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クロニクル アンド マギグラフィ  作者: 根菜類
第一部・マルグリット編
29/68

29防衛

 王都が反乱軍に包囲され14日ほど経っていた。


 宰相(フレドリッツ)が言うには半月を待たずして援軍が到着するはずであったが、現在王都の城壁から眺める事のできる範囲には元国軍の姿しか見えない。

 城壁の外側にある新市街と下町、スラム区画は破棄されて、住民は城壁の内側の旧市街に避難していたが、逃げ遅れた者や避難を拒否した者は反乱に同調した諸侯軍の略奪の餌食になっていた。

 王都隣接の港区画も一時的にだが手放され、接岸していた船のほとんどは避難していた。

 そこには宰相の命を受で船団を率いて脱出し、リッシュオールの水軍と合流しに向かったオルドアも入っていた。


 まさかミリュール川を押さえているグランシャリオ候爵が反乱に加わっているとは考え難いが、オルドアが無事リッシュオール軍をまとめる事ができているかの情報は全く入ってきては居なかった。


「ここから見えるのが反乱軍の全てじゃないだろう?」


 城壁の一角にある見張り塔から見回しながら、第一王子(カルアンクス)は側近に尋ねた。


「約半数ほどは別行動を取っているらしいです。

 あそこに居るのは元帥…元元帥に従ってる元国軍と、アルジャン侯爵軍とリベルナ侯爵軍と見られています」


「アルジャン領軍が控えているのは気になるな。

 現状なんとか持ちこたえているが、これに魔術師が加わったらそうも行かないだろう」

 

 近衛騎士3百に衛兵隊が5千。

 義勇軍を募ったが、学生を入れても1千人ほどしか参加者は居なかった。

 ただ王立高等学校の学生なら半数は魔術師(マギクラフター)として期待はできる。

 とはいえ従軍(ゲール)魔術師(マギクラフター)としての技量に期待が持てそうなのはそういない。


宮廷(パレ)魔術師(マギクラフター)たちはまだ渋っているのか?」


「はい、戦いは専門でないとかと主張しています。

 魔術師長のセルジュ・オド・アルク殿に至っては…」


 1人息子を失ったセルジュは仕事も手に付かず、屋敷に篭りがちになっていた。

 もしそんな父を見たらセドリックはどう思っただろう?

 自分を道具としか見ていないと思っていた父親が、自分の死の悲しみに押しつぶされているのを…。


「卿は本当に援軍が来ると思うか?」


 カルアンクスは城壁の上を走り回ってる衛兵達をどこか人事のように眺めながら、側近に質問をした。


「解りません…ですが来たとしても3、4万が精々でしょうし、おそらく別働隊はその援軍を迎撃しに行っているのだと考えられます」


「つまりここにたどり着いたとしても、それは戦力として期待できるものじゃなくなっていると?」


「はい」


「やれやれ」


 彼は遠く西の空に目を向けながらため息をついた。


「我々にできる事は目の前に迫った死期をすこし先に延ばすだけとはな」



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 右手を布で吊った少年が、衛兵に混じり城壁の守備に参加していた。

