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クロニクル アンド マギグラフィ  作者: 根菜類
第一部・マルグリット編
30/68

30夜襲

 その日、王都を包囲してる反乱軍がまたダラダラと攻撃を仕掛け始めたころ。

 右翼を担う部隊から早馬が本陣に転がり込んできた。


「て、敵軍と思われる軍勢が西街道方面を東進してきています!」


 もちろんダンネルはそんな報告を相手にしなかった。


「そんなバカな話があるか、斥候からなんの報告も無いんだぞ?

 おおかた西部で戦闘してた友軍が戻ってきたのを見間違えたんだろう」


 スピノワでの戦闘の敗残兵はここ本隊に逃げ込んでは来ているが、彼らの報告は要領を得ず。

 おおかたスピノワ周辺で散発的に戦闘を繰り返してるのだろうと、ダンネルは判断していた。

 逃げ込んでくる敗残兵の人数はそう多くなかったし、まさか3万の待ち伏せ部隊が1日で完全に撃破されたとは夢にも思っていなかった。

 だからその報告を無視したのだ。

 確認の使者を走らせることもしなかったし、実質的な指揮官のベーシス侯爵にも連絡はしなかった。

 このような男が元帥をしていた軍が腐らなかったはずも無い。

 国軍の質は今や屯田兵以下、民兵程度まで下がっていた。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「おかしいですねわね?

 挙動不審ぎみですが、こちらに対応しようとしてる動きは見えません」


 念のためといいつつ、この近距離から敵陣内を覗き込んだマリーが困惑気味に報告してきた。


「どういう事だ?罠か?」


 既に両軍がお互いを目視に収めてる状況にもかかわらず、反乱軍は相変わらず王都を包囲する陣形のままで、側面から現れたこちら側に対応するような動きが見られない。


「ふむ、ひと当てしてみるか?」


 ギャストン馬上から敵陣を眺め、猛獣めいた笑みを浮かべた。


「たとえ罠だとしても、陣形を変える前に脇腹を食い破るのは容易そうだわい。

 心配なのは魔術的な罠であるが…」


「そういった気配は、兵の間からも地面からも感じません」


「王国一の魔術師(マギクラフター)のお墨付きが出た以上もう怖いものはないわい!

 よし、騎兵だけで軽く撫でてやるか…各諸侯軍から2千づつ出して波状攻撃をかけよう。

 敵陣が迎撃体制を取ろうとした時点で中止でな」


 歩兵に陣立てを命じ、騎兵だけを率いて前進した各騎士団は、3方に陣形を敷きながら前進し。

 3連続の波状攻撃を企てた。

 ところが第一陣のであるオランジュ騎兵(くじ引きで順番を決めた)の突撃で、あまりもあっけなくその陣が瓦解したのである。

 リシャールは何を考えているかハッキリしない敵軍の正面から当たるのを避け、斜めに食い込み敵陣を削り取るように駆け抜けるつもりであった。

 敵に側面を見せる危険性はあったが、勢いをつけ速度で振り切る算段だった。

 ところが離脱に心を砕くまでもなく、陣形が大きく切り崩されても反乱軍は今の陣形を変えようとはしなかった。

 その理由は指揮官であるダンネルからの指示がまだ届いていないため、勝手に陣形を変えるわけにいかないという現場指揮官の判断だった。

 結局3部隊の波状攻撃で右翼の陣形はズタズタになり、兵は敗走する破目になった。

 そして王都を包囲してる一軍が、その背後を無防備に晒す事となる。


「これは…流石に罠でしょう?

 罠ですよね?」


「あまりにも無防備過ぎて思わず突撃しそうになるが、我慢するしかなかろう。

 ここは念のため射撃部隊を当てようぞ」


 余りやる気が感じられないとはいえ目は完全に城壁方面に向いていたその部隊は、無防備な背後から矢の雨を降らされる結果となった。

 もちろん、背後から敵が迫ってるなどと言う連絡は受けていなかった彼らは、いっせいに浴びせられた矢の雨も最初は誤射だと信じて疑わなかった。


「いったん戻り陣を立て直すか、これで城内にも援軍の到着を知らせる事ができたじゃろう」



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「ランベルク様!」


 合流してきたグランシャリオ領軍の騎兵3千を率いていたのは、侯爵の嫡子であるランベルクであった。


「お久しぶりですクベール侯爵令嬢」


 6年ぶりに再会した勝手の戦友、ランベルク・リノア・グランシャリオは相変わらず日に焼けた海の男でありながら、貴公子然とした佇まいはあの時アネイドで初めてあった時と変わっていなかった。

