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クロニクル アンド マギグラフィ  作者: 根菜類
第一部・マルグリット編
15/68

15姉弟

「たしか卿は先の対帝国防衛戦に参加したのだったな?」


 王宮の一角、中央棟にある一室に彼は召喚されていた。


「はい、国軍歩兵隊を率いて参加していました…ですが、あの戦いは主に辺境伯軍と諸侯軍が中心となっておりましたので。

 国軍は戦果を上げられず…」


「その事を攻める為に呼んだのではない。

 それともその事について元帥(ダンネル)に何か言われたのか?」


「はい、実は…」


 彼はため息をついて、首を振った。


「仕方の無い男だ…国軍の被害が少なかった事を喜ぶべきなのにな…おっと私がそんな事を言ったのは秘密にしてくれよ。

 暗殺者でも差し向けられたらたまらんからな」


 笑えないジョークだ…と指揮官は思った。

 どうも王族はユーモアのセンスがどこかずれている。


「…はい」


「それではかの光刃の(スプラデュール)戦乙女(ヴァルキリエ)の事だが、噂どおりの強さを持っているのか?

 敵司令官を一騎打ちで倒したとか歌われているが?」


「世間のうわさでは剣も魔術も…といわれていますが、体力や剣術的には同年代の男子に少し勝る程度かと思います。

 訓練を受けた兵であれば彼女に遅れを取るなどという事はまず無いでしょう…魔術抜きでの話ですが。

 一騎打ちは…自分は目撃していませんが、魔術込みならありえるのではないでしょうか?」


「ふむ」


「魔術に関しては本当に規格外です。

 魔力量、魔術式(スプリクト)の展開スピード、威力、そして応用力。

 どれも今まで行動を共にした従軍(ゲール)魔術師(マギクラフター)よりも勝って見えました。

 それに何より希少な光の属性持ちです。

 噂によるとクベール領軍がことごとく敵の裏をかけたのは、彼女の探知魔術のおかげとか」


「その魔術の詳細は聞かなかったのか?」


「残念ながら…国軍に対して秘密にしているようでしたから」


 それを調べるのがお前の仕事ではなかったか?…という言葉を何とか飲み込んだ彼は、平然を装い続きを促した。


「正直、魔術師としての強制徴用を考えもしたのです…流石に諸侯家の娘を強制徴用など行えば、内乱を招きかねると」


「そうだな、彼女が諸侯家の者でなかったら、軍部あるいは宮廷の魔術部…いや監察部に強制徴用も考えただろうが

 いやよそう、たらればを言っても始まるまい。

 なんとか王家に組み込む手段は無いものか…第三王子(ボルタノ)の戯言ではなく…な」


 部屋を辞した指揮官は、緊張で滲んだ汗をようやく拭き取る事ができ、襟を緩めた。


「侯爵家ごと味方につけようとする方が危険が無いと思うのだが…それは王家のプライドが許さないのか?

