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クロニクル アンド マギグラフィ  作者: 根菜類
第一部・マルグリット編
12/68

12決戦

「全軍!突撃ぃーい!」


 彼女の叫びと共にまず大量の光刃が帝国軍に降り注ぎ、そこにクベール軍が殺到した。


 マリーが陣頭に立って魔術を行使しようと言い出したときは当然騎士団長もシャンブルも、他の騎士達も反対した。

 だが彼女は今回は譲らなかった。

 敵軍と激突したら当然少なくない犠牲は出るだろう。

 それを少しでも減らしたかったのだ。

 それに対してマリーができる事は、自軍鼓舞し敵を威圧する事だ。

 マリーの持つ光の魔術はその点絶大な効果を生んだ。

 決して敵の射程に入らないことを誓い、護衛の騎士がすぐ駆けつけられる距離を測り、光の舞台の開演許可は下りた。


 その効果のほどは絶大であった。


 クベール領軍の突撃に帝国軍はかわいそうなほど戦意を散らし逃げ惑った。

 逆に自分達が頂く、いわばクベール候の"姫"に、あれほどの奇跡を見せてもらった領軍の士気は最高潮に達していた。

 ところがマリーの演出に見せられたのはクベール軍と帝国軍だけではなかった。

 アネイドに閉じこもっていた国軍が爆発的に士気を上げ、帝国軍に切り込んだのだった。

 帝国軍1万は奇跡を目の当たりにし、恐れから逃げ出そうとしたところを挟み撃ちに遭い、見事なまでに壊滅した。 

 王国側は8千と5千、確かに敵軍よりも数は多いが、ここまで一方的な蹂躙を行える差では無い。


「お嬢!大勝利ですよ!…お嬢?」


 突撃を指示した場所から一歩も動かず、馬に跨ったままだったマリーの体が揺れた。

 それに気が付いたのは、護衛として近くに控えていたシャンブルだけだった。

 大勝利に興奮してマリーに駆け寄ろうとしていた彼は、周りの声にも反応せずに馬上でふらついていたその小さい体が、バランスを崩し一気に落馬していくのに気が付いた。


 間一髪、馬から滑り落ちるマリーをシャンブルは受け止めることに成功した。


「お嬢!?大丈夫ですか?!

