13終結
無造作に振り下ろされた彼女の光刃は、ランドルフの鎧をバターのように切り裂いた。
仰向けに倒れた彼の周りには切断され、外れ落ちた鎧のリングがバラバラと散らばっていた。
「マルグリット様!」
見ると騎士団長が数騎を引き連れ、帝国軍の囲みを突破して来る所だった。
「お身体はもう大丈夫なのですか?」
「彼らは?姫様が引き連れてきた援軍はいったい?」
「どうやって決戦場まで来られたのですか?」
「姫様が切り伏せたこやつが敵の大将なのですか?」
「ちょ、ちょっとまって!待ってくださいっ。
そんなに一度には答えられないわ!」
マリーは騎士たちの猛口に目を白黒させて混乱していたが、冷静な何名かはグランシャリオの騎士たちと主に周囲の制圧を掃討を行ってくれている。
こいつらは後で鍛え直しね…と冷静に戻りつつため息をついた。
「お前達いい加減にしろ!ここは敵陣の直中だぞ」
「騎士団長…ありがとう。
私たちを助けてくれたのがグランシャリオ候爵の領軍よ。
ここにはいらっしゃってないけど、ご子息のランベルク様も後方で指揮を取ってくださっているわ。
そして…」
そのタイミングでまるで狙い済ましたかのように、日が陰りつつある東の空が赤く染まり、数瞬空けて轟音がとどろいた。
マリーの周囲に集結しつつあったクベール領軍の面々は唖然とそれを眺めていた。
「同じくグランシャリオ領軍の水兵1千がちょうど今、もぬけの空の帝国軍の船舶を強襲破壊したところ…かしら?」
ロッシュが帝国軍5万に包囲されているの報はすぐさま王都に向けて放たれたが、伝令がビビシュヌを通過する段階でそれはグランシャリオ侯爵の知る事となった。
グランシャリオ候爵の協力を得、水路で王都に急行する行程が最も早いとマリーに指示されていたからだ。
それに万が一帝国軍にアネイドが抜かれた場合、次に戦場となるのはグランシャリオ候爵領となる。
そんな現状で侯爵に情報を黙っているのはあまりにも不義理だとマリーは考えた。
ところがその誠意が侯爵に通じたか、伝令を王都に送り出したグランシャリオ侯爵はすぐさま援軍として騎兵3千と水兵3千を息子に託して差し向けたのだ。
特に騎兵の3千はグランシャリオ領軍の騎馬のほぼ全てであり、このことからいかに侯爵がこの問題を注視していたか判る。
そしてその援軍はクベール領軍と国軍が追撃戦に出発した次の日にアネイドに到着した。
それは置いてけぼりにされ、失意の底に居たマルグリットにとって、あまりにも都合のよすぎる渡りに船であった。
彼女は早速ランベルクと作戦会議を開くと、次の2つの作戦を立案した。
一つは錬度不足で断念した敵船舶への川降強襲作戦で、これはグランシャリオ水兵の高い錬度を持てば"わりと余裕"という返答を受け、水兵から1千を充てて実行された。
もう一つは残る兵力で遊撃戦を行い敵の斥候を潰しながら回り込み、側面を突くというもの。
追撃部隊と篭城している部隊そしてグランシャリオ軍で三方から切り込めば、帝国軍の陣形を充分切り崩せるという目算だった。
わりかしリスキーな作戦ではあるが、手控えた為に各個撃破される危険を負うよりは…とランベルクはその作戦に肯定的だった。
ただ問題は3軍が協調できるかという事と、敵斥候を確実に排除できるかという事であったが…それはマリーの索敵魔術によって解決した。
歩兵と転じた水兵はほぼ真っ直ぐに、騎兵は駆け回りながら敵斥候の排除に、そうしてマリーの索敵魔術の指示の元に進行していくと、敵軍が二つに分かれてて追撃部隊を迎え撃つということがわかった。
もちろんこれも空から覗き見した成果で、急げばなんとか戦闘開始のタイミングで側面に回りこめそうというギリギリのタイミングであった。
そうと解れば早速魔術による信号弾で水上部隊に連絡すると、斥候を排除しながら丘を迂回して敵の側面に回り込んだのだった。
水兵はそのまま丘上に陣取り、ランベルクの指揮で帝国軍に高所から矢の雨を降らせた。
そして騎兵はマリーに続き、敵軍の薄い脇腹を突いたのだ。
「またなんて無茶を…万が一の事があったらどうするのですか?」
「万が一?あなた方が全滅し、て私一人が生き残る以上の"万が一"なんて無いと思いますが?」
これは置いていかれた事を相当根に持ってるな…と騎士団長は気づいた。
「お身体の方は大丈夫なのでしょうか?」
話題を変えようとそう質問をした瞬間、騎士団長は自分の失策に気がついた。
「おかげさまで、たぁ~っぷり休ませていただきましたので、全然元気ですわよ?
