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クロニクル アンド マギグラフィ  作者: 根菜類
第一部・マルグリット編
36/68

36咆哮

 敵陣を魔術で確認したマリーは、その中で唯一顔に見覚えがある男。

 トレノア・エペイスト・ベーシス当代侯爵に狙いをつけた。

 状況から彼がこの軍の司令官と判断したというより、判別できる唯一の貴族が彼だけであったのだ。

 遠視(ズーム)の魔術で確認すると同時作業で、弓のような形の力場のカタパルトを作り出し。

 もう無意識でも形成できるほど親しんだ、剣の形をした光の攻撃魔術をそこにつがえる。

 狙いを絞れるほどの体力も魔力も残っていないし、そんな時間的余裕も無い。

 そのまま光剣を射出すると同時に、魔力枯渇の症状に襲われそのまま意識を手放した。

 その一撃がまさに標的の胸を貫いたのを見ることもなく…。


 ベーシス侯爵(トレノア)は、突然自分の胸から生えたように見えた光の剣を唖然と見た。

 光剣(それ)は胸を貫通し、そのまま背中に抜けていた。

 彼は数秒間その光剣の柄を眺めていただろうか?

 やがてそれを構成する魔力が大気に拡散して消えると、吐血と同時に崩れ落ちた。


「こ、侯爵様!」


 慌てて騎士団長が駆け寄るも、その傷は致命傷であった。

 出血と、肺を破られた事による呼吸困難が合さり、もう彼の呼吸は止まっていた。

 もう悪夢とまで言っていい出来事だ。

 突如現れた騎馬隊が重装歩兵を薙倒したかと思うと、彼方の敵陣から攻撃魔術が飛んできて主君の命を奪ったのだ。


 老騎士はトレノアに対して、自分が自覚していた以上の恩義と忠義を感じていた事を、彼を失って初めて自覚した。

 思えば国軍時代にはいい思い出は無い。

 先代の元帥(アルメソルダ)時代から仕えているが、無能な上層部に苦労ばかりさせられて、しかしその苦労は報われる事もなかった。

 だがベーシス幕下でその指揮や作戦の手腕を振るう機会を得たとき、ようやく今までの苦労が報われたと思ったのだ。

 ベーシス侯爵は確かにこすい陰謀家で、友軍といえども他家の兵はぞんざいに扱うが、直接の配下には理不尽な事は言わない。

 何より部下の言うことを良く聞いてくれた。

 彼の元で初めて騎士として働いていると感じたほどだ。


 そんな主君があまりにも理不尽な方法で殺された。

 彼の心が怒りに染まるまでそう時間はかからなかった。


「おのれ!」


 彼は手近な馬に飛び乗ると、剣を抜く手ももどかしげに単騎で敵陣営に切り込んだ。

 狙うは卑怯にも主君を魔術で射殺した、クベール家の女魔術師!

 最後の力で突撃を行ったクベール騎兵達は、既に戦える常態ではなかった。

 その脇をすり抜けるように疾駆する一騎の騎馬を止める力すら残っていないのだ。

 彼はその目に焼きついた光剣の軌跡を追いかけて、敵陣に切り込んだ。


 この時もし彼が軍を指揮して包囲戦を継続していたら、西部軍は殲滅されていただろう。

 せめて速やかに撤退させていれば次の戦闘に戦力を温存できたかも知れない。

 そうしたほうが主君の敵討ちには確実な方法だっただろう。

 なにより彼は騎士団長としてベーシス領軍に責任があるのだ。

 その軍をベーシス家の元に連れ帰るという責任…それを放棄して走る彼にはやはり騎士団長という身分は荷が勝ちすぎた。



 魔力枯渇で失神したマリーを抱きとめたのは、やはりまたシャンブルだった。


「お嬢!しっかりしてください!…だから言わんこっちゃない!」


 以前は半日ほど眠った後に目を覚ましたが、今回も同じかどうかはわからない。

 実際倒れる彼女を受け止めたとき、その体はぞっとするほど冷たかった。

 体温の急激な一時低下は魔力枯渇の一般的な症状だが、シャンブルにはそんな事は解らない。

 だからゆっくり体温が戻っていくマリーを感じて、すこしホッとして…油断してしまった。

 他の騎士達も同じだ。

 それだけマリーの昏倒は彼らに対して大きなショックだったのだが、そのため迫る一騎駆けの騎士の接近に気づくのが遅れた。

 気づいた時にはもう数歩の位置に彼が身を乗り出し、突き出す剣が迫っていた。

 その時シャンブルに出来たことは、マリーを抱きかかえて自分の身体を盾にする事だけだった。

 だが同時に彼はその身一つではマリーを守りきれないとも自覚していた。

 騎兵の勢いに乗った突撃は、たとえ片手に構えた長剣だろうと自分の体ごとマリーを刺し貫くだろうと。

 だが、だからといって、マリーの盾にならない選択肢はシャンブルには無かったのだが。

 

