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クロニクル アンド マギグラフィ  作者: 根菜類
第一部・マルグリット編
41/68

41列伝

やっとタイトルの元が出せました。

 マリーが目を覚ました当日の朝、彼女は早速登城する旨を(オーリン)に伝えた。


「何も目が覚めてすぐ動かなくても、まだ身体も回復していないのだし…」


「身体なら準備しながら(・・・・・・)でも回復させますわ。

 1週間も時間を無駄にしたと言うのなら、急いで準備をしないと…」


 何をするのか、しなくてはならないのかはもうわかっていた。

 フラウが夢で教えてくれたのだ。

 もちろんそれだけではない。

 それを絶対やらなければならないのは少し考えれば判る。

 あの怪物を、ドラゴンを退治しない限りこの国に未来は無いだろう。

 その"この国"のなかにヴェンヌが入っている限り、マリーは絶対引っ込んではいられない。

 あのまま地球の裏側にでも飛び去ってくれれば問題ないのだろうが、そうはならない確信はあった。


 とにかく、今出来る事はドラゴンの居所を突き止める事で、それは自分の手には負えない。

 正式に国に依頼するしかないのだ。


 マリーはクローゼットを開き、軍装を取り出した。



         ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「クベール侯爵令嬢、随分と物々しいいでたちだな?」


「場合が場合ですから」


 こういう演出は効果があるので…と心中で付け足し、彼女は第一王子(カルアンクス)に向き直った。


「今回は私の方から国に依頼があるのです…もちろんあの怪物の件で」


「まてまて、その前にこちらから聞きたいことがある」


 しゃしゃり出てくる宰相に音を立てないで舌打ちという器用な対応をすると、マリーは渋々彼らの質問に答えるはめとなった。


「まず侯爵令嬢はあの怪物を見て"ドラゴン"と呼んだそうだな?

 情けない話だが、少なくない文献を当たってなお"ドラゴン"という単語に行き当ててない。

 まずその説明が欲しい。

 アレの正体がわからぬ事には対策の立てようも無い」


 もちろんマリーがアレを一目でドラゴンと呼んだのは、その姿が伝説に出てくるドラゴンそっくりだからだ。

 アニメでもゲームでも、マンガでも見たことのあるおなじみの形。

 恐竜を思わせる巨体に蝙蝠のような羽根、爬虫類めいた頭部と尻尾、全身が鱗のようなパーツに覆われている。

 違うのその全身が完全に真っ黒…光をほとんど反射しない漆黒の姿だっただけだ。

 爬虫類の光沢のあるウロコには見えない。

 当然そんな事は説明できないが…。


「王立図書館の魔術列伝(マギグラフィ)、その雑記伝に記述がありましたわ」


 ドラゴンそのものに対する伝承はベルン=ラース王国にも伝わっていた。


 魔術列伝というのは、歴代の魔術師達の覚書を編纂したような本で、古代から近代に至るまでの数多くの魔術師達の知識の断片が雑多につづられている。

 印刷技術の無いこの時代本は全て手書きであり、困った事に全ての魔術列伝は微妙に記載事項が変わっていた。

 しかも魔術師と言うのはたいがい秘密主義で、本当に必要な知識はそんな所には残さないとも言われている。

 熱心な魔術師はより多くの魔術列伝に目を通そうとするのだが、有名で有益な内容はだいたいどの版にも乗っているため。

 結果そのうち探すのを諦めてしまうのが普通だ。

 王立図書の閲覧許可まで貰って、重要度の低い雑記伝にまで目を通すのはマリーのようなマニアぐらいだろう。


「そんな所に…」


「ドラゴンについて、先人が重要で無いと判断した事は無理も無いのです。

 読んでいただければわかりますが、実に荒唐無稽な内容で…」


「だがそれが実在したというわけだ」


「はい」


「ちなみに侯爵令嬢は内容を覚えているのだろう?