 いや、よそう…私が口を挟むことではない」


 願わくば、どちらとも敵対することのない立場で居たいものだ。

 だがその願いは叶わなかった。

 しかももっとも最悪なカタチで。



         ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇




 王国暦423年 落葉の月(11月)。


 来年から王立上級学校に通うウィルレインは、久しぶりに王都の屋敷を訪れていた。

 上級学校への入学は貴族の子弟の義務である。

 もともと諸侯の子供達を王都で人質に取っていた事の名残りらしいのだが、人質のシステムはすでに形骸化して口実だった学校だけが残ったのだ。

 ただ何故か強制力だけは残り、貴族の入学は義務となっている。

 こればかりはウィルがどんなに王都に来るのが嫌であっても拒否は許されないのだ。

 もっとも今では裕福な商人や優秀な子供、魔術の才能者であれば入学を許されるようになっている。

 特に魔術師候補はけっこうな奨学金まで出して集めている。

 魔術師の血筋は貴族が独占しているため、手の付いてない魔術師は非常に貴重で有用だからだ。

 優秀な子供は国と貴族で争奪戦が起きるほど引く手あまたとなる。


 貴族の家に生まれた魔術師はたとえ次男や三男でも、手放される事はまずない。

 娘などはまた話は別で、魔術師の血筋としてよい政略結婚の道具になる。

 当然それはより優秀な魔術師ほど顕著で、魔術師と生まれた貴族はその技を磨くことを要求される。

 上級貴族であれば優秀な師匠をつけるのだが、下級貴族であればそんな余裕もなく、学園頼みになってしまうのも仕方ない。

 もっとも学園の魔術教師はそれほど優秀でもないので、上を目指すには上級貴族に取り入りその師匠のおこぼれを狙うようなやり方もある。

 魔術師として名をはせれば就職先には困らなくなるので、見込みのある魔術師は必死にもなる。


 学校の入学は中冬の月(1月)。

 まだ一月以上あるが、これから一月かけて入学の準備を行うことになる。

 跡取りの入学となると、どの貴族も気合が入る。

 特に侯爵や伯爵の跡取りともなると、他所の貴族の次男三男が就職のため集まってくることが多いため、否が応でも人目を引くのだ。

 取り巻きができる事も良くあるが、ウィルの一年上には王子が居るためその心配は薄いだろう。



「ウィルはそろそろ屋敷に着いたかしら?」


 上級学校は全寮制だ。

 これは王都に自宅を持たない貧乏貴族の子弟や、地方出身者の庶民に配慮しての事だが、学園の規律のために全生徒に適用されている。

 当然そのために外出外泊などはもっての外だが、週に1度の休日とその前日や、新年などの長期休暇はその限りではない。

 上級貴族の令嬢であるマリーも例外ではなく、王都内に自宅があるにも係わらず平日は帰れないのだ。


「予定では今週中の到着だそうですから、週末になればお会いできますよ」


 露骨にそわそわして授業に身の入らないマリーに呆れ顔でフラウが応じる。

 アイシャは面白くないといった顔だ。

 アイシャとウィルの仲はあまり良くない。

 ウィルが侯爵家に来るまではマリーを独り占めできることが多かったアイシャだが、ウィルが来てからはマリーの愛情の大半を取られたような気がして面白くなかった。

 しかもメリヴィエや双子が生まれてからはますます顕著で、学校に居る間だけが至福の時間だったのだが…。

 ウィルが入学してくるというとそうも行かなくなる。


 マリーにしてみては、自分の誕生日にも会いに来てくれなかった事で不満がたまってる。

 ウィルの誕生日にあわせて送った手紙にも返事がなく、自分の誕生日にも手紙をくれなかった。


「なんで避けられているのかしら?」


 身に覚えはない。

 だが自分に覚えが無くても向こうにはある事はよくある。

 何かウィルに嫌われるようなことをしたのではないかと、マリーは心配になっていた。


「マリー様が気にする必要は無し、去るものはかってに去らせればいい」


「アイシャ…」


 フンスッっとでも擬音が聞こえそうなほど鼻息荒く、猫耳侍女(アイシャ)はここに居ないウィルに敵意をむき出しにした。


「アイシャ貴女、アレだけマリー様に甘えてまだ足りないの?」


「愛情に限りは無くても、愛情に使える時間には限りがあるの」


 また、あまり意味が通じない言い回しだが、そんなアイシャの言葉に感じるものがあった。


「時間には限りがある…か。

 そうね、アイシャの言うとおりだわ。

 ウジウジしてても仕方ないし、次の休みのにはウィルを問い詰めてみるわ」


 マリーも当然魔術師候補として内外から期待されている。

 性格能力を置いておいても、その類まれない魔術の才能から血筋に組み込みたがる貴族は多い。

 縁談という意味ではマリーのクベール侯爵家の長女と言う肩書きは、むしろ足枷になっているほどだ。

 もっともマリー魔術の要点は魔力量や出力ではなく、制御や構成にあるのだが、それに気づいている魔術師すら少ないのが現状だ。

 魔力量(マナ)や出力ではウィルの足元にも及ばないと、幼いころからウィルの魔術を見てきたマリーは知っていた。

 必死で効率化を考えて魔術構成(スプリクト)を組み、大気の魔力を巻き込んで出力を上げたマリー魔術よりも、ウィルの勢いに任せて放出される魔術のほうが威力は高く。

 緻密(ちみつ)に制御することで消費魔力をギリギリ抑えて発動するマリーの魔術と、魔力(マナ)ロスの多いウィルの魔術ではウィルの方が連射が聞く。

 正直ウィルの才能に歯噛みして嫉妬した事すらあった。

 ただそのおかげで自分の魔術の制御をより研ぎ澄ませ、魔術構成をより研鑽するようになり、さらにマリーの魔術は一皮剥けた。

 珍しい光の属性持ちと言うことでもって産まれた才能ばかりを見られがちだが、マルグリットの魔術(マギクラフト)は制御と構成と応用を持ってこそ王国有数のレベルといえる。


