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クロニクル アンド マギグラフィ  作者: 根菜類
第一部・マルグリット編
3/68

3三公

 フランチェスカが王城に登城した翌々日。

 正式にアルタインとの婚約破棄が発表された。



「すまなかったとお前に謝るべきなのかもしれんが…」


 エチュドリール公ドリオードルは公爵邸の執務室で、娘であるフランチェスカに顛末を説明していた。

 その顔色には明らかに疲労の色が見え、目の下に隈さえ出来ていた。

 心労であろうか?


「ワシはむしろホッとしておる。

 あんな第二王子(ボンクラ)にお前を嫁にやらないで済んでな」


 第二王子アルタインは婚約破棄宣言の撤回に対し首を縦に振らなかった。

 再三の宰相からの説得も効果は無く、結局はミリリがいかに自分を理解して愛してくれるか、フランチェスカがいかに自分を蔑ろにしているか力説を始める始末だ。

 ミリリ、ミリリ・アパルト・エイム子爵令嬢は側室として向かえるように手配するからという代案にも耳を貸さない。

 国王は早々に説得を投げ、好きにしろとばかりに認めるような発言をする。

 それならばとドリオードルが言うと、いやちょっと待ってくれと宰相が止める。

 延々とその繰り返しであった。


 生真面目なフランチェスカは素行の悪いアルタインに再三諫言を呈したのだろう。

 それがアルタインには自分を蔑ろにしていると感じられたというのだ。

 これには流石に宰相であるリッシュオール公も呆れはてて説得を諦めた。

 それは「こんなのに王位を継がれてたまるか」という危機回避の選択でもあっただろう。

 そうなればドリオードルが王家からもぎ取るべき事は一つ、あくまでも今回の事はエチュドリール家からの婚約破棄という形を取ること。

 重ねていやな顔をする宰相を恫喝半分で説得し、事はエチュドリール家からの婚約破棄で落ち着いた。

 なんの落ち度も無い愛娘の経歴に、第二王子(ボンクラ)の我侭で「婚約破棄された」などと言う傷を付けられてたまるかと。

 婚約破棄する方と破棄されるほうでは立場が全然違う。

 当然婚約破棄された方に問題ありと見られ、その後の縁談にも大きく影響を及ぼす。

 破棄した側もケチが付くのは避けられないが、それでも破棄を言い渡されたほうに比べれば傷は小さい。


 今回の事、王家から婚約の要請があり、その後公爵家から破棄を申し出たということで、フランチェスカの評判の低下は最低限に抑えられる。

 アルタインに関しては王族としてもうこれ以上下がることも無いだろう。

 支持基盤がほぼ無い状態なので、立太子はほぼ絶望的である。

 王からして第二王子を推す意思も無いようだ。

 いや、そもそも跡取りに興味がないと言ったほうが正しいだろう。

 現王ラーリ二世も我侭で下級貴族の娘を(めと)った経緯がある。

 ただ彼女を側室として迎える程度の分別は辛うじてあったのがアルタインとは違った。

 彼女、リディア・ソール・クルシクス夫人…当時は子爵令嬢であった…は、第二側室として宮廷に上がり、死ぬまで王の寵愛を受けた。

 普通それだけ愛した女性の忘れ形見であれば、息子も愛そうというものであろうが、ラーリ二世はこの優秀な長男を嫌っていた。

 クルシクス夫人の愛を独り占めできないのが不服と、息子に嫉妬していたのである。

 聡い婦人は早くにそれに気づくと息子を遠ざけた、王から守る為に。


 結果、第一王子に対して王は無関心になった。

 それはクルシクス夫人が31歳の若さで早世した後もそのままだった。

 夫人の死後はむしろ何に対しても優柔不断で無関心、息子の誰が後をついでもいいとさえ思ってる節がある。


 ともあれこれでアルタインの王位継承はなくなったと言っていいだろう。

 王妃の生家のアルメソルダ公家も、次の候補がやはり王妃の息子である第三王子である以上、評判が地に落ちた第ニ王子を見限り第三王子に支持を集中するように動くと思われる。

 そうなると第三王子の婚約が非常に重要な問題になってくるが、彼はまだ10歳でありこれから未来の王妃の座の争奪戦が始まるであろう。

 本人には心に決めた相手が居るらしいが、まさか父や兄に続いて我侭はできまい。

 …できないよな?


