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クロニクル アンド マギグラフィ  作者: 根菜類
第一部・マルグリット編
24/68

24狼煙

「騎士団長!」


 領軍の詰め所に駆け込んだマリーは流石に顔色を失っていた。

 本当に王都が攻められているとしたら、残してきた(オーリン)ウィル、屋敷の皆の命が危ない。


「マルグリット様!」


「どういうことですか?王都は、ウィルや父はどうなって?」


「落ち着いてください。

 まだ詳しい事はわかっていません…宰相府より早馬が届いたのですが、まだオーリン様からは何も」


 ディネンセンはマリーに1枚の書状を差し出した。


「救援を要する内容ですが、敵軍の規模についても何も書かれていません。

 現状ではこの手紙が本物なのかどうか疑っている段階です」


「宰相のサインは入っていますね」


 一応宰相のサインは知っている。

 こういう場合宰相府の代筆係りの場合もありうるが、封書の印はリッシュオール家の紋章が押してあった。


「現状我らにできる事は、この書状を本物と仮定して出陣の用意をしておくぐらいです。

 やはり侯爵様より指示が届かねば動けません」


「騎士団長、領内の治安維持に必要な兵を残して、他全てを動員した場合どれくらい動かせますか?」


 さすが騎士団長は淀みなく答える。


「1万といったところです。

 前の出陣で失った兵力を最補充しきれていません」


「では1万の軍勢で出陣準備をお願いします。

 念のため物見は…?」


「もう出しております。

 とはいっても王都との往復は早馬でも1週間以上かかりますので、追加の書状が届くのが先でしょう。

 王都に進軍しているのが本当にアルメソルダ公爵だとすれば、多くて5万ほどだと思いますが…全軍5万では王都は攻め切れますまい。

 何か隠し玉を持っている可能性を考えたほうがいいかと」


「そうね…オランジュ候とリオンロア候に書状を出して、この知らせが本当だった場合は同調して事に当たるようにお願いしましょう。

 リーヌに集結させてもらえれば都合がいいわ。

 そうね、私が書状を書きましょう」


「お願いします。

 近辺の貴族たちにも連絡を取り、準備を促したほうがよいでしょう。

 これは騎士団経由でこちらが連絡を入れます」


 マリーは書簡の準備をさせながら頭の中で本文の下書きをすませる。

 クベール侯爵家の紋章は予備として一つマリーが預かっていた。


「あ、そうだ騎士団長!

 その前に急ぎ使者を出してほしいところがあります!

 今から急いで父の名代として書状を書きますので、辺境伯へ要請を出さないと…動かずに国境を堅守してほしいと」


「辺境伯の力は借りないのですか?」


「借りたいところですが、この反乱が外国との同調行動である可能性を消せないうちは動いてもらっては困ります。

 一番心配なリモーヌのガナベルト伯には連絡つけるのは難しいでしょうけど、それ以外の三辺境伯にはなんとか連絡をつけないと…クベール商会の船を融通してもらうしかありません。

 ジャンリュックが帰ってきてるようなら彼を使ってでも急いで舟を回してもらいましょう」


「わかりました。

 海路経由で二方に船を出してもらいます。

 …辺境伯に赴くのなら正式な騎士がいいでしょうな、諸侯家にはクベール侯家の侍従にお願いしたい。

 正直、騎士は1人でも多く居て貰いたいのですが」


「必要なら何人か仮騎士として私が騎士叙勲を行います。

 緊急時ですのでお父様も許してくださるでしょう…近いうちに正騎士として推薦予定の人材の目算はつけてあるのでしょう?」


 この後も二人は手紙を書きながら会議を続けた。

 誤報であると信じたい気持ちは強かったが、おそらくこれが真実だという予感はその場の全員が持っていた。

 騎士達が軍備の再編成に謀殺されている中、夜は更けていった。

 翌日にはオーリンからの書状が届き、さらに本格的に動き出すことになる。



         ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「嘘だろ…」


 目撃情報を頼りに、家紋をつけていないという怪しい馬車の後を追っていたウィルたちは、街道を外れた場所に隠されていたセドリック達の死体を発見していた。


「殿下は?!殿下はどうなって…!」


「アラン落ち着いて…。

 殿下の姿は見えないな…これは多分、強力な魔術師であるセドリックを扱いきれないと判断した何者かが、彼を殺めたんだろう」


 ウィルは背筋が冷たくなるのを感じた。

 自分や姉にとってもこれは人事ではない。


「と言う事は賊の目的は殿下の誘拐?

