5王子
年が開け、王国暦423年 中冬の月(1月)。
ベルン=ラース王国では冬の最中の新年を派手に祝う風習は無い。
どの家庭も寒い中家に篭ってつつましく新年を祝う。
だが当然例外もあるわけで、無い年中冬の月の一日には王城で新年のパーティーが催される。
男爵以上の貴族には一通り招待状が出され、余裕を持って参加を表明する必要がある。
冬の最中の事、決して強制参加というわけではないが、どの家からも最低2人はそのパーティーに出席をするのが通例になっていた。
現在王都のクベール家には主筋は二人しか居ない。
つまりこの二人に関しては選択肢の無い強制参加のようなものである。
「すまないねマリー、でも挨拶したらすぐに帰っていいからね」
「そうわ行きませんわお父様」
珍しく着飾る羽目になったマルグリットだが、新年のパーティーの通例を破る形で新着のドレスを着てこなかった。
とはいえ成長期の少女に前年のドレスは入らないため、なんとあの卒業記念パーティーでのドレスにストールを羽織り、ブローチを変え、目先をごまかした井出たちである。
ドレスを2回以上着まわすとは、上級貴族にあるまじき所業と笑いものになろう。
しかしこの親子は涼しい顔である。
贅沢も貴族の義務…と言われているが、何も服にばかりこだわる必要は無い。
こう見えてもけっこう贅沢はやっている…貴族の義務程度は…とマリーは思っていた。
「フランチェスカ様は参加されないのですよね?」
「そうだな、公爵家借領から戻られたという話は聞いていないな。
エチュドリール公爵もご夫婦で参加されるのではないだろうか?」
オーリンはマリーに向き直り、優しく問いかけた。
このかっこつけの娘が自分で言っている事とは正反対に、優しくお人よしな事は誰よりも知っている。
「やはり気になるかい?」
「それはそうですわ…」
「うーむ、何かフォローとは思っても、私の顔が利く西方諸侯との縁談はエチュドリール公が受け付けまい。
なんだかんだと言って西方と東方の溝は深いからな」
王都ゲランデナの西側と東側の諸侯家は古来より中が悪く、どちらかと言うと東側よりの公爵家は西側と結ぶのを良しとしない傾向がある。
「お父様は新しい縁談が慰めになると思ってらっしゃいますか?」
「そうは言わんが、次の婚約が早く決まるほど彼女並びに、エチュドリール公家の名誉は守られやすくなるだろうな」
たとえ婚約破棄となったとはいえ、すぐ次の婚約がまとまればさほど問題があったとは思われない。
逆に婚約破棄後ずっと新しい婚約者ならびに縁談が無いと、やはり問題あっての破棄だったと勘ぐられる事になるる。
「そうですね…私のほうも何か良い方が居れば、ご紹介したほうがいいのかもしれませんね」
とはいえマルグリットにも東方貴族の心当たりは居なかった。
隣のオランジュ侯爵の子息がたしか今年19で条件は悪くない。
リオンロア侯爵家の子息は二十歳を超えているし、たしか婚約者が居たはずだから無理か。
ウチで良ければジャンリュックも決して条件が悪いわけではないし。
アパルト辺境伯家は…あ、あの娘の縁者か、ちょっとまずいな。
あとはソルベール伯爵家に、ドーファン伯爵家、お母様の生家のウル伯爵家…どれも西側ばかりね…。
そんな事に考えを巡らせている内に、馬車は王城の門をくぐっていた。
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
国家の象徴でもある王城は広い。
王族の住む中央棟を挟んで、主に政に使われる北棟と、式典や迎賓官に使われる南棟がある。
南棟には多重構造の大ホールもあり、ダンスパーティーや今回のような大規模な催しに利用される。
複数作られた暖炉が床や壁の石材を暖めてくれるため、中冬というのに中は暖かく、動き回れば汗が滲むほどだ。
「勿体無いわよねぇ」
森から離れた王都は燃料が高い。
周囲に畑も牧場もあるため、野菜、肉、乳製品などの食料品には困らないものの、薪や炭などは近隣で取れる場所がすくないためどうしても割高になってしまう。
ただ当然大貴族や王族はその財力と権力によって毎年充分以上の燃料を集める。
これは見栄の部分が多くあり、必要以上の燃料を抱える事は一種のステイタスになっていた。
毎年少なくない凍死者が出てしまうのもこのためだ。
