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クロニクル アンド マギグラフィ  作者: 根菜類
第一部・マルグリット編
25/68

25索敵

 街道を避け、人通りの少なそうな道を北に進む黒塗りの馬車の中。

 オリオルズは今後の算段を考えていた。

 今は自分も囚われているような物だが、これの見張りがジェンヌでもつくのか?それが問題だ。

 だいたいジェンヌに向かうという御者達の言う事もいまひとつ信用できない。

 今はどうやらレドベ近郊に向かっているらしいが…。


「おい、どこに向かってるんだ?」


「今夜はレドベ近郊の駐屯地で夜を明かします。

 公爵子息様もお疲れでしょうが、ご容赦ください」


 こいつらは国軍の人間ではないな…とオリオルズは判断した。

 ましてやアルメソルダの人間ではない。

 そうするとどこかの貴族の手のものか、最大候補はベーシス家だが…どちらにせよ父親は担がれただけなのはよくわかった。

 この分だと軍の主導権を握ってるのはアルメソルダではあるまい。


「僕よりも殿下に気を使ってあげてよ」


 客席の後ろの区切られたスペースに、簡易ベッドのようなものが据え付けられ、そこにボルタノが縛られていた。

 目が覚めたときずいぶん暴れたからだが。


「そりゃそうだよ、普通暴れるよね」


 ボルタノにしてみればいきなり拉致されて、取り巻きと切り離されたのだ。

 パニックを起こして暴れるのは当然。

 どうやって丸め込もうか考える手間は省けたが、この時点でもう話は聞いてくれまい。

 セドリック達を殺したとか説明もできない。

 今自分にできることは顔を合わさないように注意することぐらいかな?

 もちろん彼のためにじゃなく自分のためにだが。


 それにしても駐屯地か…オリオルズは考える。

 なにせ今の彼に許されているのは、呼吸することと寝ること、そして考えることだけだからだ。

 自分の知る限りこんなところに駐屯地などは無い。

 という事は嘘か、最近作られたという事になる。

 なんのために?もちろん軍事侵攻のためだ!

 行き当たりばったりな父の突発的な発作のような行動かと思っていたが、これは想定よりもヤバイかもしれない。

 諸侯家主体のクーデターとなれば、後々邪魔な公爵家の人間などなで斬りだろう。


「思ったより多い…これは勝っちゃうかもしれないな」


 馬車の隙間から見える駐屯地には少なく見積もっても5万の軍勢が集結中だった。

 戦争となった場合、住民から兵員を徴用して軍勢を整えるのはよくある事だが、もしそれが標的の近隣で行えれば効果は2倍だ。

 徴用できる兵員には限りがあるだろう。

 ただ、国境近辺には屯田兵が多いが、王都近郊に屯田兵は居ない。

 つまりここで軍のカサ増しに使われている彼らは訓練されていない素人だ。

 そういった人員はまず消耗品として真っ先に使い減らされるのが常だ。

 王都近郊の穀倉地帯でそんな事をすれば経済はボロボロになるだろうし、中部の権威は失墜するだろう。


「まあ内乱起こすやつがそんな事考えるはずも無いか」


 内乱によるダメージは国に深刻な被害を与えるだろうが、もはや自分にはどうすることも出来ない。

 今は己の身の安全にのみ注意するだけだ。

 ジェンヌに着く前に殺されすまい。

 もしそうならここまで運ばれてくる意味が無いからだ。

 チャンスが来るまで精々従順に振舞うしかない。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「林の中に隠れて、暢気に野営張ってますね」


 マリーの魔術で発見した敵軍らしき一団を確認し、シャンブルは伝令を飛ばした。


「林の中だから数はわかり難いが…3千といったところか?

 あれを攻めるのはちょっと骨だな」


 地形を利用した野戦は牙人(ガルー)部隊のお手の物だが、相手の数が多い。

 迂闊な攻め手では逃げられるのがオチだ。


「どうしますか?」


「私が指揮官ら発見された時点で逃げを打つしかないが…」


 ディネンセン騎士団長は白髪が混じった髭に手をやっている。

 これは彼の考えているときの癖だ。


「逃げられたらまったく意味が無い」


「あいつら何のための部隊でしょうかね?」


「たぶんリーヌから軍勢が出払った隙を待って襲撃しようと考えてるのだと思うわ。

 補給路を断つって定石だすからね。

 リーヌの回りの同じような連中が分散して潜んでいるんじゃないかしら?」


「おそらくそうでしょうな。

 これらを掃除できれば後顧の憂いはなくなる」


 ただ敗走させたのでは意味は無い。

 そのうちまた集結してリーヌを狙うだろう。

 殲滅とまでいかなくても、壊走させてせめて指揮官を除かなければならない。


「林の奥側から攻めてみましょうか?

