょっ…はーなーしーてー」


「妹がとんだご無礼を…えっクベール侯爵令嬢!?

 す、すみません!マルグリット・ウル・クベール様!」


 駆けつけてきた少年はマリーよりも年上の生徒だった。


「ぼ、私の名前はサロンズ・ピンキーといいます。

 ピンキー男爵家の長男です!」


 ピンキー男爵という名前に聞き覚えはないが、何とか話の通じそうな人物の登場に少なからず安堵しながら、礼にそらえて自己紹介を返すことは忘れない。


「はい、私はクベール候家のマルグリット・ウル・クベールですわ。

 マルグリットでよろしいですわ。

 こちらは私の侍女のフラウ・オークナーとアイシャです。

 よろしくねお願いしますね」


 なんとなくこの苦労性っぽい少年に感謝したい気にる。

 頭痛を堪えてツッコミを入れるのは王子相手だけでも手に余るのが正直なところだ。

 

「は、はい、コレは妹のモモ・ピンキーです」


(す、すごい名前だわ…)


 しかし彼の妹は全く空気読む気はないらしい。


「ほんとうにクロエじゃないの?」


「こら!モモ」


「だってネコミミだよ?ネコミミ!ネコミミメイド!

 本当ならばお兄様が連れてきてくれるはずだったのに…」


 彼女の目はアイシャの、アイシャの耳に釘付けであった。


「もしかしたら妹さんは、他のハーフ爪人(シャズ)と人違いなさってるのではないでしょうか?」


 聞きたくなかったワードをつとめて無視しながら、なんとかこの場を収めようと頭を回すマリーに対し。

 彼女は次々と爆弾発現を繰り出すことで対抗してくるのだった。


「本当ならお兄様が王都でクロエを拾ってきてくれるハズだったのにさ、大事なサポートキャラよ?クロエ無しで攻略進めるなんてできるかしら?

 来年になれば攻略対象が揃うんだし、あーもうお兄様役立たずなんだから!

 せっかくヒロインになったのに、お兄様はゲームよりも頼りにならないし、一番頼りになるクロエは他所のモノになっちゃってるみたいだし…」


 うわぁ…。

 これは係わり合いになってはダメなやつだわ。

 貴族のルールとかマナーとか色々言わないとダメな事多すぎるけど、ここは係わり合いになることを避けるためにもスルーした方が良さそうね。

 少々唖然としてたマリーだが、早々にそう結論付けて戦略的撤退をすることに決めた。

 自然に、速やかに、アイシャを奪回して逃げよう!と。


「すいません!マルグリット侯爵令嬢様!ちゃんと言い聞かせますからどうかお許しください」


「そ、そうね、彼女まだ入学前ですしね。

 これからちゃんと…。


「あー!」


 声がでかい。


「悪役令嬢!」


 マリーをびしっと指差す彼女(ピンク)に思わず"人を指差すんじゃありません"と言いそうになる。

 それ以前にこれ以上NGワードを連呼するのは止めて!

 マリーは全身を引き()らせたまま心の中で絶叫していた。

 あまりの事に赤から黄色とまるで信号のように顔色のが変わるサロンズが、なんとか動く事が出来たのは、その色が青になってからであった。


「申し訳ありません!

 どうか、どうかお怒りは私と妹だけに止めて下さい!