「つつがなく卒業式は終われたようだな、雪が降る前に領邸に移動しなさい。

 後の事はやっておく」


 ドリオードルは愛娘の肩に慈しむ様に手を置き。


「今回の事お前に非は無い、よって気に病むこともないぞ」


 無言で顔を上げるフランチェスカの瞳には、父に迷惑をかけたという負い目と悲しみの気持ちが浮かんで見えた。


「今回の事でクベール候家に大きな借りができてしまったが…まああの家なら借りを作るのもまた面白いだろう。

 だからな…」


「お父様…」


 極北の月(12月)も暮れに入り、いよいよ王都の空にも雪がちらつき始めていた。

 山麓の街レ・クリュネではもう積もり始めていてもおかしくない。

 もう明日にでも出発する必要があるだろう。



    ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 湖の畔で半島中央の平野部に位置する王都ゲランデナは比較的穏やかな気候であるが、冬の寒さだけは辛いほうである。

 南北の山脈で雪雲は止められるので降雪量は微々たる物だが、その山脈から冷気が吹き付けてくるためかなり冷え込む。

 これが半島の西部に行くと南の山脈が無くなり、海から暖かい風が吹きつけるためだいぶ暖かくなる。

 その分遮るものが無いため雪は多くなるのだが…。


「これでまた立太子が遅れることになるな…」


 広大なミリュエレ湖を暖炉の前からテラス越しに眺め、目を細めながら宰相フレデリッツは呟いた。

 オーシャンビューならぬレイクビューの眺めは公爵邸の自慢で、湖運を一手に取り仕切るリッシュオール公家の特権でもあった。

 王国東部の中心となるこの巨大な湖は、同時に流通の中心でもあった。

 ベルン王家がその勢力を確固たるものにしたのは、早くからミリュエレ湖の制海権を抑えていたことが非常に大きい。

 そしてリッシュオール家は王家の中でも代々船舶運行を任されてきた血筋の末裔である。

 東部を支配し、その武力をもって西部を統合した今では当時ほどの重要性はないかもしれないが、交易に水源に水産に、ミリュエレ湖から得られる収入の多くは王家の財政を支えている。

 だからフレデリッツも幼きころから湖の、流通の重要さを父から叩き込まれていた。


「傍流ともいえるわが家が理解していて、なんで本流の王家が理解してくれぬのだ」


 宰相フレデリッツ・リノア・リッシュオール公爵はこの数日の王宮での論争の疲労で目に見えてやつれていた。

 

「父上…」


 息子のオルドアにしても、こんなに憔悴した父を見るのは初めてであったかもしれない。

 彼にとって父である公爵は常に責任感と情熱にあふれ、精力的に政治を取り仕切っていた。


「だがまあ、アルタイン殿下が王太子にならなかったのはむしろ幸いだった。

 優秀とは…人並みとは思わないまでも、あそこまでとは思わなかったわ。

 教育係のシノーツ伯は一体何を教えておったのだ?」


「教育係に全責任は負えますまい。

 アレは父親そっくりですから」


「オルドア」


 フレデリッツは咎めるように片眉を上げた。


「私の前でそのような物言いはよせ」


 肩をすくめてみせる息子に険しい顔で睨みつける。

 どうもこの長男は王家を軽く見る気がある。

 ここ近年の王族のろくでもない面ばかりを見てきた訳だから、仕方のないところもあるだろうが、王家の血筋といえ公爵家はあくまでも臣下にすぎない。

 そんな態度が他所にもれようなら命取りになりかねない。

 何よりこの息子は王家あっての公爵家という事を理解していない節がある。


「お前にはなんで私が精神すり減らしてまでも、王家と貴族を取り持とうとしてるのか理解して欲しいのだが…な」


 今年46歳のリッシュオール公フレドリッツはまだまだ若い。

 しかし彼は跡取りを得るのがやや遅かった。

 本人にすれば息子と二人三脚で政事を行いながら、国政について色々学んで欲しかった。

 30手前でやっと授かった長男は上級学校を卒業したばかり、今は見習い半分で財務局に置いているが中々の手腕を見せてくれていると聞く。

 次代の宰相を任せるには息子しか居ないとの見かたは親の欲目だろうか?