 そうすれば開けたほうに逃げるかもしれません」


 牙人部隊であれば、気づかれないように裏手に回るのはお手の物だろう。


「開けたほうに伏兵を置くのか、普通と逆だな」


「だからこそ引っかかると思いますよ」


「奥から攻めた寡兵の方に行ったらどうする?」


「向こうの士気は高いように見えません。

 多少は持ちこたえて見せますよ」


 とはいえこれは賭けだ。

 追い立て役が返り討ちになるとは考え難いが、数が少ない牙人部隊では敵兵を撃破仕切れない公算が高い。

 反撃までと行かなくとも、その場にとどまって防衛されるだけで無駄に被害が増えるだろう。


「崩せなければ後退する…か、牙人相手に戦いやすい草原を選ぶかもしれんな。

 よしシャンブル、レンジャー部隊を率いて奥側から追い立てろ。

 オルソンは左手に騎兵隊を伏せ、飛び出してきて敵の側面に突っ込め。

 クロードは槍兵を率い右手と手前に…騎兵に蹴散らされた相手を挟み込んで殲滅しろ。

 優位な戦いだが油断するなよ?配置急げ!」


「配置できたら知らせてください。

 魔術で合図を打ち上げます」


 従軍(ゲール)魔術師(マギクラフター)としてのマリーは充分な実績がある。

 領軍の騎士や指揮官は充分にマリーの能力を信頼してくれている。


「お願いします」


 しかし、この魔術での合図はかなり難しい作業であった。

 マリーの居る側に敵の目を引くわけにはいかない。

 発射地点が敵に知れないように構成を工夫しなくてはいけないだろう。


「伏兵の準備できたそうです。

 合図をお願いします」


 幸い構成を練る時間は充分にあった。

 かすかな発射音を残し、氷の矢は放物線を描いてシャンブル達が潜伏している森の上空まで飛ぶと、派手な光を放ち爆発した。

 爆発したといっても、氷が砕けて破片となって降り注いだだけだったので、敵軍にも気づかぬものはいたようだ。

 2隊に分けて伏せていたレンジャー部隊の前衛の斉射が、その身に突き刺ささるさまを見て初めて敵襲だと気づいた。


「敵襲だ!」


「森の中から射撃だと!」


「どうやってここを?!斥候は何をしていた!」


 曲線を描いて飛ぶ弓矢と違い、クロスボウが放つボルトは直線的に飛ぶ。

 もちろんその分射程は短くなるが、近づいて木々の隙間を狙って撃てば通常の弓矢よりも林の中では有利だ。

 襲撃部隊の短矢(ボルト)の攻撃は一方的に敵軍に襲い掛かった。


「敵がもたついている間に撃ちまくれ!

 敵が前に出てくるようなら手が開いた連中が押し返せ!」


 シャンブルは激を飛ばしながら自分でも手を休めなかった。

 幸い敵の混乱は落ち着く様子をみせず、誰一人切り結ぶ事無く敗走を始めた。


「手を休めるなよ?

 背中であろうとも撃て!相手は侵略者だ!手心をくれてやる必要は無いぞ」


 相手を追い立てるように前進して射撃を繰り返す襲撃隊。

 敵軍が落ち着いていたのなら、相手の連射力はたいしたことがないと気づいただろう。

 だが実戦慣れしていないのが仇となったか、真っ先に逃げ出した指揮官には気づくことができなかった。


 草原に追い立てられた敵軍の末路は酷いものだった。

 完全に予想外の横合いからの騎兵突撃を受け、散り散りになったところを陣形を組んで待ち構えていた槍兵に串刺しにされた。

 包囲戦に参加したクベール軍の兵力は5千なのだが、被害らしい被害も無く。

 死傷者は最低限しか出ず、初戦を飾るという意味では最高の結果になったと言えるだろう。


「マロン伯爵家の連中だったと?」


 マロン伯は東部の有力な貴族である。


「別働隊だそうです。

 本体は王都への攻撃隊に参加し、息子に手柄を取らせるために精鋭と共にここに潜伏させていたとか」


「精鋭?あれで?」


「そう言うな、我らとて実戦を経験していなければ危なかったかもしれないぞ?」


「たとえ4年前でも、あれより酷いってことはありませんでしたよ…」


「伯爵の子息が居るのよね?」


「死体の確認は出来ました。

 紋章も身に付けていたので間違いはないかと」

 

 伯爵の息子に影武者もないだろう。

 息子に手柄を取らせようと考えた親心が裏目に出たと言う所か。


「他にも同じような部隊がいるのは間違いないでしょう。

 騎士団長、何名か私につけてください。

 リーヌの周辺を偵察してきます」


「何を言っているのですか!危険です賛成できません!