 実家は、実家だけは・・・」


 男爵であるピンキー家はおそらくどこかの貴族の領地代官をしているか、国の官僚をやっているのであろう。

 官僚ならともかく、代官だった場合はクビはまず免れない。

 雇い主となる伯爵や子爵にとって、連鎖して侯爵家の怒りを買うのは死活問題に及ぶ。

 侯爵家から一言無くても、自発的に関係を絶とうとするだろう。

 もちろん官僚だったとしてもそれよりはマシという程度の末路になる、職場で村八分されるのは間違いないからだ。

 普通であればこの時点でサロンズの謝罪は手遅れになる。

 下級貴族が上級貴族に対し、たとえ子供といえでも問題なレベルの無礼をはたらいたのだ。

 上級貴族の胸先三寸で運命が決まる。

 たとえ彼女が許してくれようと、クベール候家の意向を思い量って他の貴族が動くだろう。

 実際こういった流れで没落する家は少なくない。

 無礼者が勝手に没落しても、上級貴族からしたら心にも留まらない些事(さじ)にすぎない。

 思い知らせるには及ばなくとも、没落を止めてやるほどの関心もないのである。

 侯爵家に対して酷い無礼を働いた事が知れ渡った時点で、命運は尽きたと言えよう。

 そしてここは食堂で今は昼時、彼らの周りを遠巻きにしている一般生徒であふれているのだから。

 彼らの口に戸は立てられまい。

 そう、普通であれば。


 マリーは何度目かになるため息を心中でつき、この哀れな兄妹を救うべく考えを巡らせ始めた。


「みなさん」


 ゾクっとするような静かな、それでいてよく通る声がマルグリットの口からすべり出た。


「私の方からお願いがあるのですが、聞いていただけますか?」


 それが自分たち…遠巻きにしている一般生徒全員に向けれれていると判ると、いままで観客としてみていた男爵家の没落劇の舞台に自分たちも上げられたと知った。


顛末(てんまつ)は皆様見ての通りですが、ここでわが侯爵家が何もしないうちにかの家が咎を責められるような事は、私の本位ではありません」


 全員を射程内に収めるかのように、ゆっくりと周囲を見回しながら語りかける侯爵令嬢の声には有無を言わせぬ凄みがあった。


「ですから、どうか皆様方には我が侯爵家がかの家に直接手を下すまで、ここで起きたことを口外しないでいていただきたいのです」


 必死で女優をやってるマリー本人はかなり内心焦っていた。

 こんな事で一家路頭に迷われては困る!後味が悪い!

 国庫を若干でも圧迫する貴族が減ることに、宰相閣下などは喜ぶかもしれないが、私は嬉しくない!

 だから必死になって場を鎮める…もみ消す方法を台詞を吐きながら考えるのだ。

 彼らは恐怖に駆られて生贄を差し出す感覚で、同じ下級貴族を切り捨てるのだろうきっと。

 だったら少しでも恐怖を軽減させねば、と必死に優しい声を絞り出す。


「ご安心くださいな、皆様にご迷惑はおかけしませんわ。

 余計なことをされない限りは…ね」


 その彼女のお願い(おどし)を聞いて、生徒達の反応は分かれた。

 額面通りに受け取ったものと、マリーの真意らしき意図に気づいたものだ。

 前者は恐怖により口を噤むだろうし、後者はクベール令嬢の思いを量って家族にそう話すかもしれない。

 どちらにせよ、クベール候家はピンキー男爵家に制裁を望んでいないか、自ら手を下すことを望んでいると知れよう。

 クベール候家が直接手を下す予定は今のところないのだが。


 ピンキー兄妹の兄は後者で、妹は前者だった。


「ひどーい!何それ脅してるの?!」


「バカ!いい加減にしろ」


 サロンズはまっすぐ立つと、マリーに向かって一礼をした。


「このご配慮は忘れません」


「何の事かしら?

 それにいいの?妹さんをそのままにして…悪役令嬢に何をされるかわからないですわよ」


 意訳:これ以上ヘタ撃つ前にさっさと隔離したほうがいいですわよ。


「すみません!

 失礼させていただきます!」


「ちょっ!お兄様?!」


 男爵家子息(サロンズ)はピンク頭を小脇に抱えるとあっという間に廊下の彼方に消えた。


 同時に静まり返っていた食堂に、ゆっくり雑踏がかえってくる。

 言葉よりも先に食器の音、そして歩く音、小声からの話し声も。

 食堂内がさっきまでの状態に戻るまでそんなに時間はかからないだろうが、もうマリーにはここで食事を取る気力もなかった。


「二人とも…」


 マリーはフラウとアイシャの耳元に口を寄せると、とてもよそ様には見せられない疲れきった顔と囁き声で撤退の指示を出した。


「今日お昼はサロンで食べましょう。

 ここでは食事しづらくなっちゃったわ…もう、朝ごはんの残りでいいわ」


 やはり学園では朝食が出ないため、マリーたちは専用サロンのキッチンを借りて朝食を取っている。


 何だったのだろうあのピンク頭は?

 マリーは歩きながらも頭を抱えた。

 聞きたくない単語を色々叫んでくれた上に、知らない用語も色々言ってたようだ?

