26軍議
「オリオルズ様、殿下は?」
ジェンヌについたオリオルズはザクセンに向かい入れられた。
「馬車の後ろに寝かされているよ…君の家の手勢の所為で散々さ…」
「ベーシス家のとは?」
「ごまかさなくてもいい、あんな手際よく荒事をこなすような人員は国軍にも公爵家にも居ないよ」
こう見えてオリオルズは暴力が嫌いであった。
彼は人を見下すが、特に強く蔑みの目を向けるのは安易に暴力を使う人間だ。
「僕の合流さえ待てば上手く殿下を連れ出せたものの、先走って力づくで王子をさらってね。
おかげで殿下はこっちを敵だと思っているよ。
無理も無い、侍従もセドリックも皆殺しにされたんだ」
おもわず、結果的に全部アルメソルダに押し付けるつもりかもしれないが困るだろう?と続けそうになったのをなんとか飲み込む。
そこまでわかっている事が知れたら今にも殺される可能性が高い。
そうでなくとも、警戒されれば町を脱出するのが難しくはなるだろう。
「セドリック殿が…しかし魔術師をそのままにしては」
とぼけ方が下手だな!とオリオルズは心の中で吐き捨てる。
まだセドリックを一緒に捕まえたから、などと言っては居ない。
この様子だと第二王子を強引に誘拐してくるのは確定事項だったようだ。
とことんアルメソルダに汚名を着せる予定らしい。
とはいえここまで準備万端なら父親報告しても無駄だろう。
もとより助けるつもりは無かったが、こうなったら自分は一刻も早く逃げ出す必要はあるだろう。
「先に第一王子殿下と王妃がお着きになってるはずだけど?」
「それがそちらも問題がありまして…、同行されてたミリリ嬢が説明を受け半狂乱になって、それを見た殿下が怒り狂わされまして」
言い回しおかしいんだよ、内心バカにしてるのが言葉に出ている。
内心馬鹿にするのは当然だとしても、それが言葉に出るんじゃアレと同レベルだ。
ミリリ嬢を同行させたのは自分だが、彼女ならパニックになるだろう。
それに彼女を溺愛しているアルタインならそれを見て激怒しないはずはない。
まさか知らずに反乱軍に組み込まれるなどたまらないだろう。
このままでは生家であるエイム子爵家の人間も連座で処刑だ。
流石のオリオルズも彼女にした仕打ちだけは後悔した。
彼女に落ち度は無いのだから…アルタインを拒絶できなかった事以外には。
「仕方ない、僕がご機嫌うかがいに行くよ。
その代わりにボルタノ殿下をよろしく」
ザクセンの口からセドリックを殺したことを聞いたボルタノがどういう反応をするか想像しながら、意地の悪い顔は心の中にしっかり隠しオリオルズは彼に告げた。
「ジェンヌは不慣れだからね、だれか1人案内につけてよ。
女性の好きそうなもの見繕ってから伺うとしよう」
この場面でそんなものが役に立つわけないだろう?、そういうニュアンスに誰か気づいたか確認する。
あいにくザクセンも、彼の護衛たちもオリオルズの微妙な嫌味には気づかなかった。
人の心の解らない奴らだと、心の中で馬鹿にしつつゆっくりとその場を後にした。
ここまで誰にも明かしては無いが、彼にも僅かな魔術の才能はあった。
それ自体はたいしたことは無いのだが、彼は自分の意思で魔道具の発動ぐらいできるのだ。
馬車を降りる時、何気ない仕草で手に取ったステッキ。
その内部の筒には、毒針を無音で発射するための魔術図式が刻んであるのだ。
オリオルズはそのままその足でジェンヌから消えた。
1人と3人の監視者の死体を残して。
「簡単に暴力を振るうバカは、暴力で消えるのがお似合いさ」
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「騎士団長!合図が上がっています!」
「うむ」
部下の声に空を仰ぎ見たディネンセンは、そこに3つの青い花と5つの赤い花が今まさに消え行くのを確かめた。
「敵本陣は盆地の上か、なるほど…この追い詰められた局面で定石を外してくるとは、サルバトール侯爵もなかなかやりおる。
よし、手はずどうり敵本陣に攻撃を集中しろ!