 クソッ…なんで態々学園を出て行ってしまわれたんだ」


 王子がセドリックや御付と共に学園を出て行くのは目撃されていた。

 その前に手紙を届けてきた男もいたと守衛が報告していたが、あいにく手紙の主の名前までは知らされていなかった。


「顔見知りの犯行だな」


「何ですって?!」


「少なくとも殿下を学園外に誘い出せるツテ(・・)を持った人間の仕業だよ。

 そう多くはない」


 セドリックがボルタノを止めもせず同行しているのだ、少なくとも差出人は彼らに警戒心をいだかせない人間と言うことになるだろう。

 その場合…。


「…」


「俺を見ないでよ…。

 そういった意味では、確かにクベール家(ウチ)が最有力候補かもしれないけどさ」


 真っ先に疑われるのはクベール家、というかマリーであろう。

 マリーが呼び出したのならボルタノはホイホイ誘い出されるはずだ。

 だがウィルは王都にマリーが居ないことを知ってるし、居たとしても絶対自分からボルタノに会いにいこうなどとしない事もしっていた。


「他には…王宮か公爵家か…だとしても護衛のセドリックが殺される理由がありませんよ!」


 尤もな話だ。

 だいたいその場合誘拐する理由そのものが無い。


「そうだな…こんな慌てて死体を放り出すような杜撰(ずさん)な…いや、それだけ急いでいたのか?

 北方に急いで向かう理由か?

 どうするアラン、いったん戻ったて報告したほうがいいと思うけど?」


「いえ、私はもう少し追跡してみます。

 相手が馬車なら追いつける可能性は低くない。

 ウィルレイン様は学校と王宮に報告をお願いします」


 本来なら分かれての行動は危険だ。

 しかもアランは一般人枠扱いなので、従卒などは連れていない。

 追うとなれば1人での行動になってしまう。

 ウィルとしては無謀な行動は止めるべきなのだが、アランと姉との約束を思い出すと彼の行動を制限するような事は言いづらい。


「わかった。

 決して1人で無理はするなよ?」


「弁えています。

 無駄死には本位ではありません」



 街道を逸れたルートで北に向かっている馬車を追跡するのは難しくなかった。

 しかし痕跡を確認しながら追いかけるアランの進みはそれほど速くなく、翌日になっても追いつく事はできなかった。

 王都から馬で1日の行程である中継都市レドベ付近にたどり着いたアランの見たものは、集結中の数万の軍勢だった。


「なんだこれは…?

 数日前に出発した国軍は3万だ、こんなに多いはずがない。

 それに彼らがこんなところでもたもたしてる理由も無いよな?

 でもあれは国軍の、アルメソルダの旗…」


「誰だ!そこにいるのは?!」


 その声に思わず馬を返して逃げ出したアランの咄嗟の判断は彼の命を救った。

 たった今まで立っていた場所に突き刺さる数本の矢を、肩越しに見ながらアランは馬を急かした。

 王都から1頭でここまで来たため彼の馬は疲れ切っていたが、それを気遣う余裕はない。


「頼む、ターシュ(ぶち)もうちょっと頑張ってくれ!」


 レドベに愛馬を預けて、馬を借りるつもりの強行軍が仇となった。

 国内で単騎でいる学生に問答無用で矢を射掛ける軍勢が味方であるはずも無い。

 後方から停止を訴える声が聞こえてきたが、無視して急ぐ。

 右肩に衝撃を受け落馬しそうにもなったが、なんとか体勢を整えて馬を走らせた。

 これは至急王都に知らせるべき事件だ!

 それも命がけで…。

 第二王子(ボルタノ)を誘拐したと思うべき馬車の痕跡は、あの軍勢の只中に続いていたのだから。


 行軍速度で王都まで二日と少し、不意討ちで王都が包囲されたらたいへんな事になる。

 右肩の矢を引き抜く事もできず、愛馬が倒れるまで飛ばす事となった。

 幸運だったのは、王都近くでセドリック達の死体を回収しに来ていたアルク伯爵家の者に発見され、急ぎ王城に担ぎ込まれた事である。

 それが無ければアランも命を落とし、王都も急襲されていた可能性が高かったのだ。



         ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 オーリンからの指示書は簡潔に状況を説明したものだった。