 そんなマリーなので、魔術の勉強は主に教えるほうに回される事の方が多い。

 学園の教師レベルだとマリーに教えるどころか教わることの方が多いとなる。

 もっともマリーも自分の技術を安売りしたいわけではないので、学校のカリキュラム以上の事は回りに教えたりはしない。


「構成の投影と発動は、慣れるまでひたすら反復練習するといいわ。

 早さと正確さはそうやって身に着けるしかないと思うの。

 もちろん私も暇さえあれば練習していますわ」


 今日も魔術の授業では教師のアシスタントまがいの事をやらされている。

 交換条件として前借で単位はいただいてあるのだが。


「でも、何回もやってると構成がだんだん崩れてきてしまうのです」


 ビビアン・オース男爵令嬢は零細貴族の一人娘で、家の力ではいい縁談を用意できそうも無い。

 だからこそ魔術師としての才能を何とかして伸ばして、自力でいい縁談を掴み取らなくてはならないのだ。


「同じ構成を何回も繰り返すとそういう事もあります。

 ですから、数パターンの構成をローテーションしながらやるのがコツです」


「マルグリット様はそういうやり方を誰に教わったのですか?」


 リリアナ・ブリュー・サンド子爵令嬢は、ビビアンに比べればまだ家に余裕はあったが、やはり婚活のために魔術の授業を受けていたりする。

 彼女はビビアンよりも魔術は上手くないが、貴重な木の属性を持っているためそれだけで縁談がやってきたりもするのだが。

 伯爵家や侯爵家への玉の輿を狙うなら、魔術を磨いていたほうがいいという判断だ。


「いちおう…自分で見つけました。

 幼いころから魔術にばかり没頭しているような子供でしたから…常に練習や研究方法を追いかけてました。

 侯爵家令嬢としては失格ですけどね」


「そんな事ないです!

 侯爵令嬢で稀代の魔術師で、光じ(スプラ)…国防の戦いで武勲をお上げになられるなんて、憧れます!」


 幸い彼女たちはNGワードを心得ていた。

 リリアナ嬢はともかく、ビビアン嬢は当時光刃の(スプラデュール)戦乙女(ヴァルキュリエ)の戦唄に夢中になっていたという。

 マリーと自分が同い年なのもあり、自分と重ねて夢想していたとか。

 マリーに言わせるとあの詩は嘘八百で、戦場はそんな乙女が憧れるようなものは何も無いところなのだが。

 まあ実際彼女の夢想は夢想でしかなく、本人も戦場に出ようとか考えているわけではないので、それを追求して彼女の夢を壊す必要は感じない。

 決してめんどくさいからという理由ではなく。


「マルグリット様はなぜそこまで魔術に通達されているのですか?

 私たちと同い年ですから、まだ12歳ですわよね?」


「好きこそモノの上手なりって言葉があるでしょう?」


「すみません…存じませんでした。

 どういう意味なのですか?」


「ああ、そうね、そうだったわね。

 うーん、その人が好きな物事こそ、好きで頑張るから上手くなれるって意味なのだけど、私にとっての魔術がまさにそれですわ。

 魔術が好きで、誰にも負けたくなくて、夢中で必死でやってきた結果でしょうか?」


 思えばウィルは最大のライバルかもしれない。

 弟に体力的な事を抜かされるのは当然だと思うし、政治的な手腕などは跡継ぎであるウィルには自分を越えて欲しいとさえ願った。

 しかし魔術に関してだけは譲れなかったのだ。

 はやくから天狗になりかけていたマリーの鼻を、2歳下の弟が折ってくれたからこそ今の自分がある。

 マリーはそう考えていた。


「さあさあ、お二人とも、練習あるのみですよ!

