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クロニクル アンド マギグラフィ  作者: 根菜類
第一部・マルグリット編
38/68

38未練

 ユーグ・シアン・リオンロア侯爵子息は突然の来客に戸惑っていた。

 それが昨日反乱軍を蹴散らし王都に凱旋してきた光刃の(スプラデュール)戦乙女(ヴァルキュリエ)だとすればなおの事ではある。

 ただ、父の訃報を届けてくれたのが彼女だと聞いていたのもあって、なんとなく来訪の意図は察していた。


「まずは突然の来訪の失礼をお詫びいたします」


 貴族が他の家に訪れる場合、数日前から先触れを出しておくのが当然である。

 マリーも先触れの使者を出すには出していたが、使者が来訪を告げた当日の来訪など無作法と取られても仕方ない。

 これは一晩悩んだすえに、やはり侯爵の言葉を、未練を伝えようと思い立ったのが今朝の事で、もう一つの未練と向き合うための決意表明のためでもあった。


「場合が場合なので、致し方ないと考えます。

 して、クベールのご令嬢の来訪目的を伺ってもよろしですかな?」


 ユーグからはギャストンと違い、貴族の付き合いに卒がない印象を受けた。


「一つはお詫びです」


「侘びですと?私に対してですか?それとも当家に?…どちらにせよ心当たりはございませんな。

 王都を開放していただいた英雄から侘びなどと…」 


 その貴族然とした態度には尊敬すら覚える。

 獅子哮侯爵(ギャストン)ならこんな腹の探りあいの前哨戦など、大声ですっ飛ばしてしまうかもしれない。


「両方…と言ってよろしいと思います。

 お父上、ギャストン・トゥールス・リオンロア侯爵様は…私を庇って命を散らされました」


 初めてユーグが動揺した気配を感じた。

 ギャストンの言い残した事があの夢が本当なら、その動揺には心当たりがある。


「その際侯爵様より末期(まつご)の言葉を頂いております。

 それがこちらに赴いたもう一つの用件です」


 流石に死後受け取った言葉などとは言えないが、これはどうしても彼の家族に伝えたい事だった。

 リシャールには伝えていない、別に伝えるまでも無いと判断したからだ。

 だがギャストンの家族、その子息と孫には伝えなければならない。


「侯爵様は悔いておられました」


「悔いる?何をでしょうか?

 父は戦のうちで逝けたのでしょう?ならば幸せだったと思いますよ。

 しかも名高い戦姫のあなたを救っての事であれば、きっと満足して逝けた事でしょう!」


「あなたと、あなたのお子様に、厳しいだけの当主であった事を、父親らしい交流をしてこなかった事を…です」


「ばかな!

 …いや、失礼…」


 ユーグの露骨な動揺に、マリーは自分の考えが正しかったと半ば確信できた。

 夢の中で侯爵が言っただけの事だが、どうやら言った事自体は正しかったようだ。

 

「本当に父があなたにそんな事を打ち明けたのですか?」


「いいえ…ただ侯爵様は、私を庇った事についてこう仰られたのです。

 私やオランジュ侯爵子息の事を、つい息子や孫と重ねてみていたと、孫に凶刃が振るわれそうなのを見て体が動いてしまったと…」


「それは別に悔いていたとは違うのではないでしょうか?」


 いくぶんか自分を取り戻したユーグはどうやらマリーの勘違いと結論付けたいようだが、それは父を許せないからだと。

 父の後悔を認めたくないからだとマリーは判断した。

 もちろんいまだに夢の話に自信がある訳ではない。

 だが、だからと言って知らないフリは出来ない性格なのだ。


「いいえ、だって侯爵様は未練と仰っていたのですよ?

