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クロニクル アンド マギグラフィ  作者: 根菜類
第一部・マルグリット編
27/68

27武人

「何が嫌かってね」


 オリオルズ・ベーシス・アルメソルダ早足で歩きながら悪態をついていた。


「僕に人殺しなんていう、安易で愚かな手段を取らざるを得なくした事だな」


 当然ジェンヌ近郊で馬など調達できようもなく、徒歩で逃げ出さざるを得なかったが、そんな事はたいした事ではない。

 だが、レ・クリュネ方面に広く人馬が踏み荒らした跡が続いているというのは問題だった。

 元より街道を通って進もうなどとバカな事は考えていなかったが、こう行軍の後ばかり多くては安全そうなルートを探すのも一苦労だった。


「まさかと思うけど、レ・クリュネがもう落ちてるって事はないよね…?」


 国境の要所レ・クリュネには少なくない守備兵が駐屯している。

 エチュドリール公爵が指揮をする防衛軍なら、堅牢なレ・クリュネの地形と相まってそう簡単には陥落しないはずだ。

 もちろんこの大軍を前にそうそう持ちこたえるのは無理ではあろうが、その場合雪解けからここまで早く反乱軍が集結などできないだろ。

 かといって打って出るほどの余力はないだろうから、おそらく拠点を固めているだろう。

 だから反乱軍はレ・クリュネを無視して行動していると判断していた。

 その見解はオリオルズだけのものではなく、王都も、マリー達西部連合もそう考えていたのだが…。


「おいおい、冗談でしょう?」


 ジェンヌからレ・クリュネまで馬車で5日ほど、徒歩なら8日ぐらいの行程をなんとか辿り着いたオリオルズが見たものは、反乱軍に…この場合は元国軍か。

 に占領されているレ・クリュネの姿だった。


「戦闘の跡は無いな、と言う事は無血開城したのか?」


 隣の国カラク連合から入ってくる輸入品が所狭しと並んでいる。

 これほど物資が滞っているのを見ると、随分前から占領されてるんじゃないか?

 ただカラクからの物資が滞っていれば王都はすぐ気づくはずだが?

 それに冬の間どころか、今現在だって雪の残る山越えは無理だろう。

 じゃあこの物資はどこからやってきたのか?


「まさかとは思うけど、コレうちの横流し品じゃやないよね?」


 国内でさばけない物資も国外に持ち出せば金に換えることが可能であろう。

 水軍を持っていないアルメソルダが持ち出せる国はサマルカンド王国ぐらいだが、流石に敵国に物資の横流しはきがひかえたか。

 あるいは踏み倒しを恐れたかしたのかもしれない。

 確かにレ・クリュネを抑えればカラク連合に持ち出すのは簡単になるが…。

 現状あまりにも反乱軍に都合よすぎる。


「とうとうわが国はエチュドリール公にまで見限られたって事か…こうなると本当に反乱軍が勝っちゃういそうだけど…」


 マリーの大嫌いだというトレードマークのニヤニヤ笑いをうかべ、途中の農家で入手したぼろを身体にまきつけそのいでたちを確認した。


「はたして光刃の(スプラデュール)戦乙女(ヴァルキリア)獅子哮侯爵(リオンロア)のタッグに勝てるだろうかね?

 僕は無理だな、政治や陰謀なら余裕だけど、戦争で勝つ自信はおきないや」


 ましてや…僕に出来ないことが連中に出来るはずがないしね。



 レ・クリュネに潜入することはそれほど大変ではなかった。

 駐屯軍は旅人が入り込む事に注意をはらっていなかったし、街の衛兵は機能していなかった。

 武装解除された衛兵がそこら中に屯していて、中には飲んだくれているものすら居た。

 彼らはオリオルズを見つけるとしばらく観察するような視線を向けるが、しばらくするとそれは自分の仕事ではなかったとふいに目を逸らすのだった。

 観察されるという立場にあまんじるのは不快だが、そうそう尻尾を出すような格好はしていない。

 あとは山越え用の装備と、できればガイトと護衛をこの街で購入して出発するだけだ。

 幸い資金は充分にあった、カラク連邦で商売を始める元手すら充分に。


「この季節に山を越えるヤツは居ないよ、いたら訳ありと目をつけられかねないしね。

 あと2月は待つんだね」


 山越え装備などを扱う店主にそう告げられたオリオルズは、頭を抱えることになった。


「まずいな…2ヶ月も経ったら流石にここまで捜索の手は伸びるだろうし。

 というか充分に決着付きそうな時間だよ」



「1人で山越えするしかないか…」



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「私を観軍官としてリオンロア軍の中核、侯爵様の傍らに置いてください」