かくいうクベール候家も余剰の薪を買いあさったりはしないものの、一冬を越す充分な薪や炭は用意している。
王都の燃料費の明細を見る家令はいつも苦い顔だが、主筋はもとより使用人たちも凍えさせるわけにはいかない。
上級貴族の使用人といえば、下級貴族出のものが少なくないのは当然で、あそこの家は燃料をけちっているなど実家に愚痴られてはたまらないのだ。
それでも毎年春になると大量に廃棄される薪を見ると切ない気分になるものだ。
必要分を買うなとは言わないけど、不用分の買占めを無くすだけでも凍死者は減るのではないかと。
公式の新年会であるから、会場への入場順もうるさい事になる。
まず男爵家から、そして子爵、伯爵…と続く上、同じ爵位同士でも順番が決められている。
この順番が曲者で、爵位が下だから先に入場する事に文句はほぼ出ないが、同じ爵位の者同士の間には頻繁に揉め事が起きる。
特に子爵以下の下級貴族の順番は前年までの慣例に倣うことが多いので、給仕や会場係りに当たる貴族は少なくない。
伯爵家以上の上級貴族の順番は王家から通達があるからまだしも、下級貴族の入場は係員に丸投げとなるから係員もたまったものではない。
会場係りにしても貴族の格付けなどどうやっていいかもわかるまいに、かわいそうな事である。
歴史、財力、功績・・・王家にしても下級貴族などどれもどんぐりの背比べであろう。
無駄に広い侯爵家待合室で待たされているマリーは何度も立ち上がりかけて、父に椅子に引っ張られる。
壁の向こうから聞こえる聞き苦しい怒鳴り声が彼女の精神をイラつかせている。
「行っても何もできないよマリー。
待つことも貴族の務めだよ」
「でもお父様」
あんなに見苦しい行為が許されていいのですか?
と続くはずだったマリーの言葉を、唇に人差し指をあてがって封じたオーリンは、この優秀な愛娘に対しては珍しく言い聞かせるように続けた。
「私やマリーが順番なんてどうでもいいと言えるのは、持てる者だからさ。
幸いクベール侯家の家の財力や権力はこの国では高いほうで、ちょっとやそっとで揺らぐようなものでもない。
でも彼らにとってはそうではないんだよ」
あくまでも穏やかにオーリンは続ける。
自分の娘は言って聞かせてやれば必ず理解してくれると言う信頼があった。
納得できるかはともかく。
「下級貴族はどんなトラブルや難癖で取り潰しされないとは限らない。
もちろんそれは貴族同士の諍いなどが発端になる事も多い。
そういう時に頼りになるのは格付けさ。
男爵などは自領すら持っていないのだからね、少しでも他家より上に居ないと安心できないのも解るだろう?」
納得はできないが理解した。
そんな顔でマリーはおとなしく椅子に座りなおした。
クベール候家の順番は侯爵家で11番目。
上から数えた場合4番目に当たる。
伯爵家や辺境伯の順番は毎年多少の変動があるが、侯爵家の順番はここ数百年以上変わっていない。
実際諸侯の力関係は大きく変動してはいるが、王家からしても諸侯の順番に口を出すのが憚られるのか、一度決めた14諸侯家の並び順は不動の扱いになっている。
末席のグランシャリオ候家から始まり、筆頭のリオンロア候家まで。
もはや形骸化した並び順に不服を言い出す諸侯も居たが、並び順を改められた事はまだない。
「クベール侯爵家ご当主、オーリン・ハルカラ・クベール侯爵様。
ならびにご息女、マルグリット・ウル・クベール様ご入場です」
父にエスコートされながら会場入りしたマリーは、その会場のきらびやかさに目が眩んだ。
クベール侯家はベルン=ラース王国でも有数の豊かな家であるが、父親の考えかはたまたクベール家の方針か。
上級貴族の中でもかなり質素に見える暮らしぶりをしていた。
お金を使うことをケチるわけではないが、飾りや見てくれにお金を使うよりは機能にお金をかける。
半端に高いものをいくとも買うより、本当に高価なものを一つ買う。
一点豪華主義とでも言うべきか、そんな暮らしぶりが染み付いていた。
庶民の手が届かない暮らしぶりは変わらないが、派手さよりも上品さを好むクベールの家風はマリーの趣味に合っていた。
ところが王城の広間はこれだ。
とにかく光物を散りばめた装飾に、会場が暑くなるほどの過剰な照明がところかしこに並べられ燦然と輝いていた。
「これ、無駄に眩しいわ」
「ちょっと我慢すればなれるさ…暑さにもね」