 宮廷(パレ)魔術師マギクラフターが図書館に走る間に、覚えているだけでいいから説明してくれないか?」


「ええと…ですね…。


『属性化した魔力の塊が暴走し形を纏ったもので、猛る精霊とも破壊の権化とも言われる。

 属性魔力の暴走で産まれたとされているため、魔術師が操る10属性と同じだけの種類のドラゴンが存在する…筈である。

 何故属性魔力が意思を持ったり、知恵をつけたり、半物質化するのかは謎に包まれており、どうやって誕生するかも解っていない。

 過去出現するたびに大嵐や地震、火山の噴火といった自然災害並みの被害を起こしている。

 魔力喰らいの咆哮(デボアリングロアー)破壊の息(ブレス)といった能力を持ち、自由に空を飛ぶ。

 その皮膚は城のようで、馬よりも早く疾駆する。

 人の武器は通らず、魔術の効き目も弱い。

 いつの間にか姿を消した場合と退治された場合があり、退治するには大量の魔術師を揃えて、そのドラゴンの反対属性の魔術を叩き込み続けるしかない』


 と簡単に言えばこんな感じなのですが…」


「確かに、そんな話を信じろとは無茶な事だ。

 実際に現れたわけでなければ私も笑い飛ばしていただろうな。

 だがそんな荒唐無稽な伝説の怪物も、実在するとなると厄介極まりない…。

 それも話からすると闇属性のドラゴンか、対抗できる光属性の魔術師などそなたしか知らぬぞ?」


 マリーはもう1人強力な光属性持ちの魔術師を知っているが、彼女をこの戦いに巻き込むなど絶対させる気は無かった。


「戦闘においてですが、実は勝ち目はあります」


「なんだと?!」


「あの場では予想外の遭遇で、完全に頭に血が上ってしまって使えませんでしたが、おそらく闇のドラゴンを殺しうる魔術構成(スクリプト)に覚えがあります」


 別に対ドラゴン用に作り出した構成などではないのだが、魔術の効果時間の延長と、始動時の魔力の軽減のための実験で、本来とても実用に耐えられないだろう大魔術が完成してる。

 それを対ドラゴン用にアレンジすれば、それをドラゴンを中心に発動できれば、そう悪くない確率で削りきれるはずだ。

 もちろん伝承のドラゴンの倒し方が正しいとした場合の話だが、光剣を受けたドラゴンの反応を見るかぎりいけると、マリーは確信していた。

 ただ一番の問題点は…。


「ドラゴンには魔力喰らいの咆哮も、破壊の息もあります。

 本当に翼を使っているのかあやしいですが、空を飛びます。

 そして強靭な身体と巨体とは思えぬ素早さ…それらを全て掻い潜り、その魔術の発動に成功すれば…」


「勝てるというのか?」


「もちろん1人では無理ですが、クベール領軍の出撃を…」


「それはダメだ!」


 血相を変えた宰相の発言に、マリーは不快感を、カルアンクスは焦燥感をもって見返した。


「宰相?」


「人手が必要と言うなら、騎士が必要と言うなら国軍から出そう。

 しかしクベール領軍の出陣は認められん」


 王国内のパワーバランスは、宰相にとってはドラゴン退治よりも重要な問題だった。

 不本意だが光の属性持ちの魔術師は目の前の侯爵令嬢しか居ない。

 だったら代わりの効く軍勢は王家から出さないと、退治が成功した暁にはまたクベール家に手柄を独占されてしまう。

 そうなったら今後王家の威信を保てるかもあやしいだろう。


「それとも国軍の騎士では不服だとでも言うのか?」


「はい」


「!…即答するとは」


 殺し文句だと思って吐いた皮肉を即座に切って捨てられ、宰相の顔は大きく歪んだ。


「とにかくだ、クベール領軍を王都より西に持っていく事は許可できん」


「宰相様、あなたは何が重要で何がそうでないか、解っていないのですか?」


「なんと言われようとダメだ」


「そこまで言うからには私が討ち死にした場合の責任は取っていただけるのでしょうね?」


「なんだと?!」


 愚かな事に宰相は失敗した時の事を考えていない。

 魔物退治に向かう諸侯家の娘に横槍を入れた挙句、その横槍で失敗したとなっては王家の威信どころではない。

 多くの民や貴族は有事に自分達を守ってくれると思うから、王の威信に(すが)るのだ。


「宰相の辞任程度では済まないと、理解していますか?」


「貴様…!」


「止めろフレドリッツ!」


「殿下…しかし…」


「これはお前が悪い。

 貴君のつまらぬ意地のために、また王都にドラゴンが戻ってきたらどうする」


「なんと言われようと、考えは変わりません。

 どうしてもと言うのなら私の宰相職と、兼任している元帥職を罷免してからにしてください!」


 宰相や元帥の罷免が出来るのは国王のみだ。

 もちろんリッシュオール公爵は国王がそのような事をしないと確信して言っているわけだ。

 マリーはギャストンが宰相を嫌っていた理由がわかった。

 自分が軍事の素人にもかかわらず、本人はそれを理解していない。


「すまんな侯爵令嬢…彼の言うことも宰相としては正しいのだ。

 ただ本来は元帥なり国王なりがなんとしてもその意見をねじ伏せるべきなのだが…」


 カルアンクスはチラリと会議場の空席を一瞥した。

 本来ならそこには国王が座っているべきなのだが…。


「現状まだ立太子も済んでいない私には、これ以上強権を振るう力は無いのだよ…。



         ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「失敗したわ…国になんて頼らないで自分達でやればよかった…」