 場の空気がいっせいに凍るのを感じ、してやったりとマリーは続けた。


「特等席で閣下のお手並みを拝見させていただきたいのですが、よろしいですわよね?」


「な、何を言っているのだ!いい訳がなかろう!」


「あら、何故でしょう?」


「我が軍が一番危険な場所に陣取るのだ、クベール候家のご令嬢に万一の事があったらワシは侯爵(オーリン)に顔向けできん!」


「たしかリオンロア領軍は、精強さと頑健さではクベール領軍にもオランジュ領軍にも勝るのですわよね?

 でしたらリオンロア領軍の中核こそが一番安全な場所なのではないですか?」


「ぐ、ぐぐぐ…」


「それに魔術で戦場を見渡し、各軍に合図を送るにはやはり中央がもっとも都合がいいのです」


「マルグリット様…」


 ディネンセンの言いたい事は良く解る。

 あれほど他所の軍の中で魔術を使うことを渋ったマリーが、リオンロア軍の陣中でそれを使おうと言う事の意味を。

 ともすれば捨石になろうと考えているリオンロア侯爵(ギャストン)を牽制するためだろう。


「ディネンセン騎士団長!彼女を止めてくれんか…」


「私ではお止めしかねます。

 全軍の勝利のためにも、リオンロア公爵様にお願いしたいのですが?」


「正気か…」


「もちろん、ここでリオンロア領軍に大きな損害があったら後々困るのは我々全員ですから」


 リシャールまでもマリー側につくと、ギャストンは渋々マリーの参陣を認めるはめになる。


 継いで布陣の細かい打ち合わせに移ると、戦闘時の各軍勢に対する合図の使用に対しての相談に入った。


「合図なのですが、当軍ではこんな感じで合図を飛ばすようにしています」


「なるほど、青が東西の軸で赤が南北の軸ですか、その花の数で位置を判断すると。

 しかし我が軍にも従軍(ゲール)魔術師(マギクラフター)は居るが、ここまで複雑な合図を打ち上げる事は出来ないな」


「敵軍も早々真似を出来ないだろうと、こういうちょっと複雑な構成を使っています。

 火属性持ちの魔術師がいらっしゃるなら、赤色と青色の合図を上げるための魔術構成(スクリプト)を提供します」


「助かります…が、それを我々に提供しても問題ないほどの奥の手をお持ちという事ですね?」


「それはご想像にお任せしますわ」


 実際はそれほどの奥の手は無いのだが、クベール軍としては索敵魔術だけで充分すぎると考えていた。

 マリーは通信魔術をどうにか実現できないか工夫をしていたが、それはまだ実現できてはいなかった。


「つまり、本陣で撃ち上げる合図は一目で解るというのだな?