 しかしその切っ先はマリーどころか、シャンブルに届くことも無かった。

 彼らから二歩のところでそれを受け止めたのは獅子哮(リオンロア)の名をいただく赤ら顔の偉丈夫だった。

 老人の腹はその剣先を飲み込み、その手は剣をつかんだ老騎士の腕を受け止めていた。


 一瞬だけ時間が止まったようだったが、流石訓練されていた騎士の反応は早かった。

 オルソンが槍で老騎士を馬から突き落とすと、膝を突き立ち上がろうとして彼の喉には斥候部隊の小剣が食い込んでいた。

 自分の喉を掻っ切った牙人(ガルー)の戦士を見た彼の息の止まった唇は、それでもその動きだけで牙人を侮蔑する言葉を紡いだ。


「へっ、お前にはお似合いの負け惜しみだぜ…」


 シャンブルの言葉が届いたのか、無念の感情か、その顔を激しく歪ませるとそのまま絶息した。


「侯爵様!ギャストン様!」


 リオンロア侯爵(ギャストン)の回りには騎士が集まっていたが、彼らのどの目から見てもそれは致命傷だった。

 もしマリーの意識があれば、その魔術で老侯爵の命を拾うことが出来たかもしれない。

 クベール軍の人間は何回か軌跡といえるその手腕を目撃したことがある。

 だが彼女は魔術の使いすぎで意識を失い、それを守るためにギャストンは命を使ったのではなかったか?


「ま、マルグリット殿は大事無いか?」


「マルグリット様はただの魔力枯渇です…1日も眠っていれば回復されます」


 もちろん根拠など無い。

 だが死に行くギャストンに"わかりません"とは言えなかった。


「そうか、それは良かった…なんとも、申し訳ないことよ…この戦、彼女の魔術に頼りきりで…ずいぶん…無理をさせて、しまっておったな…」


「もう喋らないでください!お体に触ります!」


 生き残った数人のリオンロア領軍騎士が侯爵の回りに集まって来ていた、中には既に涙を流しているものもいる。

 

「バカ…め、まだ早いわ…泣くのは…な」


 途切れ途切れの言葉でそこまで言葉をつむぐと、瀕死とは思えない肺活量で息を吸い込み始めた。

 息を呑む周囲を尻目に…。


「勝鬨を上げろーっ!我らがっ勝利だー!」


 それはまさに戦場に響き渡る獅子の咆哮だった。

 そしてその叫びは連鎖する。

 徐々に広がる叫びは、次第にその場を飲み込む強大な勝鬨に変わっていった。


 慌てたのは反乱軍側だ。

 見れば自軍の本陣は壊滅していて、敵軍は勝鬨を上げている。

 これはまさか、負けたのか?…と。

 本陣からの連絡も途絶えているし、先ほどベーシスの防衛隊を敵騎兵がなぎ倒していなかったか?


 そして決定的なきっかけを作ったのは遅れて到着したグランシャリオ騎兵だった。

 彼らが戦場に到着して戦闘を開始した事で、それを援軍と勘違いした反乱軍は敗走を始める。

 一度始まった敗走が雪崩を打っての崩壊につながるのに、そう時間はかからなかった。

 折りしも西の空が赤く焼けるころ、今だはるかに大勢であるはずの反乱軍、貴族軍は散り散りに夕闇の奥へと消えていった。

 西部諸侯同盟はまた薄氷の勝利を拾ったのだ。


 身を横たえ、声を発したままの体勢で絶息しているリオンロア侯爵の瞳を閉じさせたのは、誰だったかは伝わっていない。

 勝利に沸く西部軍の中でその周りだけ静かに沈んでいた。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「のうマルグリット殿、そう泣くでない」