 なんてこった、熱がある…」


 彼は意識を失ったマリーを抱え挙げると、後方の補給部隊の方に駆け出した。

 そこには衛生兵も控えてるはずだ。



    ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「大丈夫、ただの魔力枯渇です」


 意識が戻ったマリーは、心配そうに覗き込む騎士の面々に対してそう答えた。


「つい張り切りすぎて、全魔力をつぎ込んでしまいました」


 マリーは大事をとり、アネイドにある宿屋の一室に寝かされていた。


「でも熱があると報告を受けました。

 過労なのではないですか?連日魔術を行使していただいていましたし」


「知恵熱みたいなもので、魔力を使いすぎると頭がオーバーヒートするみたいなのです。

 普段の魔術の使用にはまったく問題はありません」


 実際幼少の間は魔力が安定せず、魔力枯渇の症状を起こす事が多い。

 成長して体が出来てくると共に魔力枯渇を起しにくくなってくるのだが、その事を言ったからといって騎士団長のこの対応が変わるとは思えない。

 さらに稀であるが、魔力枯渇によって死亡してしまう例も無い事は無いわけで…。


 魔力操作に自信のあったマリーですら、自分の魔力を使いきってしまった事からも考えれば、過労と言う騎士団長の見立てはあながち間違っていないかもしれない。



 マリーの寝室を辞した騎士の面々は、別室にてこれからの行動指針の打ち合わせを行っていた。


「シャンブル、お前は斥候部隊の要だ、置いていくわけにはいかん」


「ではやっぱりお嬢は?」


「当然置いていく…やはり大分無理をされていたのだな、あの方の気性なら当然予想できたものをっ!」


 ロッシュの包囲を発見してから1週間。

 クベール領軍は働き尽くめだった。

 もちろんその中にマリーも居て、3リーン(約12km)移動しては索敵魔法の繰り返しで、馬上で船を漕いでいるのを見られた事もあった。


「しかしお嬢をアネイドに置いていって、帝国の本隊がこっちに向かってきたらどうします?」


「護衛の騎士に言って、そのときはマルグリット様をつれて退避するようにと。

 ヤツラが動けば背後を突く絶好の機会だ。

 ロッシュと連動できれば挟み撃ちにも出来る」


 ディネンセンらしくないやけくそな行動方針である。

 ここまで作戦が上手く行っていただけに、マリーが倒れたことに対してショックが大きく。

 また彼女の疲労を見て取れずに結果酷使してしまった自分に激しい怒りを感じていた。

 もしかすると自分は彼女の力を頼り、その疲労を見てみぬ振りをしていたのではないか?と言う自問自答もあった。


「騎士団長…玉砕を覚悟されているのですか?」


「無駄死にする気はないが、少しでもマルグリット様の安全を確保できるなら死をも厭わん」


 シャンブルはまた違う考えでいた。

 彼は騎士でないため騎士道精神と言うものを理解できない。

 だが自分たちに居場所と生きる理由を与えてくれたクベール候家と騎士団長には感謝しているし、クベール領を守るためには命も惜しくないと考えている。

 だが命は投げ出すものではない。

 誇りや矜持と天秤に掛ける類のモノでは無いのだ。

 彼がマリーを慕っているのは、彼女がそれを理解してくれているからである。

 もっとも彼に言わせるとマリーは他の貴族や騎士以上にそれらの精神にがんがら締めにされているというが、彼女はそれを自分以外に決して押し付けようとしない。

 むしろそういう生き方を諌めすらするのだ。

 だから彼女が倒れるほどの無理をしたのは、みんなで帰ろうという強い思いゆえに他ならない。


「お嬢を置いていくことにかけては賛成ですが、ロッシュに向かう事は反対です」


「なんだと?」


「過労と言うのであればお嬢だけでなく、我々全員がそんな感じです。

 お嬢もそれを感じたからこそ、無理してあんな大規模魔術を使ったんじゃないでしょうか?

 アネイドに逗留したら気が抜けてしまうかもしれませんから、近くで野営して少しでも疲れを抜くべきです」


「だが敵の敗残兵がロッシュ包囲軍に逃げ込んだらこちらの陣容が知れるぞ?