 うーむ…こういった魔術を駆使した戦術はこれからの戦いを大きくかえるであろう。

 コレまでの軍事使用は攻撃魔術の打ち合いや、突撃の狼煙程度のだったからのう。

 …各家に隠し球が無かったらの話ではあるが」


「魔術師を伴っての指揮官を直接攻撃も対策されて久しいですからね。

 おかげで従軍魔術師は指揮官の傍を離れられませんが」


「クベール軍の従軍魔術師からとしましては以上です」


「では、先ほどの布陣と作戦を使い。

 中央から逐一戦場の確認と報告をするという事でよろしいですか?」


「うむ、座標を示す赤青に加え、本陣発見は黄色、敵別働隊は紫、味方に援護は緑だったな。

 現場の判断が大きいとはいえ、こうまでお膳立てしてもらえば守るのも楽だ。

 先ほどの言葉通り我が軍の精強さと頑健さをお見せすることを約束しよう」


「次に補給物資の再配分ですが…」



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「どうだい、ちゃんと色つきの狼煙は上がるかい?」


「はい、いただいた構成の通りに発動しますと、ちゃんと赤と青の炎と煙を噴出しながら上空に飛びます…」


「構成は解析できそうなのか?」


「それが…この構成でどうして色が付くのか理解できないのです」


「どういう意味だ?」


「はい、この構成で煙と炎を吹き出して狼煙弾が撃ちあがるのは解ります。

 その構成自体は洗練されていますが、私でも充分理解できる範囲です。

 ですが、この色を付加する部分がどうしても不可解なのです。

 なによりこの部分は火属性用の構成ではありません。

 しかしそれが問題なく発動し、かつ色を付加するというのが今までの常識の範疇外なのです」


「火属性じゃないというのなら何の魔術だというんだ?」


「おそらくは鉄属性です」


 普通の魔術師は自分の使える構成意外には疎いものなのだが、この魔術師は広く多くの属性に通じていた。

 だからこそリシャールは魔術構成の解析のために彼を呼んだのだ。


「おそらく?」


「青いほうの構成は見覚えがあります。

 これは銅を変質させるための構成です。

 しかし赤い方のは私も知らない構成なので、断言は出来ません。

 それに私は鉄属性の魔力を持っていません…しかしこの構成は私の火属性で発動します」


 炎に色を付加するのは花火の要領である。

 燃える金属の炎を再現してやることで、打ち上げる火炎弾に色を付加している。

 銅を変質させる構成は知られているが、赤い色を出す塩化ストロンチウムは魔術師にも知られていない物質のため、その魔術師には解析できなかったのだ。

 煙の部分には燐などを擬似的に再現されている。


「まいったな…魔術師としてこれほどとは…じゃああの索敵魔術は?」


「実はそちらの方の概要は予想が付いてはいるのですが…」


「ほう?」


「氷の魔術で光の魔術を反射増幅しているのではないかと?