 しかしいかんせんまだ若すぎる。

 信頼の置ける財務局長(オーリン)に預けてはいるが、出来るだけ早く宰相府に入れたい。


「これから始まるのは第三王子の取り込み工作だろう。

 いまだ支持基盤の定まってない第三王子には、王公派どころか諸侯派の連中すら手を出しかねん。

 王太子には第二王子がほぼ確定…と言われてただけに、第三王子は権力抗争から逃れられていたわけだからな」


「解っています。

 それに中立派は乗ってこないところもね」


「それは例のお前の友達からの情報か?侯爵の甥とか言う…」


「ジャンリュックです。

 向こうとしてもクベール家の立ち位置を隠す気はないそうですよ。

 これは侯爵の方針だとか」


 上級学校で作ったコネのうちで最も有用なのは、このクベール侯爵の甥との交友だろう。

 現侯爵の弟であるドローリンは、領内外への商品の流れをコントロールする為に侯爵公認の商会を運営している。

 息子であるジャンリュックも王都にある支店を任されており、クベール領と密に連絡を取り合っている。

 そこにはクベール領近隣の情報も入って来ており、意図的にオルドアに情報を流してくれたりする。

 もちろん向こうの都合のいいように選別してではあるが、誤情報はまずないのでありがたい事に変わりは無い。

 そう割り切って付き合うなら、貴重な情報源になってくれる。


「それに関しては非常に助かる。

 クベール候が強固にも中立の姿勢を貫いてくれるなら、他の連中への牽制にもなろう。

 王公派を名乗る連中よりもはるかに王家の事を考えてくれておるわ」


 オルドアは知っているが、クベール侯爵が第三王子に接触しないのはそれが理由だけではない。

 王子に娘に近づく口実を与えたくないというのが本当なのではないかと。


「どちらにせよ来年からは第三王子も上級学園に入学される。

 側近争奪戦のような事が起こるのは間違いないだろう。

 第二王子の二の舞にだけはなってほしくないが…誰か都合のいいお目付け役はいないものか?」


 次に父が口に出す言葉を予想して、オルドアは内心頭を抱えた。


「そういえばクベール侯爵のご令嬢は、いま在学中ではなかったか?」



    ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「そんな馬鹿な!一体どういうことだオリオルズ!

 貴様が付いていながらどうしてこうなった?

 まさかアルタイン殿下が失脚…立太子見送りとは?!」


 三公の一角、アルメソルダ爵ダンネルは息子であるクセ毛の少年に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄っていた。


「おあ、落ち着いてください父上、これは本人も納得の事…」


「何が納得だ!私は納得できんぞ!」


 現在の国王正妃(アルジュナ)はダンネルの姉であり、その息子である第二王子の立太子のために少なくない投資を行って来ている。

 今更正妃アルジュナ以外の子供以外が王太子になってもらっては困るのだ。

 ただでさえ裏金作りの流れを財務局に暴かれ、借金がかさんでいる。


 ダンネルは軍務を担当するアルメソルダ公家として、軍から利益を吸い上げようとする行為を当然の事と考えてる。

 他のニ公家と違ってアルメソルダ家の借領(レ・ヴュネ)はあまり裕福ではなく、黙っていても交易などで税収を得られるわけではない。

 ならば当然他の手段で収入を拡張するべきであり、元帥として軍部に君臨する自分が軍から利益を吸い上げることに何の悪いことがあるか?

 他のニ公家が領地の拡張や流通の整備などの努力を行って、その収入の大部分をまた開発につぎ込んでいる現状など知ろうとも思わず。

 彼にとって領地とは公爵家に与えられた年金産出機構程度にしか考えていないのだ。

 何代もそんな姿勢で領政に当たってるため、アルメソルダ公家の借領は東部の流通の要であるにも関らず規模は大きくない。

 都市人口こそは多いがほとんどの者は職に困り、税の支払いも滞りがちである。

 そこに増税をかけるため、都市の半分はスラム化してしまっている。


「彼は王位よりも子爵令嬢と結婚する道を選んだのです。

 継承権かエイム子爵令嬢かと問われても、臆することなく・・・クククッ」


「笑い事ではない!」


「まあまあ、まだ第三王子が居るではありませんか、前の話し合いでも特に第一王子(カルアンクス)を推す声が上がったわけでもなく、アルタインがダメならじゃあボルタノを…となっただけですよ。

