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クロニクル アンド マギグラフィ  作者: 根菜類
第一部・マルグリット編
23/68

23逃亡

 その日エチュドリール公爵は内務卿として国王に拝謁していたのだが…。


「私は国王だぞ・・・公は私がこれぐらいの意志を通す権利もないというのか?

 国のためと散々我慢してきたのだ、これぐらいの人事に口を出すのは国王として当然の権利であろう?

 だいたい普段からの私の努力を認めて、権利の行使に文句をつけないでほしいところだな!」


 その国王の言葉を聞いた瞬間、ドリオードル公の頭は怒りで真っ白になった。


 我慢?我慢だと?!

 貴様がいったい何を我慢しているというのだ!

 努力?

 貴様の言う努力とは我侭を通す為にごねる事か?!

 国を安らぎ富め、人心を鎮める為に貴様一体何をした?

 全てわしとフレドリッツの仕事だったではないか!

 一度でも国政のために何かをなした事があったか?

 権力者の特権と言う者は、権力者の義務を果たし始めて行使できるものだ!


 かってこれほどの怒りに飲まれた事はなかったであろう。

 燻ってた国王への怒りがとうとう限界を越え爆発した瞬間であった。


 私を捨て国のために、家族を、自分を、娘を犠牲にして、なお我が家を食い荒らそうというのか!


 これはエチュドリール公家の血筋が最も王家に近いという自負から来ているのであろう。

 完全に臣従の道をとっているリッシュオール公家とはまた違った矜持を持っていた。

 自分たちは準王家だという考えが、はっきり言葉には上げないものの、エチュドリール公爵の一族は常に抱いていたのだ。

 だからこそ自分たちよりも国に対する義務を蔑ろにしている王に、王家に、義憤に錯覚もする怒りをいだいたのだった。


 公爵は気が付くと謁見間を後にしていた。

 家宰があわてて後ろを付いて着ている。

 怒りに任せて勝手に退室したとあっては不敬罪と取られても仕方ないが、ドリオードル公はその場で王に罵声を浴びせるか殴りかからなかった自分の自制心を誉めてやりたかった。


「こ、公爵様…あの…」


「かまわん!…それより屋敷に帰るぞ、馬車を用意させろ」


 リッシュオール公フレドリッツは顔色をなくしていた。

 予想よりも早い段階でエチュドリール公が爆発してしまい、しかもかって見たことのない怒り様だったからだ。

 怒りで顔面が白くなるとか初めて見たと、ちょと思考逃避もしていた。

 しかしこれはヤバイ、今エチュドリール公に国政を離れられては立ち行かない。

 公爵家としての責務の他に本来国王がやらねばならぬ仕事を分担して行っている現状で、エチュドリール公に抜けられたら内政が回らなくなる。

 内政のエチュドリール、外交のリッシュオール、軍務のアルメソルダの三公が欠ける事は非常にまずい。


「ふん、短気な事よ。

 自分だけが我慢しているとでも思っているのであろう」


 それはお前だ!という言葉を強い意志で飲み込む。

 コイツさえ仕事をすれば誰もこんなに困る事は無いというのに!

 本来ならエチュドリール公を呼び戻して謝罪して欲しいところだが、そんな事を進言すればますます臍を曲げるのは確実。

 間に合うかどうかはともかく、後で自分がフォローするしかない。


 アルウィン・スタードを借寮常駐騎士として公爵家から叙勲を行うなど決して受け入れられる事ではなかった。



         ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 まだ雪も溶けきらぬヴェンヌで、マリーは領主代行として領軍の視察を行っていた。

 とはいっても形式上の事で、本来は代官の仕事なのだが侯爵の一族が顔を出したほうがいいということで、マリーに白羽の屋が立っただけの事。


「あら、弓騎兵って実用化できたの?」


「ちょっと待ってくださいよ!