父親は立場と職務上、毎年この催しには参加している。
もう慣れてしまっているのだろう…慣れたくは無かっただろうが。
「陛下に挨拶が終わるまでは交流はお預けだからね、それまでは煩わされないで済むよ」
自分たちが入場する際に名を呼んでくれた係りの者がまた声を張り上げ、次の入場者の名前を叫ぶ。
当然拡声器などはないなか、会場中に届くように声を出さなければならない。
大変な仕事だな…と思ってみていると、ちょうど順位2番目のベーシス家が入場するところであった。
ベーシス家は現在の諸侯家の中で、もっとも力を持っている言われている家である。
筆頭であるリオンロア候家がやや落ち目な昨今、積極的に公家や王家と姻戚を結び。
王公派と呼ばれる派閥のリーダーと目されている。
特に当代のアルメソルダ公爵の妻はベーシス侯の妹で、先々代には王家から王女が輿入れされたと聞く。
諸侯派と言われる反対勢力と政治的に小競り合いを繰り返している。
主に嫌味の応酬なうちは平和でいいのだが…。
「ベーシス侯爵家ご当主、、トレノア・エペイスト・ベーシス侯爵様。
ならびに奥方、メネアリア・シノーツ・サルバトール様。
ならびにご子息、ザクセン・サルバトール・ベーシス様。
ならびにご息女、エリザベート・サルバトール・ベーシス様ご入場です!」
顔を真っ赤にして、一気に読み上げる呼び出し係。
「主筋一家で来てるのね」
「いや、ベーシス侯爵には側室が二人にその子供が3人居るはずだ。
奥方とその子供だけの参加だな」
側室が2人で、その子供が3人ってウチと同じね…という言葉をここでは飲むこむぐらいの思いやりはあった。
マリーからしてみると特に感慨の無い相手であったが、向こうはそうは行かなかない。
今現在ベーシス候家が最もライバル心をむき出しにしているのはクベール候家であり、その長女がもっとも期に食わない存在だと思っているのがマルグリット・ウル・クベールだからである。
エリザベート・サルバトール・ベーシスはマリーを目敏く見つけると、ズカズカとまっすぐ彼女の目の前に詰め寄ってきた。
"パンッ"
扇を勢いよく畳む音とともに、マリーの目の前に仁王立ちしたエリザベートは敵愾心を隠すことなくこう口を開いた。
「あ~ら、そこに居られるのはかの有名な光刃の戦乙女さんじゃございませんこと?」
彼女にしてみたら女だてらに武勲などを立てたことを皮肉っただけなのだろうが、この一言はピンポイントでマルグリットの地雷を踏みぬいた。
オーリンが顔色を変えてマリーを抑えようとしたが、残念ながらそれは間に合わない。
「あ゛?!」
普段のマリーを知っている者からはとても連想できない低い、ドスの利いた声。
しかし彼女をよく知るものは一度以上聞いたことがあるだろう。
嘗てマリーと共に領軍を率いて出兵したクベール家騎士団長、ロベール・ディネンセンは初めてソレを見た後こう語ったと言う。
「戦場でもあんな剣呑な顔は一度もされなかったと言うのに…」
と。
「あら、そういう貴女はベーシス家のご令嬢ではありませんか、あらあらあらあらまあまた無駄に着飾って、聞いてますのよ貴女の学園での評判、いやねぇもう卒業されて3年も経つというのにねププ…私など及びもつかない武勲を立てられたそうで、それも学園内でププ…カルアクス殿下もさぞ驚かれた事でしょうねププ…まさか王族の方…それも第一王子殿下に対して随分と高圧的に出られたようですねププ…しかも、しかもそれが玉砕戦法とはプププププ…殿下もさぞ面食らったことでしょうね!まさか王公派の諸侯家のご令嬢に、政治的に一番敬遠してる相手から…私だったらとってもそんな厚顔な真似は死んでも出来ませんわ!凄まじい武勇伝ですこと!」
エリザベートはあっけに取られた。
これまで何回かマルグリットに嫌味や悪口、直接的な攻撃をしてきたが、明確に反撃されたのは初めてだったからだ。
普段のマリーなら悪口や嫌味など聞き流し、ドレスを汚されたらこれ幸いとそれを口実に退散してきた。
そのため今回もあいまいな笑顔を浮かべてフェードアウトするものと高を括っていた。
それがまさかここまで敵意に満ちた反撃を食らうとは…。
怒涛の口撃に、自分が何を言われたか理解するのに数瞬遅れたタイミング、まだ頭に血が上りきる前にある意味追撃が入る。
「ま、マルグリットいい加減にしないか!