 そういう彼もあの戦の後結婚し、今では2児の父親だとか。


「して、グランシャリオの若君よ。

 ちと回りくどい方法で、我らに繋ぎを取ろうとした真意を問うてよいか?」


「もちろん皆様方に合流してともに反乱軍を討つ為…ですが、リオンロア侯爵様の問いはそういう事ではないでしょう。

 あそこで野営している我々を発見できなかった場合、合流は見送るつもりした」


「ほぉ…つまりは、マルグリット殿がここに参加してなかったら…という事じゃな?

 重ねて問うてもよいか?」


「もちろん…彼女の魔術無しには、私は反乱軍に対して勝ち目が無いと考えているからです」


「ランベルク様!?」


 この答えはある意味リオンロア侯爵に対しての挑戦とも取れる。

 総大将である侯爵を差し置いてマリーの方を重視しているという事であれば、獅子哮(リオンロア)の面目丸つぶれである。

 だがランベルクはギャストンの人柄と能力を見極めるために、あえてこの挑戦を行っている。


「ふん」


 ギャストンは猛獣のような笑みでニヤリと笑った。


「グランシャリオずいぶん現金な考え方をするのう?」


「交易は当領地(ウチ)の重要な収益ですから」


「現状マルグリット殿が居なければ勝ち目がないというのは、ワシも同意見じゃわい。

 彼女の魔術の頼もしさと恐ろしさは、ここまで進軍してくる間に充分に味わった。

 貴公も(かつ)てそうだったのであろう?」


 カカカ…と実に楽しそうに笑った獅子哮(リオンロア)侯爵はランベルクに右腕を差し出した。


「いいだろう、西部連合軍指揮官として貴行とグランシャリオ軍を歓迎しよう。

 陣立てが終われば早速軍議を開くので参加するように」


 その宣言と共に王国貴族伝統式の握手を交わすと、さっさと言ってしまった。

 リシャールも侯爵のそんな態度に肩をすくめると、二人に一礼して自軍の陣に戻っていった。


「クベール侯爵令嬢はよろしいのですか?」


「私は陣立ての素人ですから…情けない事ですが、こういった事は騎士団長にお任せするほかございません」

 

「いや、しかしこうして立派に領軍を率いて参陣されているのですから…」


「以前も今回も、私は従軍(ゲール)魔術師(マギクラフター)として従軍してるにすぎません。

 もっとも、従軍魔術師としてはそうそう引けを取る気はございませんが」


 どこかでディネンセン騎士団長のため息が聞こえた気がした。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「3日、いや2日は防衛に徹する予定だ。

 2日後にはアルバ侯からの援軍が到着する筈じゃ」


 軍議と言っても状況の確認と予定をランベルクに伝えるだけで、会議などと呼べる内容ではない。

 だが情報交換だけはやっておかなければならない。


「グランシャリオ家は王都から退避したリッシュオール公爵の船団と協調し、海上封鎖を行っています。

 レンヌの港は既に抑えてありますし、ホラノォも監視下にあります。

 ですので、反乱軍に海上勢力はほぼないと断言できます」


 未だ通信機器が発達していないこのころ、長距離の連絡にはかなりのタイムラグが生まれる。

 リーヌから王都に進軍してくるまでの間、中部でどんな戦闘があったとか、現状の戦況はどうなっているかなどの情報は非常にありがたかった。


「ミリュエレ湖はリッシュオール率いる国水軍が各港を制圧して回ってるそうなので、船を使えない状態の反乱軍の輸送状況はよくないでしょう」


「ふむ、予想以上の朗報だな」


 反乱軍は陸上では最大勢力を誇っているが、水上を押さえそこなったようだ。

 ベルン王家がミリュエレ湖を押さえることでその勢力を拡大した歴史を考えると、それをしそこなった反乱軍は長い目で見れば勝者になる事は難しいだろう。


「もっとも短い間も勝者にするつもりはないがな」


 そんななか珍しくおとなしくしているマリーの様子に、リシャールはたずねた。


「クベール侯爵令嬢、顔色が優れないようだけど?」


「いえ…ええ、先代のリベルナ侯爵には随分よくしていただいたもので…」


「そういえば母上はリベルナの縁戚でしたね」

 