 ドラゴンが何処に飛び去ったのかの情報を提供してもらえる約束だけは取り付け、マリーは侯爵邸に帰って来た。

 自分が昏睡中にもうドラゴン探索を開始していたカルアンクスの手腕には感心したが、その彼でも宰相の説得はかなわなかったのだ。

 カルアンクスの言う通り、宰相の主張としては間違ってないかもしれない。

 だが止むを得ない事情とはいえ元帥を兼任してる者の主張ではない。

 一番困るのは、本人が自分は宰相以外の職務に関しては無能だという自覚が無い事だ。

 自分が国王の唯一の味方と思ってる節もあって、なお始末に負えない。


 ともあれクベール軍の投入は国として禁止されてしまった以上、王都に呼び寄せるわけにも行かない。


「私の護衛として3名が限度…かしら?」


「姉さん」


 マリーの呟きが耳に入ったか、正面でお茶のご相伴に預かっていたウィルがマリーの思考に割り込んできた。


「いえ、姉上…その3名の中に僕を入れてください」


「ダメよあなたは…」


「侯爵家の跡取りと言う理由では引き下がれません。

 今回の相手は人間ではないでしょう?だったら僕の魔術は絶対必要になります!」


 珍しくマリーは返す言葉はを思いつかなかった。

 信頼できて尚且つ充分な力を持つ魔術師など、他に心当たりが無かったからだ。

 当初の予定ではクベール軍の従軍(ゲール)魔術師(マギクラフター)から決死隊を募るつもりでいたが、その案は宰相の反対であえなく費えた。

 こうなると1人で数人分の仕事が出来る魔術師など他に思いつかない…一人居るには居るが、7歳の妹などドラゴン退治に伴うわけにはいかない。

 じゃあ13歳の弟ならいいのかというと、それも違うのだが…。


「それに…もちろん死ぬつもりはないですし、姉さんと共に帰ってくるつもりですが…跡継ぎにはまだエリオットが居てくれます」


「ウィル!」


「ですから、万が一…です。

 僕だって別に死にたいわけでも、死んでもいいと思ってるわけではないですからね。

 それを言うなら姉上も死ぬ気は無いのでしょう?」


 最悪相討ちを狙うつもりだったとは、口が裂けてもいえなかった。

 

「そ、そうね…」


 マリーは考える。

 果たして宮廷魔術師達は当てにできるのだろう?

 質も士気も期待できないどころか、同行者が出る事すらあやしい。

 そうなった場合相討ちにでも持っていけるのか?

 相討ちならOKだと自分では判断しているが、討ちもらしでもしたら全てが水の泡だ。

 そう考えるとウィルの加勢は喉から手が出るほど欲しい事ではある…。


「お父様に…」


 ウィルを巻き込みたくは無かったが、それで負けてしまったでは済まないのも事実だ。

 自分が負けたら次は家族にドラゴンの爪が振り下ろされるかも知れないのだ。


「お父様の許可がもらえたら…」


 もうはやマリーには判断を父に丸投げするしか無かった。



         ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「ダメ!ダメに決まってるだろう!」


 珍しく強い口調で切り捨てたオーリンに、それでもウィルは食い下がった。


「しかし姉上だけを行かせるなど…」


「誰がウィルだけダメだと言った?

 もちろん、マリーもウィルもだよ。

 ドラゴン退治などに行かせられる訳はないだろう?」


「お、お父様?!」


「宰相がああ言っていただろう?この際全部国軍に任せればいいさ」


「無理ですわ、彼らは無駄死にしてしまいます」


「そんな事は私の知った事ではないよ。

 国や王家と可愛い子供達を天秤にかけたなら、私は迷い無く子供達を取るだけさ」


 そう言えば宰相は本当に国軍だけ出陣させるだろう。

 彼らは無駄に命を散らすに違いない。

 マリーも敵として立つ相手にも情けをかけるようなロマンチストではないが、そうではない多くの人間を無駄死にさせても平気なわけではない。


「ダメですお父様。

 それでは私を守る事にはなりません。


「どうしてだい?」


 問いかけるオーリンの眼差しはあくまでも優しかった。


「あのドラゴンは何れ私を標的に狙うでしょうから…」


「どうしてそう言いきれるんだい?」


「私が、私の魔術のみがあのドラゴンを傷つける事が可能だからです。

 今までも、そしてこれからも」


「それを理由にドラゴンはマリーを狙うというのかい?