 次期国王にアルメソルダの血縁を、という父上の目的は別に狂ってはおりません」


 王太子の後見人になれば人事に対してかなりの口出しができるようになる。

 王子の口を通して自分の意見が出るわけで、王族の発言はおいそれと無視できない。

 人事に関らず次期国王の意向となれば、現国王以外に強く反対できるものはいまい。

 実際一度、国王をそそのかして無茶な命令を通させた事がある…これはやぶ蛇になって、自分の首を絞めることになったが。

 まず、財務長官を罷免(ひめん)して、一族の者を後に据えねば…とそうなったらどうするかも決めてある。

 軍の維持費の多くを西方の連中に負担させれば楽に権威を維持できる…など実行したら反乱を誘発しそうな政策をいくつも抱えててぐすね引いているのだ。


「まあ公衆の面前でフランチェスカを罵倒したのですから、少なくともミリリと別れるって要求をエチュドリールがしてくるのは当然だね。

 卒業まで黙っていれば国王陛下のように側室として迎え入れることもできたのにね、あー可笑しい」

 

 王子の名前を呼び捨てにし、あざける姿勢を隠そうともしないオリオルズに公爵として注意あってしかるべきだが、あいにくダンネルも王族に対して敬意や忠誠を持ち合わせていなかった。

 王家の血筋の中でも特に歳若い当主のダンネルは、身の丈に合わない野望を抱いており、王族はそのための駒としか認識していないのである。

 今はまだ王太子や国王をもって専横をたくらんでいる程度だが、この先その野望がさらに膨れていくのは火を見るより明らかだった。

 だが、同時に自分の足元を救おうと目論んでる家中の者がいるとは考えが及んでいない。


「オリオルズ、まさか王子を煽ったわけではあるまいな?」


 忌々しげに息子を睨みつけるダンネルは息子に猜疑の目を向ける。

 疑いと言っても自分を落としいれようとか、裏切るとかそういった意味ではなく、考えの足らない悪戯っ子がついやってしまったのではないかと言う取るに足らないいぶかしみであるが。


「父上、冗談はよしてくださいよ。

 むしろ止めたし説得も協力しましたよ。

 まわりが言っても聞かない性格なのはご存じの通りでしょう?」


 そう、解ってるから表面上は止めたし、説得にも協力したんだけどね…と心の中で付け加える。

 オリオルズにしてみてもアルタインは操りやすい王子であるが、あまりも操りやす過ぎて他の者の甘言にもホイホイ乗ってしまう信用の置けない駒でもあった。

 それを平和利に排除しただけである。

 父はそんな事も解っていない。

 自分も学園で一緒にいるから学んだ事だというのは心の棚にしまいっぱなしで、心中あざ笑っていた。


「報告は以上ですよ。

 僕はこれからボルタノの方へ挨拶…来年から彼も学校ですからそれについて一言二言あるので、行って来ます。

 今晩は王宮に泊まるかもしれません」


「ああ、言って来い。

 第二王子に同じ徹を踏ませるのではないぞ?」


「大丈夫ですよ…ボルタノにはまだ婚約者いませんからね。

 マルグリット嬢にお熱な用ですけどね」


「クベールの娘か…目障りだな」


 ダンネルには今回マルグリットが果たした役割は報告していない。

 報告したらまた逆恨みで要らんちょっかいを出しかねないと解ってるからだ。

 だいたいクベール候家ならびにマルグリットの発言力が増すことになったのは、この父の要らん嫌がらせが原因だ。

 あの嫌がらせをする為にまた無駄な資金を使ったのかと思うとため息がでる。

 公爵家の資産はいずれ僕の物になるんだし、無駄遣いは謹んで欲しいなぁ…と。


「先方には相手にされてないので問題ないでしょう。

 中立派の侯爵家としては縁談を断る口実は山ほど持ってるでしょうし、なにより宰相が許さないでしょう」


「ならいいのだが…始末する事も考えねばならんか」


 馬鹿な事を…後ろ手にドアを閉めながらも、オリオルズは内心のイラつきが湧き上がるのを感じた。

 アンタの手の者にクベール候家に手を出せるようなのが居るわけないじゃないか。

 実際、暗殺に失敗してるのを知ってるぞ…あの家はああ見えてかなりの武闘派ぞろいだ。

 武門とは名前だけのウチと違ってね。

 だから僕は武力に頼らないよ、相手の得意分野で勝負するなんてバカのやることさ。


 野望の徒はひとりごちる。


「みっともないなぁ、アルタインと違うのは歳をとって悪知恵がついた程度か…クベール候を目の敵にしてるけど、本当の障害はリッシュオール公だって気づいていないのかな?