 リベルナ家が反乱に参加してる危険性は考えていたが、いざ本当にその情報を耳にするとむなしさがこみ上げてくる。

 リベルナ侯家はアルメソルダにも東部諸侯にも義理は無い筈だ。

 と言う事は利益目的での参加と言う事になる。

 そこまで追い詰められていたのかという驚きと、せめてクベールを頼ってくれていればと言う思いが合わさって、やるせない思いにとらわれる。

 反乱軍に加担するのは一か八かの賭けだっただろうが、はっきり言って分のいい賭けとはいえない。

 アルメソルダは結局東部貴族を優遇するだろうから、勝ったとしても得るものは少ないだろう。

 しかもその僅かな希望すらこれから自分たちが叩き潰すのだ。 


「グランシャリオ領軍が合流してくれたおかげで、これでアルバ領軍が合流したら総勢3万。

 しかも騎兵の比率が高い」


「その分飼葉の消費が大きいですが」


「うむ、勝利後の撤収の事を考えると短期決戦に越したことはないな。

 マルグリット殿、敵軍の動きは?」


「先ほど打ち崩された陣形をゆっくり修復しているようです。

 もう一回いけそうではありますけど…さすがに罠ですわよね?」


「先ほどは油断をついた訳だからな、さすがに今度は同じように行くまい」


 これには全員同意見であったが、事実それは罠ではなかった。

 ダンネルとベーシス侯爵(トレノア)の2人の指揮系統を持つ反乱軍は、双方の方針の違いの対立が末端にまで回り。

 陣を組むのにも攻撃か防衛かで指示が交錯していた。

 今回りこんで本陣を突けばあっさり瓦解したかもしれないが、それは神ならぬ面々には予想のつきようもない。


「一番怖いのは今すぐ敵が全軍で押し寄せてくることだが、その兆候がないのならありがたい。

 ここまで連戦のうえ強行軍だ、せめて丸一日は兵に休息をあたえたい」


「では明日まではグランシャリオ軍(うち)が警戒を行いましょう。

 実は数日潜伏していただけなので、少々鈍っておりまして…」


「ではお言葉に甘えるとしよう」


 これは実にありがたい申し出だった。

 西部連合の軍はここまでかなりの強行軍を行っている。

 本来警戒にあたる部分をマリーの魔術に頼って出来たことだが、兵の疲労も相当なものだろう。

 ギャストンは1日と言ったが、できれば3日は休ませてやりたい。

 それが出来なくても援軍が合流するまでの間は休息に充てたいのだが…普通は敵がそんな事を許してくれないだろう。

 そんな敵を牽制するために、疲れが出る前にひと当たり下のだが、その効果はでているようだ。


「兵だけでなく、各々もしっかり疲れを取ってくれ」



「シャンブル、疲れているところ悪いのだけど夜中に一回起こしてね」


「かまいませんが…お嬢も疲れているでしょう?」


「あなた達ほどではないわ。

 安全な場所で魔術に集中していただけですもの」


「信頼していただけるのは嬉しいですが、戦場となるとどこも安全とは言いがたいです。

 油断はしないでくださいよ」

 