 言いだしっぺはお嬢じゃないですか!」


「そうなのだけど、私は門外漢だし…アレが本当に実用化できるかは私に判断できないと、騎士団長にお任せしたのだけれど?」


 付き添いに付けてもらったシャンブルとともに騎兵隊の訓練風景を見ていたマリーは、まさか実用化されてるとは思わなかった弓騎兵が走りながら一斉に射撃するさまを見て非常に驚いていた。


「ファンデリック隊長の苦心の成果ですよ。

 騎士団長も感心していたほどです」


 弓騎兵が千騎も実用化されたのなら、敵騎兵に対してかなり優位に立てる。

 騎馬の速度で移動できる弓兵など、戦争の常識を覆す存在だ。

 しかも走りながら射撃できるとなると、一方的に歩兵を蹂躙できる。


「ところで軽弩部隊の方はどうなったのかしら?」


 マリーが提案した部隊はもう一つあった。

 もっとも両方ともアイディアを出した程度で、そのアイディア形にした軍や工房が優秀なのだが。


「そっちは余裕ですよ。

 錬度の高い剣歩兵や斥候も携帯を検討してるほどです」


 剣歩兵とは乱専用の歩兵で、小回りの効かない槍兵をフォローするために彼らの両脇を固めることが多い。

 "剣"歩兵とは言うものの、別に剣を武器にしているとは限らない。

 乱戦に向いた取り回しのいい白兵武器ならなんでもいいのだが…彼らまで軽弩を扱うとなると、槍衾の隙間から矢が飛ぶような形になる。

 剣歩兵なら再装填の余裕は無いかもしれないが、1射でもその効果はバカにならない。


「え、大丈夫なの?」


「訓練された兵士にとっては対して重いものじゃないですからね。

 それに余裕の無い槍兵と、弓兵は流石にわざわざ持ち歩きませんが」


 もちろん負担にはなるが、短矢数本と軽弩程度なら重行軍装備に及ばない。

 最近では兵士に持ち歩かせる装備は最低限にし、輸送部隊が別途編成されるので、その馬車でかさ張るものは運ばれる。


「そうなると問題は矢ね」


「仰る通りで…本体の生産よりも短矢の量産を優先している為に、配備が遅れてるほどです」


 かってマリーを鍛えた教師でもあり、戦争では常に傍らにいてくれたシャンブルは気心の知れた戦友であった。

 話も合う。

 おそらく騎士団長もそれを見越して今回の視察にこの牙人(ガルー)をつけてくれたのだろう。

 朝から一通り見て回ってそろそろお昼というころ、一騎の騎士がこちらに向かって駆けて来るが見えた。


「マルグリット様!」


「あら、オルソンどうしたの?」


 これまた顔見知りの騎士ではあるが、その様子が尋常ではなかった。


「急いで本部棟にお戻りください!

 シャンブルお前もだ!」


 慌てているという表現が控えめなほど、オルソンの様子は荒れていた。

 彼の乗騎も彼に当てられたか、歯をむき出しに猛っていた。


「何があったというんで?

 ちょっと尋常な様子じゃないですよ」


「内乱だ!王都が攻められているらしい!」



         ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 遡ること半月前の王都。



「なんだこれは!」


 オリオルズは父から届けられた手紙を見て愕然としていた。

 

「無茶振りもいいところだ!王子と王妃を王都から連れ出せだって?どうしろと…いったい何を企んでいるんで?」


 彼が自然に王都の外に連れ出せそうなのは未だ学生で学生寮にいる第三王子(ボルタノ)ぐらいである。

 王城にいる第ニ王子(アルタイン)王妃(アルジュナ)を連れ出す口実など思いつかない。


「いったい父上は何を考えているんだ?」


「もう軍勢は動きだしましたので、早く王子と王妃様を連れ出して合流いたしませんと…」


「ちょっとまて、軍勢?いったい何の話だい!」


「声が大きいです…お聞きになっていないので?」


 止められるだろうからとベーシス侯爵にでも言われたのか、ダンネルはオリオルズに計画を告げていなかった。

 告げられていたらオリオルズは王城に知らせてでも無謀なクーデターを止めただろう。

 たとえ武力を持ち出しても、騎士団を完全に掌握できなければ国軍を有効に使うのは難しいだろうし、武力で起こしたものは武力で簡単に覆る。

 いったん王都を制圧し、傀儡を立てるか王を僭称したとしても、大義名分を掲げたほかの諸侯のいい餌になりかねない。 

 王都にいる貴族たちを人質にしたとしても、そんな付け焼刃がもつわけない。

 しかも失敗したら当然罪に問われる。

 反乱など企てたら一族郎党根絶やしだ。

 それは当然首謀者(アルメソルダ)の血を引く王妃や王子たちにも及ぶだろう。

 王妃と二人の息子を除いても、まだ二人の王子がいるわけだから躊躇も無いだろう。


「ばか…な…」


 目の前が真っ暗になるという事はこういう事か、オリオルズは現実逃避気味に考えた。

 まさか自分の計画がこんなにも馬鹿げた事で崩壊しようとは、予想はできなかった。

 父にこんな計画を誰だ?