 それにマルグリット様はリオンロア侯爵に侯爵代理として、面会していただかなくてはなりません」


「こんな言い方は失礼だけど…リオンロア候への面会は騎士団長でもいいでしょう?

 でも、広域偵察は私じゃないと出来ないわよ」


 ここは騎士団長が折れるしかなかった。

 索敵魔術はマリーにしか扱えないのだから。

 翌日本隊はマリーの書き足した書状とともに先にリーヌ入りする運びとなった。

 



         ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「とりあえず川のこちら側でいいわね」


 マリーは16騎の騎士に囲まれながら馬を飛ばし、リーヌの周辺を回りながら索敵を行っていた。

 彼らは本隊から別れた後、丸一日かけてリーヌ近辺の索敵を行っていた。


「いっぺんリーヌ入りをして、地理に詳しい人員を借りたほうが良かったのでは?」


「この魔術はクベール軍(うち)以外の前で使いたくないのよ。

 一目で構成や弱点がばれるとは思わないけど、どうやって周囲を知覚してるとか秘密にしておきたいの」


 魔術師にとってオリジナルの魔術構成(スクリプト)は財産にも等しいものだ。

 マリーにしてみればそれはクベール侯爵家の財産にも等しい。

 光の属性と氷の属性を持っていること前提の構成ではあるが、それぞれ別の二人の術者でも再現可能なようにアレンジした構成をクベール家の宝物庫に収めている。

 永遠に独占はしておくのは無理だろうが、当面はクベール侯爵家独自の魔術として充分財産になる。



「流石に川沿いに上がってきてた連中は居ないか…けっこう細かく分散しているわね」


「マロン軍の残党が逃げ込んでる様子はありませんか?」


「あまり慌しく動いてる部隊は居なかったから、大丈夫だと思うわ。

 お互いに位置を確認してたとかはないんじゃないかしら?」


 夕方には大体探索も終わり、見渡しのいい平原で野営する事になった。


「スレナード川のこちら側に4箇所、川のこちら側から確認できた向こう側に3箇所。

 だいたい5百、1千、5百、3千、2千、2千、1千…各個撃破には手ごろな数じゃない?」


 騎士数名が野営の準備をする中、羊皮紙に描いた簡易地図の上に敵軍の野営地点を描き込んで行く。

 上空から地形を確認できるのだから、もっと綿密な地図を作ろうと思えばできるのだが、他所の領地でそんな事をしていたと知れたらどんな騒ぎになるか…。


 万が一を考え火をおこす事はできない。

 中春の月(4月)も終わりだが、まだ焚き火無しの野営は寒い。


「ごめんなさいね、加熱する系の魔術は持ってないの…こういうのはウィルが得意なんだけど」


「いえ、焚き火はたけませんが、こうやって土と石でカマドを作れば、スープを煮る程度の火はおこせます。

 カマドに使った石が充分焼けたらそれで暖を取れます」


「すごい、知らなかった…さすがはプロね」


「プロ?…前回は夏だったのでお目にかける機会がありませんでしたからね」


 マルクという若い騎士が手際よく野営の準備をしながら、マリーに解説してくれた。

 従士のころ習ったという、敵に発見されづらい野営方法だ。

 これが冬だと発見される危険を冒してでも一晩中火を焚き続けなければならないが、今の季節はコレで充分だろう。


 鍋に湯を沸かし、乾燥ハーブと塩、干し魚を加えて少し煮るだけでちょっとしたスープが完成する。

 野営用に準備したいわばインスタントスープの元だが、堅パンと一緒に食べれば兵糧としては充分すぎる食事になる。


「このスープに乾燥パスタを入れて、一緒に煮ても良さそうね」


 乾燥させたパスタ、いわゆる乾麺は最近やっと出回り始めた保存食だ。

 だが戻すのに大量の湯を使うため、保存食としてはあまり人気がない。

 だから今回も兵糧に採用していなかったのだが…。


「少人数での旅なら乾燥パスタも良さそうですよね」


 氷と風の属性を使いこなせればフリーズドライも可能だろうが、こと大勢が食べるものにそんな独自能力をつぎ込んではいられない。

 そうするとやはり普通に乾燥させて保存食を作るしかないだろう。

 だがその中で工夫していくのは楽しいのだと、騎士たちとカマドを囲むマリーは思った。