むしろ休みすぎて体が鈍ってしまうぐらい…」
「…」
「騎士団長?聞いてますか?」
「ああなるとお嬢はしつこいからな、後で俺は反対したと言っておかなくてはな」
中枢を押さえられ命令系統が崩壊した帝国軍は、徐々に敗走を始めていた。
マリーの参陣を目にし、調子付いた王国軍がコレを追撃していく。
内陣騎士の何名かは捉えられ、投降した従軍魔術師とともに拘束されていた。
「で、お嬢…マルグリット様が倒したこの男は誰なんで?」
「そういえば私は名乗ったのに、名乗りを返してこなかったわね?
身に着けている紋章は帝国の上級伯爵であるブランマルシュ家のものだから、彼が司令官だと思うのだけど…」
「了解しました。
捉えた騎士を尋問して確認しておきます」
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
約2週間ぶりに開放されたロッシュであったが、内部の人間の疲労は思ったほどではなかった。
堅牢な城壁に加え充分な備蓄があり、1ヶ月程度なら耐え抜ける目算があったからだ。
都市内に複数の井戸が完備され、水にも困らなかったことも大きい。
これが冬季となると燃料が不安になるところだが、幸い今は夏。
熱気による体力低下はあったが、それは野営を繰り返していた方にこそ消耗が激しかったであろう。
そのためか敗走する帝国軍に対しての追撃は彼らが請け負ってくれた。
シャンブルに言わせれば、少しでも戦果を稼いでおかないと今後立場がまずいと言う判断からだろうという事なのだが…。
「正直助かるわ、やっておかなければならない事だけど、クベール軍もグランシャリオ軍も国軍もそんな余裕無いもの。
それより一刻も早く負傷者の手当てをお願い。
怪我が酷い様なら私を呼んで、治癒魔術を使えるだけ使ってみるわ」
光と水の属性は人体に対する相性がよく、回復力を増強したり傷口をつないだりする事が出来る。
マリーはそれに加えて骨接ぎや傷口の殺菌まで魔術を駆使して行う。
従軍魔術師の仕事には要人の緊急手当ても含まれているのだが、彼女はそれを一兵卒にまで使用した。
もっとも全員を癒す魔力などないので、特に酷い状況の患者を選んで…ではあるが。
実はマリーの最も得意なのはこの治癒術に分類される魔術であった。
さらに魔術によらない治療も多少は学んでいる。
「戦闘状況はどうなってるの?」
一日中衛生兵と共に怪我人の間を飛び回ってクタクタになっているところに、シャンブルが顔を出した。
状況報告のためである。
「すでに一方的ですね、ロッシュ奪還時点ではまだ数で向こうが勝っていましたが、指揮系統が崩壊した軍など各個撃破のいい的です。
ばらけて散らばった連中までは補足できてませんが、オランジュの若なんて張り切って河口まで追撃していったそうです」
ロッシュを堅守してた事は充分評価に値する戦果なのだが、本人はそう思ってなかったらしい。
そもそも軍人向きでない気のいい坊ちゃんなのだ。
マリーはいつもにこやかな、人の良い彼の顔を思い浮かべた。
「河口にも軍船とかあったんじゃないの?」
「あったようですが、多少の兵隊を回収してそのまま東に逃げて行ったそうです」
多少の討ちもらしは仕方がない。
そもそも海岸線にとどまっていた船は錨を上げるのも早いだろう。
「フェイベル川に侵攻していた帝国軍の船は何隻沈めたのかしら?」
「軍船は撃沈2鹵獲3、中型帆船は撃沈4鹵獲1…あとは小船ですね、ほとんど沈めたみたいです」
敵兵の渡河を防ぐためにも、接収仕切れない船はほとんど破壊することになった。
小船などまた作るのも比較的たやすいので、優先的に廃棄されることになるが、中大型の船、特に帆船は壊すわけには行かない。
それこそただ浮いているだけでも利用法は多くあるのだ。
「それだけで大戦果じゃない!」
「まあほとんど留守の船を占領して行っただけだそうですが、沈んだのは同士討ちとか、奪われるくらいない…だったそうです」
シャンブルにはピンと来ないようだが、軍船3隻鹵獲という時点で既にこの戦いは黒字に転じかねない。
それほどまでに大型船の建造にはコストがかかり、運用が成果を呼ぶ。
特に帝国の軍船が5隻も減り、王国の軍船が3隻も増えるとなると、海岸線の支配領域が大きく変わってしまう。
「捕虜は?」
「兵卒は多すぎて解りませんが、騎士は70人ほど、爵位持ちは50人ほどだそうです…なんで帝国ってこんなに爵位持ち多いんですかね?