 もちろん私はリオンロア家の事に立ち入るつもりも、資格もありません。

 でも侯爵様に命を救われた身としては、かのお方の今際の気持ちをご家族に伝える義務があると思っています。

 だからあなた方には、リオンロア家の方々には、侯爵様の後悔と愛情を知っていただきたかったのです」


「愛情…ですか?それもあなたの?」


「いいえ、あなたを、お孫さんを愛しているとは、侯爵様ははっきり仰いました」


 これ以上はないという言い切りをもって、マリーはユーグの否定を遮った。


「私が承りましたのは、あなた方への愛情と、それをあらわに出来なかった未練だけです。

 たしかにそれ以上はあなたの言う通り私の想像でしかありません。

 だいたい…侯爵様はそれをあなたに伝えてくれとも仰いませんでしたし…」


「じゃあ何故!…では何故、そんな事を私に伝えに来られたのですか…?」


「そうするべきだと思ったからです。

 侯爵様のためにも、あなたの為にも…そして私のためにも」


 ユーグは長い間黙りこくると、やがて弱々しく口を開いた。


「未だに父がそんな事を言ったとは信じられません。

 しかしあなたに対してそんな話を吹き込んだのが、父以外にいるとも思えないのもまた事実です。

 解りました確かに承りました…父の真意はどうであれね」


 そのように言い捨てたユーグであったが、マリーの目にもその動揺は見て取れた。

 彼はマリーから告げられた父の言葉を自分の中で消化できずにいた。

 だがもうマリーから彼にかける言葉は残っていなかった。

 ユーグは最後に、暫しの逡巡を持ってマリーに尋ねた。

 それはその言葉に興味を持ったというよりは、何かしら会話して間を持たせたいという苦し紛れの気持ちからだった。


「では、あなたの為とはいったいどういう意味でしょうか?」


「それは、私の未練に向き合う為に。

 私に対するもう一つの未練に向き合う為に」



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 同日、マリーはもう1箇所の訪問先を訪ねていた。

 こちらは、はたして申し込んで当日に許可が下りるとは思っていなかったのだが、拍子抜けするほどあっさり許可は下りた。

 宰相が手を回していてくれたのか、今や腫れ物となった第三王子(ボルタノ)に周りがどう接していいのか困っていたのか?

 恐るおそる通されたのはそれなりに豪華な部屋だった。


「おお!マリー!早速来てくれたのか」


 昨日に比べてだいぶ元気なボルタノの態度は、むしろマリーの心をかき乱した。


「第三王子殿下、他家の女性を気軽に相性で呼ぶものではありませんよ?」


「うむ、しかし私とお前の仲ではないか?

 私の事もボルと呼んでもいいのだぞ?」


 ここでマリーは息を呑んでしまった。

 流石に愛称呼びは出来ないが、ボルタノを名前で呼ぼうか迷ったのだ。

 どういう行為がボルタノの未練を除いて、どういう言動がボルタノの未練を増すのか。

 そんな事を計りかねていた。

 名前で呼ぶ事でかえって彼の未練を強くしてしまうのではないか?


「それより、今日はドレスなのだな!

 …ドレスや制服の時はいつもの髪型をするのではなかったか?」


 やはりマリーの事を本当に良く見てたのだろう。

 昨晩湯浴みをしてさっぱりしたとはいえ、いつも髪を編んでくれるフラウが王都にはいないのだ。

 今日のマリーは髪をまとめずそのまま流すだけの髪型だった。


「ええ…いつも髪を編んでくれる侍女を西部に置いてまいりましたので…。

 王都周辺が落ち着いたなら、こちらに向かってくれると思いますわ」


 当のフラウと、そしてアイシャは王都が落ち着いたという連絡も受けぬままにさっさとリーヌを出てこちらに向かっているのだが、そんな事まではマリーの知る由ではなかった。


「では、こちらは当家で焼いたお菓子です。

 殿下の無聊(ぶりょう)を少しでも除ければとお持ちしました。

 よろしければ召し上がってください」


「そうか!たすかる…だれか!お茶を頼むぞ…もちろんクベール侯爵令嬢の分もだ」


 早くもマリーは後悔していた。

 ボルタノの上機嫌が胸に刺さるのだ。

 だがその後悔している自分にすら情けなさと怒りが湧き上がって、どうしたらいいか解らなくなっていた。

 今ままでの好き嫌いでハッキリ分けられていた世界が恋しいとさえ思った。

 ボルタノの心など知らなければそのままでいられたのに。


「殿下、一つお聞きしてよろしいでしょうか?」


「なんだ?一つといわず幾つでもいいぞ」


「何故、ジェンヌを脱出されたのですか?