 1人で突出するよりも、各方面で秀でた人が引っ張って言ってくれるのがいい。

 進んだ技術や考えかたが根付く土壌がこの国にはあるのだから。

 このままこんな人生がずっと続いていくといい、続けて生きたい。

 だからこそ今回の反乱はどうにかして潰さないと、これからも発展していくクベール領とみんなのためにも。


 完全に日が暮れる前に1回また索敵を行って、マリー達一行は交代で休みに入

った。


 翌日真っ直ぐリーヌに向かったマリーは、リオンロア侯爵に面会し正式に同盟の提携を結んだ。

 同時にオランジュ軍もあと2日ほどのまで進軍してきていて、合流を待ち次第3軍で進軍する予定になっているのを知らされた。


「では、それまでに掃除を完了しておかなくてはいけませんね?」


 クベール軍とリオンロア軍は手分けして敵の潜伏場所に襲撃をかけることになった。


「いいか、かならず敵の倍以上の兵力を当てよ」


 こんな戦闘は前哨戦にも満たない。

 兵力の消耗は最低限に納めておきたいのは両軍とも同じだろう。

 だが同時に、蹴散らすだけでは充分ではないという事も解っている。


 だが敵軍は初めからまともに戦闘する気など無く、自分たちの位置が敵に見つかってるなど全く予想していない。

 不意討ちを行い、追いたて、伏兵で挟み撃ちにする。

 このパターンだけでほとんど消耗する事もなく次々討ち取っていった。


「流石に矢の消耗は多いな」


 特にボルトはクベール軍でしか使わない。

 充分な備蓄は用意していたとはいえ、本隊戦まで極力温存しておきたい。


「想定外に良く使いますね、最初の想定では1発2発撃ったらもう白兵戦になるだろうとか考えていたのですがね」


「敵の士気が低いのも手伝っての事だから、いつまでもこうはいかんだろうが」


 クロスボウで射撃された敵兵はだいたい攻撃された反対側に逃げる。

 そろも反応は鈍く、ひじょうにもたもたしているので格好の射撃の的になっている。


「兵員の消耗が出るよりはマシと考えなくてはな」


「何名かは本隊に逃げ込んでるかしら?」


「そうしてもらわねば困ります。

 せめて間接的にも反乱軍にプレッシャーをかけねばならないのですから」


 敵の迫ってると知れれば城攻めにも集中できないだろうし、迎撃に兵を割けばそれだけ王城への攻め手は減る。

 一夕一朝では城は落ちまいが、少なくともこちらがたどり着くまでは持ちこたえていてもらわねばならない。

 そのためにはできる事を全てやっておく必要がある。


「では先に渡河させていただきましょう」


 リーヌ近辺のスレナード川内には大きな中州があり、それを利用して橋がかかっている。

 これがあるからこそ渡河ポイントとしてリーヌが発展してきたのだ。

 おかげでこの町は攻めるも守るも有利な拠点となっている。


「ではまた先んじて偵察を行います。

 皆よろしくお願いしますね」


 先行して魔術で索敵をしながら進むため、態々先行させてもらったのだ。

 このままスピノワまでの道中を確保できれば、圧倒的に有利に動けるようになる。

 最悪王都が落ちた場合の撤退ルートの確保にもなるので、この任務は重要だ。


「それに私が反乱軍でしたら、街道近辺に伏兵を多数配置して足止めと強行偵察を行いますね。

 1日でも足止めできればそれだけ有利になりますし、消耗した状態で王都まで到達しても即動く事ができなくなりますからね」


「すでに1万の別働隊を撃破してますが、まだ居ますかね?」


「騎士団長、あなただったら王都を攻めるときどれだけの兵を使いますか?」


 マリーはオルソンの問に答えず、そのまま騎士団長に話をふった。


「5万…余裕を見ても6万でしょうな。

 それ以上居ても城に当てる事ができないため、予備兵扱いにするしかありません」


「反乱軍の兵力は10万とも言われてますが、残りの3万はどうするでしょう?」


「もちろん敵の援軍の迎撃に当たらせますが…私なら3万は伏せさせ、王都近辺で本隊とで敵を挟み撃ちにします。

 まあこれは全軍が言うことを聞いてくれる前提の作戦ですが」


 騎士団長は、少し間を空けると、何割かは勝手に動くでしょうな…と付け加えた。


「と言うわけで、あと3万か4万は遊撃してくる可能性があると考えています。