 そうなったらこちらの情報有利が消えてしまう。

 その前に動くべきだ」


 攻めの考えの騎士団長と、守りを優先しているシャンブルの差だが、どちらもそれなりに理の通った考えで話は平行線になってしまう。

 こういう時第三者の意見が聞ければまとまりやすい物を…と、シャンブルはマリー不在を嘆いた。


 結局折衷案というか、町のそばで1泊してから追撃に移ることで落ち着いた。

 騎士団長は即追撃戦に出たいようだが、どうせマリーが倒れたことで半日ロスしているのだ。

 足の速い連中に追いつくのは難しいだろう。



    ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「なんと、侯爵令嬢様はご同行なさらないので?」


 国軍の指揮官は不服そうだったが、体調が優れないという貴族の令嬢を無理に引っ張り出すわけもいかず途方にくれていた。

 いまや国軍の士気はマリー次第というまでに彼女に依存していた。

 それだけ彼女の演出は敵味方の度肝を抜いたわけで、彼女の魔法に続いて敵陣に突っ込めば勝利は約束されていると思い込んでいる者までいた。

 だからこそ彼女の不在は士気の低下に直結してしまう。

 クベール領軍はまだ錬度も高いし、彼女を含む侯爵家に対する忠誠も高いため彼女を守る為に力を注ぎもするが。

 尻馬に乗ることしか考えてない国軍の士気低下はあまりにも酷かった。

 アネイドからロッシュまで乾季の今は非常に進みやすい道であるが、それでも国軍の行軍速度は目に見えて遅かった。

 クベール軍の行軍速度なら3日の距離だが、ロッシュにたどり着いたのは5日後であった。


「これではただ仕切りなおししたのと同じだ」


 こちら向けて布陣している帝国軍2万5千を見て、ディネンセン騎士団長は呟いた。

 どうやら敵軍に充分な再編成の時間を与えてしまったようだ。

 現状のこちらの兵力は1万とちょっと、2倍以上の相手に野戦を仕掛けても勝てる道理が無かった。


「シャンブルの言うとおりにアネイドに駐屯しておったほうが良かったか…」


 ついついそんな愚痴も出てしまう。

 3日でロッシュを強襲していれば…と後悔するが、6千強に減ってしまったクベール軍だけでは追撃の威力も期待できない。

 壊滅した帝国軍1万のうち、敵が拾い上げたのは半分ほどだろう。

 敵の兵力は概算で4万5千。

 ロッシュの中の兵が無傷として、あわせても2万5千には届かない。

 それもロッシュから打って出てもらえなければ、さらに絶望的な戦いになる。


「これはダメかも知れぬな」


 ロッシュの部隊が打って出る可能性は低い。

 彼らはそこを死守せねばならないのだ、もし打って出て敵軍撃破に失敗したらロッシュは落とされてしまうだろう。

 マリーが倒れたことで焦ったのかもしれないと、騎士団長は自嘲した。

 撤退して仕切りなおししようにも国軍が足枷になってままならない。

 だいたいここで帝国軍に補足されたのも国軍がもたもたしてるからで、それが無ければ敵の背後を突くという作戦もあったかもしれない。

 合計1万の軍勢よりも、クベール軍のみ6千の軍勢いの方がまだ戦いようはあっただろう。


「自分の作戦の至らぬ大失態だが、マルグリット様を巻き込まなかっただけマシだな」


 王国軍は浮き足立ち、帝国軍はジリジリと前進してくる。

 圧力を掛けて、こちらが崩れたところを叩こうというのだろう。

 事実国軍は今にも背走しそうな様子である。


「国軍が背走したらそれを囮に回り込んで…」


「いやこの距離では無理だろう。

 シャンブル、斥候部隊は戦闘が始まり次第撤退してアネイドに向かえ」


「騎士団長?!」


「マルグリット様を領地に無事お戻しするのがお前たちの仕事だ。

 それに…」


 ロベール・ディネンセン騎士団長は、彼の回りに集まっていた若い騎士たちを見回し頷いた。


「お前たちはこれからのクベール領軍に無くてはならない存在になる。

 だからここで死んでくれるな」


「それを言うなら騎士団長もです。

 …別にこうなったのも騎士団長一人の責任ではありませんよ、国軍の連中の足が遅いなんて全員がわかっていた事です。

 焦って判断を誤ったのは我ら全員ですよ」


 シャンブルは命を捨てることになる覚悟はあったが、それは今では無いと思っていた。

 もしここにマリーが居たら彼女の盾になって死ぬのもやむないとは思えたが、彼女が居ないなら最後まで足掻くべきだとも思っていた。

 騎士団の面々も負けじとディネンセンにつめよる。


「姫様を置いてきたのは幸いですな、これで多少の無茶はできます」


「ここで奴らに一当たりして怯ませて、それで離脱しましょう」


「だいたい自分の命を軽く捨てたら、それこそ姫様に叱られますよ」


 クベール領軍の士気は騎士団長の予想以上に高かった。

 国軍の士気が予想よりも低いのと対照的だ。


「ひと当たりして怯ませる。

 言うのは容易いが、やるのは大変だぞ?」


「なぁに、あの日の突撃をまた見せてやりますよ!」


「ただくれぐれも命を粗末にするな。

 ワシも軽々しく散ろうとはせん…お前たちと一緒に生きて帰るぞ!」


「「「オーッ!」」」



    ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「正直理解できんが、まあ現状そうなっている以上は受け入れるか」


 ランドルフは王国軍の布陣を眺めひとりごちた。

 1万の別働隊を打ち破ったと聞いて、迎え撃つ為に大急ぎ再編成を行い布陣したのだが、追撃隊とおぼしき敵軍が現れたのは準備ができてから1日後だった。


「間に合わないと思ったんだがな、なぜヤツラはこうものんびり追いかけてきたのだろうか?