 これは光と氷に高い適性を持つといわれる、クベール侯爵令嬢にしか使いこなせないでしょうが」


 結局は他に使い手は居ないという事だ。

 光属性にせよ、氷属性にせよ、使い手が居て初めて構成の実証できるため、魔術構成のの開発には多様な属性持ちが求められる。


「そちらは一種の力技って事か、やはり怖いのはさっきの狼煙弾だな。

 あのような不可解な魔術を、クベール家では他の魔術師も使うという事だろう。

 あれを考案したのが本当にマルグリット嬢かは確かではないが、少なくともクベール家全体で見ればそこに考案者は存在するだろう」


「従軍魔術師団から観察に優れる者を観軍官として同行させます」


「そうしてくれ、それでどのくらい魔術技術を盗めるか期待はできないけどな…。

 彼女とオランジュ侯家(ウチ)で縁戚を結べるのがベストなんだろうけどね、どう考えてもこんな魔術師をクベール家が外に出すとは思えなくてね」


 自分はさっきの失言で嫌われたようだしね…とリシャールは心中付け加える。

 彼女の光と氷の属性が彼女以外の弟妹にも発現したとしたら一大事だ。

 それはクベール家が従来の雷以外にも血筋に発現する特殊属性を手に入れたと、多くの貴族がみなすだろう。

 かくいうオランジュ家もクベール家の雷属性に対抗しうる希少な属性を血筋に忍ばせている。

 植物に多大な影響を与える木属性はクベールの雷よりもさらに希少で、有用性が高いと言われているのだ。

 その属性にマリーの構成構築能力が合わされば、どれだけの発展が期待できるか。


「いっそのこと、ウィルレイン君に妹をくれてやるのも手だな」


 リシャールの下の妹ジゼルは今年10歳。

 今年14のウィルとお似合いといってもいい年齢差だ。


「恋敵は王女になるかも知れないが、是非ジゼルにはがんばってもらいたいな」


 貴族の婚姻などこんなもので、本人が知らない間に話が進むなど当たり前の事であるが…。


「そのためにも一刻も早く王都から反乱軍を一層しなくてはね、その足で婚約の話を侯爵に持っていくとしよう」



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「どうだ解るか?」


「非常に難しい構成です。

 コレを15歳のご令嬢が考えたとすると脅威ですな」


 リオンロア領軍の従軍魔術師は、領内で老師とも呼ばれる老練な魔術師だった。


「よく貴族の血筋には天才といわれる魔術師が生まれる事があります。

 ですがそれは希少な属性と高い魔力の表れで、むしろこういう構成に長ける魔術師はまず存在しません。

 彼女の弟君のウィルレイン様もそういったタイプでしょう。

 構成に凝るなど魔力の弱いものがやるものだと蔑む者すらいますのです。

 しかし…希少な属性を二つも持ち、高い魔力を得てなお、このように精密で難解な構成を使いこなすなど…。

 はっきり言って我々の立場はありません」


「その構成、彼女の手によるものと思うか?」


「断言は出来ませんが、おそらく間違いないものかと…。

 例の索敵魔術なども彼女の属性あってのもの、他の者では調整が出来るはずもありません」


「そうなると、我が家に彼女に吊りあう男子がおらぬのが重ね重ね残念だ。

 老師の弟子でも送り込んでみるか?」


「私が学びに行きたい位です」


「うむ、いっその事共同で専門学校でも作るかな?」


「それは名案…と言いたいですが、アルジャン候家が黙っておりますまい」


 アルジャン侯家は魔術の第一人者を自負していて、領内に大掛かりな魔術の研究施設すら持っている。

 魔術にのめり込むあまり王城での活動はおろそかで、その力の割りに発言力は大きくはないのだが…。

 他家が魔術に関する施設や機関を作ろうとすると、うるさく口を出してくるのでも有名であった。


「なぁに、この戦いが終われば奴らは口出し出来んようになるだろうて。

 向こうに加担していたとしても、傍観していたとしてもな」


「しかし専門学校ですか…もし実現するようなことになったら、リオンロア家へは軍事の教官を要求されるでしょうな」


「それは…ちと困るな」


 2人の老人の楽しそうな笑い声に、外で控えていた老師の弟子たちは顔をしかめた。

 老師が上機嫌なときは碌な事を要求されないと知っているからだ。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「敵の配置はどうなっておるかな?」


「はい、先ほど確認しましたが、最初の配置から動いてないようですわ」


 薄っすら朝靄がかかっていたが、幸いマリーの魔術を妨げるほどではなく、その索敵魔術は問題なく機能した。


「視界が悪いですが、大丈夫ですか?」


「この靄は地面にそって広がっていて、上空まで覆ってはいません。

 私の魔術は空から眺めるので、この場合ほとんど影響はありません」


 深刻な濃霧となれば話は違うだろうが、普通霧は地面に沿って発生する。

 上空に打ち出した氷の鏡越しに周囲を見渡すマリーの魔術に対して深刻な阻害にはならない。

 むしろ霧は敵の視界を封じる分味方と言っていい。


「では3部隊は予定の配置に、それを確認しだい本隊(ワシら)はスピノワを迂回して前に出る」


「リオンロア侯爵様、マルグリット様をよろしくお願いします」


「ふん、むしろワシらの方がお世話になりそうじゃわい」


「よしでは、3軍とも出陣だ」


 後に言うスピノワ争奪戦の始まりだった。


 それから5時間後、昼前あたりに本陣が動き始めた。


「そろそろ頃合かのう?」


「確認してみますわ」


 愛馬(ショセット)に跨ったままでマリーは構成を展開させ、順に魔力を打ち込んで活性化させる。

 まずは氷のプリズムを作り出し、それは光の力場で作られたカタパルトで真上に打ち上げる。

 そのまま流れるように追尾の(トレース)の魔術を発動させると、遠視(ビジョン)をそれに乗せる。

 既に霧は晴れている。

 半径5リーン(約20km)を見渡すマリーの目を遮る物は無かった。


「3軍とも問題なく配置についています」


「ふむ、凄いものだな、その魔術は…」


「お褒めに預かり恐縮ですわ」


「よし、では全軍前進せよ!

 スピノワの前に出る…我らが敵の矢面に立つ、気を抜くなよ!」


 獅子哮侯爵(リオンロア)の咆哮のような号令を合図に、精強と名高いリオンロア領軍は全身を開始した。


「移動しながら飯を食って置けよ!

 包囲網に入ったら来るぞ!」


 行軍しながらの食事はライ麦パンを皮袋の水で流し込むだけの、腹が膨れればいいと言う内容だ。

 実際空腹では力が出せないし、美味い物を食わせる余裕はない。


「すまんな、ご令嬢にこんな食事を食わせるとは」


「あら、ライ麦パンは私の好物なんですのよ?