エリザベート・サルバトール・ベーシスご令嬢、まだ王家の方々へ挨拶も済まされないうちにわが家にご声掛けされるは他方に不敬になってしまいますぞ。
どうぞご自重ください」
オーリンはそう言うや否やマリーの手を引っ張り、エリザベートの視界から逃れるように人波をぬって壁際に逃れた。
「お父様!ナイスタイミングでしたわ!」
「はぁ…」
オーリンのため息の彼方。
人波の向こうではエリザベートが爆発してる声が聞こえる。
「まあどちらにせよそう時間はかかりませんわ。
ほら、もうアルメソルダ公家の呼び出しは終わっています」
マリーの指摘からそう時間をおかずに呼び出し係りの声が会場に響く。
「エチュドリール公爵家ご当主、、ドリオードル・ベルン・エチュドリール公爵様。
ならびに奥方、スクシア・イルンメ・サノワール様ご入場です!」
公爵家の序列はエチュドリール、アルメソルダ、リッシュオールの順である。
この次に王族が入場したら、今度は逆の順で家ごとに王族に挨拶に伺わなければいけない。
順位が下の者ほど無駄に長く待たされると言う酷いシステムだが、否応にも爵位の優位性が浮き彫りになる。
下級貴族が平民に睨みを利かせる立場なら、上級貴族は下級貴族に睨みを利かせなければならないし、王家は上級貴族に睨みを利かせなければならない。
今の王家にその力があるかは別としてもだ。
「やっぱりフランチェスカ様はいらっしゃいませんでしたね」
「うん、王子と顔を合わせる危険は冒したくなかったんだろう。
アルタイン殿下は今回出席されないと言う通知は来てたのだけどね」
新年のパーティーに用も無く欠席を宣言する。
これは立太子レースからの脱落を王家側から宣言したに等しい。
「ご側室、アンナ・アルジャン・サノワール様ご入場です!」
王妃や側室よりも王子や王女の方が地位は上である為、入場は側室から…と言うことになる。
だからと言って子が親よりも偉いとはならないところが、式典の順位の面倒くさいところになる。
第一側妃アンナは一人で進み出ると、玉座の左側に用意された専用の椅子に座る。
次に呼び出されるのは正妃で、彼女は玉座の右側に座る。
この会場で着席が許されれるのは王と妃だけの特権である。
王子の入場が妃よりも遅いのは、そういった理由もあるのかもしれない。
「王妃アルジュナ・スィン・アルメソルダ様ご入場です!」
公爵家から王に嫁いだアルジュナは実家の力で現王を王位に押し上げた自負があるためか、側室や王子たちに対して高慢な態度を取るため評判は良くない。
さらに王の寵愛は亡きクルシクス夫人に注がれていたこともあって、彼女の息子である第一王子カルアンクスを憎んでさえいると言うもっぱらの噂であった。
そしてここから王子達の入場になる。
「アーノルド・サノワール王子殿下ご入場です!」
末の王子アーノルドはまだ6歳で、緊張した面持ちで会場入りすると、母親であるアンナの傍らに立った。
王子の入場順もまた注目されるところで、最後に呼ばれるものが一番の王太子候補とされる。
去年はアルタインが最後に呼び出されていた。
「スフィーリア・サノワール王女殿下ご入場です!」
「ボルタノ・アルメソルダ王子殿下ご入場です!」
その名が呼ばれた途端に会場がざわめいた。
これにはクベール侯爵も驚きを隠せないでいた。
「まさかカルアンクス殿下も欠席なのか?」
この後に第一王子の名が呼ばれると言う事になれば、王は第二王子の代わりは第一王子と定めたということになってしまう。
誰しも今回は第三王子が暫定候補と思われていただけに衝撃は大きい。
見るとアルジュナの顔が真っ青になっている。
王妃にすら知らされずに呼び出しの順番が変えられていたというのであろうか?