 王都から1日のところまで推定5万以上の軍勢が迫っている事、慌てて王都を逃げ出す貴族は少なくないが、現状ではその方が危険なのでクベール家は王都の防衛に協力する事。

 敵軍はアルメソルダ侯爵家が率いる元国軍が主力で、かなりの数の貴族が参加しているらしい事。

 彼らはアルタイン第二王子を立てて、国を乱す元のラーリ二世の退去を求めている。

 あくまでも王家内の騒乱と言う体裁を取っている。

 王妃も早々王都から逃れていて、ウィルの報告でボルタノも彼らに誘拐されたらしいと見られてる。

 どちらにせよ反乱の首謀者のアルメソルダの一族は全員連座で処刑される事になるだろうから、ボルタノが王都に残っていても彼に未来は無かっただろうが。

 アルメソルダ主体のクーデターと見て間違いは無い。

 あとはどれだけの貴族がそちらについているのか?

 

 そしてこの手紙の後は連絡を付ける事が難しいため、マルグリットを侯爵代理として全権を委任するという無茶な内容であった。

 こういう場合は代官で家宰のゴーティエに内政を、軍事を騎士団長のディネンセンに任せる事が普通であって。

 嫡子とはいえ女であるマリーに全権を委任など前代未聞である。

 おそらくこれは王都が落とされた場合を考えての緊急処置であろう。

 反乱鎮圧を第一に考えるが、現状でも反乱軍の規模が大きすぎる。

 場合によっては現王を始め、アルメソルダ以外の王族すべてが粛清の刃に沈む可能性もあるのだ。

 そうなった場合他の貴族はどうなるか?

 色々な場合が考えられるが、例えばヴェンヌは接収される可能性が高い。

 東部の連中にこの工業都市を運営できる手腕があるとは思えないが、その目にはこの邦の技術力は魅力的に映っているだろう。

 他にも優秀な馬の産出地であるツェーヌも狙われてる可能性はある。

 アルバ侯爵家は広く畜産に力を要れ、特に軍馬は半島一の優秀さを誇っている。

 西方貴族の騎馬体の強さはかの侯爵家が支えているといって過言ではない。


 そうなると…反乱軍の目的が西部の接収にもあると、たとえ王都が落とされ家族が人質になろうとも、反乱軍の要求をはねつける布陣が必要になる。

 それが、クベール家の場合は女侯爵を立ててすら、本流を守るということだ。

 おそらくオーリンの望むところは西部貴族が共同しての西部防衛線であろうが…。


「当然打って出ます」


 クベール侯爵家の重臣がそろう会議の場でマリーはそう宣言した。


「王都が落とされたら一気に勢いが向こうに傾きます。

 王都が持ちこたえてる間に野戦で反乱軍を撃つべきです」


「しかしもし王都が落とされたら?」


 家宰のゴーディエはオーリンの信任も厚い領地の内政の要だ。

 代官の仕事も任命されており、領地を留守にしっぱなしのオーリンに変わり内政を取り仕切っている。

 その仕事からか彼は守りに入るような姿勢を見せている。


「その場合は不本意ですが、スレナード川近辺で防衛線を張るしかありませんね。

 クロノア侯家やグランシャリオ候家には申し訳ないですが、スピノアでは防衛は不向きですし、ビビシュヌに軍を回す余力はありません。

 南部を完全に見捨てる事になってしまいますが…」


 ディネンセンは出兵派だ。

 なんとしてもオーリンやウィルを救いだそうと考えるだろう。


「私はマルグリット様の方針に賛成だ。

 広い領地を向こうに持っていかれては、いずれ西部も併合は免れなくなる。

 かってベルン王家に膝を屈したようにな…。

 ならばそれを防ぐためにも王都を見捨てるのは上策ではない」


「しかしそのために領地を危険にさらすのはいかがなものか?

 ここはエリオット様の御身一番に考えたほうがいいかと…」


「バカな!いまだオーリン様もウィルレイン様も王都で健在だぞ?

