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クロニクル アンド マギグラフィ  作者: 根菜類
第一部・マルグリット編
33/68

33激突

 後退しながら指揮を取っていたリオンロア侯爵(ギャストン)は、後方から連鎖して打ち上げられて来た合図の狼煙を確認して眉をひそめた。


「敵の前進が早いだと?」


 敵の座標を示す赤青の狼煙は、想定よりも1/4リーン(約1km)程も近かった。


「全軍に伝達!移動を止めて敵軍を迎え撃つ準備をしろ!

 このままだと無防備な背中に食いつかれるぞ!」


 この連絡は間一髪、背後から追撃される事態になることを救った。

 正面の槍兵が隊列を作り直したとき、先行していた騎兵が到達した。


「まずいな、歩調も合わさず前進してくる騎兵が、計らずとも波状攻撃になるとは…」


 長距離突撃は強いられた騎兵達は、分隊ごとに纏まって突撃をかけるしかなくなっていた。

 騎兵の突撃は数を持ってこそだが、相手の足を止めるには最適の配置となっている。

 もちろん盾役の槍兵を見捨てれば後退も可能だが、戦力を考えても人道的にもその手は使いにくい。

 兵が消耗するのは仕方ないが、使い捨てるとなると訳が違う。


「止むを得ん、ここで敵軍を迎撃する。

 なぁに予定より早いがちょうどいい具合に敵が分散しておる、まずは騎兵を各個撃破していくぞ!」


 明るく叫んだものの、非常に危機的状態である。

 このまま敵軍4万を受け止めれば、そのまま踏み潰される可能性が高い。

 もっと引き回して分散させて各個撃破の予定だったが、こうなれば諦めるしかない。


「リオンロア侯!これでは消耗戦になってしまいますよ」


 左翼の騎兵を任せれていたリシャールが駆け込んでくる。


「ある程度は覚悟の上じゃ…出来ればもう少し敵を削ってから挑みたかったのだがの。

 マルグリット殿がアルバ領軍との合流に向かってくれていて助かったわい。

 貴行とグランシャリオ侯子は敵を側面から削るだけ削って離脱して欲しい」


 ギャストンの覚悟を決めたような態度はリシャールの不安感を煽った。

 このままこの人は戦死するつもりなのでは?

 クベール侯爵令嬢を先に行かせたというのはそういう事だろう。

 しかし。


「彼女は来ますよ」


 リシャールには彼女の行動パターンを知り尽くしてるとうほどでは無いが、ある程度は予測が付いた。

 クベール家とオランジュ家は隣り合ってるにも係わらず仲がよく、彼らが小さいころからそれなりの交友があったのだ。

 マリーの大好物であるオランジュ領特産のオレンジを手土産に持っていったときの、幼い彼女の笑顔は今でも思い出す。

 歓迎されていたのは自分ではなく、オレンジというのが少しさびしかったが。


「こういう時こそ必ず駆けつけてくるのが彼女です。

 それこそ、近くで様子を伺っていたかのようないいタイミングで」


 気取り屋でカッコつけの彼女だが、誰かが困ってるのを見るとその薄っぺらな仮面をかなぐり捨て猛烈に突進していくのを知っていた。

 本人は冷静でスマートなつもりでいるが、本当は熱くなりやすい人情家であると。 


「合図があり次第中央を空けられる準備をお願いしますよ。

 アルバ騎兵の突撃スペースを作るために」


「ばかな、今更アルバ騎兵が参陣したとて…それにワシは情で言っているのではない。

 マルグリット殿が、クベール侯爵令嬢が生きていれば再起はたやすいと、彼女の魔術にはそれだけの価値がある。

 こんな戦場で死なれては西部全域の損失になるぞ…」


「そういった回りの思いを無視して突っ走るのですよ。

 だからこそ先の戦で女だてら出陣などして、今も領軍を率いてここにいる!