 いや、どこのバカがこの計画に参加しているんだ?


「脱出用に馬車は用意しておりますので、オリオルズ様には王妃様と王子殿下をお連れいただければ…」


 どちらにせよ王都に残っていた場合掴まって処刑は免れないだろう?

 こんな馬鹿げた計画に参加など出来はしないが、なんとか王都を脱出せねばならない。

 一刻も早くだ。

 脱出するにしても王都の近辺にいては危険だ。


「馬車が用意してあると言ったが、どこに向かう予定なんだい?」


「ジェンヌにお迎えする屋敷を用意してるとのことです」


 ジェンヌか、ならばそのままレ・クリュネに向かえるな。

 逃亡先はできればオリヴァにしたかったがやむを得ない、そのまま国境を目指しカラクに逃げよう。


「わかった、王妃と王子をつれてくればいいんだね?」

 


 とは言ったものの、王妃を連れ出す方便など中々思いつかなかった。

 アルタインの方は簡単だ、子爵令嬢(ミリリ)を餌にすればいいのだから。

 それにもし反乱に巻き込んだ場合、ミリリが同行してなければまた面倒なことになるだろう。

 ミリリの同行も縛るのは容易だ、実家の趨勢をちらつかせれば彼女は逆らわない。

 だが王妃はどうだろう?

 父親である公爵ならともかく、息子であるオリオルズが持ち出す口実では動かせそうも無い。

 