 これならアネイドを固めていたほうがよかろうに…まあ陽動の可能性もあるか、背後に偵察隊を出させろ」


 部下に指示しつつも心には余裕が帰ってきていた。

 こんなお粗末な追撃を行うとは、1万の軍を破ったのはまぐれか何かかと。

 原因を確認する為に偵察を放ちはしたが、勝利はほぼ確信していた。

 長いこと戦場に出ていると理由が解らない勝利と言うものがたまにあるのだ。

 今回敵にそれが起こっただけだと結論付けたのだ。

 これは危険な兆候であった。


 不自然な勝ちは確かにあるが、それは敵側に何か自陣の知らない問題があった場合に起こるのだ。

 今回敵側にそれが起こったという事は、自軍になにか問題が隠れているということだ。

 それを見過ごしたのでは同じことを繰り返すことになる。

 今回は不自然な事でもなんでもなく、偵察部隊を潰された上で数に勝る相手に挟み撃ちにされたのだ。

 被害が大きかったのは敵の士気が高かったからで、よく分からない部分はそれぐらいだろう。

 ランドルフは本来そんな不確定事項を見逃すような将ではなかった。

 だからこそ兵の錬度によらない、大規模な索敵システムを作り上げたのだ。

 だが今の彼は目先の勝利と、その後の計画の困難さに焦り。

 普段の冷静さを失っていた。

 

 王国の対応の遅さは笑えるほどだ。

 前線の指揮官や兵士は優秀なようだが、上層部がダメならそれも無駄死にさせてしまう事になる。

 王国がロッシュの現状に気が付いて慌てて援軍を送ってくるのはあと2週間以上はかかるだろう。

 それだけあればロッシュを落として、さらにアネイドを獲る事ぐらいは出来る。

 今回の侵攻ではそこまでが限界だろうが、ロッシュという足がかりが出来たならその後の作戦にも余裕が取れる。

 

 ここは一気に押しつぶし、それをロッシュの連中に見せ付けてやればヤツラも諦めるだろう。

 たとえ諦めなくても、士気が下がった篭城戦など1週間ももつまい。

 悠長には構えてられない。

 奴らの遊撃戦法で随分と手駒と時間を消費してしまったのだ。

 精々派手に死んでくれ。



    ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 ロッシュの西側はまばらな森林と揺るやかな丘陵地帯が広がっている。

 その間を縫うように街道が繋がっているのだが、街道を逸れての行軍は実は難しくない。

 この季節下草が猛烈に伸びるのだが、長い草と短い草があり、短い草の部分が複雑な道のように伸びているのだ。


「この丘を右に迂回すれば帝国軍の側面を突けますね。

 あと北側の林に敵の斥候部隊が居ますのですが、排除できますか?」


「驚きました…本当に見えるものなんですか?」


 グランシャリオ侯爵の跡取りであるランベルク・リノア・グランシャリオは新品の鎧に身を包んでいた。

 かれは28歳で初陣には遅いが、彼の若いころに戦争が起きなかったのだから仕方ない。

 普段は水軍を指揮しているので、鎧を着ての騎馬装備は居心地悪そうだ。


「お味方に合流しないのでいいのですか?」


「敵の側面を突いたほうが援護としては有効でしょう?