 そんな知能は…」


「ありますわ…だって」


 マリーはドラゴンの漆黒の目を思い出して身震いをする。

 その目に確かに強い意志の力があったのだ、アイシャに喰らいつこうとする時のあの目には…。

 あの生き物は決して生かしては置けないと、マルグリットに決心させうる邪悪な意思を宿していた。


「アレは楽しみながら人を殺していたんですから!」

 


         ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 マリー達クベール家一党は、王都にクロードとマルク、そしてシャンブルを呼び寄せた。

 ウィルを含め、侯爵家の個人的護衛という事でどうやらねじ込む事はできたらしい。

 宰相はウィルの同行すら強固に反対したのだが、王宮魔術師たちが同行を拒否する段となって渋々受け入れた。

 護衛の1人が牙人(ガルー)ということにまたひと悶着あったが、彼がベーシス家の騎士団長を討ち取った功労者であることでなんとか押し通した。

 ドラゴンの巣…のようなものがどんなところにあるかは知らないが、それが人の生息域では無い場所にあるのは確かだろう。

 そうなった場合、牙人の先導役が居るかどうかは死活問題になる。

 クロードは騎士団随一の槍の名手である。

 弓術にも長け、怪我の少ない騎士の中でもっとも怪物退治に向いているという判断で選ばれた。

 マルクは特に若い騎士だが、野営などの行軍知識に優れていた。

 これは従士時代にその大柄な体躯を見込んで叩き込まれたからなのだが、今回はその大柄な身体がマリーの盾に向いていると、騎士団長に言い含められての参加だった。

 もちろんそんな事はマリーには言えないのだが。


 彼らが準備を念入りに行っている間にも、事態は刻々と動いていた。

 カルアンクスの指示で出されていた調査隊が、ドラゴンが飛び去ったかなり正確な位置を掴んだのだ。

 それはカラク山脈でも最も険しく高い山、天を支える霊峰ディノクレス近辺だった。

 もちろん彼らにはその高さは曖昧にしか測れないのだが、1と1/2リーンと142クォート(約6355m)の標高を誇り。

 同じく1と1/3リーン(約5333m)以上の高山に囲まれている。


 もちろん、麓近辺で…


「鳥とは違う黒い影が飛んでいった。

 あれはディノクレスの方だった」


 という目撃情報をけっこうな数拾えたからで、調査隊は勇敢にも痕跡を追って山中に踏み込む予定だとか。

 森の中や山中にも浅い場所なら集落が多数点在している。

 それらを回りながら目撃情報を拾っていくそうだ。


「調査隊を追いかける形にすれば、大幅な時間短縮が出来ますね!