 暇さえあれば…とは申しませんから、授業中だけは集中して…ね?」



         ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 上級学校の授業は学年別に行われる。

 まあ当たり前ではあるが、その当たり前が面白くない者がいた。

 ボルタノ・アルメソルダ・ベルン…この国の第三王子である。


「王族と上級貴族を年齢を無視してまとめて1クラスにすべきだ。

 なぁセドリックもそう思うだろ?」


「そうですねぇ」


 そうボルタノに話しかけられた少年は、ボルタノの反対側をチラリと見て。


「そうなったとしても現状は変わらないと思いますよ?」


 セドリック・ブラン・アルクは宮廷魔術師であるセルジュの息子として、ボルタノを警護する意味も含めて行動を共にしている。

 本来ボルタノの両脇は宮廷魔術師の息子と、近衛騎士団長の息子で固められているのだが…本来彼の傍らにつくべきスタード家の三男アランはここにおらず。

 その兄のアルウィンが仏頂面で隣に腰をかけていた。

 せっかくセドリックとアランがボルタノと同い年として入学したのだが、アランはアルウィンの傍には近寄ろうとせず。

 結果学年を無視してやってくるアルウィンがそこに居ることになる。


 セドリックにしても、ボルタノのお目当てであるマルグリットとはお近づきになりたくない理由がある。

 同年代の魔術師の中で、女だてらにぶっちぎりに評価の高いマリーに対して、男としては面白くないのだ。

 いや、男としてなどと言うのは口実で、自分より魔術で上とされている存在で近い歳だと、これはもう嫉妬の対象でしかない。

 父親など事あるごとにマルグリットを引き合いに出して、セドリックの未熟を責めるのだ、たまったものではない。

 まあその父親(セルジュ)も、マルグリットが戦争のとき使ったとされる広域探知魔術の解析をせっつかれ、行き詰っているという。

 実際見たわけでもない、詳細もわからん魔術の構成など解るか!…とよく自宅でも怒鳴っていた。

 この学校が全寮制で本当に助かったとセドリックは思っている。

 プライドで口には出さないもののセドリックに何かいいたげに向けていたあの目は、彼が学校で何かヒントを聞きだしてくることを期待しているのかもしれない。

 まあ協力なんてする気はないが。


「こうもすぐ女子寮やサロンに逃げ込まれては、流石に近寄れんのだ」


 女子寮に入っていかない程度の分別はあったんですね?

 とは流石に口が裂けても言えないが、そんな事されたら流石にフォローはできないので心中で神に感謝を捧げておく。

 それにしても困った。

 頼りにしていた常識人のアランはバカ兄(アルウィン)の所為で期待できないし、バカ王子(ボルタノ)クベール侯爵令嬢(マルグリット)を追っかけまわしてるし。

 陰険公爵子息(オリオルズ)はニヤニヤ笑ってみてるだけだし。


「僕がどうかしたかい?セドリック」


 絶妙のタイミングで掛けられた声に心臓が止まるかと思った!

 なんて感のいいヤツなんだ…。


「急にどうされたのですか?オリオルズ殿?」


 声に震えが出ないように最新の注意を図って返事を返す。

 魔術師としての訓練がこんなところで役に立つとは。


「いや君がコッチをチラッと見ただろ?

 僕に何か言いたいことでもあるんじゃないかと思ってね」


「気のせいですよ」


 セドリックはできるだけにこやかに返した。

 入学一年でもう疲れ果てた…と感じながら。



         ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 休日の前日。

 一応この放課後から外出の許可が降りる。

 マリーは数日前から外泊願いを提出しておいたので、授業が終わると共に用意しておいてもらった馬車に飛び乗った。

 気が急いていたのもあるが、王子との接触を万が一にも回避したいという気持ちがあった。

 御者に予め料理長に届けてもらっておいた手紙には、今日これから作るつもりのお菓子の材料とレシピが書いてある。

 料理長なら抜かりなく用意してくれているはずだ。


「バニラビーンズが手に入らなかったのは本当に残念ね」


「マリー様、バニラビーンズとはなんですか?」


「まあ、香料というか香辛料の一種ね、とっても甘い香りがするのよ」


「へぇ、香辛料なのに甘い香りって面白いですね」


 ラース半島に入ってくる香辛料のほとんどは胡椒で、王国で香辛料といったらまずこれが連想される。

 他にミント、カルダモン、シナモン等が南方から少量輸入されているし、コリアンダー、サフラン、ローリエ、オレガノ、クミン、セージ等の地元原産のハーブも重要な香辛料だ。

 バニラ、グローブ、サフラン、ナツメグ等は半島ではまずお目にかかれないが、南のオリヴァ王国では手に入れることができると聞く。

 交易の中心点であるオリヴァは食文化も発達していて、ラース半島では見たことも無い食材や調味料があるといわれている。


「今日作ろうと思っていたお菓子には付き物なんだけど…今日はお酒で代用しましょう」


「お酒をお菓子に使うのですか?」


「ええそうよ、といっても香り付けだけどね。

 文字どうり香辛料の代わりよ」



 侯爵邸に到着したマリーは、母親(ジェシカ)(メリー)に挨拶もそこそこに厨房に飛び込んだ。

 早速厨房の一角を借りて作業に入っる。

 幸い?父はまだ仕事から帰ってきていないようだ。

 