爵位の階位も王国の2倍ぐらいもあるんでしょう?」
「それだけ規模が大きいから…かしら?
向こうの上級伯爵がこっちの侯爵ぐらいで、その上に辺境伯、侯爵、上級侯爵、公爵、大公、皇帝と続くそうよ」
「聞いているだけで嫌になりますよ…」
「あら下にはもっとあるわよ?
あちらの国では騎士だって爵位のウチみたいだし」
シャンブルはクベール騎士団の面々を想像したが、しっくり来なかった。
貴族って顔をしているのは見当たらない。
「つまり捕虜の爵位持ちが120人って事ですか」
「王国では騎士は将官や士官職だからね、向こうでは軍人が完全に世襲になっちゃうのよね」
「それって軍の弱体化を招いたりしません?」
「貴族も似たようなものよ?
いいもわるいも血筋しだいっ…てね」
そうなるとクベールの血筋は大当たりだな…と、しみじみ思った。
これで人使いさえ荒くなければ…。
「とりあえずロッシュの内外で区切りは付いてきたようね。
数日中には王都に向かっての帰投の準備を始められるかしら?
できれば負傷兵を早く帰してあげたいんだけど…」
「そこらへんは全部国の返答待ちになっています。
しばらくは足止めされると思いますよ」
国からの帰投命令もなしに陣払いは出来ない。
「…明日はお休みにしちゃおっか?」
「そうしてください。
治療もひと段落着いたのでしょう?」
「じゃあねシャンブル」
極上の笑顔を浮かべるマリーを見て、嫌な予感がした。
ああ、俺の休みはないのだと。
「明日何か狩猟って来てね、できれば鳥がいいなぁ」
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「クベール・グランシャリオの連合軍が中心に5万の帝国軍を撃破だと?!」
ロッシュ開放から1週間。
開戦から2ヶ月も経とうとしているころ、王都へ戦果報告が届いた。
「しかも何だこれは?クベール侯爵代理が敵総大将を討ち取った…アレはまだ8歳の子供であろう?!」
元帥は荒れに荒れていた。
今回の事何一つ自分の思い通りにならなかったのだ。
せめてマリーが討ち死にすれば溜飲も下がったものが、そのマリーがこの戦一番の代殊勲をあげるとは。
これではクベール候家の力を削ぐどころではないではないか!
宮廷では財務長官の厳しい追求により、軍部を使った裏金のルートをほとんど潰されている。
まるで今までは手心を加えていたと言わんばかりの徹底的な摘発に、公爵家の資金源は枯渇しようとしていた。
もちろん元帥としての給金に、公爵家への報奨金、借領からの税収などの適法による収入はもちろんのこっているのだが…。
「あんなもので公爵家を維持できるか!」
一家総出で金遣いの荒いアルメソルダ公家では、伯爵家5家が余裕ですごせる金額程度では足りないのだ。
マリーやオーリンに言わせると、産業にも商売にもお金使わないのにどうやってあれだけの大金を消費しきるのか理解できない。
となる。
「1万の兵力で敵5万を下すとは…なんで国軍にはそんな人材が居ないのだ?」
実際はそんな奇跡のような事は起きていないのだが、報告書の上面だけを読むとそう見えないこともない。
国軍に人材が居ないのはトップに見る目がないからで、優秀な人間はすべからずあるべき所に引き抜かれるからである。
もっとも優秀な部下が居ても彼は忠言に耳を傾けるような事はしないだろう。
「おや元帥閣下」
「ベーシス侯爵殿か」
不機嫌な顔で王宮の北棟を行くダンネルに声をかけたのはトレノア・エペイスト・ベーシス侯爵であった。
ダンネルにとってベーシス家は妻の実家である。
現ベーシス侯爵であるトレノアは彼の義兄にあたる。
「この度の事は、ご賢察さすがでしたな!」
「は?」
つい間抜けな返答をもらしてしまった。
ダンネルにとっては何を言っているんだ?と言いたい所だ。
これから会議で申し開きのようなことをさせられる破目になるというのに、何がご賢察と言うのだ馬鹿にしているのか?