 ジェンヌを抜け出されなくとも、おそらく国の殿下に対する対応は変わらなかったと思います」


「それはな…」


 おそらくその問いを待ったいたのだろう。

 手に持ったカップをソーサーにそっと下ろすと、ボルタノは正面に向き直った。


「クベール侯爵令嬢、君の敵として死にたくはなかったのだよ」


 普段とは違う芝居がかった口調だった。

 もしかして練習していたのか?と思うほどボルタノには似つかわしくなかったのだが、不思議とその言葉はすっと入ってきた。

 たぶんゆるぎない本音だったからなのだろう。

 マリーはその言葉を肯定するために、ボルタノを見つめながら軽く頷いた。


「まさか信じてもらえるとは思わなかったな」


 ふたたびソファーに斜めに座り、背もたれに腕をかけ足を組んだいつものポーズをとると、拍子抜けしたかのように彼は言った。


「否定されたらどう言ってやろうかと、考えていたのが無駄になったな…」


 美味そうにそのままのスコーンに齧りつくボルタノの行動全てがツッコミ待ちに見えて、マリーは対応に悩むはめになった。

 ともすれば、もしかして今までのボルタノの傍若無人な振る舞いすら、自分にかまって欲しかったのではないか?

 などという思い上がりに呑まれそうになる。


「殿下、それはジャムやクリームなどを塗って食べるお菓子です」


「ふーん、そうか…この歳まで知らなかったわ」


「お貸しください…殿下は生クリームとか平気でしょうか?」


 マリーの手でイチゴジャムと生クリームをたっぷり盛られたスコーンを受け取りながら、ボルタノはソワソワした態度を隠そうともしなかった。

 現状に面食らってるのは何もマリーだけではない。

 ボルタノもマリーの態度の変化を感じ取り、どうしたらいいか見失っていた。


「そうだ、マリー…今のうちにこれをかえしてしまわないと」


 ボルタノが差し出したのはウィルから取り上げたあの魔道具だった。


「よろしいのですか?私から嫌われてまで欲したものではなかったのでしょうか?」


「お前が作ったものだから欲しくなっただけだ…」


 あっというまにスコーンを平らげたボルタノは、庶民が一生かかっても口に出来ないような高いお茶でそれを流し込んだ。


「私がお前に抱いている感情は、愛とか恋とか、おそらくそんな高尚なものではない。

 言うならば執着…今ならば未練だ、な」


 本当はどうだったかもう解らない。

 だがボルタノは自分の愛や恋などでマリーを(けが)したくなかった。

 だからあえて否定した。

 自分でそう思い込むかのように。


「殿下が私に執着する理由がわかりませんわ…」


「覚えてないのか?」


 思ってもない悲しげな声を出してしまい、ボルタノは己を恥じた。

 こんな物欲しそうな反応をするつもりではなかったのだが…。

 だがマリーはそんなボルタノを置いて話を続けた。


「私が殿下に始めて会ったのは第一側妃様主催のお茶会で、たしか私が6歳のころでしたかしら?」


「なんだ、覚えているではないか」


 ボルタノにとってあの日の事をマリーが覚えている事は重要だったのだろう。

 これはずっと気になっていた事なのだが、怖くて聞けなかった事でもある。


「始めてお会いした時の事は覚えていますが、それがどうして殿下に執着されたか心当たりがございません」


「私の目を見た」


「は?」


「私が覚えている限り、私の顔を覗き込んだ始めての相手がお前なのだ…マルグリット」


「殿下…」


「そして私の頭を撫でた初めての者でもあったな…そして、望んでも手に入らなかった初めてのモノだ」


「私は…そんなたいそうな事をしましたでしょうか?」


「そうだろうな、お前にとってはアレぐらいの事当然のように行っていたのだろう。

 だがそのような者は、王宮にも、そこに出入りするような中にも居なかった。

 私の世界にお前しか居なかったのだ…だからこそ、私は執着したのだろう」


 ボルタノは涙があふれそうな目元を隠すようにうつむくと、もはや独白に近いその告白をはき続けた。

 語りだしたら止める事が出来なくなっていたのだ。

 こんな筈ではなかったと、心でマリーに謝りながらも彼はそれを続けた。


「ウィルが羨ましかった、憎かった。

 弟に生まれたというだけどお前の愛情を独占していたのだからな!