騎兵隊は陣を建て直し私に続け、この突撃できめるぞ!」
敵の配置を上から眺め、即座に合図で味方に指示を送る。
こんな事が可能ならどれほど戦いが、戦術が楽になるか。
今クベール軍全員がその事を実感していた。
正確な情報が入ってくる前提で動けば、被害も最低限に抑えることが出来るし、策をろうする敵の裏も簡単にかくことができる。
合図の暗号を覚えるのは面倒だが、それだけでこのように一方的に戦えるなら安いものだ。
「うろたえるな!立て直しさえすれば負ける相手ではない!」
サルバトール侯爵マティアスは、自軍を叱責しながら何とか陣形を立て直そうとしていた。
「どういう事だ…敵の動きが早すぎる!
まるでこちらの動きを空から見てるかのようだ」
「侯爵様!それに何か…」
奇しくも部下の声でディネンセンと同じように空を仰ぎ見たマティアスは、やはり空に消え入らんとする魔術で咲いた光の花を見た。
「何かの合図か?」
「そういえば噂程度の話なのですが、クベールの光刃の戦乙女は魔術で戦場を見渡すことができるとか…」
「馬鹿な!そんな事が可能とか聞いたことが無いわ」
その意味の言わんとする事位すぐに気づけるほどの才能はある。
そんな事ができるなら…と多くの魔術師が魔術構成を研究しているのだが、成果が上がったとはきいていない。
魔術に力を入れることで身を立てているアルジャンこ侯家ですら実現はしていないだろう。
「その魔術でもって先の帝国との戦を寡兵で制したとも聞きます」
帝国5万の兵をクベール8千の兵で翻弄したという噂は聞いていた。
その戦でクベール令嬢が光刃の戦乙女などと言うたいそうな二つ名を頂いている事も。
「そんな事が本当に可能なら…最初から勝ち目などないではないか!」
今更そんな話をしてきた部下を殴りつけたくなった。
事前に解っていれば対策もできただろうに、なぜ今になって言う?
思えば街道の左右に伏せた兵を、最初から知っていたかのようにかく乱せしめた時点でおかしいと思うべきだった。
街道手前に置いておいた斥候の視界に入る事無く、同時に両側の裏手に回るとか考えにくい。
不意打ちに失敗した時点で引くべきだったのだが…。
総勢10万、この数の暴力の前に負けるはずの無い戦だ。
この会戦も同数とはいえ、後ろの軍勢に余裕のある自分たちが有利だ。
寡兵である向こうは兵力を惜しまねばならないのだから、思い切った作戦は取れない。
ところが現実は逆だった。
クベール軍の思い切った作戦の前に自軍が瓦解しようとしてる。
しかもたいして敵兵力を削れていないのだ。
これではこのまま撤退することさえ出来ない。
そんな武門の意地が、マティアスの命を失わせる結果になった。
まるで本陣の位置が丸解りとでも言うように、敵の攻撃が集中しだしたのだ。
「くそっ!なんとか立て直せ!
