32魔術
魔術師がその力をもって権力者に成り上がったのか、権力者がその力を求め自分の血筋にとりこんだのか、それは今において定かではない。
ただいつしかその血筋は権力の象徴としてこの国に君臨していた。
貴族に血筋にその才能が多く現れるのは事実で、彼らは血に眠るその力を強めようとより強力な魔術師と婚姻を求めるようになった。
実際王家には強力な水の力を持ち、ほかの貴族、特に諸侯家には強力な魔術師を多く輩出する事となる。
もっとも、その力は貴族として有用なものではなかったのだが。
魔術がこの国を動かしているわけではないが、魔術師が魔術以外の力でこの国を動かしているのだ。
魔術の効果は刹那的なもので、その効果はすぐ大気中に拡散して消えてしまう。
魔力は大気に溶けやすく、それは属性をまとっても代わらなかった。
だから魔術の効果を発揮するには誰かが魔術構成に相応の魔力を打ち込まなければならなく、それは通常の魔術でも魔道具でも同じ事だ。
そんな力は政治に向かない。
戦闘でも個人の力としては強力だが、大きく戦況を左右するに至らない。
もちろん魔術師の数をそろえれば話は別だろうが、希少な魔術師の数をそろえるのは大変だろうし、万が一彼らを失うことになればその損失は取り返しのつかぬ事になるだろう。
だから従軍魔術師も宮廷魔術師も権力の象徴であると同時に、要人の警護や救急のためという側面が強い。
オブザーバーという立場を取っているものもあるが、所詮対魔術師用の壁であり。
暗殺などで要人に接近してくる魔術師対策でしかない。
彼らでは戦局も政治も動かせないのだから。
ところがここに1人の天才が登場した。
彼女はその多彩な属性と誰も考えたことの無い構成を組み合わせ、戦局を左右する大魔術を使い始めたのである。
それは魔術師たちが今まで夢想していたことの実現であった。
広域の探知に複雑な合図の打ち上げ、目くらましでもあり威圧効果を考えた広範囲の攻撃魔術。
こう纏めるとわかり易いが、その時やられている方は何が起きたかも理解していなかっただろう。
彼女の魔術は今までの常識を破壊し、魔術師の新たな系譜を組み上げた。
より用途に合った構成の探求と組み合わせを求める形に…。
煙幕、目くらまし、広域探知、多彩な合図。
たとえ効果が長時間持たない魔術であっても、使い方しだいでは大きく戦局を変え得たのだ。
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
4万の軍で動き出した反乱軍の動きは、編成段階で既にマリーの魔術によって察知されていた。
「同時に、西方から進軍してくるアルバ領軍と思われる5千の騎兵も確認しました」
「まるで挟み撃ちだな」
リオンロア侯爵は実に楽しそうに笑った。
「間違ってアルバ軍を攻撃しないでくださいよ?」
余裕があるように見えるが、実はかなりの危機的状況である。
戦は数だ。
今まで西部連合軍が勝利してきたのは、奇策や奇襲で各個撃破を重ねて来たに過ぎない。
今回のように倍する軍勢が固まって押し寄せてくるような状況では今までのようにはいかない。
「向こうもいい加減自分達の用兵の拙さに気づいたという事かな?」
「4万をひきつければ、城兵もだいぶ楽になるでしょう。
ここは西に引き込んでみては?」
「敵はワシらさえ打ち倒せばあとはどうとでもなると思っておるのだろう。
そしておそらくそれはその通りだろう。
西に引き込んだからといって、それで手詰まりになるようでは後がつづかん。
ここは迎え撃つべきだろう」
「しかし敵軍はこちらの2倍ですよ?