そう思い目を細めたダンネルに対しトレノアはあくまでも明るく続けた。
「これも元帥閣下がご主張された『侯爵自らが出陣する』という指示の効果ですな。
アレがなければここまでの大勝利は実現できなかった事でしょう!」
「そ、そうだな…。
それはそうだな!これはあの侯爵代理が出陣してこその大勝利なのだな。
ならば軍統括としてそれを命じた私の手柄ではないか?」
これは賞賛に見せ付けた入れ知恵であるが、ダンネルはそれに気づいただろうか?
もっとも気づく気づかない以前に、この苦しい言い訳に縋るしかしかない状態だ。
だがコレで開き直っては、自分の立場をさらに悪くするのは解っていない。
「おっしゃる通りです元帥閣下」
トレノアにしてもここでダンネルに失速されても困る。
ここは煽ててでも尊大なままで居てくれたほうが、だいぶマシだ。
いくぶん機嫌を直して去っていくダンネルを見送り、彼は運輸局に向かった。
ベーシス候家の敵はクベール候家である。
オーリンの摘発によって痛手を被っているのは、何もアルメソルダ公家だけではないのだ。
ダンネルにはなんとしてでも元気にクベール候家と敵対し続けてもらわない困るのだ。
ベーシス候家の本拠地であるジェンヌは王都に次ぐ規模を誇る大都市であるが、近年その勢いを減じつつある。
なまじ王都に近いために、職にあぶれた次男三男がどんどん王都に流出して言っているのだ。
広大な農業用地を持っているため収入にそれほど痛手は被っていないが、街としてのジェンヌは下り坂に入った感じがある。
もちろんこれは農業力ばかりに力を入れて、新たな産業を起そうとしなかった先代や先々代の領主の責任なのだが…。
諸侯家順位実質一位という栄光をかさに来ているベーシス家としては、二位で猛追してくるクベール家が目障りでしょうがない。
「少なくない寄付もしているのだ。
精々クベールと潰しあってもらわねば困るのですよ」
その呟きはノックの音に掻き消えて誰の耳にも届かなかった。
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
シャンブルらが獲って来た数羽の野鳥を前にマリーは腕組みをし、少しばかり考えこんだ。
もちろん牙人の狩人に抜かりはなく、血を抜いて羽根はむしってある。
後ろでは非番の騎士が小麦粉を練っている。
「スパイスも調味料も足らないのよね…」
ここは戦場なので当然である。
ロッシュじたいは普通に機能してる都市なので、当然食料品はそろっているのだが、一気に増えた駐屯兵にまで提供していたら住民の分が足りなくなってしまう。
補給によって維持されてる街であるロッシュでは、香辛料や酒などは次ぎはいつ手に入るか解らないのだ。
ただ幸い塩だけは豊富に用意されていた。
「何を作る気なんで?」
「パスタをたっぷり入れたスープよ。
ヴェンヌでよく食べられてるヤツね…よし」
マリーは鳥の表面をあぶり残った羽毛を焼き落としと、細長く捌いていった。
竈を木の板で囲むと、紐で連ね塩をまぶした鳥の細切りを吊るしていく。
「香辛料ない分は燻して風味付けしてごまかすわ。
スープの出汁は具の野菜にピクルスを少し混ぜれば味わいが深くなると思うの」
「作ったことの無いんですか?」
「この条件では初めてよ…怖いから小まめに味見しながら作らないと…」
簡易の竈に丸なべをのせ木のチップを空煎りすると、白い煙が上がり始める。
「オルソン、パスタの方は終わりました?」
「あとは平たく伸ばして切るだけですね」
手際よく竈に鍋を載せていき、水を注ぐ。
斥候部隊の牙人たちが水汲みに走り回って、手足のようにこき使われている。
「厚めに伸ばしたほうが食べ応えあると思うわ…それ切ったらまた次もお願いします」
「何人前作るんですか?」
「できれば6千人前。
領兵のみんなに出来れば1杯づつ配りたいの」
「無茶ですよ!」
クベール領軍は6千ほどに数を減らしていた。
「通常の夕食にお椀1杯分付けるって感じで」
そういってマリーは野鳥の骨をバキバキに砕いて鍋で炊き始めた。