 泣きじゃくるマリーの頭を優しく撫でてくれたのは、ギャストンの大きな手の平だった。

 マリーには祖父母の記憶はない。

 父方も母方もマリーが生まれる前に亡くなっている。

 計算上母方の祖母はマリーが赤ん坊のころまで存命していたはずだが、もう体が悪かったのか母との折り合いが悪かったのか知らないが、顔を見に来てくれたことのないまま亡くなられた。

 ウル伯爵領はヴェンヌからそう遠くはないのだが…。


 だから彼女にこの世界の祖父母はどういうモノなのかの知識はない。

 父と母から充分な愛情を貰っていると自覚しているし、何不自由なく育ててもらったと思っている。

 だがもし自分に祖父が居たら…ギャストンのような人だったのだろうか?…ギャストンのような人だったらいいなと、素直にそう思った。


「お主を助けたのはな、そう…未練じゃな」


 ギャストンは困ったような顔で、泣き続けるマリーの頭を撫で続け。


「わしは今まで孫を可愛がった事がない。

 もちろん愛してはいたが、それを態度に表した事はないのだ」


 そう静かに切り出した。


「そう息子に対しても厳しいだけの父親じゃった…おとなしいあの子等には随分と辛い思いをさせたじゃろう。

 もちろん将来リオンロアの武名を背負うのに相応しい君主にへと、そういう思いでの事ではあったのじゃがな。

 あの子達にしてみればそんな事望んだなかったのであろうに…」


 ギャストンの独白は悲しみと後悔に彩られていた。

 あの豪快な侯爵の内面にこんな顔が隠れていたとは…マリーは思いもしなかった。


「自分は愛されていないと、あの子が、ユーグがワシに対して思っていたのは薄々感じてはいたのじゃがな…ワシは見ての通りの頑固者で、そんな息子の気持ちに解っていても答える事ができなんだ。

 孫に対してもそうだ…だから」


「…だから?」


 何かに焦れるように…マリーは滞りがちな侯爵の言葉へ、先を促す言葉を重ねた。

 もう時間はそう残っていない。

 そういう確信があった。


「孫に対するような思いをお主に、お主とオランジュ侯爵子息に重ねさせてもらっていたのじゃ」


 マリーを見つめるギャストンの目は何処までも優しく、本人が言うように子供に厳しく当たるだけの父親だったとはマリーには信じられなかった。

 なによりその眼差しは自分を見つめるオーリンに似ていたのだから。


「お主らには迷惑な事と思うが、孫と共に戦場に立ったようでな…たぶんこの戦の間がワシの人生でもっとも心穏やかな時じゃっただろう。

 戦場にいて心穏やかとは、我ながら狂っとるとは思うがな」


 侯爵の息子が優しい父親を求めたいたかは解らない。

 リオンロア家の嫡子、ユーグとは挨拶ぐらいでしか言葉を交わした事はないからだ。

 だがきっとギャストンは、戦場で轡を並べる事ができるような息子や孫を求めていたのではないか?

 だからこそ自分とリシャールにそれを求めたのではないか?


「だから…孫を貫こうとする凶刃を目にしたとき、体が勝手に動いておった」


 その時の怒り、いや恐怖を思い起こしたのか、その眉間に深い溝が浮かぶ。

 もし(ウィル)が、(ジェシカ)が、(オーリン)が、そのような凶刃にさらされたら…そう考えればその恐怖の深さも理解できる。


「お主らを勝手に孫に見立て、勝手に死なれては、迷惑以外のなにものでもないとは思うが。

 お主を庇ったのはワシの未練を、ワシの心を救いたかっただけじゃ。

 だから…」


「…だから?」


「そうせっつくでない」


 ギャストンは悲しげに笑った。

 この最後の邂逅に終わりの時間が来た事を悟ったかのように。


「ありがとう…リシャールにもそう伝えてくれぬか?」

 

 そして、僅かな逡巡ののち言いかけた言葉をひっこめ、こう締めくくった。


「頼んだぞ、マルグリット…」



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 まず目に飛び込んできたのは天幕の天井だった。


「知らなくも無い天井ね…」


 むしろ天幕が残っていた事に若干の驚きを感じたほどだ。


「ひ、お嬢!目が覚めましたか!」


「シャンブル…今"姫"って言いそうにならなかったかしら?」


 普段は聞き流したり聞かなかった振りをする領軍兵の言葉を、意地悪な顔をして聞き返したマリーだったのだが。

 そのの顔を見るために起した顔の、頬を流れる水の感触に夢の内容を思い出した。


「あらやだ、泣いてたのね…私」


 はしたなく服の袖でその涙を拭うと、未だ赤い目でシャンブルに向き直った。


「シャンブル…戦局はどうなったの?