 前に出たがりは決して美徳とは言えないでしょうが、そんな彼女に救われた人間は多いのです」


 リシャールは再び馬上の人になった。

 彼は彼で守らねばならないのだ。

 左翼の騎馬隊は彼の指揮下にある。

 一騎でも多く生き残らせて次の戦いに備える必要がある。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「突出した先鋒が敵に喰らい付いたようです」


「でかした!」


 ベーシス侯爵(トレノア)は喜びを隠しもせずに叫んだ。


「何を企んでいたかしらんが、やらせなければ同じ事。

 このまま全軍で()し掛かり押しつぶせ!」


 両軍の戦力差は圧倒的だ。

 正面から激突すれば負けることはありえないほどに。


「中央を騎兵に切り込ませ、敵軍両翼の騎兵には槍兵を当てます」


 騎士団長の進言する策は基本中の基本だが、これだけの兵力差ならかえって小細工を弄さないほうが効果は高い。


「貴公を引き入れて大成功だったぞ!

 ふん国軍は有用な人材にもっと気を配るべきなのだ…私が元帥であったならそうするものを…。

 まあおかげでベーシス領軍(うち)貴公を得ることが出来たのだ、痛し痒しだな」


 現状トレノアの見立てに間違いは無く、最初こそ散発的な突撃を各個撃破されていたものの、次第に追いついていく各部隊によって徐々に戦況は逆転しつつあった。

 何より歩兵隊が追いつきつつある現状では、西部同盟は撤退もままならないだろう。


「騎兵に無理させた割には背後を突くのに失敗したようです。

 敵軍の向き直りが早かったのか?例の索敵魔術とやらは本当かもしれませんな」


「何を馬鹿なことを言っておるか!

 クベールなんぞの詐術に惑わされおって」


 騎上で相談していた2人に割って入ったのは黒いローブを着た老人であった。


「おお…アルジャン侯爵。

 どうして中軍へ?」


「知れたこと!敵本陣に切り込むためよ!」


 正直トレノアはこの魔術狂いの老人が嫌いだった。

 魔術研究に全てを費やし、貴族の義務も人付き合いも投げ捨てててる割にはその魔術は役に立たず。

 そのくせプライドばかり肥大化している。


「敵従軍(ゲール)魔術師(マギクラフター)を打ち破るのに我らの力が必要であろう?」


 さも当然と言い放つが、もはや彼の力は必要としていない段階になっていた。

 これまでも役に立っていなかったし、これからも役には立たぬだろう。

 だがこれでも東部の魔術師達には顔が利くため、今後の宮廷(パレ)魔術師(マギクラフター)を再編成するには彼の力が必要となるのだ。

 それを知ってか知らぬか、この老人は常に大きな顔をする。


「侯爵閣下、ここはアルジャンの従軍魔術師の協力は必要かと…敵軍の魔術師の能力は未知数です。

 ここはお任せするべきかと」


 言外に当て馬にしろと言っているのだが、幸いアルジャン侯爵には気づかれなかった。


「そうだな、本陣に切り込む段階でご同行願おうか…」



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「騎士団長!敵後陣を捕らえました!」


 背後から反乱軍を追走していた別働隊のクベール軍は、ようやくその尻尾を踏んだ。


「弓騎兵はそのまま走りながら斉射!撃ったら速度を落として騎兵の後ろに回れ!

 騎兵はそのまま突撃だ!蹴散らすぞ!」


 射撃で敵の陣形を崩して、間を空けず突撃を行い蹂躙する。

 クベール軍得意な戦術だが、敵の数が多すぎた。


「くっ、崩し切れんか…いったん離脱しろ…弓騎兵は離脱の援護を」


 走りながら射撃をしてくるクベールの弓騎兵は射程こそ短いものの、騎兵と歩調を合わせた戦術が取れる。

 機動力を生かしたまま一撃離脱を繰り返す騎兵の支援に絶大な効果を表していた…いたのだが。


「騎士団長!もう矢が残っていません!」


 あまりにも敵の数が多すぎた。

 多めに矢を背負って作戦に挑んだが、数回も騎兵突撃の支援を繰り返すうちに全て撃ちつくしてしまったのである。

 連射力も弓騎兵の強みだが、それすらも裏目に出たような形だ。

 だがその連射力無くては騎兵の損害はもっと大きなものになっただろう。


「かくなるうえは切り込んで…」


「いかん!」


 弓騎兵隊長のファンデリックの悲痛な覚悟を騎士団長(ディネンセン)は止めた。


「弓騎兵隊は替えが利かん。

 彼らを鍛え上げるのにどれだけ苦労したかお前が一番わかっているだろう?