「味が薄いのは塩でごまかすしかないか…」
パスタもたっぷりの塩で茹でて下味濃くしたほうがいいかな?と、スープを煮込みながら考える。
パスタ入りのスープは西部の家庭料理で、ヴェンヌなどでよく食べられている。
本来はたっぷりのスープにたっぷりのパスタを入れて、それだけで1食とする一種のファーストフードだが、今のこの設備では6千人分を賄い切れない。
パスタもスパゲティのような長いものではなく、平たく打ったものを細かく切ってそのままスプーンですくって食べるの一般的だ。
寒い日などたいていの家庭ではコレを望まれ、家庭ごとの味付けで家族を喜ばせてくれる。
これが東部だとやはりパンが主流で、パスタを見慣れない東部からの旅人はこの料理に驚いたりする。
今回の遠征の補給は国軍からなので、当然硬いパンと冷たいスープが支給されていた。
もっとも水が貴重な戦場でパスタを茹でるとかはできないので、領軍でも兵糧はパンを使ってはいるが。
鳥ガラを煮込んだ鍋に蕪や人参等の根菜、玉ねぎ、えんどう豆等を投入し火を通していく。
煮え具合を確認しながら塩漬けのキャベツやきゅうりのピクルス等は調味料代わりもあって慎重に投入される。
最後にスモークした鶏肉を刻んで入れて、塩加減を確認したらスープの完成。
夕食の時間まで煮込むだけだ。
クベール領騎士団の騎士であるオルソンは農民出身である。
少年のころはよく母親の手伝いとしてパスタを捏ねていたそうだ。
今日は久々に小麦粉と格闘し、普段使わない筋肉を酷使していた。
「オルソン、ご苦労様」
マリーから差し出された水を一息に飲み干すと、美味そうに息を吐いた。
「いえ、こちらこそ久しぶりに生地を叩けて楽しかったですよ
でも実家だとパスタを直接スープで煮るんですが、マリー様のやり方は違うんですね?」
「色々なやり方があるみたいね、家庭によって味付けも違うと聞いたわ。
今回のは領邸の料理長に教わったやり方かな?
味付けに関してはだいぶアレンジ加えちゃったけどね」
「マリー様は・・・なんで料理をされるんですか?
いえ、マリー様はなんで戦場に出られるんですか?」
唐突に発せられた質問に、戸惑いつつもマリーは答えた。
「料理は趣味よ、私が好きでやっていること。
戦場へは…それが必要だったからね、侯爵家の一員として」
おそらくオルソンの聞きたかったのは後の質問だったのだろう。
何故か言いづらく、他愛の無い質問とあわせることで口にしたのだ。
オルソンにはマリーと同じぐらいの歳の妹が居ると聞く。
マリーは彼の欲しかった答えがコレではないと気づき言い直した。
「あなたがご家族を守る為に騎士になって戦場に出る事と、何も違いは無いわ。
私もね、家族を守る為に自ら望んでここに居るのよ」
農民の子が騎士になには随分と苦労しただろう。
クベール領は実力主義の傾向があるからまだいいが、騎士への道は貴族の子か騎士の子にしか開かれていないのが普通である。
クベール騎士団にしても、庶民出身の騎士はオルソンの他にはもう1人しか居ない。
「俺は…その、そんな大層な事で騎士を目指したんじゃなく…」
「家族を守りたいって大層な事かしら?
戦争をしたいだけなら他所で傭兵でもやればいいのよ、自分の故郷で軍人目指すってそういう事でしょう?」
野営地を走り抜ける風に、ずいぶんボサボサになった髪の毛をさらにかき回され。
マリーは顔を顰めながら髪をかきあげた。
「私は、そうい事だと思うわ」
「うめぇ!」
「コイツ食うのも二月ぶりだぜ!」
「ああ、もうパンばっかで死にそうだったよ」
「これ1杯だけなのか?…そんなぁ」
その夜振舞われた西方風のスープはクベール軍の兵士に大好評であった。
中には涙を流しながら食べてる者もおり、彼らの望郷の念を感じさせた。
しかし数の都合でマリー本人と騎士団数名はありつく事ができなかった。
「早く帰投命令が出るといいわね」
硬いパンを齧りながら夜空を見上げ、マリーは1人呟いた。
それから1週間後、ようやく侯爵領軍に対し帰投命令が届いた。