 こんな事をしてもお前から嫌われると解っていても、止める事が出来なかったのだ…」


 短剣形の魔道具(エクレ・ラム)を握り締めるボルタノの手に手からがこもっていくのが見て取れる。


「正直言って楽しかった、お前の態度に一喜一憂する事が。

 だが苦しかった、お前がウィルばかり見て私を見ようとしない時が」


 ボルタノはもう流れ落ちる涙を拭おうともしなかった。


「やはりおかしいのだ私は。

 こんなおかしい人間はお前に相応しくないのだろう…」


 逃げたいと言う気持ちは遥かに大きくなっていたが、マリーはそれに立ち向かう覚悟は決めていた。

 きっと彼をここまで追い詰めてしまった責任の半分は私にある。

 もう半分は歪んだ王家だろうが…彼は奇跡的まで歪みの少ない王子だったというのに!


「そんな事はありませんわ。

 ボルタノ様は私を買いかぶっているのです。

 いえ、買いかぶっているのは私だけでなく、あなた様以外の世間全てを…でしょうか?」


「どういう意味だ?」


「私は、私と世界はあなたが思っているほど清廉でも穏やかでもありませんよ。

 そして歪んでいるのは王家や公爵家だけではないのです。

 私だって、あなた様にとても言えない後ろ暗い事の1つや2つ、3つや4つ持っていましてよ?」


「お前が?」


 上手く言えない。

 もっと綺麗に言葉を紡げない自分の口に腹が立つ。

 もっと上手に纏められない自分の頭が情けない。

 今のこの気持ちを伝えるべきなのに、それが言葉に浮かび上がってくれない。

 この人を救えなくてなんの生まれ変わりだ。

 この人を救えうるのは自分だけだというのに!


「私は、上っ面をだけをみて人を嫌い、そして見捨てるような底の浅い人間です。

 私に人を見る目が少しでもあれば、あなたをそんなに苦しめる事はなかったでしょう…」


「そんな事は…」


「ですが私だけではありません。

 あなたを苦しめているものも、安らげているものも、それぞれに矮小な世界を持っていてそれを守っているのです。

 殿下が、ボルタノ様が自分の世界を守ろうとした事を、どうして私が責められましょうか?」

 