 いっその事アルタインに連れ出させるか?と考えていた矢先に、いい口実を思いついた。

 自分なら絶対信じない、アルジュナに都合のよすぎる話だが…ありえる話よりも信じたい話の方が効果があるだろう。

 そう考えたオリオルズは王宮に向かった。

 用意された馬車は3台。

 2台を王宮に回し、1台に手紙を持たせて学園に向かわせた。

 幸い明日は週末だ、学園から出外泊も許される。


 王宮につめている針の筵のミリリ・アパルト・エイム子爵令嬢を呼び出し馬車に待たせておく。

 続いてアルタインに面会してこう告げた。


「ミリリ嬢を妻に迎えてなお王位を狙える方策を父が考え付いたそうです。

 もちろん王宮、いや王都でそんな話などできないので、ジェンヌにお越しいただきたいとの事。

 ご安心を、ミリリ嬢は既に馬車で待っております」


 次に王妃に面会を取り付けると、彼女にはこう言った。


「ボルタノ殿下と約束を取り付けております。

 公爵の仲裁でお2人を取り持つという事で馬車を用意しておりますので、わが館で内密なお話を」


 そう言ってオリオルズは心中で顔をしかめた。

 父の名を出したのは失敗だったかと思ったのだ。

 父の仲裁でボルタノが動くはずないとちょっと考えればわかること。

 なにより父は今公務で王都を留守にしているはず。


「わかりました。

 このままでは良くないと私も思っていたことです。

 公爵のお気遣いに感謝します」


 こちらの意図を読んでいたのかと思うほどあっさり王妃は承知した。

 まあ王城から連れ出してしまえば本当の事を告げる事はできる。

 本人には寝耳に水だろうが、それは自分もそうだったから諦めて公爵(ダンネル)に文句言ってもらう他ない。

 王宮を出る口実としては王子と仲直りは悪くないはずだ。


 さて準備は出来た。

 あとは逃亡用の資金作りだ…といっても屋敷の金目のものをいくつか持ち出すだけだが。

 最近のアルメソルダの台所事情は周知になっているらしく、換金は容易だった。

 悪名高い王国銀貨は避けて、金貨と商業ギルドの銀券…いやクベール商会発行の銀札にしておくか…に換金しておく。

 国の発行する銀貨よりもギルドや商会の金券の方が信頼度が高いのは考え物だが、銀貨と金貨の価値をそろえるためだから仕方がない。

 金貨の1/50枚の価値もない粗悪な銀貨だが、王国では一応価値を保障してくれている。

 王国を出たら通用しないので商人には蛇蝎のごとく嫌われているが。 

 国を出ることを考えると銀貨は避けるしかないだろう。


 こんな換金をしてたらカンのいい人間には国外逃亡がばれるかも知れないが、もう知ったことではない。


 侯爵邸で事情を説明した時、王妃の顔は真っ青になっていた。

 どうやら気づいて居なかったようだ。

 元帥の弟の公務の予定も把握していなかったのかと心底呆れたが、むしろ好都合だと思い直した。

 今日明日がタイムリミットというわけでは無いだろうが、時間に余裕はあるまい。

 今夜にも王都を発つとごねる王妃を説得し、明日朝に出発させるという事で落ち着いた。


「あとはボルタノか…意外とカンがいいからどうかな?」


 できればボルタノは連れて行きたくなかったが、置いていったら確実に殺されることになる。

 父のあまりにずさんな計画に憤慨しながらも勤めて冷静にこれからの予定を確認する。

 自分もあまりの事に冷静さを失っている自覚はあった。

 これが自分を追い詰めて他に謀略を練らせないための父の計画ならおそるべきことだが、たぶんただの行き当たりばったりだろう。


 もはや潰えてしまった計画に固執しては命まで危うい。

 巻き返りを図るのは己の命を確保してからだ。

 エチュドリール公爵のいるであろうレ・クリュネならそう簡単には落ちないだろうが、事が露見する前に通り過ぎておきたい。

 オリオルズは逃亡計画を練り直したが、それが砂上の楼閣であったことを思い知るのはレ・クリュネに到達したときだった。


 しかしその前にさらに頭を抱えることが起きる。



「なんだこれは…」


 翌朝、王妃とアルタインを先に行かせたオリオルズは、ボルタノと合流するために学校に向かったのだが…。


「同行を拒否されたので、やむなく」


「やむなくではないだろう!本日の授業にボルタノが出なかったら騒ぎが大きくなるだろうが!」


 そこには縛られ猿ぐつわをかまされて、ぐったりと意識を失っているボルタノとセドリックがいた。

 

「アランが居ない…」


「殿下と一緒にいたのは宮廷魔術師のご子息だけです」


「彼らの侍従たちはどうしたんだ?」


「見られてしまいましたので…」


 こいつらは!