このままでは全員無駄死にだ」
そこへクベール軍の最大戦力、騎士団長率いる主力の騎馬兵団が突撃をかけたのだ。
「敵を選んでる余裕はない!本陣の連中は皆殺しにしろ!」
サルバトール侯爵は槍をかわそうとして馬に轢殺された…と、捕虜になった彼の部下が証言した。
事実侯爵の死体は酷い状態だったと聞く。
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「わが方の死傷者は2千といったところですな、戦死者は5百にみたないそうです。
想定以上の大勝利です」
ディネンセン騎士団長から戦後の結果を聞いたマリーは目を伏せた。
5百といえども自軍の兵が死ぬのは辛い。
もちろん必要最低限の犠牲だと理解しているし、自分がベストを尽くしたゆえの結果だという事も解っている。
それでもやはり戦争となると死者が出てしまうのが悲しかった。
ここで敵側の戦死者に対してはどうとも思っていないところが、いい性格していると自分でも思う。
「これで自軍の士気が上がるのと同時に、おそらくグランシャリオ軍もオランジュ軍も、こちらの指示で動いてくれることを納得してくれるでしょう」
こういう連合軍の場合は、各軍へ観軍官として数名の騎士を派遣交換して、相手を見張ったり、助力したり、連絡の助けにしたりする。
彼らの前で索敵魔術の使用は控えていたが、その効果は充分見せ付けられたはずだ。
彼らは目の前で侯爵令嬢が上空に放った合図で、その軍がピンポイントに敵軍の本陣を撃破した後、的確に残存を包囲殲滅して行くさま見せ付けられ、クベール軍が味方でよかったと胸を撫で下ろした。
スピノワ入りをする直前には、各軍の騎士団長や侯爵家のものが集まって共同軍議が開かれることになる。
この期に及んでクロノア侯爵はどちらに味方するか決めかねているため。
彼らを威圧する意味でも、全軍が集結する必要があったのだ。
その場で全軍協力しての伏兵潰しと、野戦での合図の方法を提案する予定だった。
「騎士団長は、ほかにどれだけの家が反乱に加担していると思いますか?」
「難しいですな…中部と東部の家はどこが参加してもおかしくないかもしれません。
やはり気になるのはリベルナ侯家ですかな?」
「ええ…」
リベルナ侯爵家はマリーの母ジェシカの母親の生家だ。
マリーも先代のリベルナ侯爵が存命のころ、母につれられて会いに行ったことがある。
とはいってもリベルナ侯爵の領地レンヌではなく、王都の侯爵邸へだが。
母の従兄弟だというその紳士は、マリーを可愛がってくれた。
母に似た綺麗な髪だと誉めてくれた。
「でも、当代の侯爵に代わってから領地経営は上手くいっていないそうなのよね」
レンヌは中部の領地だが、その気質はむしろ西部に近い。
造船業に力を入れており、水軍が使うような軍船はともかく、多くの商船漁船の工房が存在している。
だが近年は輸入船だけでなく、ビビシュヌやブルエヌでも船の開発が盛んになり、生産も押され気味になってしまっている。
それだけでなく引き抜きによる職人の流出も問題になっているとか。
技術の流出の怖さはヴェンヌの人間であれば十二分に理解している。
向こうから相談してくれたのであれば、遠い親戚として力にもなれるのだが…。
リベルヌ候家以外で気になるのはアルジャン候家だが、こちらは心配するというよりその敵に回られると手ごわいという認識だ。
長年魔術の研鑽を磨いてきたのだ、家内で独占している強力な構成の1つや2つは持っているだろう。
兵団を組めるほどの魔術師はさすがに擁して居ないだろうが、優秀な従軍魔術師の数はその戦力に直結する。
逆に言えば他の軍勢の驚異は数でしかない。
もっともその数が重要なのだが…。
「遅くなったか?」
軍議用に広げられた天幕に入ってきたのは、ギャストン・トゥールス・リオンロア侯爵。
鬣のような白い髭に赤ら顔の偉丈夫で、まさにリオンロアの名前を体現したかのような絵に描いた軍人であった。
「いいえ、私たちだけなのをいい事に、身内の相談をしていましたのよ」
「ははは、これはお邪魔だったな」
マリーはこの豪快な侯爵が嫌いではなかった。
西部一の武門の貴族という誇りがそうさせるのか、常に堂々とし、卑しさがない。
そういうリオンロア家も最近は経済的に大きく弱体化している。
領軍は精悍だが、収入は少なくその維持に苦労しているらしい。
リーヌの通行権による収入が生命線になっているが、近年は海路を西に向かうルートが増えてきて、それも減少している。
しかしそれを言い訳や口実にせずに、家計を切り詰めてもその軍事力を維持していた。
今回の戦いも自ら軍を率いて参陣している。
「クベール侯爵代理、先日の大勝利にワシは感服した」
「侯爵代理はよしていただけませんか?
代理とか一時的な事で、父の救出が済み次第ただの娘に戻るのですから」
「ふむ、しかし見事な軍略だったではないか?
あれでクベール家の将来は安泰だと羨ましくおもったわい」
「軍略とか…戦術も指揮も騎士団長にお任せですよ。
ただ私も何か役に立たないとと、得意な魔術で協力させていただいているだけです」
「そう、その魔術じゃよ。
もちろん観軍官から知らせは受けておるが…本当にそんな事がかのうなのか?