 ここは離脱しろ…お前達は温存しなければならんのだ…今後のクベール軍のためにも!」


 弓騎兵3千はファンデリック自ら鍛え上げた精鋭中の精鋭で、5年の歳月がつぎ込まれている。

 ここで大きな損害を出してはまた一から新兵を鍛える破目になる上、隊長であって教官であるファンデリックが戦死したとなると再建すらあやしくなる。


「それに槍を持たないお前達が、突撃でどのぐらいの戦果を上げられるというのだ…。

 悔しいかもしれんが、クベール侯家のため、姫のため、ここは引いてくれ!」


 マルグリットの名を出されては食い下がるわけにもいかず、ファンデリックはうなだれながらその進路をそらした。


「矢が残ってるものは敵軍に一斉射撃!その後離脱する!」


「すまんなファンデリック…」


 ディネンセンは最後に彼に詫びると、再び騎兵隊を纏めると再度の突撃の準備を始めた。

 ここまで弓騎兵の援護のおかげでほとんど損害を出すことは無かったが、次の突撃からはその援護は無い。


「なぁに、どうせ死ぬなら戦場と…そう思ってましたよ」


 ディネンセンを慰めるかのように、古参の騎士が彼の隣に並んでそう言った。


「奇遇だな、私もだ!」


 彼に向けるディネンセンの顔には笑みが広がっていた。

 死に向かうための戦いではない、主君を生かすための戦いだ。

 それに己の命を使う…ただそれだけの事。


「今度は離脱を考えるな!そのまま突っ切れ!」


 弓騎兵の支援無しの離脱は危険という判断もあったが、全騎突貫して敵中枢を狙う玉砕作戦である。

 敵を1兵でも削るため、クベール軍の決死の突撃が始まった。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇


 戦場の最前線では…いや、もはや最前線と呼べるものは無くなっていた。

 敵味方、歩兵騎兵入り乱れ、命の削りあいを行う範囲は徐々に拡大していった。

 2体のアメーバがお互いを食い合うように、両軍混ざり合い広い戦場で敵を見つけては殺しあう乱戦状態になっていた。

 こうなると数が圧倒的に多い方、巨大なアメーバの方が有利なのは言うまでもない。


「泥仕合に引きずり込まれたか…」


 秩序だった陣を維持し、敵を各個撃破していくことが勝利の条件であった西部連合は、この時点で敗北したと言ってもよかった。

 だが撤退は出来ない。

 撤退中に追撃を受ければ多くの兵が無駄に命を散らすだろう。

 こうなったらこの場にふんばり、1兵でも多く打ち倒すのみだ。

 どうせ死ぬなら前のめりで…そんな覚悟を指揮下の全ての兵に課すのは気が咎めたが、こうなれば他に選択肢は無いのだ。


「ここにアルバ領軍が到着しても、もう打つ手はないだろう。

 願わくばマルグリット殿が事前に気づいた撤退してくれると助かるのだがな…」


 リシャールの言ったことが気がかりではあったが、今ここに5千の騎兵が援軍として来た所で戦況は覆らない。

 もう戦闘可能な兵は半分も残っていないだろう。

 一方敵はまだ半数ほどが戦闘区域に入っておらず、いまだ押し寄せてくる途中であった。

 もういつ味方が総崩れになってもおかしくは無いのだが、よく持ちこたえてくれている。


「せめて敵軍に一太刀浴びせない事には気が収まらんな…。

 よし、馬を引け!打って出る」


「お止めください!大将が指揮を離れるのはいささか…」


「なぁに、これだけ混戦になれば指揮もクソもないわい!」


 獅子哮(リオンロア)侯爵は愛用の戦斧を担ぎ、愛馬にまたがって叫んだ。


「リオンロア騎士団はワシに続け!

 これより敵中枢に切り込むぞ!」


 この期に及んで勝てると考えている騎士はいなかった。

 そうなればどう死ぬか?

 死ぬにせよ虜囚になるにせよ、それまで少しでも味方に、故郷に貢献したい。

 西部騎士達の悲痛な思いであった。


「行くぞ!」



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「何をしている!早く前進せぬか!」


 せっつくアルジャン侯爵を鬱陶しく横目で見ながら、トレノアは騎士団長に目で合図を送った。

 対応を丸投げしたのである。


「もう少しで敵本陣が丸裸になるでしょう、その機を待っていますのでもうしばらくお待ちください」


 トレノアとしては別に本陣に切り込みたくなど無かった。

 このままじわじわと敵軍を押しつぶして終わりにしたかったのだ。

 指揮官たる自分が自ら打って出る必要など微塵も感じなかったのだ。

 騎士団長も同じ考えのようで、そういう武勲は部下に譲るべきと思ってくれたいる。

 トレノアも部下の仕事も手柄も奪う気はない。

 部下が敵大将首を上げたなら、労い褒章を与えるのが貴族としての役目であろう?