 下町のスラングって可能性もあるが、楽観視はしないほうがいいだろう。


「フラウ、彼女の事…ピンキー男爵家込みで…調べられるかしら?」


「噂や評判程度でよろしければ…」


「それでいいわ、別にどうこうしようって事じゃなく、これ以上巻き込まれないためだもの」


 振り向いたその目は大事な猫耳侍女(アイシャ)を見つめていた。


「またアイシャに絡んでこないとも限らないしね…」


「私ほんとうにあの人の事知りません」


「たぶん人違いよ、だからアイシャは気にしなくていいわ…でも用心はしてね。

 あの娘何考えてるかちょっと予想できないから」


「今度掴まれたら振り払ってもいいですか?」


「できれば穏便にね、彼女に護身術のような心得があるとは見えないし、迂闊に怪我をさせても面倒なことになるの」


 それにマリーには彼女(ピンク)の言った言葉の中に気になる一言があった。

 "来年になれば攻略対象が揃う"…つまり来年入学してくる誰か?攻略対象?

 マリーが真っ先に思いつく来年入学してくる者の名前は、ウィルレイン・アルフィス・クベール。

 溺愛してやまない最愛の弟の名前だけである。

 いや、愛する余り視野狭窄になってる事は否めないかも知れない。

 よ~く考えたら他に心当たりの名前がいくつか上がるかも…いや、やっぱり思いつかない。


 マリーはベーシス侯爵の長男がウィルと同い年だというのは完全に忘れているようだ。


 実際マリーはウィルに対し、今では妹のメリヴィエや双子のエリオットとエルフィナに対してもそうだが、非常に甘かった。

 自分の権限内だが欲しがる物はなんでも与え、知りたがること何でも教えてやった。

 ついには数年前、最新の魔道具を自分とおそろいに仕立て、誕生日に贈ったこともあるある。

 子供には過ぎたものには違いないのだが、自分がウィルのために作ったというのがマリーのしばらくの自慢話となっていた。

 もっともその魔道具をつい貴族の集まりでウィルが自慢したことにより、ボルタノの目に留まり無理やり奪われた事は記憶に新しい。

 というか忘れらない。

 取られた事もムカつくが、マリーに対して泣いて謝るウィルが可愛そうで仕方なかったのだ。

 結局父に頭を下げてお金を借りて、次のウィルの誕生日に同じものを贈る事になったのだ。

 ウィルは今度はそれを決して人に見せずに、肌身離さず大事に持ち歩いている。

 ちなみにボルタノには使い方を教えていない。

 ウィル用の設計なので、どうせボルタノには使うことが出来ないだろう。


 そんなマリーだから"来年の入学生"に神経質になるのも止むを得ない事だろう。

 私に対しての多少の面倒事は別にいい、もみ消せるだけはもみ消してもいい。

 でもウィルに何かしたら…されたら自分を抑える自信はない。


 自分の怖い考えをもやもやと吹き溜まらせて、専用サロンに戻ってくると、入口で一人の少年が待っていた。

 新学期から最上級生になるアルウィン・スタード。

 騎士家の次男坊であった。


「あら、アルウィンさん、どうされました?」


 さすがにコイツに様付けはバカらしい。

 極力平静を装ってマリーが声を掛ける。

 先制口撃だ。


 彼の目には何か悲壮感が漂っており、いつもの何も考えてない彼とは雰囲気が違って見えた。


「…?」


 ついつい沈黙が流れてしまうのは、先ほどのあまりにも五月蝿い彼女(ピンク)に辟易していたからだろう。

 彼女の発言のタイミングは、丁度息を飲み込むように言葉を飲み込まされてしまう。

 そんな言いたい事を言えてしまう力が彼女(ピンク)にはあったように思う。


 しばしの沈黙の後、アルウィンはマリーを忌々しげに睨み付けると、彼女を指刺してこう言った。


「マルグリット・ウル・クベール!

 俺は貴様に決闘を申し込む!」


「はぃ?」


 モモ・ピンキー男爵令嬢の所為で心身ともに疲労していたマリーは、唇からもれる間抜けな声を抑える事はできなかった。

 人を指差すんじゃありません、という注意はまたしても言いそびれる事になる。

 そして、やっぱり、アルウィンは何も考えてないんだと、改めて思い知った。


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