34爆炎
「打ち上げます!」
マリーはアルバ領軍の騎兵隊と共に戦場を駆けていた。
馬上で走りながら打ち上げているのは敵本陣を示す黄色い花と、その座標を示す赤と青の花。
打ち上げた花が消えるたびに次の花を打ち上げる。
その手際を見てアルバ領軍の騎士団長が驚いていた。
「色付きの、しかも複数の信号弾を一回の魔術構成で打ち上げるとは…。
しかも馬上でも乱れることなく」
はじめ、マリーが馬上では索敵魔術は使えないと言った時、彼女の魔術の腕をそれなりと査定した。
実際馬上では魔術を使えない魔術師は少なくないのだが、従軍魔術師はそれでは勤まらないと見られるのだ。
ところが、いざ敵軍に突入する段になると彼女は馬を駆りながら次々魔術を発動していった。
それも合図を打ち上げる合間に、防御や攻撃の魔術も状況に合わせて駆使している。
馬上でこれだけ早く正確に、それも臨機応変に魔術を使いこなせる魔術師を、彼は今まで知らなかった。
愛馬を駆る手綱と体履きは歳にしては上手い程度。
ならばそれを補って余りある魔術の才能を有しているという事だろう。
「無理に戦闘はするな!敵本陣にたどり着く事を最優先にしろ!」
マリーを囲み矢のように駆けるアルバ騎兵隊は、鉄甲弾のように敵軍を穿ち貫通して進んでいった。
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「若!合図が上がっています」
副官の言葉で空を見たリシャールは、瞬時にその意味を悟り思わず笑みを浮かべた。
「やってくれる!」
リシャールが率いる騎兵隊は、左翼を回り込みながら敵槍兵の側面を突くことでなんとか持ちこたえていた。
もちろんオランジュの弓兵隊の支援あっての事だったが…。
「いいチャンスだ、弓兵隊は離脱させろ!」
最終的には矢を打ちつくした弓兵を離脱させる必要があると、騎兵を無理に走り回らせず外延で戦っていたのだ。
「弓兵には今後も活躍の機会はあるだろう、マルグリット…クベール侯爵令嬢が健在なら合流も楽だろう。
騎兵は余力残ってるか?余力が無い者は弓兵の護衛をしながら離脱しろ。
そうでなければ私に続け!」
「しかし我々だけど突入しても…」
「我々だけだと?
とんでもない!全軍がこれからあそこに集まるんだ!」
彼は合図が指し示す敵本陣の方向を指差した。
リシャールはたちまち騎兵をまとめると、敵の間隙を突くようにその奥に切り込んでいった。
「ね、リオンロア侯爵。
…彼女はやってきたでしょう?」
馬を駆りながら呟いたリシャールの声は、馬蹄の響きに呑まれて誰の耳にも届かなかった。
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
右翼のグランシャリオ軍は窮地に立たされていた。
槍兵を敵陣から切り取ろうとする余り、敵陣内に孤立してしまっていたのである。
なんとか隙間を縫うように転戦していたが、どうにも囲みを抜けられなくなっていた。
「これは、もうダメか…」
ランベルクの人質としての価値は高いだろう。
ミリュール川とミリュス湾を抑えているグランシャリオに兵を引かせるには、嫡子である彼の身柄は効果的だろう。
だからこそ掴まるわけには行かなかった。
最悪自害してでも敵の手に落ちては拙いと考えている。
幸い跡継ぎは残して来た。
きっとわが子は、父が跡継ぎに相応しい男に育ててくれるだろう。
そんな事を考えていたとき、西の空に花が咲いた。
「おお!」
「隊長、あの座標の位置はわかるか?」
「解ります…向かいますか?」
「無論だ!全軍がそこに集まるなら逆転の目はある!