「カルアンクス・クルシクス王子殿下ご入場です!」
ざわめきが大きくなる。
まさかこの後にやはりアルタイン王子が呼ばれたりはすまい。
顔を青くしている宰相や元帥、周りの反応を見るにおそらくこれは王の独断であろう。
困ったことになったとオーリンは思った。
これはアルメソルダ公家は収まるまい。
重臣である宰相に相談の一つもなしにこういう事を行うからあの王は油断が出来ない…それも悪い意味で。
今回の順番も深い意味はないのであろう。
第一王子を本気で次期王と考えているのであれば、他にもっと他にやりようはあるのだから。
「ベルン=ラース第十七代国王、ラーリ二世陛下のご入場です!」
ざわめく会場の中、物憂げな仕草で国王ラーリ二世が会場に入ってくる。
付き従う近衛騎士は十名。
王族を、国王を囲むように配置された彼らは、万が一の場合王族の盾となって死ななければならない。
もちろんこの会場は武器の携帯を禁じられているが、貴族には魔術師が多い。
もし彼らが魔術を持って王族を害そうとするならば、代わりに死ぬのが彼らの役目である。
だから、致死の威力を持つ魔術師が王族に挨拶に回ってくる場合その緊張はいやがおうにも高まる。
「新たな年が巡るを国の、王家の繁栄と共に祝うためクベール候オーリン参上いたしました」
オーリンも魔術師である事は知られているが、騎士たちが注目をし一挙手一投足に注意しているのはマルグリットである。
魔術師としての彼女はそれだけ有名になってしまっているし、もしかして戦場で彼女の魔術を見たものが居るかもしれない。
本来この場の警護は騎士6人で行うが、マルグリット対策で増員されていた。
しかし彼女がここで本気の攻撃魔術を放ったとき、自分たち全員の命を盾にしても陛下を守れるか?自信は無かった。
「オーリンが娘、マルグリットからも新年のお祝いとご挨拶をさせていただきます」
騎士たちの背筋に冷たい汗が流れ落ちる。
「マリーよく来た!」
王が口を開く前に第三王子に声を掛けられて、さすがのマリーも面食らって一瞬言葉につまった。
目だけ動かして他の王族の反応をうかがうも、みな顔をひきつらせている。
王だけは悠然と…いやだるそうに無反応でこちらを眺めている。
「…ボルタノ殿下、まだ陛下へのご挨拶の途中でございます。
それに家族でもないものが女性を愛称で呼ぶのは失礼でございますよ?」
「ぬう…すまんな、つい嬉しい事があって」
「嬉しい…事でございますか?」
このときマリーの中では最大級のいやな予感が渦を巻いていた。
公式のこの場じゃなかったら一足飛びに王子の目の前に飛び出して口を塞いでいたであろう。
はっきり行ってマリーはこのバカ王子が大嫌いであった。
幼いころから自分に付きまとい非常にウザかった上に、最愛の弟であるウィルレインに自ら作り上げた魔道具を、事もあろうに王族権限を振りかざして奪い取ってしまったのである。
この世の終わりのような顔をして、謝りながら泣き続けるウィルを抱きしめながら。
『あのバカいつか殺す!』
と誓った日の事は今でも忘れていない。
しかもこの王子、どうやらマリーが好きらしく、近寄るだけで悪寒が走る視線を送ってくるのだ。
今は我慢して対応しているが、やはり父の言葉に甘えて即退散しよう…とか考えている間。
更なる爆弾が炸裂したのである。
「見ての通り王太子の順位は兄上が上と決まった。
これで私が中立派であるマリー…マルグリットを娶る事に何の障害もなくなったのだ!」
兄弟そろってこの馬鹿は!
おそらく会場の全員が心の中でそう突っ込んだ事だろう。
当の第一王子すら弟のその発言を聞いて頬を引きつらせていた。
ボルタノ・アルメソルダ第三王子。
マリーより一つ年下の彼が王立上級学校に入学するまで、もう数日しかなかった。
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