 それに彼らにも私の姿が見えるように派手にやりますわ」


「解りました、では早めに行動に移りましょう。

 水上部隊との連動も考える必要があります」


 実戦経験が無いものの、武門で鳴らしたグランシャリオ候家とリノア辺境伯家のハイブリッドであるランベルクの判断と士気は早かった。

 自ら先頭に立ち、上空から見たという情報を頼りに草陰を丘の右側…東側へと軍を誘導していった。



    ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 やはり帝国軍の前進に最初に耐えられなくなったのは国軍の兵士たちだった。

 しかし意外なことに、それは背走ではなく目暗突撃と言う形で発揮されたのだ。

 クベール領軍からしても、同じ崩れるなら敗走されるよりずっといい。

 だが彼らだけで前進しても各個撃破されるだけだ。

 敵に打撃を与えるという狙いなら共に前進するしかない。


「置き去りにするなら今が転進の絶好の機会なんだけどな」


 牙人(ガルー)の斥候部隊も今は遊撃隊として戦闘に参加していた。

 そうしたいのはシャンブルの偽りなき本心ではあるが、クベール軍だけならともかく国防としては完全に失敗になる。

 生き残ったマリーに敗軍の将としての責任を押し付けられかねない。

 ここで敵軍を削るだけ削らねば、ロッシュどころかアネイドまで落とされてしまうだろう。


「チッ、走りながら弓は無理か」


 斥候部隊の装備は短弓(ショートボウ)と小剣であるが、基本的に飛び道具ばかりを使う。

 とはいっても牽制や待ち伏せが主な使い方なので、弓を撃とうとすればその機動性は殺されてしまう。


「切り込む必要はない!敵軍の表面を広く削れ!

 撃破よりも減衰を狙うのだ!」


 騎士団長も陣頭指揮をとり全軍を鼓舞しているが、部隊の動きは悪い。

 クベール軍の士気は悪くないのだが、多勢に無勢で押し込まれつつあった。


「騎士団長!まずいぞヤツラ(クロスボウ)部隊を!」


 敬語も忘れたシャンブルの叫びに前方を見ると、水平発射可能なクロスボウを抱えた射撃部隊が展開し終わろうとしているのを確認した。

 その距離およそ40クォート(約100m)。

 たとえ突撃しようともいい的だ…かといってどう動いても大打撃を受けるのは避けられまい。

 自分に当たるとは限らないが、これでまた多くの部下の命が失われるだろう。


「くそっ…くそぉっ!」


 思わず意味も無い悪態が口から漏れる。

 これほど己の騎士団長と言う地位が情けなく思った事はない。

 これでは主君の信頼にまるで答えられては居ないではないか、姫を倒れるまで酷使した挙句、預かった大事な領軍をお返しすることすら適わんとは!

 遊撃隊や弓兵から射撃も飛ぶが、絶対数が足りなすぎる。

 怒りの余り、ほとんどやけくそで槍を構えて射撃部隊に突撃しようとしたその時。


 敵軍東方向から飛来した多数の矢と見覚えのある光剣型の攻撃魔法が敵の陣列を撃ち崩した。


「敵側面を突く!突撃っ!」


「グランシャリオ水兵の力を見せてやれ!弓兵全弾発射!」


 突如現れた一軍、王国兵?を率い最前線を駆けて切り込んできたのはアネイドに置いて来たはずのマルグリットであった。


「これはいわゆる騎兵隊参上というヤツね?まさか自分で実践する日が来るとは思わなかったわ…。

 ついでにこれはおまけよ…こけおどしの力見せてあげる!」


 いつになくテンションの高いマリーの背後にいく枚もの光の刃が浮かび上がり、彼女が右手の光刃を振り下ろすたびに流星となって敵軍を切り裂いた。

 光剣を引き連れて駆けるマリーの姿はまるで光の翼を広げているようで、古の戦乙女が我々を引き連れて敵に導いていくような錯覚を覚えた…とは当時のグランシャリオ騎兵の語りである。