 彼は左腕で大きな木の盾を引きずりながら、傍らに居る同い年ぐらいの少年を遮蔽に収めるように動いていた。


「アラン、休んでないで大丈夫なのか?」


「非常事態ですので休んでなど居られないです。

 それに剣は振るえなくとも、盾を持つぐらいはできます」


 本来アランは、防衛の指揮を取っている近衛騎士団長である父の指示に従うべきのところだが、学徒兵扱いでウィルのサポートについていた。

 王城で反乱軍集結の報告をした後、それ以外で父親には顔を合わせてすらいない。

 傷の手当すら学校でやってもらうという徹底さ。

 やはりアランは実家との折り合いが悪いのか、とウィルは心配になった。


 アランの肩の傷は深刻で、深く食い込んだ鏃が骨まで削っており、このままでは後遺症が残るだろうと医者に言われていた。

 このままでは彼の目標である騎士への道は閉ざされたといっていいだろう。

 いくら騎士の仕事は指揮や編成と言っても、やはり最低限の武勇は求められる。

 アランの右腕がもう剣を振るえないとなると、国軍やクベール領軍はもとより他の騎士をかかえる貴族家にも受け入れてはもらえないだろう。

 ウィルはアランに1人で追跡させた事を酷く気に病んでいた。

 あの時無理にでも止めていたら…しかしその場合は王都は反乱軍の奇襲を受けていた可能性が高い。

 その所為かアランに陰りは見られなかった。

 心なしか胸を張っていたかもしれない。


「あまり本気で攻めてる感じはしないな、持久戦を仕掛けてる?」


「同じ国軍として王都を攻めるのに抵抗があるんじゃないでしょうか?」


 同じ部署で防衛を担当してる衛兵が答える。

 もしかしたら攻め手の中に顔見知りが居るのかも知れない。


「やる気なのは主犯だけか…今日も暗くなる前だというのに引いていったな」


 そういいつつ夕日を確認しようと、西の空に目を向けたウィルの目に飛び込んできたのは、キラキラとかすかな光をひいて天にのぼる一筋の光点だった。

 暗くなりかけている空にちょうど夕日を反射して輝くそれは、かなり距離があるにもかかわらずくっきりと輝いて見えた。

 ウィルはその光に見覚えがあった。

 正確にはそのように見える魔術の使用に心当たりがあった。


「この時間父上は王城か?…すまない、急いで父上に報告しなければいけない事ができた。

 ここは頼む!」


 急に踵を返した侯爵子息を不審に思いながらも、衛兵たちは攻撃がないうちに交代で休息を取り始めた。


「ウィルレイン様!どうしたんですか?」


「無理して付いてこなくていいよアラン、本当に父上に報告があるだけだ。

 お前も休息しているといい」


 そういいつつもその足は王城に向けて加速していった。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 王城では連日会議が繰り返されていたが、現状維持に手一杯な今では妙案など出るはずも無く。

 無駄に時間を浪費していた。

 元帥府に取り残された官僚や武官などは粗方捕縛されたが、残された彼らは計画を知らされておらず。

 ろくに情報は得られていない。

 残った僅かの資料を調べれば調べるほど、この反乱計画の杜撰(ずさん)さが浮き彫りになり。

 その杜撰な計画に気がつけなかった首脳陣の手腕が問われる結果となっている。


「幸い近衛騎士団長のご子息のおかげで、各位に早馬を飛ばす猶予は得られた」


 現在では元帥も兼任することになった宰相(フレドリッツ)は対応に追われていた。


「最短で半月ほどで援軍が着くはずだ。

 それまで何とかして凌いでもらいたい」


 とは言うものの、6千ほどの兵力で6万の軍を攻撃を受けるのだ。

 いくら頑健な城壁があるとはいえ、彼らの疲労はもう限界に達していた。

 それに本来治安維持が仕事の衛兵隊を全員防衛につぎ込んでいるため、戦時下の王都内の治安悪化も深刻な問題になっている。


 宰相の言う半月にはもう到達している。

 王都を包囲後分裂した反乱軍の半数がどこで何をしているかを考えると、希望は持てない。

 本日も不毛な責任の擦り付け合いで会議が終わろうとしている時、その報告は飛び込んできた。


「クベール候家のウィルレインだ。

 父上に…クベール侯爵に至急の用事がある、取次ぎをお願いしたい」


 もう話すことの無いとばかりに解散を宣言しようとしていた議長のフレデリッツは、かまわんとばかりに財務長官(オーリン)に顎で示した。


「失礼します!」


 やや緊張した面持ちのウィルは会議室を見回すと、すぐ険しい顔の父を見つけると急いで駆け寄った。

 もちろん王城では走ることは通常許されていないので早足でだが。


「父上、援軍が来ています」


 その瞬間、ざわめいていた会議室が一瞬にして静まり返った。


「西の空に姉上の魔じゅ…」


 オーリンは慌ててウィルの言葉を遮ったが、既に遅かった。


「クベール侯爵令嬢の魔術がなんだと?

 クベール侯爵子息よ、詳しく話してもらおうか?」


「お言葉ですが宰相、これはクベール家の資産にも及ぶこと。

 何が今必要な情報かは私が息子から聞いて精査してお伝えしますが?」


「財務長官!今はそのような事を言っている場合ではないのだよ!