 そう考えていた。

 だがアルジャン侯爵はそう思っていないようだった。

 彼は自分を伴って敵本陣に切り込もうと本気で考えてる…なんてたちの悪い老人だ!トレノアはうんざりしていた。


「侯爵様、こちらに真っ直ぐ向かってる敵部隊が…」


「ふん、悪あがきを…まあ本陣周りの連中にはいい手柄の機会になるだろう。

 ありがたく討ち取らせていただけ!」


 もちろん本陣が最も戦力の厚い場所だというのは言うまでも無い。

 だが敵部隊の突撃は神がかりとも言える強さを発揮し、本陣側まで切り込んできたのであった。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「クベール侯爵令嬢、気が急くのはわかりますがここで一度戦況を確認していただけませんか?」


「そ、そうですわね…」


 実際アルバ領の騎士団長はマリーの魔術をそれほど信頼しているわけではなかったが、戦闘に突入前に馬と兵を少し休ませておきたかった。

 特に馬は早駆け(ギャロップ)させるとかなりのスタミナを失うので、突撃のために体力を回復させておかなければならない。


「これは…非常に拙いです…既に混戦状態になってしまっています!」


 小川の側での小休止、馬が水を飲み過ぎないように騎士たちが注意している。

 その傍らで索敵魔術を行ったマリーは顔を真っ青にして、アルバの騎士団長に現状を伝えた。


「しかもかなり広域に乱戦状態が広がっています。

 このままだと本陣に到達するのも難しいかと…乱戦になっていないのは敵軍の本陣周辺ぐらいしか」


「短時間でそこまで広がるとなると、かなり押し込まれているようですね。

 おそらく騎兵隊が敵兵力を削ろうと動き回った結果なのでしょう」


「このままでは侯爵様が…」


「リオンロア侯爵の位置はわかりますか?」


「あ…確認してみます」


 言われて慌ててもう一度魔術の発動をする辺り、そうとう動揺しているとアルバの騎士団長は判断した。

 魔術師としては規格外と噂されるも、やはり14歳の少女だ。

 彼女を死地にともなう訳にはいかない。


「見つけました…えっ!」


「どうされました?」


「リオンロア騎士団が、敵本陣と思われる位置に突撃をかけています!