まともにやったのでは勝ち目はありません」
若いリシャールには焦りが見えた。
今まで優位に戦ってきて、ここに来てはじめてのピンチだ。
予定ではアルバ領軍の合流を待って作戦を練るつもりだったのだから仕方ない。
「マルグリット殿、敵軍の編成はわかるか?」
「国軍と貴族軍の混成でしょう。
国軍の本隊2万は未だ王都を包囲していますので、それ以外の軍勢を動かしたのだと」
「つまり指揮系統もバラバラの烏合の衆か…」
「いいえ、ベーシス領軍とアルジャン領軍は侮ってはいけません。
どうやらベーシス家はこの反乱の準備をだいぶ前から行っていたようで、決起前から各地の街道封鎖を行っていたようです」
以前より中部に居たランベルクは事情を説明した。
もっとも半分以上伝聞で、あとは状況から予測するしかない状態だが。
「街道封鎖をやられておったのに、宰相はは気づかなんだのか!」
「ちょうど冬季で流通が滞っていたかららしいですが…」
「それでも見ておくのがリッシュオールの仕事であろう!」
「リオンロア侯爵様、ランベルク様に怒るのは筋違いですわよ」
「おお、すまんグランシャリオ侯爵子息。
そんなつもりでは無かったのじゃ、あまりにも宰相のやつがな…」
ギャストンはいまだ憤懣遣る方無いという感じで、ここに居ない宰相相手に憤っていた。
確かに街道封鎖されてて気づかないというのは問題だと思っているのはマリーもリシャールも同じである。
「あとはアルジャン領軍ですが、虎の子の魔術師団を率いてきたとか」
「魔術師団か…何をしてくるのか思いも付かんな。
ここはマルグリット殿の意見を聞きたいところだな」
「従軍魔術師を数集めてできる事ですか…。
ぱっと思いつくのでは、霧を発生させたり…」
「魔術で霧を発生させてもすぐに晴れるのではないですか?」
自分も魔術師としてそれなりの腕を持つリシャールは、霧を発生させる事もできたが。
彼の作り出した霧は数分で晴れてしまう。
これは魔術の持つ特性で、より大掛かりな構成や、費やす魔力の大小に関係なく同じ結果となる。
「発生させ方によりますわ。
空気の中にいきなり霧を作り出してもすぐ晴れてしまいますが、こう空気の層を作って温度差を作ってやり…」
「そういったやり方は奴らにはできんだろうな…」
魔術には疎いギャストンはこういう解説について行けない。
こういう時は早々に打ち切らせるに限る。
「あとは風の魔術で距離感を錯覚させるとか」
「逆に言えば、クベール家の従軍魔術師たちはそれらをやって来るってことですね」
魔術師単独であればこれは考えられない戦法ではない。
だが数をそろえて広範囲で同じ効果を持続させる事が可能だとしたら…。
「そうですね、もう少し数が増えてくれれば効果的に行えるようになると思います」
そこで彼女をリシャールをチラッと見。
「あとは防御陣でしょうか?
土の属性なら地面を隆起させて壁を作る事もできます。
これも1人や2人なら軍勢を被うような広範囲の壁はできないでしょうけど、数をそろえれば充分な障壁を作り出しこともできるでしょう」
木の魔術で生ける垣根を作る事も…まあこれは魔術師をそろえる事は不可能でしょうけど」
マリーはアルジャン侯爵が、塹壕を掘ったり壁を作ったりは魔術師の仕事ではない…と拒否した事実は知らない。
「そのような様子は敵陣に見えぬな。
やつらにできそうな事は攻撃魔術の一斉射撃と言うところだろう。
それだけでも十分驚異ではあるが…」
「それだけ同じ属性の魔術師を、数そろえるというのは難しいのでしょうね」
「だが参考になったぞ?