全軍に通達しろ、なんとか敵を振り切って座標の目指す位置に向かえ…と!」
グランシャリオ騎兵は明確な目標を得て、その速度を上げていった。
北極星に向かう北斗七星の如く、敵陣を縫う様に馬を駆った。
消えかかってた士気が蘇るのが解る。
何せ今率いている兵の半数以上は、あの日彼女と共に帝国軍に突撃をかけた兵達なのだから。
「やはり彼女は勝利の女神だな…いや、まさしく光刃の戦乙女だ!」
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「来ました!姫様です!」
もはやクベール領軍のものはマリーを姫と呼んで憚らない。
もちろん当人の前でそう呼んだら大目玉だが、当人や他家の者が居ないときには「姫」といえばマリーの事となっている。
シャンブルすら影で姫呼ばわりをしているぐらいだ。
とうとう騎士団長も影で言う分には何も言わなくなってしまった。
「またムチャをされる…」
そう眉間にシワを寄せた騎士団長も、そういう彼女の行為が自軍の士気に直結している事は承知している。
「こうなれば一刻も早くマルグリット様に合流して、その身をお守りせねばならん。
まだ駆ける事はできるか?」
「かなり限界に近いです。
いつ馬が倒れるか解りません」
「むう、どうするか…」
その時若い騎士が馬から飛び降りると、手綱を引きながら走り出した。
「しばらく降りて走ればまた回復してくれます!
足を止めてる場合じゃないですからっ」
幸い敵陣深くまで切り込んでいたため、目的の座標は遠くない。
この先の敵の配置次第だろうが、そう時間はかからないだろう。
「よし、全員下馬しろ…馬を引いて走るぞ!」
何名かが両手で馬を引き、空いた数名が徒歩で殿を勤める。
クベール騎兵だけではない。
戦場に散らばった多くの西部兵士達は、騎馬で、徒歩で、敵兵を振り切りながら座標の示す敵本陣に向かっていった。
もちろん敵軍はその動きに対応しきれはしない。
彼らは空に打ち上げられた花の意味など知りはしないのだから。
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
その場で一番唖然としていたのはギャストンであった。
リシャールはああ言ったが、彼女が戻ってくるとは思っていなかった。
アルバ騎兵隊を誰が率いてきたか知らないが、止めてくれなかったのだろうか?
しかもこのタイミングである。
『こういう時こそ必ず駆けつけてくるのが彼女です。
それこそ、近くで様子を伺っていたかのような、いいタイミングで!』
これではオランジュ侯爵子息の言ったとおりではないか!
「なんじゃあの魔術は…いったいどういう構成を…。
ふ、ふん!所詮コケ脅しではないか!」
そうは言ったがアルジャン侯爵の目は嫉妬に燃えていた。
マリーに言わせればこんな構成は、特殊属性と魔力でゴリ押ししただけのつまらない内容となるが、特殊属性を持たないなりに数十年と構成の研鑽を行ってなお。
己の知らぬ魔術を小娘が使いこなすのは我慢ならぬ事であった。
「こちらに向かっているなら好都合!
力の差を思い知らせた上で、始末してくれるわ!」
この死に損ないにマルグリットが後れを取るとは到底思えないが、猿のような顔の老人がキャンキャンと彼女を侮辱する様は不快だった。
ギャストンは戦斧を支えにして体勢を持ち直すと、それを構え黒ローブの老魔術師に言い放った。
「光刃の戦乙女を待つまでも無いわ、貴様のような死に損ないの相手などワシで充分だ」
「貴様…!」
確かにマリーがこちらに向かっているという事で空気は変わった気がした。
だが未だにリオンロア侯爵達は敵に囲まれ、危機的状況に変わりない。
そんな常態で血の気の多そうなアルジャン侯爵を挑発するなど…。
「よかろうそんなに死にたければ、望みどうりにしてくれるわ!」
アルジャン候家の血筋に伝わるのは火の属性である。
かってアルジャン家はその血筋にさらなる属性を取り込もうと、ある時は強引に、ある時は後ろ盾を約束し。
数多くの属性持ちをその家系に取り込んできた。
だがしかし、涙ぐましい努力を繰り返すも、アルジャンに生まれた者には火の属性以外は決して発現しなかった。
アルジャンの魔術への傾倒は、その裏返しとも言われていた。
だからこそか、アルジャン侯爵は特殊な属性を持つ者を憎んだ。
今その憎しみと妬みは、特殊属性を2つも持ち、自分が知らぬ構成すら使いこなすクベール侯爵令嬢に集約されていた。
「ペテン師の小娘を始末する前にちょどいい。
まずは貴様から我が魔術の餌食にしてくれる!」
そう言うと老魔術師は自ら構成を組み立てだした。
しかし魔術の行使を見たギャストンが真っ先に感じたのは"遅い?"だった。
大掛かりな魔術なのかもしれない、もったいぶっているのかも知れない。
会話をしながら既に構成を組み立ててるマリーとは比ぶべくもないが、距離があるからといって悠長に魔術を準備しているアルジャン侯爵に…。
ギャストンは反射的に戦斧を投げていた。
「しもうた!つい…」
重要な得物を投げてしまったギャストンはそんな間抜けな声を上げた。
しかし投げられた方はたまった物ではなかった。
慌てて構成を放棄して避けよとするが、戦斧の柄に巻き込まれて倒れてしまった。
「侯爵様!」
慌てて弟子達が駆け寄るが、彼らを押しのけ老人は立ち上がる。
その顔には赤く跡が残り、内出血らしき形跡も見られるのだが、痛みよりも怒りが上回ったようだ。
「つまらん手を使いおって!」
弟子達に支えられて20クォート(約50m)も下がっただろうか?