 一番陣形が暑い場所です!」


 玉砕されるおつもりか…西部の武人であれば獅子哮(リオンロア)の勇名を知らぬものはない。

 当代の侯爵ギャストンは、まさしくリオンロアの体現とまで言われる武人だ。

 多くの騎士や兵士は彼に憧れている。

 彼の信念の貫きぶりを考えるに、今後のリオンロア領…いや、今後の西部諸領のために命を投げ打つ事も躊躇しないだろう。

 だが同時に。


「何か勝算がお有りなのか?」


 無駄に命を捨てるような男では無いとも思われている。


「敵の大将であるベーシス侯爵を倒したとしても、この戦況は変わらぬと思うが…?」


「…では騎士団長、どうすれば戦況が変わると思いますか?」


 アルバの騎士団長は考え込んだ。


「そうですな、再び味方全軍を集結させる必要があります。

 その上で敵本陣を落とし、敵の統率を破壊した上で防衛戦に入れれば…もしかしたら援軍の1万2千が間に合うかもしれません。

 ですがこれは机上の空論。

 ここまでバラバラになった味方を、味方だけを集結させる方法などありえないでしょう」


「ありがとうございます」


 騎士団長は今まで蒼白だったマリーの顔に赤みが差しているのに気が付いた。


「おかげで逆転の一手がわかりました」



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇




 確かにリオンロア侯は強かった。

 愛用の戦斧を振り回し、寄せてくる敵兵をなぎ払った。

 彼が率いるリオンロア騎士団も見事なもので、強靭で頑健と自軍を誇る侯爵の言うことは正しく的を射ていたと言えるだろう。

 だがそんな彼らも人間である。

 敵本陣に食い込むもその層は厚く、そうしている間にも周りから敵が押寄せて来る。

 四面楚歌、敵軍中で孤立して進むも引くも叶わぬ状態に陥っていた。


 別にギャストンに勝算があった訳ではない。

 アルバの騎士団長が深読みをしただけであった。

 今のギャストンの思いは一兵でも敵を削る事と、出来れば敵本陣に一太刀浴びせる事だけだった。


「侯爵様、申し訳ありません…」


 長年共に戦った老練の騎士が力尽き倒れると、さしもの獅子哮もその動きを止めた。


「すまなかったな、最後に花道を渡してやる事が出来なくて」


 侯爵の暴れぶりに恐れをなした敵兵が遠巻きに囲んでいる中、僅か数名の騎士と背中合わせに立ち


「お前達もな、最後まですまなかった」


「なんの!最後まで侯爵様と共に戦えて幸せでした…」


「願わくば、来世でもご一緒したく思います」


「ふはは…お前は生まれ変わりを信じるか?

 あいにくワシは熱心なウルク教徒でな、死後は神の御許に赴く予定よ!」


 軽口を叩きながらも油断せず睨みつける侯爵達の姿に、ひととき攻めあぐねていた敵兵だったが。


「何をしておる!そんな老いぼれさっさと殺せ!」


 そこに現れたのはベーシス侯爵…ならぬアルジャン侯爵であった。


「ぶわははははは!」


「何がおかしい!」


「死に損ないの二流魔術師に老いぼれ呼ばわりされるとは、これが笑わずにいられようか?」


「二流だと!このワシが二流魔術師だというのか!」


 死に損ないよりも二流魔術師呼ばわりがよほど気に触ったか、アルジャンの老魔術師は歯をむいて怒りをあらわにした。


「おうよ、ワシはこの戦いずっと一流の魔術師と一緒におったのでな、ご老人の二流っぷりが良く解ったという訳よ」


「このワシが!クベールの小娘よりも劣ると!貴様はそう言いたいのだな!…ふふん、ではその一流の魔術師とやらはどこにおる?

 ワシに恐れをなして尻尾を巻いて逃げ出しおったではないか!」


「そんな事はないぞ?ほれ光刃の(スプラデュール)戦乙女(ヴァルキリエ)殿なら、あそこに…」


 ギャストンが戯れに西の方角を指したのは全く偶然であった。

 もはや立っているのも辛い状態で、この鬱陶しい老人を少しばかり脅してからかうつもりで背後を示しただけだ。

 だがアルジャン侯爵や敵兵達、本陣に止まっているベーシス侯爵すらそれを見た。

 ギャストンが示した西の空に、赤と青の光の花が今まさに花開いたのを。

 その中央には敵本陣を指し示す黄色い花が咲いていたことを。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 つまらない…。

 死体をその体内に飲み込みながらソレ(・・)は思った。

 今回はなかなかおいしかったが、洞窟で味わったあれに及ばない。

 何が違うのだろう?

 ソレ(・・)はしばらく考え込み、そして思い至った。

 対象を闇で包んで捕食するのが彼の太古からの狩りの方法だったが、あの1匹はそれをし損なったのだ。

 簡単な事だった。

 とても簡単な事。

 この姿を見せつけ、その恐怖を熟成させてやればいいのだ…たぶん。


 長く山中を彷徨い鳥や獣など喰らってきたが、どうしてもこの白い顔の二本足よりおいしい獲物は無かった。

 どこに行けばもっとこのおいしいのが食べられるかなぁ?

 そう考えながら顔を上げたソレ(・・)の目に南の空が真っ赤に燃えているのが見えた。


 傍らの巨岩に躍り上がって空を凝視する。

 命の揮発、感情の揮発、魂の揮発。

 恐怖と無念と怒りと憎悪が混ざり合った色。

 それは彼の大好きな色だった。


 ソレ(・・)は舌なめずりをして翼をはためかせた…はためかせてつもりだった。

 しかし形成されたばかりの…太古の記憶を元に再生されたばかりの彼の翼は、その巨体を運ぶにはまだ頼りなかった。

 まあいいさ、ソレ(・・)はゆっくり歩き出した。

 宴会には間に合わないだろうが、そこにはきっとおいしいえものはたっぷりいるだろう。

 はやる気持ちを抑えきれずか、やがてその足取りはかろやかに跳ねるような動きに変わっていった。

 まだ雪の残る山道を、足跡さえつけないで。


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