 ドラゴンは傷を治そうとするでしょうから、早く見つければ早いほど有利になります」


 こちらは朗報の方だったが…。


「同行する国軍が近衛騎士団長とはどういう意味ですか?」


「国王陛下直々のご下知だ。

 ありがたく彼らをお借りするがいい」


 マリーは心底呆れた。

 よりによって王の太鼓持ちと名高い近衛騎士団長が、一団を率いてマリーに同行するというのだ。

 これは騎士団長アルバート・スタードが先の戦争で手柄を得る機会がなかった事で、出陣を国王に頼み込んだと言う。

 悔し涙を流しながら国家騎士団の団長が謝りに来たのだ。

 マリーにしてみれば彼らでも不足だったのだが、さらに酷くなった事態に頭を抱えた。

 これでは行軍すらままならない可能性もある…時間との戦いになるだろうというのに。

 あまりのショックに同行する一隊の名簿を見るのを忘れてしまった。

 そこにアルウィン・スタードの名前を見つけていれば、王宮に怒鳴り込んででも、代わりにアランを立ててでも拒否しただろう。

 だが気づいた時には全てが遅かった。



 王都からは船で出発する。

 ジュヌまで…今はレ・ジュヌとなっているが…大型船でミリュエレ湖を横断し、そこで小型船に乗換える。

 その船でアンカラク川を遡れるところまで遡るのだ。


 残念ながら今度の旅は愛馬(ショセット)は連れて行けない。

 当然怪我が治っていないアイシャも同然だ…こちらはかなり愚図られたが、移動するにも足手まといというマリーの言葉にうなだれた。


「マリー様、絶対戻ってきて…約束」


 彼女がおずおずと差し出した小指に、自分の指を絡める。

 思えばこの"指きり"もマリーが教えたのだった。



 幸い今はまだ乾季。

 川の流れは穏やかで、遡る船足は軽やかだった。

 船上でも近衛騎士団に緊迫感は無かったが、彼らが妙にギスギスしているのは見て取れた。

 どうやら騎士団長は騎士団の中でも人望が無いという噂は本当のようだった。

 もっともクベール家の一党はそんな彼らの相手をしている暇は無い。


 命がけの戦いに挑むのだ。

 準備はやってやりすぎと言う事は無い。

 船上なのをいい事に打ち合わせや武具の手入れ、他の装備品の確認や調整に余念はなかった。


「みんな、ごめんなさいね」


 不意に声をかけたマリーにクベール騎士たちは怪訝な眼差しを向けた。


「こんな危険な冒険に連れ出したりした」


 そんな事を言われた3人は顔を見合わせると、誰からともともなく噴出し笑い出した。


「マルグリット様に今更そんな事を言われるとは思いませんでしたよ」


「お嬢が弱気になるなんて…」


「俺達の命はマルグリット様に預けます。

 存分に使ってください…さもないと帰ったあと母に怒られます」


 そして次々に彼女に思いを吐露していった。


「お嬢、俺達にも家族がいます。

 それを守るための戦いだって充分に理解してますよ」


「シャンブルの言う通りです。

 俺らはマルグリット様のもと故郷を守る為に戦うんです。

 こんな名誉な事はありませんよ」


「みんなクベール家には帰しきれない恩があります。

 それを少しでも返す機会を与えていただいた事に、むしろ感謝しています」


「マルク、お前口が上手いなぁ。

 よし、今度その台詞(セリフ)真似させてもらおう」


「今までだって言いたい事は色々あったんですよ、この際だから言わせていただきますが、みんなお嬢にはしきれない感謝をしているんです」


「騎士の矜持も、ヴェンヌの住民としての誇りも、そして家長として妻や子供達に対しても。

 常に胸を張っていられるのは侯爵家のおかげです…特にマルグリット様、あなたの」


「みんな…なんで…」


「なんでは無しですよ、それが騎士です」


 マルクもやはり思うところがあるのか、近衛騎士たちをチラリと見てそう付け足した。


「怖くないと言えば嘘になるでしょう。

 でもですね、そういって怖い事から逃げた騎士にはもっと恐ろしい事が待っているんです」


「そう家族を、故郷を守る事が出来なかったら、生きていられませんよ。

 人であろうと牙人であろうと…ね」


 やがて船は最後の集落である木材の切り出し地に到着し、彼らを地上に下ろした。

 ここで荷馬を調達し、荷物をいける所まで運んでもらう事になる。

 調査隊はここから徒歩で3日の距離にある山中の集落まで追跡して行ったという。


 当面の目的地はそこだ。

 幸いそこまでは険しいながらも道がある。

 まあ問題は無いだろう。

 一行は木陰から天を突く、ディノクレスの威容を見上げた。



         ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「調査隊はこの先の山師のキャンプ地だかに向かったそうです」


 クロードの報告に全員の緊張感が高まる。


「採掘地を探すための一団だそうで、もう数年前に帰ってこなかったというありがちな話なのですが…」


「そっちに飛んでいったという目撃情報があるのね?」


「はい」


 マリーは覚悟を決めるように息を大きく吸うと、討伐隊の隊長らしく宣言を発した。


「それでは、調査隊の後を追いましょう。

 みなさん準備を」


 全員が装備の再確認を始める中、マリーは1本のリボンを取り出すと髪を後ろで縛った。


「フラウごめんね、死んでまであなたに頼っちゃって…」


 祈るように目をつぶり、心中のフラウに語りかける。

 半分ほどで千切れた青いリボンだったが、マリーの髪を後ろでまとめるには充分な長さはあった。


「お願い、フラウ、私を守って!」


ディノクレスはここらへんで一番高い山なんですが、高さそんなでも無いですね。

地球じゃベスト100にも入りません。

アコンカグアよりも500mぐらい低いです。

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