彼は振り返ると、今度は弟子たちと一緒に構成を組み立て始めた。
「ここならばもう届く武器も無かろう!
見よ!アルジャン家秘伝の複合魔術を…冥土の土産に見せてくれるわ!
炎と風が合さったときの爆炎魔術、その威力は従来の魔術の比ではないぞ?」
リオンロア勢を包囲しているベーシス軍の兵士達の間でざわめきが起きる。
あの見るからに強力そうな魔術は自分達をも巻き込むのではないか?
まさか、味方を巻き込むような事はしないよな?
事実、アルジャン侯爵は周囲の兵士ごと巻き込んで燃やし尽くすつもりであった。
周りの兵士に思うところは無いが、わざわざ魔術の範囲から避けてやる言われも無い…と本気で考えていた。
自分の炎の魔術に弟子達の風の魔術を合わせ、1クォート(約2.5m)程もの火球を形成すると、これまた違う弟子が操る風の魔術に乗せた。
「自慢の斧がつまらん時間稼ぎにしかならなかったのぉ!」
炎の球をかかげ嘲る様に叫んだアルジャン侯爵は、弟子の作る風の魔法のレールにその火球を乗せた。
だがその時間稼ぎは無駄ではなかった。
射出されるはずの炎の球が僅かに動いただけで、まるで空中に縫いとめられたかのように動きを止めたのだ。
「なに?」
驚いて見上げた老魔術師の目に映ったのは、火球を押しとどめるように突き刺さっている光の剣と、はるか向こうでまだ魔術を打ち出した姿勢をとったままのプラチナブロンド少女だった。
「なんと、」
弟子達が恐怖に凍りつくのが解る。
この距離ではもう防御魔術など間に合うはずも無い。
もはや手を離れてしまったこの魔術構成では、もう1、2秒程で荒れ狂う炎が爆発するだろう。
「なんと不公平な…」
彼が何に対してそう言ったかは定かでは無い。
こんな都合のいい登場に対してなのか、彼女との才能の差を感じてなのか、それとも希少な光属性を持っていることに対してか?
彼がそこまで呟いた瞬間、押しとどめられていた爆炎の魔術が開放された。
「ぬ、ぬぉっ…なんと強力な!」
熱と爆風が辺り一面をなぎ払う。
それは20クォートも離れているリオンロア勢も巻き込み吹き飛ばした。
射程と発動時間の制限はあるだろうが、戦局を変えうる強大な攻撃魔術といえた。
3人の熟練の魔術師を必要とするだけの威力や効果は充分にあるだろう。
ただしその術者達はもはや生きてはな居ないし、この魔術の最初で最後の披露は味方の軍勢に牙をむくこととなった。
なにせ半径20クォート、直径40クォート(約100m)以上の範囲の兵達をなぎ払ったのだから。
アルジャン侯爵がマリーの固執しないで、この魔術を有効に使っていたらと思うとぞっとする。
「侯爵様!お怪我は!大丈夫ですか?」
ギャストンの傍らで下馬するマリーの脇をアルバ騎兵隊が駆け抜けていく。
「この間隙を逃すな!敵本陣までの道は開けたぞ!」
アルジャン侯爵の魔術の炸裂は、ベーシス侯爵が居ると思われる敵軍中核までの間に巨大な空白を作り出していた。
本来なら災厄を免れた部隊が素早くその穴を塞がねばならないのだが、あまりの事態に呆然としてるこの間隙をついてアルバ騎兵が突撃をかけていったのだ。
「ひ…マルグリット様、この一角の制圧は出来ましたが、長居は無用です。
すぐ移動しなければ敵が押寄せて来るでしょう」
クベール家の騎士達が警護する中、マリーは素早くギャストンとリオンロア騎士の治療を始めていた。
「止血はお任せください。
骨折した方が居れば、どうか皆様で協力し合って添え木をお願いします」
衛生兵が裸足で逃げ出す手際のよさで、次々と騎士たちの怪我を塞いでいくマリーを見ていたギャストンはついに笑い出してしまった。
「侯爵様?どうされました?」