 ウィルレイン・クベール侯爵子息、あった事を包み隠さず報告したまえ!」


 ここにきてウィルは自分の失態に気が付いた。

 宰相は緊急事態にかこつけてマリーの魔術の秘密を少しでも探ろうという腹だ。

 貴族という連中はこんな時でも貪欲に利益にかじりつこうとするのだ。

 見れば食い入るように自分に注目しているのは1人や2人ではない。

 父が自分をかばうように立ち上がって前に出ているが、その視線からウィルを覆い隠すには彼の体格では不十分だった。


 口を開きがたくウィルが黙ったままでいると、じれた各貴族家から野次が飛び始めた。


「この緊急事態にクベール侯爵は自家の利益だけ守ろうというのか!」


「いいから詳しく報告したまえ!」


 報告を妨害しているのはお前達だとオーリンは忌々しげに睨み付けるが、宰相の尻馬に乗った貴族は意にかえさない。


 そんな荒れた場を沈めたのは意外な人物であった。


「なるほど、先ほどのあの光はクベール伯爵令嬢の件の魔術の痕跡だったのだな?」


「殿下!ご覧になったので?」


 先ほど物見の塔から戻ったカルアンクスが、王の代理の席から声をかけてきたのだ。


「ああ、たまたま西の空を見上げた時だったよ。

 あれが見れたというのは運が良かったな…で、クベール侯爵子息。

 あの天に昇る光はお前の姉上の魔術で間違いないのだな?」


 オーリンは報告の停滞を嫌ったカルアンクスが助け舟を出してくれたのだと理解し、ウィルに質問に答えるように促した。


「はい、間違いありません」


「ふむ、で援軍とは?」


「娘が1人で来る事はありえません。

 間違いなくクベール領軍を率いての事かと」


 返答の跡を継いだオーリンが答えると、カルアンクスは考え込んだ。

 