 いくら巡回をグランシャリオ軍が請け負ってくれてるとはいえ、各軍当然歩哨は立てる。

 特に主筋である侯爵家の4人には騎士団が護衛に付くのだが、クベール軍ではこれに夜目の利く牙人(ガルー)が加わる。

 強行軍直後の歩哨は誰もが嫌がる貧乏くじだが、牙人たちはたいした疲れも見せずにその鋭い感覚を光らせてくれている。


「夜中に何をされるんですか?」


「夜間用にアレンジした魔術を一回使ってみようかと思っているのよ」


「まだやるのですか…」


「出来るであろう事はやっておかないと落ち着かないのよ。

 以前(・・)からね」


「まあそれは知っていますけどね」


 マルグリットの言った意味とシャンブルの取った意味は違っていたのだが、マリーにそれを訂正する気は無かった。

 鎖帷子(チェインメイル)脛当て(レガース)手甲(ブレイサー)だけ外すと、マリーは藁にシーツを被せただけの寝床に倒れこんだ。

 シャンブルにはああ言ったが、正直もう限界だった。

 強行軍においての索敵を一人で請け負っていたため、昼夜魔術を使い続けでさすがに疲労は頂点に達していた。

 王都に着けば一休みできる…そういって疲れた身体を奮い立たせていたのは兵達ばかりではない。


「もうシュークリーム分が空っぽよ…」


 そんな意味不明の言葉を残し、夢も見ない泥のような眠りに落ちていった。



「うーん、やはり昼間のようには行かないわね…」


「それはそうでしょう」


 呆れたようなシャンブルの声が隣から聞こえるが、彼の顔は見えない。

 牙人の目を頼りに明かりから少し外れた場所に移動して魔術を試しているが、あいにく今日は新月。


光量増幅(ローライトビジョン)も構成に組み込んでみたんだけど、打ち上げた氷鏡(プリズム)を追尾するので精一杯。

 2リーン《約8km》が精一杯だわ…しかも1発じゃ見渡せない」


「この闇夜で2リーンも見渡せるだけ凄まじいですよ。

 俺なんかこの暗さじゃ10クォート(約25m)先までがやっとですよ」


「肉眼なんて私なら半クォート(約1.25m)先も見えないわよ…。

 とりあえずあと3発ぐらい試したら戻るわ」


「お願いしますよ…お嬢を連れ出したなんて騎士団長に知れたら…」


「あら?連れ出したのはシャンブルじゃなくて私のほうよ」


 そんな軽口から数秒間をおいて空気を切り裂く音が聞こえてくる。

 もうだいぶ聞き慣れた、マリーが魔術を打ち上げる音だ。

 シャンブルに魔術の事は解らない。

 牙人には魔術の適正が無いからだが、他の魔術師と比べるとマリーの凄さはよく解る。

 着火させる程度の簡単な魔術でも10秒以上はかかる魔術師は少なくないのだが、マリーは素人目でも複雑そうな魔術を数秒で組み立てる。

 彼女に言わせればそれは反復練習による積み重ねの結果で、他の魔術師はそこらへんを疎かにしているというのだが…。

 実際彼女の指導組んだカリキュラムで育成されたクベール領の魔術師は、魔術の発動に長けていた。

 そんな彼女から見たら他の魔術師は怠慢に見えるのだろうが…。


 シャンブル達牙人は知っている。

 なまじ人間よりも優れた能力を持っているだけに、人間を侮っていた先人がどうなったかを。

 人間(かず)の力は恐ろしい。

 たとえマリーがどんなに優れた魔術師であろうとも、彼女を嫌う大多数の魔術師(かずのちから)は侮ってはいけない事を。

 シャンブルにも人間と一対一でまず負けないという自負はある。

 おそらくマリーもそうだろう。

 だがそんな彼女も他の魔術師を侮り、敵に回し続けて勝ち続けられるだろうか?

 周囲を見回しながらそんな事を考えていたシャンブルだが。


「あら?」


 そのマリーの声で現実に引き戻された。


「どうしました?」


「敵の別働隊らしきものが向こうの森を迂回して移動中よ。

 夜間のうちに背後に回りこむ気かしら?」


 彼女の指は北の方向を指していた。


「向こうの森?3リーン(約12km)はあったと思うのですが…」


「移動するけっこうな数の明かりが見えたわ」


「数は?」


「ごめんなさい、木々の間からチラチラと明かりが見えただけだから判らないわ…さすがに暗くて…」


「とにかく早く騎士団長に知らせましょう!」



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「ふむ、だがさすがにこの闇夜に背後はつけまい。

 後方に兵を伏せておくのが目的ではないか?」


 真夜中に叩き起こされる事となったが、流石に歴戦の軍人であるリオンロア侯爵はなれたものなのか?