それでも手を休めずに、訝しがりながら尋ねるマリーにギャストンは笑いながら答えた。
「いやな、本当にマルグリット殿はオランジュ侯爵子息の言ったとおりの方だと思ってな」
「シャルが何か吹き込んだんですね!」
リシャールを愛称ではもう数年も呼んでいないが、こういう時はつい幼いころの呼び方が出てしまう。
マリー個人としては彼とそれほど親しいつもりはなかったが、家同士が非常に親密な事もあり。
彼がヴェンヌに遊ぶにくる事も、マリーがスローヌに遊びに行く事もままあった。
マリーにとってはリシャールは幼馴染の1人に過ぎないが、彼女にとって幼馴染である彼もまた特別な存在ではあるのだ。
「全員立てるか?ならば移動しよう…クベールの騎士殿の言う通りだ。
早く移動しないと拙い」
「でもここから何処に向かうべきでしょう?」
「アルバ騎兵の後を追おう。
最も近くに居る数の多い味方は彼らだけだ」
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「な、なんなんだあの爆発は?」
アルジャン侯爵が出しゃばって出て行くのを見送ったトレノアは、騎士団長と打ち合わせをしている時に爆発の轟音を聞いた。
結局トレノアには自ら出張る気は全く無く、直接戦闘は専門家達に任せるつもりだった。
こういうところも含め、彼はアルメソルダ公爵と違い、全てを自分でやってへまをするような愚か者ではなかった。
彼のこの戦いでの失敗は、勝利が確定したと舞い上がり、アルジャン侯爵を止めなかった事だろう。
優秀な敵よりも愚かな味方こそが大きな障害になると、ダンネルを見て嫌と言うほど身にしみていたのに、アルジャン侯爵の手綱を緩めてしまったのだ。
「魔術の爆発か…それ以外に考えられんが…」
「敵の魔術師でしょうか?噂の光刃の戦乙女の魔術とか?」
「バカな…そんな強力な魔術師などどうやって…」
敵にそんな魔術師が居たら計算外もいいところだ。
勝てる見込みは無い。
「リオンロア侯爵が突貫してきたとか報告のあった場所のようですな」
「つまりはあのジジイの向かった先か…。
あの魔術バカめ!自軍陣内であんな魔術を使うとは!」
炎使いのアルジャンの悪名はとどろいていた。
あの年寄りなら癇癪一つで敵味方合わせて吹き飛ばしかねない。
リオンロア軍を迎撃に行くといったアルジャン侯爵を止めなかった事を心底後悔した。
「ベーシス領軍を"自軍"とは思っていないのかもしれませんな」
ありそうな話だ!
本当にあんなジジイは邪魔なだけだ、今のうちに謀殺か暗殺の算段を付けておかねばならない。
既にその相手は死体も残さずこの世から消えてしまっているのだが。
「とにかく、誰か様子を確認にいかせろ!
こんなところに敵軍が雪崩れ込んできたら足元を救われるぞ」
トレノアが率いているのはベーシス軍の最新鋭の装備をまとった精鋭で、彼らはまだ損害を受けていない。
現状この中軍を脅かす敵部隊は残って居ないだろう。
足元を救われる…というのは油断しなければ負けは無いと思っているという事だ。
「敵襲です!西部の軍勢が爆発のあった方角から騎兵で突っ込んできます!」
「早速か!敵はどこだ!旗は立ってないか?」
「旗は立ってませんが、装備の様子からアルバ領軍かと…」
報告してきた兵の語尾は自身なさげに消えていった。
アルバ侯爵といえば西の彼方ツェーヌの領主だ。
貴族家として本人や家族は王都に来る事、滞在は珍しくないが、かの軍が王都の近くまでやってくる事まず起こらない。
アルバ候家やブランシュ候家に課せられる出兵の義務は、西の果てラシュメーヌ付近での国境防衛になるからだ。
その内容を詳しく知っている者など中部には居ないだろう。
「アルバ軍だと?