 この天幕の様子を見るに、私達は捕虜になったとかではなさそうだけど?」


「お嬢が倒れた後、敵軍は潰走しました。

 グランシャリオ領軍が現れたのが決め手となったようです。

 それで…言い難いのですが…」


「リオンロア侯爵様の事ならわかっているわ」


「え?」


「さっきまでお別れしていたから…夢の中でね」


 夢の中で死者と会話していたなど、普段のマリーでは決して信じようとしなかっただろう。

 たとえそれが自分が体験した事だったとしても。

 だが今はなんとなく信じられる…いや、信じたい気分だった。


 結局最後まで実の息子には素直になれなかったのね…。

 本来ならば最後にお礼とお別れを伝えるべきは、リシャールではなくご子息やお孫さんのはず。

 マリーは余計なお節介を焼くかどうか迷ったが、その答えは王都を奪還成し遂げるまで先延ばしにすることにした。


「それで…」


 シャンブルは今のマリーの言葉の真意を測りかねたが、とりあえず報告を続けようとした。


「今は敵軍が放り出して言った資材で野営を行っているところです」


「あら、これはベーシス侯家の天幕なのかしら?

 意外といいものを使っているわね」


 このマリーの明るさは、魔力枯渇や死者との邂逅の効果による一時的な一種の躁鬱(ソウウツ)常態なのだが、知らないシャンブルからしてみればずいぶん不気味に感じただろう。


「朝を待って斥候を放ち、援軍との合流を目指すとの事です。

 今は歩哨も満足に立っていません」


「あら、じゃあ私が魔術で捜索してあげるわ」


「止めてください!倒れたばかりでしょう!

 …どうしたって言うんですかいったい!」


「解らないわ…」


「わからない?」


 自分が制御できない今のマリーは、普段ならしないようなことや言わないようなことまで言ってしまう。


「とにかくまだ寝ていてください!」


 シャンブルに簡易寝台に押し込まれたマリーは、再び瞼が重くなっているのを自覚した。

 体力も魔力も完全に使い切った体はそう簡単には回復しない。

 まだまだ休息を必要としていたのだ。


「ねぇシャンブル」


「なんですか?」


「ありがとう…」


「えっ?!」


 聞き返そうと振り返ったシャンブルの目には、再び意識を失ったマリーの寝顔だけが写っていた。

 その目に再び涙が光っているのを、夜目の利く牙人の目は見逃さなかった。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「負けた…だと?冗談だろ?」


 命からがら本陣に逃げ込んだ者は負傷兵をあわせて1万5千ほどだった。

 彼らの口から迎撃軍の敗北の報を聞くと、ダンネルはウィスキーのグラスを取り落としかけた。

 自分の都合の悪い報告はとりあえず信じない。

 そんな愚かな性質に、これまでどれだけ窮地に追い込まれてきたか?

 これは死んでも直りそうに無かった。


「…で、ベーシス侯はいつ戻るのだ?」


 反乱軍の実質的な指揮官であったベーシス侯爵を失った今となっては、もはや運営どころか維持すらあやしい。

 今まで他人の足を引っ張ることしかしてこなかったツケが回ってきたのだが、彼はそれすらも信じようとしなかった。

 

「いまだ兵達から聞き取り調査中ですが…ベーシス侯爵様は戦死されたとか」


「2倍の兵力でもって負けたというのか?

 ふん、どいつもこいつも無能だらけだ…ワシがいないと何も出来ないとは」


 報告している騎士はダンネルの妄言など聞き流していた。

 彼は潮時を探っていた。

 今日勝ったとはいえ西部軍は相当な打撃を受けたはずだ。

 こちらの兵力で充分に勝つことは出来るだろう。

 だが勝った後で王都を占拠できるだろうか?

 あるいは…今から投降した場合、自分の身分は…いやせめて身の安全は保障してもらえるだろうか?