「まずは秘密兵器よ、やっぱりウィルの馬車に積み込んでいてくれたのね」


 そういってマリーが取り出したのは曲げた針金をより合わせたような外観の、短い棒のようなものだった。


「マリー様それは?」


「これは泡だて器と言って、クリームや卵白を泡立てる時に使うのよ。

 こちらの厨房で使うためにいくつか作って送ってもらったの。

 是非みんなに活用してほしいわ…こんな感じで使うの」


 マリーは深皿に卵黄、砂糖を入れると、泡だて器を突っ込み猛烈な勢いでかき混ぜ始めた。


「カスタードを作られるようですが、その泡だて器ってのがいいんですか?」


「これは」


 シャカシャカ


「こうやってかき混ぜると」


 シャカシャカ


「中に空気を含ませやすくなって」


 シャカシャカ シャカシャカ


「文字通り泡が立つやすくなるのよ」


 シャカシャカ シャカシャカ シャカシャカ


「代わりましょうか?」


「だ、大丈夫よ…ほら、空気を含んで白っぽくなってきたでしょ?」


 鍋に今泡立てたもの、牛乳、生クリームを入れ、かき混ぜながら弱火でゆっくり火を通していく。


「そして取り出しましたのはお父様秘蔵のブランデー。

 ストロ-ヌ産のちょっと高いやつね」


「マリー様!それ"ちょっと"じゃないですよ!」


「これを少量加えて香り付けをします」


 (へら)でゆっくりかき混ぜながら、泡がポツポツ立ってきたところで鍋を火から下ろす。

 小鉢に少しづつ注いでいく。


「20個ぐらい行けるかしら?」


「足りないようでしたら私が作りますよ…ブランデー抜きで」


 等間隔に並べてオーブンに。


「だいたい10分から15分というところね。

 じゃあその間に冷蔵庫の準備をしましょう」


 クベール候邸には冷蔵庫がある。

 王都では氷室を持っている貴族商人は珍しくないが、冷蔵庫などというものを持っているのは王城とここだけだろう。

 この世界の氷室は氷を切り出して来て貯蔵しておく場所ではなく、魔術をや魔道具を使って地下の部屋を冷すことで作られる。

 氷の属性持ちは希少ではあるが需用の高さから人材発掘も盛んで、微弱な魔力しかなくとも氷の属性を持っていれば仕事には困らない。

 魔術が未熟でも氷結の魔道具を使えればいいのだ。

 冷蔵庫は木製の戸棚を金属板でコーティングしたもので、中に大き目の水瓶がいくつか入っているだけだ。

 この瓶を凍らせて保冷剤変わりにするわけだが、保温性の高い地下と違って台所にある冷蔵庫は効率が悪い。

 高い氷魔術の使い手がいなければ、温度の維持もままならないのだ。

 室温も一定に保ちづらいため、保存庫というよりは飲み物や料理を冷す為に使われる。


 当然これを冷やしているのはマリーの魔術だ。

 クベール候家は決して魔術の弱い家系ではないが、氷の術に秀でているのはマリーただ1人で、主筋であるオーリンやウィルは先祖伝来の雷の魔術を使う。

 おそらくマリーの氷と光は母方の遺伝だと考えられる。


 冷蔵庫の水瓶一つ一つに対して魔術構成(スクリプト)を展開し、氷結の魔術を発動させる。

 氷室の維持も冷蔵庫の温度管理もマリーは自ら進んで行う。

 料理に関することが好きだということもあるが、日常的に魔術を行使することが鍛錬に繋がると信じているからだ。

 魔術師の中には自分の魔術を安売りしない…と使い渋る者もいるが、彼らは人知れず技を磨いているのか、それとも使わずに錆付かせてしまうのか?


「これでよし」


「マリー様、こちらもそろそろよろしいかと」


 料理長がオーブンから取り出した18個の小鉢を盆に並べ、冷気が流れ出す冷蔵庫にそっと仕舞って行った。


「よし、じゃあ後は…」


 その時マリーの顔に浮かんだのは、すごく人の悪そうな笑みだった。


「ウィルを引っ張ってこないとね!」


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