迎撃するのにいい手を思いついた」
ギャストンはテーブルの上の敵軍の駒を指しながら続けた。
「魔術師団の行軍速度は通常の歩兵以下だろう。
つまり敵軍には騎兵と歩兵と魔術兵という3種類の行軍速度を持っているということじゃ。
オランジュ侯爵子息よ、おぬしならどう進む?」
「それはもちろん、魔術師団にあわせるしかありません。
他の部隊が遅く進む事は出来ても、魔術師達を早く進める事は出来ないのですから」
「ではいざ同調して敵に当たろうとしたタイミングで、敵が一斉に後退したら?」
「それは…」
リシャールが言葉に詰まる。
本来ならそんな絶妙のタイミングで動くなど無理と答えたいところだが、自軍がその戦法を取る事が出来る以上。
そう言って切り捨てる事は出来ない。
「グランシャリオ候爵子息ならばどうする?」
「魔術師団を切り捨てて追撃します」
「ほお、思い切った手を使うな」
「ここまでのお話で、魔術師団は軍の足手まといだと理解しました。
彼らに合わせていては機会を失いかねません」
「ワシもそうするかな、だが…やつらにそれが出来ると思うか?」
アルジャン侯爵は反乱軍において重要な位置を占めている。
ベーシス侯爵に次ぐ勢力を持っており、その権威は東部でアルメソルダに次ぐ。
そんなアルジャン候家を蔑ろにしたり見捨てるという行為は、東部貴族の信頼を失う事になりかねない。
それに王都を落とした後の新体制には彼の力が不可欠になるだろう。
「ズルイようだが、ワシなら最初から軍勢には入れんな。
もっともそれすらトレノアの立場では可能かは知らん」
統制が取れてない軍の不幸だろうが、そういった連中をかき集めてその大軍を実現した以上は仕方ないだろう。
ギャストンはベーシス侯爵に少しだけ同情した。
「これで解ったと思うが、ワシがやろうとしているのは後退しながら敵を分断する作戦じゃ。
出来れば騎兵も分断して叩いておきたいが、そこまでの高望みは線でいいじゃろう。
クベール軍の騎兵と弓騎兵あわせて6千を最初に迂回させて敵の背後、その時点では魔術師団のはずじゃ…を叩き。
そのまま歩兵の背後を撹乱して欲しい」
そう言いながらギャストンはマリーと騎士団長を交互に見ながら、反応をうかがった。
幸い両者から反対の意は表されなかった。
「無理はする必要はない。
向こうが反撃しようとするならそのまま引いて欲しい。
相手に対しては背後を脅かされているという時点で充分牽制になる。
予定変更の場合は合図を上げてもらうのでよろしく頼む」
そして決死の覚悟めいた気迫を纏いながらその場の諸侯家の者や騎士の顔を1人1人見回した続けた。
それはこの戦いが国の命運を決すると、彼が考えていると思えるほどだ。
「そして本隊は敵を引っ張りながら後退する。
といっても敵の陣形を崩すためで、大きく後ろに下がるわけではない。
さっきも言ったが、引き込みすぎて王都と分断される形になってはよくない。
そしてアルバ領軍と合流し次第反撃に移る」
「アルバ領軍と合流しても2万ほどです。
4万の敵軍に攻撃を仕掛けるのは無謀ではないですか?」
「決戦とまではいかんが、相手を怯ませて下がらせたい。
どこまでやるかは敵軍の分断次第だな。
もう少し兵力に余裕があれば敵軍の脇腹の一つも突きたいのだがな」
これ以上兵力を分断すれば、前進してくる敵本隊を受け止めきれなくなるだけではなく。
今までこちらがやってきた各個撃破戦法を向こうにやられることになる。
ギャストンはこう言っているが、おそらくこれは決戦になるだろうという予感をみなが感じていた。
「アルバ領軍に連絡を走らせてくれ、合流予定地点で止まってしばし休息を取っていてほしいと」
「わかりました。
騎士を走らせます」
「うむ、では諸君配置についてくれ…マルグリット殿は…」
「もちろん本陣にお邪魔しますわ。
今回クベール騎馬隊は機動力が命。
同行しつつ魔術を使っている余裕はありませんもの」
「致し方ないか…」
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「では、リオンロア侯爵様、マルグリット様をよろしくお願いいたします」
「うむ、我が身に替えてもな」
機動力を担うクベール軍は、立場的にも能力的にも本陣に居るべきのマリーとは別行動が多くなる。
もちろんマリーにはクベール騎士の護衛も付くが、騎士団長としてはマリーの側で彼女の身を守れない事に忸怩たる思いを抱いていた。
「いくぞ!」
ディネンセン騎士団長の号令一下、クベール騎兵と弓騎兵の混成部隊は本隊を離れた。
作戦開始である。
本隊は槍隊を正面中央…つまりは殿の位置に配置すると、両端を機動力に長ける騎兵にまかせ、敵軍の襲来を待ち構えた。
「マルグリット殿、敵の動きはどうだ?」
「陣を広げて波のように迫ってきていますわ。
中央に騎兵、両端に歩兵が配置されています」
「我らとは逆じゃな。
よぅし予測どうりだ、急いで陣代えをしないで済んだわい」
「正面後ろに本隊と思われるカタマリがありますわ。
おそらく魔術師団もそこにいるかと」
「まずはそいつらを引っぺがすトコロからだな
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「アルジャン侯爵様、アレをご覧ください」
彼の弟子が指し示しのは西方諸侯軍の中央、本陣と思われる場所から定期的に打ち上げられている光の筋だった。
「魔術で合図を上げている…ようではないな、目を凝らさんと見えぬわい。
だれかアレを打ち落とせるか?」
「この距離では届きません」
「ふむ、属性は解るか?」
「氷の槍のようなものかと、魔術で凍らせた氷ではなく魔術で作り出された氷です」
アルジャン魔術師団唯一の氷属性を持っている部下が答えた。
魔術で作り出された冷気で凍らせた氷は普通の氷と変わらない。
しかし魔術で生み出された氷…その内部に大量の魔力が編みこまれている氷は、魔力の拡散と共に大気に溶けるように消えてしまう。
「何をやっているか判るか?」
「魔術からは予測する事は出来ませんが、おそらく噂に聞くクベール侯爵令嬢の索敵魔術かと」
「はっ!」
アルジャン侯爵の不機嫌そうな声が響き渡った。
「お前達はあんな噂を信じているというのか?