 王都でも態々焼いてもらってるぐらいです」


「はっはっはっ、これはますます気に入ったわい。

 これは今日の戦は特に気合入ろうというもの…貴様ら、マルグリット殿にいい所みせろよ?!」


「うぉおおお!」


 敵の布陣からこちらがどこまで進めば行動を起してくるかの推測はされている。

 スピノワ入りした場合も包囲作戦を行う予定だったのだろうから、その距離は遠くは無い。


「来るぞ!」


 スピノワの東門。

 そこから延びる街道に沿って進軍を始めた直後、鬨の声が上がり周囲の草むらや林の中に伏せていた敵兵が押寄せてきた。


「バカめ、早すぎるわ…向こうの指揮官も頭を抱えておる事だろう」


 実際ギャストンの言う通り、前衛の指揮を任されていたブークリエ伯爵は頭を抱えていた。

 前衛に配置された下級貴族の軍が、合図を待てと言われていたにも関らず功を焦って飛び出したのだ。


「少し早いが陣を敷け、落ち着いて対処をしろ、奴らは民兵同然だから驚異ではない。

 …マルグリット殿、合図を頼む」


「はい、では…」


 マリーは作戦開始の白い光を打ち上げる。

 光の属性魔術を操るマリーは可視光の波長を変え、七色の光を作り出すことができた。

 それを先に打ち上げた氷の破片に乱反射させると、打ち上げ花火のように光の花を咲かせるように見せられるのだ。


 敵軍の後方はまだ戦闘が始まった事も知らないだろう。

 味方が先走って不意討ちを台無しにした事も。


 だが西部同盟側はこの瞬間、戦場に散っている全兵士が戦闘開始を知った。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 シュッと低い音を響かせて、本日何度目かの氷の矢が直上に撃ち出される。

 だがマリーは疲れを見せる事も無く、淡々と戦場を観測してリオンロア侯爵に戦況を報告していた。

 当の侯爵も獅子哮の異名のままに声を張り上げ、本軍の指揮をとっている。

 マリーは侯爵がどれほど高度な戦術を行っている理解できないが、彼の指揮で本軍はほとんど被害を出さぬまま押寄せる敵軍を撃退しているた。


「敵左翼の動きが遅いようですわね」


「何をやっているんだ!そこは包囲の要所だろう…そんな所に錬度の低い部隊を配置するとはなっとらん!

 マルグリット殿、そこを攻める部隊に合図を送ってやってくれ。

 そうだな、座標とあとは別働隊扱いで紫色でいい」


「はい」


 あまりに余裕過ぎて敵の戦術のダメ出しをする始末だ。


「なんだこれは、各個撃破してくれと言わんばかりではないか。

 誰だ!司令官は!」


 効率よく相手を包み込むための布陣が、各部隊動きがばらばらな為に機能していない。

 これなら最初から兵力を集中してぶち当たった方が効果は大きかっただろう。


「リオンロア侯爵様、さっきから敵の戦術に対しての文句ばかりですわよ?」


「すまぬな…せっかくこちらが考えうる最高の戦術を取ってるというのに、敵の動きがこうも疎かでは遣り甲斐が無い。

 まあマルグリット殿のおかげで、敵のお粗末な動きに即対応できているのだが…」


 ギャストンはそこまで言うと、何かに気づいたようにまじまじとマリーの顔を見つめ、そして頭を下げた。 


「いや、本当にすまぬ。

 折角マルグリット殿が魔術の行使に集中してくれているのに、それに甘えておっていたわい。

 あれだけ魔術を使っていれば、貴殿も少なからず疲労も溜まっておるだろうというのに」


「いえ、このぐらいまだ大丈夫です。

 それに私はここに従軍魔術師として来ているので、どうか顔をお上げください」


「ありがたい、それでは反省してこれから指揮に集中するわい」


「お願いしますね」


 一軍の将というのはこういう者かとマリーは感心した。

 マリーもディネンセン騎士団長を尊敬し、その騎士として能力を信頼しているが、リオンロア侯爵はその騎士団長よりも一回り大きく見えた。

 自分には彼らの真似は出来ないな…と思い知らされる瞬間でもあった。


「ん?これは…」


「どうかされたか?」


 その後何度目かの魔術の行使の折、後方の部隊がいくつか集結し大きく纏まる動きを発見した。

 中央には諸侯家を印す旗がいくつかひるがえっている。


「敵本陣らしき軍が動きました。

 数は1万ほど、戦場から離脱するように動いています」


「遅いな…逃げるならもっと早く動かなくてはな。

 では手はず通り、全軍に敵本陣の位置を通達頼む。

 ちょうどめぼしい部隊の撃破は粗方終わっているからな、我が本隊も動くぞ…全軍進行陣形に切り替えろ。

 敵残党を掃討しつつ前進。

 今度はこちらが敵軍を包囲する番だ!」


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