確か最初に王都付近に陣立てしたときには見当たらなかったな」
「可能性ですが、奴らが我々を引き込もうとした理由の一つにアルバの援軍があるのではないですかな?」
騎士団長の読みは半分ほど当たっていた。
当然西部軍はアルバの援軍を期待して、敵軍の分断作戦を行っていたからだ。
「なるほど、納得できる話だな…とはいえ悠長には構えてられんな。
先ほどの複雑な狼煙の件も気になるが…」
「ここは出し惜しみをせず重装歩兵を出して迎撃すべきかと」
「そうか、温存しておきたかったが止むを得んな」
トレノアの居るベーシス中軍の進行が遅かったのは、何も臆病風に吹かれての事では無い。
ベーシス領軍が誇る対騎兵用の秘密兵器、重装歩兵隊の速度がどうしても出せなかったのだ。
西部の軍は騎兵に長ける。
反乱計画当初から、対西部軍を見据えて用意した秘密兵器である。
「重装歩兵隊前進!敵騎兵を受け止め押し返せ!」
「なんだ、槍兵か?」
アルバ騎兵は前方で防衛陣をしいている重装歩兵を確認すると速度を速めた。
本来ならば槍兵は側面を突くのが定石なのだが、千載一遇のチャンスを遠回りで逃したくは無かった。
それに通常の槍兵なら全速の突撃で陣を崩せる自信はあった。
少なくない人数は犠牲になるだろうが、ここで中央を落としてしまえば勝てるという欲もある。
しかし密集隊形を取り、盾と長槍を組み合わせ地面に固定した重装歩兵は、騎兵の渾身の突撃を受け止めて見せたのだ。
「今だ!弓隊、足の止まった騎兵を狙え!」
いくら5千の大軍とはいえ、突進力を殺され足の止まった騎兵はただの的だ。
ここまで結果的とはいえ温存されていたベーシス軍の包囲攻撃の前に、みるみるその数を削られていく。
「なんとか抜けれんのか?!」
「ダメです!敵槍兵の防御が固く、しかももう勢いは殺されてしまっているので…」
「止むを得ん、いったん引くしかない。
何とか退路を確保するんだ」
完全に計算外だった。
だがアルバ軍としては、降って沸いたこのチャンスはものにすべきと判断したのだ。
結果的にはこのアルバ騎兵の突撃は大正解だったといえる。
ここでベーシス軍にまだ重装歩兵隊を温存されて、もっと決定的な局面で投入されていたとしたら…。
「敵軍が後退していきます!」
「深追いはするな、外円の部隊に任せるんだ。
だが奴らをそのままにしておく訳にはいかん、重装歩兵隊はゆっくりでも前進だ。
陣を上げるぞ」
ベーシス騎士団長の号令一下、ベーシス領軍の本隊は前進を始めた。
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「おい、あれはクベール騎士たちじゃないか?」
「そのようですな、侯爵令嬢もおられる様子…」
「よし、狼煙を上げろ合流する」
一方アルバ騎兵達においていかれたマリー達の元には、戦場に散らばっていた各部隊が次々集結して来ていた。
「ひ…お嬢!ご無事でっ」
遊撃兵として戦場を駆け回っていた牙人部隊もマリーの上げた合図を見てここに集まってきていた。
動きの早い牙人や騎兵の到着が早いが、歩兵も少なからず合流してきている。
「シャンブル!良かった…騎士団長は?」
「騎兵は敵後方に回ってますからね、無事だとしても早々合流は難しいでしょう」
「そう…そうよね…」
「リオンロア侯爵がいらっしゃるという事は、ここで再編成するのですか?」
「再編成の時間は無いと思うわ。
出来るだけ早く敵の本陣を落として、ここで防衛戦の準備をしないと…。
援軍のアルバ領軍が敵本陣に突撃をかけたのだけど、守備はどうなったのかしら?」
「おお、マルグリット殿ここにおったか」
まだ本調子とは程遠いが、総指揮官として集結しつつある軍をまとめていたギャストンが自らマリーを探しに着ていた。
「また困った事になった…アルバ騎兵が敗走して帰ってきたのじゃ」