齢八歳の女児が広域索敵の魔術で領軍を勝利に導いた?
つまらんクベールのプロパガンダに相違ないわ!」
アルジャン侯爵にはマリーが開発したとされる魔術の数々の噂は、到底受け入れがたい事であった。
歴代のアルジャン家が成し得なかった事を、この自分が未だに到達できなかった事を、自分の年齢の1/3にも満たない女児が成し得たなどと…。
彼の自尊心はクベール家がマリーの魔術の内容を隠匿したのを幸いと。
それを嘘と、クベールの宣伝工作と決め付けた。
「前に出るぞ!
我らの力でかの小娘を打倒せば、自然と世間はクベールの欺瞞に気づくであろう」
アルジャン侯爵は魔術師団全員を前進させようとしたが、進軍速度が限界ギリギリな彼らはその期待に答えられなかった。
やむなく一部の精鋭だけを前進させる事になる。
「侯爵様、また何か打ち上げられています…1発や2発ではありません…これは!」
「赤い火弾…色付きの狼煙だと!
しかもなんだ!1人2人の魔術師の仕業ではない…どういう事だ?!」
侯爵率いる魔術師団の精鋭は、本体中央あたりで動きを止めることになる。
「西部はあんな構成が一般化しているのか?!」
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「敵先鋒が半リーン(約2kmm)まで到達します」
「よし!各位後退の狼煙をあげよ!」
西部諸侯軍に散らばった従軍魔術師達が次々に赤い火弾を上空に打ち上げていく。
それと同時に既に後退の準備を終えていた全軍は、赤い光に急かされるように一斉に後退を開始した。
このまま2リーン(半8km)ほど後退しつつ、敵を分断する予定だ。
そしてその位置には援軍であるアルバ領軍が到着しているはずである。
「大丈夫、ちゃんと到着していますわ」
「ありがたい…ではマルグリット殿は先に頼む」
定期的に魔術を行使して戦場を確認しないとならないマルグリットは、先行しておいてその先で魔術を使う予定になっていた。
「やはり前線で指揮をお取りになるので?」
「うむ、自分の発案の作戦とはいえ、難しい指揮を要求されるないだからな
なに、合流地点までは責任を持って敵を引っ張っていくわい」
クベール騎士達に囲まれたマリーは、愛馬の背に揺られながら一足先に後方に下がっていった。
「さてお前達、予定どうりに動けよ!わかってるな?」
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「ベーシス侯爵、敵軍が引いていきます」
「一撃も交えずにか?何を企んでいる…」
突如後退し始めた西部諸侯軍の動きに、本隊の指揮を取っていたベーシス侯爵は面食らっていた。
彼はこの動きを、自分達に恐れて撤退を開始したなど考えるほど楽天家ではなかった。
「騎士団長、敵の意図をどう考える?」
「普通に考えれば我らを伏兵の前まで誘い込むとかでしょうが…」
ベーシス侯家に仕える騎士団長は長年国軍で防衛任務に付いていた老練の騎士だった。
国軍を引退した彼は、最後に一花咲かせようとこの軍に参加した。
「そうだな、向こうに兵を伏せる余裕などあるまい」
「そうなると…こちらに引き付けている間に王城を…攻める手勢は残っておりませんなぁ」
「…どうするべきだと思う?」
向こうに取れる手は少ない。
数に大きく劣るというのは、それだけ加速度的に劣勢になっていくのだ。
「敵の意図がなんであれ、その狙い道理に動くべきではないでしょう」
「しかし追撃を断念するのは論外だぞ?」