 もちろんそれはこっちにとっても都合のいい事なので、むしろ大歓迎なのですけど」


 敵が分裂してくれればそれは各個撃破のチャンスだ。

 特にこちらよりも小さく纏まってくれれば勝率はあがる。


「既にリーヌを落として退路を立つ向こうの作戦は失敗していますが、敵がそれを把握するまでまだ少しかかるでしょう。

 こちらを削ろうとするか、あるいは足止めに集中するかは判断しかねますが。

 マリルグリット様の魔術で不意打ちが封じられている事も知らないのであっては、こちら側に勝機は十分あると思います」


「勝利条件は敵の殲滅ではなく、王都の防衛です。

 反乱軍が王都を責めあぐねてると言う事が知れ渡れば、日和見していたかく家も動き出すでしょう。

 それに私たちが素早く街道上の敵を排除しながら進軍できれば、続いてくれるリオンロア軍とオランジュ軍が無傷で敵本隊に当たる事ができます。

 向こうもそんな状態は想定していないはずです」



         ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「敵軍を発見しました。

 約5千と6千、街道の左右に伏せていますね」


「来たか、1万とはこちらを見くびっているな?

 さてどう当たるか…?」


「左手の5千の背後に丘があります。

 それを利用できれば回り込むのは容易いかと…」


「ありがとうございます。

 クロード、シャンブル全歩兵を率いて丘を迂回、敵軍の背後を突け。

 ファンデリック弓騎兵全部を率いて右手の軍の裏を通過しながら撃てるだけ撃ち込め、オルソンは騎兵一隊を率いて先導してやれ。

 残りは私とともに左手の敵を歩兵隊と挟撃する。

 歩兵が配置し次第始めるぞ…急げ!」


「騎士団長、私は?」


 当然私も出るのですよね?

 そんな感じのニュアンスで問いかけるマリーに騎士団長は内心顔をしかめる。


「マルグリット様は補給対と共に後ろに控えていてください」


「魔術で支援ぐらいできますが?」


「魔力の温存をお願いします。

 これからも頻繁に魔術で索敵していただく予定になっていますので…」


 これは口実である。

 ディネンセンの頭の中には、以前魔術の使いすぎで魔力枯渇を起して倒れたマリーの事が残っていた。


「余裕がありましたら小まめに敵軍の動きを見て、必要に応じて合図をいただければ…」


「わかりました」



         ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 弓騎兵に矢の雨を降らせられた敵軍右手は、目の前にぶら下げられた餌にあっさり喰らい付いた。

 弓兵なら足も遅いと思ったのだろう。

 寡兵と侮り真っ直ぐ追いかける様は、上空から眺めているマリーの笑いすら誘った。


「ではクロードに合図を送りますわ」


 左手5千に当たるのは残りのクベール軍8千。

 数の差こそ大きくはないが、不意討ちと挟撃を駆使しあっというまにその数を蹴散らした。


「よし槍兵は丘の左右に伏せろ!

 残りは丘の上で待ち、駆け下りながら敵の脇腹を突く!」


 弓騎兵に引きずれれて丘の麓まで誘い込まれた敵の半数は、槍兵に進行を阻まれたタイミングで丘から駆け下りる騎兵に側面を突かれる事になった。


「うろたえるな!建て直しさえすれば負ける相手ではない!」


 自ら領軍を率いて反乱軍に参加したサルバトール侯爵マティアスは、自軍を叱責しながら何とか軍を立て直そうとしていた。

 

「敵の動きが早すぎる!

 まるでこっちの動きを空から見てるかのようだ」


 マティアスはまさに真実を言い当てていたのだが、残念ながら彼はその事実を確認する事はできなかった。

 空から見られているサルバトール軍は、本陣の位置を性格に把握されていたのだ。

 射撃を集中された本陣はあっけなく崩壊した。

 そしてそこに騎兵の精兵5百を率いた騎士団長が切り込んだとき勝負は付いた。


 反乱に加担したものは一族全員死罪が普通である。

 戦場で死ねたマティアスは運がよかった方と言えるかもしれない。


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