 まあ精々目立ってスケープゴートになってくださいよ父上、国王が続けて無能ってのは下克上のまたとないチャンスなんですから。

 いろんな意味で、ね…」


 彼は周りの者全てを見下していたが、特に家族を強く見下していた。


「僕が長男だったら、少しは父上に優しく出来たかもしれないのにね。

 父上は本当に運がないなぁ…クックハハハハハッ」


 王城に向かう馬車の個室の中を、低い笑い声が小さく響いていた。



    ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 彼女が王子に近づいたのは、別に大それた野望があったからではない。

 王子の回りの人間にもしかしたら…まあそんな都合いい事はないと思うけど、彼らからの評判がよければ身の丈よりも上の…もしかするとちょっと条件のいい縁談が来るかも?

 とじつに年頃の子爵令嬢らしい、やや夢見がちな望みなだけだった。

 両親にはいいところの子息を捕まえるようには言われていたが、その両親にしても伯爵家の長男でも捕まえることができたら泣きながら誉めてくれただろう。

 それがベストだったのだ…。


 …どうしてこうなった?


 ミリリ・アパルト・エイム子爵令嬢は頭を抱えていた。


 確かに下心あって王子や仲間たちの世話をかいがいしく見たり、おだてたり、持ち上げたり、フォローしたり。

 バラ色の将来を見越して頑張ってきた。

 その結果がこれでは神様酷すぎる。


 フランチェスカには何回か注意されたし、それを王子達に言った事はあったが、別に酷い事を言われたとか思っていないし、王子に


「私にそんなつもりはありませんので、フランチェスカ公爵令嬢にそうお伝えください」


 とちゃんと伝えてたはずだ。


 なんでこんな風に変な方向へ話が転がってしまったのか…。


 彼女は現状を呼び込んだ犯人が、クセ毛の公爵子息が巧妙に事実を捻じ曲げながら回りに吹聴していたことに気づいていなかった。

 そう、王子に正式に求婚されるまでは自分の計画…といえるほどの事ではないが…が逆方向に破綻しているとは気が付いてなかったのだ。

 アルタインがミリリの献身にほのかに抱いた恋心をふいごで煽り、身分違いという障害を薪にくべ、フランチェスカへの後ろめたさを火かかき棒でかき混ぜて。

 その心を真っ赤に灼熱させ、取り返しがつかないように熱い内に打ち上たのだ。

 

 王子に何回も考え直してくれるようにお願いもした。

 私は王位と天秤にかけるような女では無いとも訴えた。

 だがアルタインの答えはいつもこうだった。


「心配しなくても大丈夫だ。

 私には王位よりも君の方が大事なのだからな」


 違います!そういう事を心配しているのではないのです!

 このままだと私はとんでもない悪女に祭り上げられて、エイム子爵家は破滅します!

 お母様は分家とはいえ、一族であるアパルト辺境伯まで累が及ぶかもしれない。

 そう本当の事を言えればどんなに楽だろう。

 誰に相談していいのかも解らないし、誰か味方になってくれるかも心当たりは無い。

 だが今となっては王子以外の味方はもう居ないのだ。

 ここで王子の不興までを買ってしまったら完全に破滅だ。

 私も、それ以上に実家も。


 そうだ、かくなる上は実家から離縁してもらうしかない。

 せめて今のうちに関りを絶ってもらえば、実家にかかる迷惑は最小限に抑えられるだろう。

 お母様、お父様、もうお会いできる事は無いと思いますが、末永く壮健であられる事をお祈り申し上げます。

 お兄様、どうか子爵家を、お父様お母様をよろしくお願いします。


 愚かな娘をお許しください…どうか。



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