正直信じられん、そのような魔術は何年も前から魔術師たちが開発しようとしてできなかったとも聞いている。
それを若干15歳の…いや、先の戦争のころだから8歳か、いくら優秀とはいえそんな幼いうちからそんな大魔術を開発し使いこなせるのか?」
「魔術構成はクベール家の財産ですので詳細はご容赦ください。
しかしこの魔術は特殊なものなので、私と同じ属性持ち出なければ再現不可能とだけお伝えします」
「それは残念」
そのタイミングで天幕に入ってきたのは、リシャール・ロシュル・オランジュ侯爵子息だった。
先の戦争では兄に出陣を譲ったが、今回オランジュ侯爵はクベール侯爵と同じく、王都に残ったままであった。
領地は後継者である兄が差配するとして、領軍は彼が率いて参陣してきたのだ。
「噂に聞く光刃の…」
「うぉっほん!」
「失礼した。
マルグリッド侯爵令嬢の魔術の秘密をうかがえると思ったのだが」
ディネンセン騎士団長は心中で冷や汗をぬぐった。
光刃の戦乙女の一言はマリーに対して禁句なのはクベール軍では周知の事実だが、さすがによそにまではその話は浸透していない。
観軍官を通して各領軍の指揮官たちには連絡してるとはいえ、このようについうっかり言いそうになることもあるだろう。
さすがにこの場で怒りをあらわにする事はないだろうが、確実に臍を曲げられるだろう。
だいたいマリー以外の全ての人間がその二つ名を尊称と捉えてるのだから、つい言いそうになる気持ちもわかる。
正直自分も許されるなら言いたいとさえ思う、あの呼称を考えたやつは天才だ、褒章を与えたいぐらいだ。
まだ25歳と若いリシャールが口を滑らせようになったのも無理はない。
半分言いかけただけでも、既に該当の本人はむすっとした顔になっている。
本来マリーから見てオランジュの兄弟の評価は高い。
二人とも武勇、軍事に優れ、兄は内政…主に農政改革に優れ、弟は外交と商業に長けている。
二人が永劫手を取り合ってオランジュ家を盛り上げるのは難しいが、片方が分家として本家のサポートをすればオランジュ侯爵領の未来は安泰だろう。
現侯爵もそれを望んでいて、その際には是非とマリーとの婚約を打診された事もある。
まだ早いと親馬鹿のオーリンが引き伸ばしてるうちに今に至るが、今回の事でマリーの中のリシャールの株は大暴落することになってしまった。
「皆様集まった事ですし、軍議を始めたいと思いますがいかがでしょうか?」
リオンロア軍の騎士団長の提案で、微妙な空気のままだが軍議を始めるにいたった。
軍議の内容はまず今後の行動指針から始まる。
これは3軍と希望は一致していて、なんとかスピノワに入り後方拠点として協力してもらおうといのだ。
「本来では、王都を救出しようと言う我々の軍に黙って協力すべきなのだがな」
スピノワ付近で大規模な野営をしている現在でも、クロノア侯爵からは何も言ってこないのだ。
強力の姿勢も敵対の態度も取らない、この期に及んでどちらに組するか決めかねているところ。
「どちらに付くにせよ、こんなにもたもたしてたら戦後立場を失う事になるのに」
リシャールの言う事は尤もだ。
現状では反乱軍が勝っても諸侯軍が勝っても、どちらからも信用もされなければ感謝もされない。
それどころか反乱軍が勝てば、その後起こるであろう西部との戦いで盾として使いつぶされるのがオチだろう。
「それについては考えがあります。
スピノワの西側に、私たちを迎撃する意図であろう反乱軍が野営をしていますので、彼らを先に叩いてしまえばクロノア侯爵も私たちに付くしか無くなるのではないでしょうか?」
「む、まことかマルグリット殿」
「はい、スピノワを半包囲する形で分散しています。
私たちがスピノワに入るなり、素通りするなりしたら包囲戦を仕掛ける意図かと」
「数までわかりますか?」
「かなり分散をしていまして、全てを見れたわけではないのですが…布陣から推定できる数は3万ほどかと」