 もちろん攻撃魔術を数発放とうと戦局に影響は出ないのだが、視覚効果はこれまでにないほど抜群であった。

 敵軍が中央に取り回しの悪いクロスボウ部隊を展開していたのも幸いし、敵中枢の陣形に楔を打ち込む形になった。


「な、何をしている貴様ら!姫をマルグリット様をお守りせんか!わしに続け!」


 現状を忘れ、光刃の(スプラデュール)戦乙女ヴァルキュリエに暫し見とれていた騎士団長(ディネンセン)は、我に帰ると慌てて全軍に命じた。


「突撃ぃ!」


 …と。



「バカな…偵察隊は何をやっているか!」


 ランドルフは目に見えて狼狽していた。

 当然周囲の索敵は怠っては居なかったはずなのだが、先に発見され包囲殲滅を繰り返され情報を持ち帰る事はできなかった。

 より広範囲に捜索網を形成できていればまた違った結果になっていただろうが、既にそれができるだけの偵察隊は残っていなかった。


「たかが5千ほどの増援に慌てるな!まだ数はコチラの方が多い!」


 必死に部下たちを鼓舞するランドルフの目に、こちらに迫る光の翼が映った。

 

「な、なんだあの魔術は?!」


「珍しい光属性の魔術ではありますが、特筆すべきものは…ただ視覚効果のためか、魔術構成(スクリプト)を大分派手にアレンジしている模様で」


 従軍(ゲール)魔術師(マギクラフター)がそう返答している間にも光の翼がはためかれ、飛翔する光の剣が付近に着弾する。


「あれでか!」


「見た目派手ですが、威力はさほどありません!」


 実際直撃を受けても何とか立ち上がろうともがく帝国騎士が居たりもする。


「くっそ!威圧狙いか!…なんだあれは小娘ではないか!」


 ランドルフの視界が一団の中から進み出る、光の翼を背負った少女の姿を捉えた。


「高位な武将とお見受けいたします」


 彼女の口から流暢な帝国公用(アルト)語が流れ出した様は、とても現実の事のようには思えなかった。


「お前は!」


「クベール侯爵オーリンが一子、マルグリット!」


 帝国式の騎士名乗りを、辺境の王国の少女が詩い上げる。

 周りの護衛すら呆然と彼女を見つめていた。


「これ以上無駄な損害を出したくありません。

 投降しなさい」


「ふざけるな!この程度で勝ったつもりかガキめ!」


 実際ランドルフの言うとおりで、まだ圧倒的に帝国軍が有利な状況ではある。

 だが今この場ではランドルフの方が窮地に立っていた。

 ブランマルシュ上級伯爵軍の中核は、側面を突いてきた3千のグランシャリオ候爵軍に完全に包囲されていたのだ。


「まずは貴様を討って、その後陣を立て直せばコチラの勝利だ!」


 ランドルフと帝国の内陣騎士達は剣を抜き放つと、マリーと護衛の騎士たちに殺到した。

 ランドルフとて歴戦の勇士である。

 目の届く範囲に居る敵の力量ぐらい見極める自信はある。

 この子供(ガキ)は魔術の腕こそ出来るようだが、体力は子供相当でしかない。

 まずあの()を跳ね上げて返す刀で打ち倒せば生け捕りすら余裕だ。

 侯爵の娘でこれほどの魔術師(マギクラフター)なら利用手段は幾らでもある。


「いけません閣下!その剣は…!」


 従軍魔術師がその()の異常性に気が付いて忠告を放つが、残念ながらそれは間に合わなかった。

 確かにランドルフはマリーの力量を正確に見抜いていた。

 実際マリーの体力も剣術も子供にしてはヤル程度でしかない。

 彼が見抜けなかったのはその手に握られている魔道具と、それを作ったマリーの魔術技師(マギマイスター)としての能力だろう。

 マリーの持つ魔道具の光刃を跳ね上げようとした(ランドルフ)の剣は、刃を合わせたその位置で鋭利に切断され。

 そして無造作に振り下ろされた彼女の光刃は鎧をバターのように切り裂いたのだ。

 本来であれば彼女の細腕に握られた軍刀などでは、彼の鎧を貫いて斬撃をその体に届かせる事はなかっただろう。

 仰向けに倒れる彼の周りには切断された鎧のリングが幾つも散らばっていた。


気分はMAP兵器感覚で光の翼を広げていたのは確か。

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