 手早く上着を身につけると、本陣の天幕にはせ参じた。


「そうですね、牙人でもない限り夜間の作戦行動は無理でしょう」


 いっぽうリシャールは眠気が抜けきらないと言う顔で、あくびを噛殺しながらの参加だったが、頭はそれなりに働いているらしく。

 かなり真剣な面持ちで敵を表す駒を使い進路の予測など行っていた。


「こちらとしてもこの暗さでは対応の使用がありません。

 動くとしても夜明けを待ってとなるかと」


「うむ、仕方なかろう…」


 夜間の行軍、作戦行動には不慮の事故がつきものになる。

 ただでさえ数の少ない西方諸侯連合としては、ここで余計な消耗はしたくない。

 何よりこちらにはマリーが居るのだ。

 敵の動きを補足するのに問題は無いだろう。

 だが。


「発言の許可を頂きたいのですが…」


 マリーに付き従って来た牙人の発言に、何名かの騎士は顔をしかめた。

 やはり亜人は人間と同列には見られないのだ。

 西部でも亜人の騎士などが居ないのがいい証拠だろう。


「…いいわ、私が許します。

 シャンブル、何か考えがあるのね?」


 きっとこの場で一番、人種に対し偏見や差別を持っていないマリーが率先して許可を出す。

 シャンブルや他の亜人に出来る。

 マリーの負担を少しでも軽くするための方法は?

 魔術の使用を少しでも押さえることと、戦いを早く終わらせることだ。


「はい、クベール領軍とオランジュ領軍の牙人部隊合同での夜襲作戦を提案いたします!」



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 牙人が夜目が利くと言っても、夜の闇を昼間のように見通すようには行かない。

 今夜のような光量の少ない夜は当然見通せる範囲も狭くなる。

 先ほどシャンブルは10クォート(約25m)といていたが、それは星明りの届く開けた場所での事。

 森の中に入れば5クォート(約12m)も見えればいい方だろう。


 そんな森の中をそろそろと牙人の一団が進んでいた。

 マリーの観測した敵軍らしい部隊の進行ルートを予測し、待ち伏せのための移動だ。

 ただ隊長を任されたシャンブルは若干後悔はしていた。

 この調子だとたいして進まないうちに夜が白んでくるだろう。

 そうなると闇夜の不意打ちと言う絶好の機会を逃す破目になる。

 こちらの移動もままならないが、敵軍の移動が予想よりも遅いのも困った事だ。

 十分に森の奥に引き込まなければ逃げられる可能性もあるのだから、こちらから森の浅いところまで出向いてやるわけにもいかない。


「隊長、予定地点だけど奴らの気配は感じられんよ」


 副隊長の連絡に臍をかむ。


「仕方ない、ここで待ち伏せの準備をしよう。

 明るくなっても来なかったら今回は見送りだ。

 張り付きを数名置いて撤収しよう」


 牙人でも進行に苦労するこの暗さでは、人間の部隊では大きく遅れる可能性が高いだろう。

 その場合連中がどう動くかは確認しておく必要がある。

 効率がいいからといって全部1人に押し付けてはいけないと言うのは、長年山林を駆け回ってきたシャンブルの、いや牙人の知恵であった。


「来ました…明かりが1つ2つ…3つ4つ…10、20…」


「隠密作戦じゃないのか?

 この暗さじゃ明かり無しは無理としても、明かりの数が多ければ多いほど見つかりやすいぞ」


 こりゃこの暗さでもお嬢が簡単に見つけるはずだ。


「数は千ほどか、じゃあ遊撃隊かな?

 ウチらを挟撃するには明らかに数が少ない」


 実際は帰ってこない斥候部隊を捜索する為に敵軍後方に浸透しようとする捜索部隊件斥候大隊だったのだが、シャンブルたちにその判断はつかない。

 彼らの任務は敵部隊の殲滅だ。

 総勢8百名の牙人とその後ろにバックアップ用の歩兵5百が控えている。

 敵が遅れてくれたおかげで、むしろ万全の体勢で攻撃できる。


「これだけ明るければ余裕だな…敵軍が通り過ぎたタイミングで仕掛けるぞ」



「おい、なんか急に森が静まり返ってないか?」


 鳥の声や虫の声などが途切れたその一角を通過しながら、ベーシス領軍の兵は隣の同僚に話しかけた。


「気のせいじゃないか?

 今までだって俺たちが通りかかる側から鳴き声とか止まって行ってたし」


「そうだけどな…俺たちが通りかかる前から止まってなかったか?」


 兵士は気味悪そうに当たりを見回した。

 付近に潜んでいたのが人間の兵士だったら、彼は息を呑む音を聞きつけることが出来たかもしれない。

 しかしあいにく、彼らの命を食いちぎろうと待ち構えていたのは牙人の部隊であった。


「いくぞ…」


 静かに呟いたシャンブルの声を合図に部隊は動き出した。

 しかし反乱軍の兵士は誰もその呟きも、牙人が動き出す音も聞きつけはしなかった。


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