「クベール領軍来ているとして、その数は?」


「出陣可能な数は1万ほどでしょう。

 この場合数を惜しむ余裕は無いでしょうから、1万を率いて出陣してきていると思われます」


「現在の数は…もちろん解らぬか」


 返答を期待していない独り言だ。

 そんな情報が届けられるようならこんなに悩んでは居まい。


「ご令嬢の魔術の範囲と精度は…?」


「それは私にも解りません。

 最高気密なので娘本人と騎士団長のみが把握しているかと」


 もちろん真っ赤な嘘である。

 オーリンはもちろんマリーの索敵魔術が見通しのいい時なら半径5リーン(約20km)で、大きめの旗なら紋章も読み取れるという事は知っている。

 その情報は騎士団長どころかクベール家の騎士ならたぶん全員知っているだろう。

 そのほうが作戦や連絡がスムーズに行えるというマリーの判断だからだ。


「だいたい5リーンか…」


 一瞬思考を読まれた気がして、オーリンの心拍数が跳ね上がった。


「な、何がでしょう?」


「ご令嬢の魔術の発動地点が…だよ。

 王都からだいたい5リーンほどの位置にその光があったように見えた」


 この時カルアンクスは王都(ゲランデナ)をギリギリ射程に収めるように、マリーが魔術を使ったのをほぼ確信していた。

 単純にその方が戦略上効率いいからという考察に過ぎないが、マルグリットという侯爵令嬢が効率主義なところがあるとは聞き及んでる。

 騎士団長も主筋の令嬢を酷使もできまい。

 魔術の使用は効率的に行うはずだ。

 あれは野営前の周囲確認と、王都の戦況を同時に拾おうとしたに違いないだろう。

 そうすると、明日には援軍が到着するはず。

 問題はその数である。

 流石に1万だけで王都に急行しても自殺行為である。

 それだけでスレナード川は越えまい。

 となると他の諸侯と連動して動いてるという事になるが…獅子哮(リオンロア)侯家はもちろん、オランジュ侯家も軍を出してくれる公算が高い。


「オランジュ侯爵、卿の息子は派兵してくれると思うか?」


「近隣の諸侯家しだいでしょうな」


 王城の無意味な会議に参加を強制されていた当代のオランジュ侯爵は答えた。


「我が領軍1万だけならば動かぬほうがマシです…ですが、クベール候家が動いたとなると、リオンロア候家同様1万の軍を息子のどちらかが率いて参陣するでしょう。

 その場合はリオンロア侯爵が総大将となるでしょうが…」


「父なら自領軍1万だけでも動くでしょう。

 上手くクベール家とオランジュ家と合流できていればいいのですが」


 リオンロア侯家の嫡子であるユーグは、貴族付き合いの苦手なギャストンに代わって王都の屋敷に詰めていた。


「これで3万か、問題はどれだけ目減りしているかだな」


「殿下は他に援軍は来ないと?」


「アルバ侯家が動く可能性は高いが、あそこは少し遠い。

 クロノアとサノワールには期待できまい。

 伯爵家と下級貴族たちは…風向きしだいかな?」


「お待ちください!

 それでは中部と東部の家は動かないと思っていられるという事ですか?!」


 東部と中部の貴族全てが反乱に加担しているわけではない。

 当然そんな計画は夢にも知らず王都に残っていた貴族は多い…多いのだが。


「そうだ。

 今は西部貴族にしか期待できない。

 東部と中部の貴族がアルメソルダとベーシスに逆らうと思うか?」


「それは…」


 彼らは反乱に誘う価値がないと切り捨てられたものがほとんどである。

 その性格から反乱など持ちかけられよう無い者も中にはいたが、そんな連中は少数だし。

 彼らの家が反乱軍に逆らったとて、大軍の前に踏み潰されて終わるだろう。


「援軍は朗報だが気は抜けんぞ。

 以前反乱軍は6万の大勢なのだからな」


 この場で王に代わってリーダーシップを取るカルアンクスを見て、誰しも次期国王…王太子は決まったと考えた。

 なるほど確かにこの第一王子を相手に第二、第三王子を王位につけるためには、武力蜂起しかないと回りに納得させるだけの雰囲気があった。

 宰相すら彼の立太子妨害を諦めたほどだ。

 事実彼は王太子に擁立されることになるが、彼の存命中にラーリ二世が王位を降りる事は無かった。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 王都を射程に収め当日最後の索敵魔術を発動したマリーは、完全に予想外のものを発見して困惑していた。


「王都を包囲している軍はおよそ6万。

 国軍を前面に出して、後方にベーシス侯軍らしきものと他貴族家が固まっていますね。

 もしかして黒尽くめの一団はアルジャンの魔術師団かしら?