ここで引いたのでは何のために軍を動かしたかわからなくなる。
「では騎馬隊で猛追をかけ、敵の足を止めましょう。
狙いは中央です。
槍兵で騎兵の突撃を警戒しているようですが、多少の被害に目をつぶってでもしつこく突撃をかけるべきです」
「よしそれで行こう。
敵の足を止めたところに歩兵隊を食らい付かせるのだ」
「騎兵隊前進…いや突撃をかけろ!」
本来は突撃を行う距離ではない。
もちろんギャストンはそれを見越して、間を空けて後退していたのだが…。
「こんな長距離で突撃しては威力に期待が持てません!」
「かまわぬ、とりあえず敵の動きを止めるためにも追いつかねばならぬ」
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「弓騎兵は目標の退路を防ぎながら射かけよ、騎兵は弓騎兵が目標も魔術を妨害してるうちに突入し蹴散らせ!
よし、時間の猶予はそうは無い、すぐにかかれ!」
敵軍後方では、クベール領軍が最後尾に取り残された獲物に牙をむくところだった。
一斉射撃を受けた後、散発的に矢を射かけらるだけで彼らは無力化された。
「嘘でしょう…これ」
作戦に参加した騎士の1人が呟いた。
彼はクベール領軍の従軍魔術師達ならこうは行かないと知っていた。
少なくとも2人もいれば、片方が防御用の魔術を展開しているうちにもう片方が反撃を行ったりする。
そもそもこの射撃間隔なら隙を見て何らかの魔術が飛んでくるだろう。
ところが名高いはずのアルジャンの魔術師団はお粗末なものだった。
指揮官不在という理由は大きいだろうが、襲撃に混乱してまともに構成も組み立てられないうちに騎兵の突撃を受けてしまった。
「しかし侯爵の策は見事に当たりましたね、こいつらが本当に単独で取り残されているか半信半疑でしたよ」
「いや、そうとばかりも言えんぞ」
ディネンセン騎士団長ははるか向こうに土煙をあげる敵本隊を示しながら答えた。
「敵本隊の動きが早すぎる。
かなり無茶な進軍を行っているようだな…まさかこちらの意図を察したわけではあるまいとおもうが」
「騎士団長!この中にアルジャン侯爵らしき死体は無いとの事です」
「急いで追撃するぞ…魔術師団を撃破した事はなんら戦況に影響は与えてない」
クベール軍で危機感を覚えていない者はいない。
何故ならあの猛烈な進行を行う敵軍の先にはマルグリットが居るはずなのだから。
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「敵軍が前進を早めています。
特に騎馬隊が無茶な突撃を仕掛けようとしています。
急ぎリオンロア侯爵様に連絡を!」
一足早くアルバ領軍と合流していたマリーは、その魔術により最も早く敵軍の前進を察知した。
「こちらの意図を予測したのでしょうか?」
「解りませんが、このままでは不味いでしょう。
我々は援軍に向かいます」
アルバ領軍を率いて来た騎士団長は決断が早かった。
それに彼は、彼に知らせを受けたマルグリットは知っていた。
アルバ騎兵に遅れる事1日の距離に、西部貴族達が集まって組織した連合軍1万2千がこちらに向かっている事を。
「ならば私も!」
ここで負けてもまだ立て直せるという思いが、今まで慎重に動いていた西部連合の兵士達を大胆にする。
反乱軍隊対西部諸侯の戦いでもっとも過酷な泥沼の乱戦は、ベーシス侯爵に引きずり込まれる形で幕を開けた。
足を止めての正面衝突なら数で劣る西部同盟軍に勝ち目は無い。
この劣勢を覆すにはさらなる大きな要素が必要だった。