 軍人だとしても短絡的過ぎる。

 だいたいセドリックは魔術師だ。

 どうやって気絶させたか知らないが、意識が戻れば面倒なことになるだろう。

 …殺すしかないではないか…。

 オリオルズにとって大事なのはもちろんわが身だが、だからといってこんなずさんな計画のためにひと時でも同じ学校で学んだ後輩を殺す破目になるのは楽しかろうはずもない。

 いっそのことこの連中を片付けようかとも思ったが、自分の腕前を思い出し諦めるしかない。

 もうばれないようにとか言っている場合ではない、これ以上犠牲者を出さないうちに一刻も早く王都を出なくては。


「死体はどうしましょうか?」


「置いていって見つかったら問題が早く露見するよ…持って行って適当なところで隠すしかないだろ?」


 もう早いも遅いも無いがな…と、心の中で吐き捨てながら。


「セドリック…すまないな、恨むならダンネル公爵を恨んでくれよ?」



         ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「アラン、どうしたんだい?」


 その日早々と選択した授業を終わらせたウィルは、帰宅前に食事をしようとサロンに向かっていた。

 ところがその途中慌しく駆け回るアランを見かけ、ふと気にかかった。


「ウィルレイン様!…殿下を見ませんでしたか?」


 ウィルの知るアランは仏頂面か、マリーに頭を下げに来たときの真剣な、あるいは真面目な顔しかない。

 そのアランが色を失い、息を切らせながら詰め寄ってきたのだ。

 ただ事ではないだろう。


「殿下を?」


「はい、朝の授業は私と殿下では違う科目だったのですが、その後合流しようとしたら見当たらなくて…。

 聞けば授業にも出ていなかったとか。

 殿下はああ見えても無為に授業をサボるような方ではないのです。

 それに一緒に行動してたらしいセドリックや侍従たちの姿も消えてしまっていて」


「教師には?」


「報告しました。

 何人か出して探してもらっています」


「王城に知らせは?」


「出しました!」


 やるべきことは全てやっている。

 こんな時だがウィルはアランを見直していた。


「心当たりは?」


「あるべきところは全て探しました…」


「目撃情報は…今聞いているところか。

 わかった、僕も探してみる」


「お願いします!」


 しかし時既に遅かった。

 ボルタノの無事という意味では、ダンネルが行動起こした時点で決まってしまっていたのだから。

 たとえアランがボルタノから離れなくても結果は変わらなかっただろう。



         ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「王妃も王子も、アルメソルダ公爵家すらもぬけの空だと?」


 宰相(フレドリッツ)は報告を聞いて眉をしかめた。


「まさか反乱でも企んでいるのではあるまいな?」


 笑えない冗談である。

 宰相は王家の外戚たる三公が王家に表立って刃向かうとは思っていない。

 王家あっての公爵家だという事は各当主は理解していると思っているからだ。

 公爵は国の前の盾、王家は後ろの盾と、諸侯に睨みを利かせて国を支えるものだと思っている。。

 公爵の身分を保証しているのは国だ。

 国が無ければ公家は諸侯に立ち向かえないだろう。

 だからこそ愚かと馬鹿にしている元帥(ダンネル)に軍を任せているのだ。

 有能なものよりも国を裏切れない愚か者の方が都合がいいに決まってる。

 宰相の考える可能性に反乱など無かったのだ。


 反乱など道理に合わない。


 道理に合わないことを繰り返すような男だから、家が窮すると破目になっている事をもっと考えるべきであった。

 宰相の目から見ればアルメソルダ家はそれほど追い詰められているように見えなかったのだが、それは最低限立て直せる経済感覚のあるゆえの視点であろう。


「宰相閣下!たいへんです!

 リモーヌに向かったはずの元帥の軍が引き返してくるという報告が上がっています」


「引き返す?」


 この場合軍勢が引き返してくる理由とはなんだろうか?

 宰相は考える…しかしどれだけ考えても反乱以外の理由は思いつかなかった…。


「近衛騎士と衛兵を動員して城門を閉ざせ!

 いやその前に壁外の市民の避難も急がせろ!

 ありったけの伝令をかき集めて各地の貴族に連絡を飛ばせ!

 元帥に叛意の恐れあり、王都に進軍中とな!」


 宰相の判断は遅かったが決断は早かった。

 国が落ち着いて200年とすこし。

 今の国の形が出来てから始めての大規模な内乱は、まさかの公爵家が巻き起こしたのだった。


 アルメソルダ単体の反乱ならすぐ鎮圧されるだろうが、そうでなかったとしたらこれは貴族が連合して国を割る規模での反乱の可能性が高い。

 そうなるとアルメソルダに付く貴族は東方の諸侯や伯爵家たちだろう。

 まさかガナベルト辺境伯は加担していまいが、もし同調していたとしたら国境守備すらも放置されかねない。

 リモーヌに駐留してた国軍はどう動くかも予想できない。

 今期待できるのは西方の諸侯と、リッシュオール家が預かる水軍なのだが・・・。

 はたして近年冷遇を重ねている西方諸侯が動いてくれるか?

 恐ろしい想像に震えるしかない。


「とりあえず軍議を開くしかあるまい…元帥府抜きになってしまうが。

 王都に残ってる各貴族家を召集しろ。

 彼らを交えて臨時の元帥府を立てる…集まった顔ぶれを見れば、反乱に加担した家は自ずとわかるだろう」


 宰相は力なくそう宣言した。


「場合によってはレ・クリュネのエチュドリール軍と挟撃も可能かもしれん。

 そうなればいいのだが」

 

 この後反乱軍の全貌を聞き、さらに絶望にゆがむ事になる。

 ベルン=ラース王国崩壊はこうして始まった。


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