 それと街道の東側、こことこことここに斥候部隊らしきものが移動しておりました。

 王都の内部は流石に把握し切れませんでしたが、あまり状態はよくなさそうでした」


「相変わらず凄いですね、そこまで解るとは…」


 オランジュ侯爵子息(リシャール)は何度かの索敵結果を見て、感嘆の声を上げていた。

 彼の魔術は探索に向かないため、そういった要素の大きいマリーの魔術に非常に興味を向けてくる。


「で、ここまでは予想内だったのですが…」


「まだ何か見つかったのかな?」


 なんとなく面白そうにたずねてくるリオンロア侯爵(ギャストン)に思わず苦笑いが漏れる。

 この豪胆な侯爵は危機的状況すら面白がるフシ(・・)がある。


「ここから真南に3リーン(約12km)弱の位地に騎馬隊らしき一団が野営していました。

 その部隊が野営地の真ん中に紋章付きの旗を広げていたのです…北斗七星の」


「グランシャリオ侯家が?まさか反乱に加担するなど…」


「いや、陣の真ん中に旗を広げるなど、マルグリット殿の魔術に発見してもらう為としか思えん。

 こちらに合流したいというアピールだろう。

 グランシャリオ侯家とは先の戦いで轡を並べたと聞くが、向こうの家にその魔術は知られておるのか?」


 マリーはアーレオン戦役で自分と領軍のピンチを救ってくれた、かのグランシャリオ侯爵子息の姿を思い浮かべていた。


「はい、嫡子のランベルク様と行動をともにしたときに」


「では間違いなかろう。

 完全に暗くなる前に誰かを走らせろ、合流は明日になるだろうが少しでも早いほうがいい」


 ギャストンは部下の騎士に指示を出し、3騎ほどの騎士を選出し向かわせるようだ。

 こちらが向こうを尊重していると見せるために伝令に騎士を使う。

 これは貴重な騎士を伝令に使うことで、信頼と敬意を表しているとされる。


「ではクベール侯爵令嬢、その騎兵の数は?」


「だいたい3千ほどです。

 おそらくグランシャリオ候家の騎兵ほぼ全てですね」


 もっとも前回の戦いから増員していなければの話になる。

 6年もあれば騎兵の増員も難しくない。

 もっとも水軍のグランシャリオとしては、水兵の増員こそ考えるであろう。


「相変わらず無茶な用兵をしおるわ。

 まあグランシャリオの本隊は水軍であろうが」


「しかしもしこちらに合流してくれるとなると非常に助かります。

 騎兵3千など充分な戦力ですよ」


「あまり期待はせん事だな、向こうには向こうの都合もあろう。

 とりあえずは敵対意思がないであろう事だけでもよしとせんとな」


 もしグランシャリオ侯家が積極的に王家側についているとすると、同じ水軍のリッシュオール公家と連携してる可能性が高い。

 そうなれば当然あちらの作戦にその兵力が使われる訳で、その戦力提供に期待は出来ないだろう。

 ただ向こうから接触を持としているのだ。

 なにかしらの協調作戦か、情報提供の可能性は高い。


「とりあえずは向こうの斥候を潰しながら進軍し、お互いに視認できる場所に布陣することだな」


「アルジャンが向こうに付いているとなると、余計なちょっかいを出してくる可能性は高いな。

 クベール侯爵令嬢は十分に注意してください」


 アルジャン侯家は昔から魔術に長けていることでその勢力を伸ばしてきた家だ。

 それぞれの貴族が魔術師の抱え込みを行い、貴族の血筋には強力な魔術の才能を持つ人間が度々生まれるが、アルジャンはそれだけではなく。

 魔術構成(スクリプト)の研究や魔道具の開発にも力を注いできた。

 その技術力は王宮魔術師団すら凌ぐという自負があったのだ。

 だがその自負はクベール侯爵家に生まれた一人の天才に、あっけなく打ち砕かれた。

 彼女は今までアルジャン家でも実現できなかった高度な魔道具を次々製作し、彼らでも解析できないオリジナルの魔術を多数使いこなした。

 彼女の作り出した理論や魔術師の育成法はヴェンヌに王国一と噂される魔術師の私塾を作り上げ、多数の魔術工房が最先端の魔術図式(マギグリフ)を研究している。

 アルジャンの魔術技術を過去の栄光に貶めてのである。

 よってマリーは東部の魔術師に蛇蝎のごとく嫌われていると同時に、その才能を羨望されているのだ。

 彼女を捕らえるチャンスがあればアルジャン候家は力を惜しむまい。


 リシャールが言う注意は、アルジャンの魔術師団が軍の作戦を無視してまでマリーにちょっかいを出す可能性を指していた。


「わかりました。

 でも作戦上私が前に出なければならない局面は多いと思います」


「そういう事は本当に止めていただきたい!」


 リシャールはこの数日でこの頑固な娘は、少しぐらい強く言ったところで聞きはしないと学んでいた。

 だから少しではなくかなり強く言わなければならない。


「たとえアルジャンの魔術師団の半分が数合わせのこけおどしだとしても、あの中には貴女を害するだけの実力を持ったものがいる可能性は高いのです。

 いいですか!我々は今貴女を失うわけにはいかないのですよ?

 極端に言えば、リオンロア侯爵よりも、私よりも貴女の身柄は重要なのです」


「うむ、オランジュ侯爵子息の言うとおりだ。

 ワシらには代わりがいるが、マルグリット嬢には代わりが居ないのだ…あの索敵魔術の構成を周知してくれれば話は別であるがの?」


 マリーは助けを求めるようにディネンセンを見たが、自分の味方のはずの騎士団長も完全に彼らと同意見のようだった。

 ディネンセンもマリーが少し敵を侮り過ぎな気がある事を心配していたのだ。

 こと魔術に関するマリーの自負は相当なもので、他の事では回りをよく尊重するのに、魔術に関してはそういった傾向があまり見られない。

 これはマリーが魔術師に嫌われがちな理由でもあった。


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