「自分の世界か…確かに、言われてみれば、セドリックもアランも、そしてエイム子爵令嬢も。

 それを守る為に命を賭けたのかもしれんな…おっとアランは生きているか」


 アランが命を賭けた事には違いない。

 彼は命も任務も奇跡的に守りきっただけなのだが。


「アランは面会にこられたのですか?」


「ああ、昨日の夜にな…申し訳無いと泣かれてしまったが、こうなった事にあやつに一片の責任も無いだろう?」


「そう仰られる事の出来るボルタノ様であれば、きっと理解されると思います」


「叔父も母も、自分の世界を守りたかっただけなのかもしれんな…」


 ボルタノは今まで父や母、そして叔父達を顧みる事はなかった。

 その必要もなかった訳だが、自分と、そしてマリーと同じと言われると省みなかった自分にも責任があるように感じる。


「それでもやはり、他の人の世界を脅かせば彼らに対抗はされるでしょう…私が言う事ではないでしょうけど」


 この国と言う世界を破壊しようとした彼らは、この国を守ろうとする勢力を前にに潰えた。

 それもまた当然の事なのだろう。


「ですから…いえ、ですからではないのですが…。

 ボルタノ様、王都から逃げませんか?」


「マリー!」


「西部に逃げれば王都からは追っ手もかからないでしょう。

 第一王子(カルアンクス)殿下の前に纏まろうとする王家と家臣たちにとって、あなたは邪魔者です。

 宰相も決して積極的にあなたの命を救おうとは考えないでしょう」


「いや、違うのだマリー。

 それは違うのだ…それは、私にとっての守りたい世界ではないのだ。

 こんな事言うのはらしくないと、お前は笑うかもしれん。

 だがな、王家の秩序も私の守りたい世界の一部であるのだよ…今まで王家によって生かされていた私が、今更王家に背を向けて逃げる訳にはいかん。

 と、そう思うのだ」


 王になどなる気は無い、それは紛うことなき彼の本音であった。

 思えば数年前の王城での新年会も、呼び出し順が変わったのは彼の仕業であったかもしれない。

 マリーに結婚を仄めかす不利をしてカルアンクスを立てたのも、王太子を逃れる工作だったのかも?

 もちろんダンネル等に対する嫌がらせも多くあっただろう。


「だいたい今私が逃げたら国が割れかねん。

 それは…嫌だ」


「ボルタノ様…」


 今度こそマリーは己を悔いた。

 自分の行動こそ彼はここまで追い詰めたと悟ったからだ。

 彼はやはり王家にしか寄るものがなかったのだ。

 マリーがもっと彼の事を見ていて、そして交流していたら…きっと話は違っただろう。

 ボルタノの執着を、もっと違うものに昇華できていたなら…。


「また、尋ねてきてくれるか?」


 自分の命は長くない。

 そんな事は嫌と言うほど自覚しているボルタノだった。

 そんな自分に、自分と違って将来のあるマリーの時間を割かせていいのだろうか?

 彼はマリーに対しては相変わらず卑屈さを収められないでいた。


「ええ、よろこんで…」


 2人の邂逅はボルタノの処分が決定されるまで毎日のように続いた。

 それは蜜月というにはあまりに拙く。

 そして短い日々だった。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 元公爵(ダンネル)元王妃(アルジュナ)の見苦しさは王都を呆れさせた。

 そして泣きじゃくるだけの第二王子(アルタイン)の情けなさもまた目を被わずには入れれなかった。

 もっともカルアンクスの慟哭は、死んだミリリ・アパルト・エイム子爵令嬢に向けられてのものではあった。

 それに対して、最後まで堂々と処刑台に臨んだボルタノには少なからぬ惜しまれる声が聞こえた。

 しかしその罪が減じられる事は無く、連座としてその命を召される事と成った。

 唯一救われたのは彼本人には罪が無いとされ、王族として王子として埋葬された事だった。

 それは彼の誇りであり、守りたかった世界を死んでも守る事になったのだ。


 彼の望みは自分が死ぬ事を含めて全て叶ったと言えるだろう。

 最後の日にマルグリットから念願の愛称呼びを受け、彼は笑って刑場に歩みを進めた。

 もちろん思い残す事も未練もは多くあっただろう。

 だがそれらを心の中に隠し通する程度の矜持は、この数日の語らいで手に入れていた。


 第三王子ボルタノ・アルメソルダ・ベルン、享年14歳の若さだった。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 ダンネルらが吐き出した極上の負の感情は、他所で食事中だったソレ(・・)の感心を引くほど強かった。

 ソレ(・・)は歓喜した。

 目覚めてから、いや眠りに付く前から見てもそれ以上の美味そうな臭いを嗅いだ事は無かったからだ。

 原始の世はもっと単純な恐怖や怒りしかしらず、今のように感情や(しがらみ)が複雑化していなかったのだ。

 塩すら振らない焼肉しか食べた事のないモノが、勢を凝らしたソースを絡めたローストビーフの臭いを嗅いだらどう感じるだろうか?


 それは歓喜と共に翼を広げた。

 その翼は今度こそその禍々しい巨体を宙に運ぶほどの強靭な力を手に入れていた。

 ソレ(・・)は歓喜の咆哮を放った。


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