 まずはお二人の助ける事を一番に考えるべきだ!」


 官僚と騎士、文官と武官はそれぞれ守りと攻めで意見が割れている。

 双方クベール家の事は考えているのだが、その性質が意見を分けることになっている。

 おそらく今は他の諸侯家や貴族家でも、同じような論議が交わされてるのかもしれない。


「皆がクベール家ならびにヴェンヌの事をよく考えてくれているのはわかります。

 今後の方針はよく議論して決めるべきでしょう…が、しかし今は時間がありません。

 議論はまたの機会で、今はお父様に全権委任を受けた私が決めさせていただきます。

 よろしいですね?」


 侯爵(オーリン)の全権委任を受けているその娘に逆らう事などできるはずがない。

 納得いかなくても肯定するより他はない。

 西部の諸侯は臣下にいたるまで家ごとの独立独歩の姿勢が強い。

 たとえ次期当主に気に入られ強権を得る事を望んでいようが、クベール家を優先する事は歴代に叩き込まれている。


「ありがとうございます。

 では父上とウィルの救出を視野に含めるという事を追加して、反乱軍の迎撃に出ます!」


 一応防衛派に配慮したカタチで話をまとめようとする。

 やる事は同じなのだが、当主の命大事と言う方針を明確にすれば、反対はしにくくなるだろうという悪知恵だ。


「ゴーティエには領内の警備強化と住民を安心させるようにお願いします。

 ロベールには領軍1万を率いてリーヌに向かってもらいます。

 そこでリオンロア候の軍と、オランジュ候の合流し、王都に進軍を行ってください。

 もちろん…私も同行します」


「なんと!」


「マルグリット様!流石に賛成できかねます!

 どうか軍勢は騎士団長に任せて、領地にお残りください!」


 家宰の悲鳴にも似た嘆願に、マリーは心がきゅっと締まるような錯覚を覚えた。

 彼はマリーが幼いころから面倒見てくれたクベール家の忠臣で、王都に詰めっぱなしのオーリンに代わり、領地でのマリーの父親代わりであった。

 前回の出陣でも最後まで反対し続けた、ある意味父親よりも手ごわい存在だ。


「今回の戦い、勝算の一つは私の魔術です。

 その効果は前回の出陣で騎士団長はご存知のはず…私は外れる事は考えられません」


「しかし!」


「お待ちください…つまりは勝算があると?」


 他の官僚が食いつくような話を振ったのは、このまま煙に巻いてなし崩しに出陣するためだ。

 ただ嘘は言わない。

 本当に自分の出陣は重要なのだ…勝つために!


「当然です。

 さすがの私も勝算も無く出陣を強行したりはできませんわ」


 悪役令嬢の面目躍如…といえる程の人の悪い笑みだった。



「とは言ったもの、さすがに勝ち目は薄いわね」


「当たり前です。

 敵はこちらの数倍の規模。

 まとまりが悪いらしいのが救いですが、それはこちらの諸侯連合も同じ事。

 おそらく各領軍1万単位での作戦行動にせざるを得ないかと」


 なんとか領内会議をまとめたマリーたちは、今度は騎士団や隊長で集まって群議に移行していた。

 明日にも出発の予定だ、もう時間が無い。


「基本は以前と同じ各個撃破よ。

 3万で動ければ敵方の5万は分断できると思うの。

 問題はその後だけど」


「ブランシュ候家とアルバ候家、サノワール侯家は期待できませんか?」


 名前の上がらなかった西方の諸侯家だ。

 ただ武力の面では、クベール、オランジュ、リオンロアに及ばない。


「アルバ候は初動の速さ次第だけど、ブランシュ家は無理ね。

 遠すぎるわ…待ってたら勝てないもの」


「やはり勝つ気はあられるのですね?」


 騎士の1人が身を乗り出して尋ねる。

 勝ち目の薄い事はみんな解っているが、勝ちを諦めているものなど1人もいない。


「それはもちろん…綱渡りに継ぐ、綱渡りになりそうですけどね」


「綱渡り?」


「あー、谷間を1本のロープを張って渡るみたいな事…かしら?」


 マリーはよく誰も知らない慣用句を使うので、回りの連中もなれた物だ。

 オルソン等はこの戦いが終わったら、その慣用句を習おうと密かに思っているぐらいだ。


「サノワール侯はたぶん日和見すると思うわ。

 あそこは自分たちは西部と言うより中部と思ってそうなのよね」


「逆にオランジュとリオンロアは動いてくれますかね?」


「オランジュもリオンロアも、西部に侵攻するには避けて通れない位置にあるのよ?