「同数じゃな、相手にとって不足は無い」
「指揮官までわかりますか?」
「残念ながら、旗も紋章も見せてはいただけ無いので」
「なるほど、だったら国軍じゃないと考えられますね。
国軍なら紋章を出すまでも無い」
リシャールの言うとおりだった。
国軍の装備は統一されているし、旗はあるが紋章を掲げる家も無い。
「では諸侯やその他貴族の連合軍じゃな。
愚かな、ワシなら国軍を我らの迎撃に当てて、王都を攻めるのは諸侯にやらせるがな。
それともダンネルにはそうできない理由があるのか?」
「手柄を独占したい…辺りの理由だと思います。
もしくは兵の消耗を前提とした戦いは諸侯にやらせたいと」
この予想は半分正解で半分間違っていた。
ダンネルが手柄を独占したいのは確かだが、諸侯も西部からの援軍を迎撃する事で手柄を立てようと目論んでの先走りだった。
リオンロア候家を初めとする西部の武力を完全に嘗めてのこと。
ヤツラは商売は上手いが戦争は下手なはずだと言う勝手な思い込みによる。
「とりあえず包囲されるのは面白くない。
これは先制攻撃を食らわせてやることにしよう」
「はい、ここでこの3万を叩ければ、勝利の展望が見えてきます」
ここで3万を撃破すれば、敵の無傷の軍勢は5万になる。
こちらにも被害は出るだろうが、それを差し引いても絶対無理という差ではなくなる。
「ではマルグリット嬢、敵の配置を教えていただけるかな?」
「はい、オルソン地図をお願い」
「これは…こんなにも正確に解るものなのですか?」
地図に描かれたスピノワ周辺の地形と敵軍の配置を見て、リシャールは絶句した。
「むう、これは配置の指示を出した者でもここまで細かく把握してはおるまい」
「山の上から見下ろすようなもの、とだけ申しておきますわ」
「敵の布陣がこんなに丸裸なら負けようが無い。
うん、機動力の高いクベールの騎馬にはこの背後を突いていただいて、我らオランジュ軍は右側から潰していく。
リオンロア軍は左手前からこう、斜めに切り込んでいただければ、敵は何をされているか判らない内に瓦解すると思います」
「まてリシャール殿、それでは正面中央に隙を作ってしまうぞ。
斜めに切り込むのはクベール軍とオランジュ軍から歩兵を出してもらえば充分。
われらは正面から出て、押さえと囮になろうぞ」
「待って下さい!それではリオンロア軍だけ被害が大きくなってしまいます」
「がはは、甘く見てもらっては困るな。
我らは精強さと頑健さでは諸君らの軍には負けんぞ?
それにリシャール殿の最初の策のようにスピノワを囮にしては、奴らを味方に引き込むのに一苦労だぞ?」
「気づいておいででしたか…」
陣立てなど理解してないマリーには全く付いていけない高度な会話だった。
もちろんディネンセン騎士団長は当然理解していて、騎士たちと一緒に軍議に参加している。
マリーは自分ひとり蚊帳の外で、少々むくれていた。
「がはははっ」
「リオンロア侯爵さま、どうなされました?」
「いやな、マルグリット殿にも解らぬ事があると、少し安心しておったのよ」
「ふはは、確かに。
これで戦術まで我等が及ばぬほど詳しければ、男子形無しになるところですな」
ギャストンの笑いがリシャールに伝染し、それが徐々に広がっていく。
「なあ若い衆、ここは追い先短いワシの顔を立てて、中央先陣は任せてもらうぞ?」
「解りました。
では後学の為にも侯爵のお手並みを拝見させていただきます」
「マルグリット殿も異存ないな?」
リオンロア侯爵はマリーと、そしてディネンセンに確認を取るように二人に交互に視線をとばした。
「はい、ですが一つ条件がございますわ」
「ふむ、条件とな?
言ってみてくれんか」
「私を観軍官としてリオンロア軍の中核、侯爵様の傍らに置いてください」
場の空気がいっせいに凍るのを感じ、してやったりとマリーは続けた。
「特等席で閣下のお手並みを拝見させていただきたいのですが、よろしいですわよね?」