 もっとも楽観的に現状を考えても、おそらくクーデターは成功しえないだろう。

 初めから無理な計画だったのか、無能元帥(ダンネル)が足を引っ張ったのが原因かは解らない。

 だが多くの兵が反乱軍に見切りをつけるだろう。


「元帥閣下!」


「今度はなんだ!まっとうな報告だろうな!」


 ベーシス侯爵戦死はまっとうな報告ではないような言い草だ。

 彼の中ではいい報告だけがまっとうな報告なのだろう。


「ジェンヌが落とされました」


「は?」


 ダンネルは今度こそグラスを落とし、貴重な氷とともにその中身をぶちまけた。


 ジェンヌを落としたのはリッシュオール水軍がかき集めてきた、反乱に加担しなかった各貴族の軍である。

 オルドアがどうしてジェンヌの防衛の穴を知ったのかは不明だが、油断しきっていたジェンヌを電撃作戦で抑えたのだ。


 ザクセンにトレノアの半分も才覚があれば防げた侵攻だっただろうが、残念ながら父の細かさをむしろ嫌っていたザクセンには用心深さというものが不足していた。

 オルドアはザクセンの軍才や性格も考え、確かな勝算とともに実行に移したのだろう。

 もっともこれは反乱軍にジェンヌを取り返す兵力が残っていないという前提での作戦だ。

 西部軍がベーシス侯爵を打ち破らなかった場合、すぐさま逃げださねばならなかっただろう。

 事実電撃戦が成功しなかったら包囲戦など行わずにさっさと逃げるつもりだった。

 幸いオルドアが振ったサイコロは、見事西部軍勝利の目を上にして静止した。


「家族は、王妃は、王子はどうなった…」


 現実だと認識しないまま、ジェンヌに残してきた彼にとっての要人の名を上げるが、その声に力はなくなっていた。


「脱出されたという報告はありません」


「オリオルズが付いていながら…」


「お言葉ですが…オリオルズ様はジェンヌに付いたその日に姿を眩まされています」


 報告はしたはずです…と使者は付け加えたが、その言葉は既にダンネルの耳に届いていなかった。


 状況一転今度は反乱軍が包囲され、補給を止められる事となる。

 諸騎士や兵達が彼を見限り次々に離脱していくスピードは速かった。

 残ったのは目端の利かぬ者やアルメソルダ家に盲従するもの、ここで逃げても追求が避けられぬ者だけだった。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 事実上の決戦でベーシス侯爵を討ち取った後には、いよいよ王都周辺の掃討戦を残すのみとなってきた。

 援軍の西部貴族軍とともに王都近辺に布陣したときには、反乱軍の数は1万を切ろうとしていた。

 もともと圧倒的な兵力という事で、流れにのって元帥に従っただけの兵は、その数の優位性を失ったとたんに敗北からの処罰を恐れて次々に脱走を始めたのだ。


「また減っています…」


 確認するたびに数の減っていく反乱軍の陣容を確認すると、マリーは傍らのランベルクにその事を伝えた。

 協議の結果、暫定的な指揮官を預けられたのは侯爵子弟の中でも年長者であるランベルクだった。


「とはいえ元元帥の事だから降伏はしないだろうな…兵達もそれが解ってるから逃げ出しているのだろう」


 5日ほど陣容を整えて、兵に休息を取らせつつt王都まで進軍してきた西部軍であったが、その疲れは抜け切っておらず。

 いまだ戦闘に耐えうる常態ではなかった。


「こうなれば出来るだけ減ってから攻めた方がいいだろう…こちらとしても時間は欲しい。

 北部への街道封鎖も完了しているのですね?」


「はい、リッシュオールの船が近隣に接岸し、反乱軍の物資を接収しているようです」


「ならばクベール侯爵令嬢は補給物資をもって王都に入場してください」


「ランベルク様?!」


「もちろん我々はアルメソルダの滅亡まで付き合ってやるつもりですが…だれか王都に入って住民を安心させる必要もあります。

 そう考えるとその役は貴女が一番相応しいと思いますが?」


 西部貴族軍1万2千と合流した西部諸侯軍残存部隊1万は、あっという間に半分以下にまでその数を減らした反乱軍を半包囲していた。

 反乱軍はまだ王都の北門付近に張り付いてはいるものの、もはや王都を包囲できる数ではなかった。

 

 その3日後、各所から集まってきた反乱に加担しなかった軍勢に囲まれてなお、降伏をよしとしなかった反乱軍は包囲殲滅され。

 ダンネルは裁きの場に引きずり出されることとなる。


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