 サノワールがさらっと裏切る可能性がある事は両家も解ってると思うし、それをさせないためにも先手を打って攻める重要性はわかると思うの」


 ライオンの鬣のような髭を生やした、赤ら顔の偉丈夫の顔を思い出す。

 ライオンはラース半島には居ないが、南のサレフォノ大陸には生息しているという。


「特にリオンロア候は血の気が多いのでも有名だし、たぶん単独でも戦を挑むと思うわ」


「それを止める意味でも早期に合流するべきですな」


「ええ、できればそのまま進んでスピノワに駐留させて欲しいのだけど、クロノア候がどう動くか。

 というかクロノア候って王都に居たのかしら?」


「クロノアの跡取りは領地に?」


「そのはずだけど…たしかジャンリュックよりも3つ年上じゃないかしら?

 第一王子(カルアンクス)のご学友だったと思うわ。

 そうなればこのままアルメソルダに王都を奪われるのは困ると思うけど…」


「それも含めてオランジュ候とリオンロア候と相談したいところですな」


「そうね」



 遅くまで群議を繰り返し、寝不足なマリーは。


「ごめんなさい、今回はリーヌまで馬車で行かせて。

 あ、私の愛馬(ショセット)の事お願いします」


 大量の資料を抱えて馬車に乗り込む破目になった。


 今回完全に外交はマリーの仕事になった。

 侯爵代行の権限と義務がこんなふうに圧し掛かってきたのだ。

 とりあえずリーヌに付くまでに書かなければならない書面と、読まなければならない資料が山積みだ。

 リーヌまでと言う条件でだが、フラウとアイシャの同行を許したのは書類仕事を手伝ってもらうため。

 本来なら戦場の近くまで二人を連れて行きたくは無いのだが、背に腹は変えられない。


「マリー様、この資料あて先ごとにまとめればいいの?」


「マリー様、リオンロア候に対する感謝状と補給の依頼状を書式どうりに書きましたので、サインだけお願いします」


「助かるわ、本当に助かるわ…二人ともありがとう!」


 ヴェンヌからリーヌまでは街道を行軍して4日程かかる。

 コレを強行軍で3日に収めようと、クベール領軍は急いでいた。

 一応リーヌで休む手はずは整えてある。

 だが…。


「騎士団長、念のためリーヌ近郊から索敵を開始しようと思うのですが?」


「マルグルット様、体調の方は大丈夫なのですか?」


「大丈夫です…多少ダメでもやらなきゃいかない事はやります」


 マリーは馬車に引っ込むと収納から武具を取り出すと、二人の侍女に声をかけた。


「フラウ、悪いのだけど鎧を着るの手伝って…アイシャ、私のショセットをひいて来てちょうだい。

 あと二人は危険だからこれから馬車の中に居てね」


「危険ですって…じゃあマリー様も!」


「私は仕事があるの、大丈夫よ、魔術も鎧もあるから」


「納得できません。マリー様が危険な場所に居るのに私たちが安全な場所に居るのはおかしいです」


 となりではアイシャがその通りだとばかりにコクコクと人形のように頷いている。


「ダメよ…こんな事は言いたくないけど、これは命令です。

 私だって別に矢面に立つ訳じゃないの。

 ただ定期的に魔術で周りを見回すためにはどうしても外に居る必要があるだけなのよ。

 怖いのは流れ矢ぐらいだけど…まあ射程内には入らせるつもりは無いわ。

 私が魔術に集中するためにも、あなたたちは馬車の中にいてほしいのよ」


「お嬢さんたち、あまりお嬢を困らせないでやってくれよ。

 お嬢の安全は俺たちが絶対守るからさ」


 シャンブルに押し込まれるように侍女たちは馬車の中に消えた。

 もっともヴェンヌ自慢の透明度の高いガラス窓ごしにこちらをガン見してはいるのだが。


「ちょっとやり難いわね…」


 氷でできた鏡を真上に打ち出すと、遠視の魔法でそれを追尾する。

 射出された氷の柱が砕け散るだいたい20秒ほどの時間に、予め魔術構成(スクリプト)を組んでいた光魔法で上空から半径4リーン(約14km)の範囲を見渡す事ができる。

 それは最大5リーン(約20km)にも及ぶ広範囲を空中から高倍率の望遠鏡で見渡すようなもので、自分だけ偵察機を持っているようなものだ。

 この魔術の有用性に疑問をはさむ者などクベール軍にはいない。


「街道から外れた林の中に、けっこうな数が潜んでいるわ。

 騎士団長どう思います?」


「敵でしょう…シャンブル!」


「はい」


「斥候を頼む、攻撃部隊を準備して報告をまっているから見つかるなよ?」


「任せてください!」



 こうして諸侯軍対反乱軍の最初の戦闘は始まったのであった。


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