11突撃
アネイドに到達するまでに数回、魔術による索敵を行ったが周囲に敵の斥候を発見したのはその一回だけだった。
その一回の遭遇で捕虜を取れなかったのは痛かったが、マリーの魔術の威力を領軍の主メンバーに知らしめる事ができたのは大きい。
鹿の群れを発見したときなどは、シャンブルが数名の牙人を引き連れて飛び出し。
数頭をしとめて帰ってきて、夕食を豪華にすることに成功していた。
「獲ってすぐはやっぱあんまし美味くねぇなぁ」
「でも隊長、行軍中に干してない肉食えるなんてめったにない事ですよ!」
こんな些細なことでも多少は士気が上がる。
マリーも久々に趣味の料理ができてご満悦だった。
「調味料がほとんど無いのが残念だけど…」
そういって騎士や斥候に振舞われたのは、一度塩を刷り込んでから焼いた後にスープに入れたちょっと凝った料理だった。
肉の表面で肉汁と混ざった塩がスープに溶け、まるでハムを入れたかのような味わいに、行軍中とは思えないご馳走だと涙を流すものさえいた。
「あまり緊張感が切れるのは良くはないのだが…」
複雑そうな顔をした騎士団長が髭をなでながらひとりごちた。
「本格的な作戦行動前にちょっと緩めてやるというのなら、まあよいか」
アネイドから川沿いのルートを下ってロッシュに向かうことになる。
フェイベル川はここからぐぐっと東にそれ、最も東に張り出した場所に防衛拠点ロッシュがある。
ロッシュの守備兵は屯田兵を入れて約1万、それに8千のオランジュ領軍が到着していると考えていいだろう。
さらにクベール領軍が8千に、王都からの援軍が輸送部隊を入れずに5千、合計でだいたい3万の兵がロッシュに揃うことになる。
帝国軍の動員数が不明なのが怖いが、周囲に敵の多い帝国はそう多くの兵をこちらに回すわけには行かないだろう。
「帝国の最大動員数は解りかねますが、ザンヴォーリンよりこちらの地にはろくな拠点はないはず。
たとえ船で人員物資を運んだとて限界があるでしょう。
ですから今回の動員は無理を押して5万、現実的な数では3万前後といったところかと」
野営地に作られた天幕の中で、騎士団長と侯爵代理、内陣騎士たちと各部隊長が集まり会議を行っていた。
ロッシュまであと1日ほど、今日のうちにクベール領軍の方針を固めておきたかったのだ。
「王国側の動員予定数も、あながち適当ではなかったのですね」
軍事に関する事は勉強する機会がなかったマリーは、騎士団長の解説にかなりの興味を示していた。
「帝国の斥候部隊が何のためにあそこまで潜り込んでいたか知らないが、ヤツラが帰ってこない事に気づいたら行動を起しますかね?」
「可能性はある…更なる増援が来ていると察し、その前にと動くかもしれん。
が、ただ斥候部隊が消息不明と判断するにはまだ時間があると思う」
斥候部隊の移動速度は本体の行軍速度よりも当然速い。
だが敵地に浸透しての偵察任務である以上、余裕を持ったスケジュールを組んでいるはずだ。
「いずれにせよ、牽制する意味でも早くロッシュに付くに越した事はないのですね?」
「はい、それはその通りです」
結局は帝国軍の動きが見えない以上、取れる行動は多くない。
ロッシュにたどり着きたいのも、そこであればもう少し情報が入ってくると考えられるからである。
「でも一つ気になっていることがあるのですが…」
「なんでしょう?」
「アネイドからここまで、川の対岸に全然敵軍が見られなかった事です」
「ロッシュに戦力を集中するためでは?」
「それでも斥候は放つと思うのです。
上流で渡河されたら、背後を突かれることになるのでしょう?」
敵軍が放った斥候部隊が、遭遇したあれ一つとは思えない。
当然敵軍の位置を掴もうと頻繁に斥候を放っているはずだ。
本体が行軍中ならともかく、拠点に集結中であるなら巡回している斥候はもっと多いはずだ。
敵地の深くにまで斥候を放つような用心深い指揮官が、そこらへん疎かにしてるはずがない。
「やはり、先の斥候部隊を排除したのが気づかれたのかと…」
「そんな、討ちもらしは無かったはずだ、牙人斥候が包囲襲撃したんです。
6人以外に居たとしても気づかないはずが無い!」
「長距離に斥候を出すと、どうしても情報伝達や状況把握が遅くなりますよね?
私だったら…斥候の拠点は本体の場所じゃなくて他に作ります。
1日単位で偵察に出し、戻らなければその方面に敵が居ると判断して追加の偵察を出すか…その情報を持って帰投させます」
「そんな…そんな使い方していたら斥候が何人居ても…」
牙人の斥候隊長は目に見えてうろたえていた。
騎士団長知っていた、部下を生還させるために彼がどれほど心を砕いて訓練や作戦を調整しているか。
「いや、これは有用だぞシャンブル。
兵を使い捨てにするという意味でなく、偵察用の拠点を作るという事だ…お前の言うとおりこれは人海戦術に等しいが、それが出来る人員を持っていればワシでもやる。
情報の重要性に関しては、お前が一番解ってるのではないか?」
騎士団長は厳しい目をして地図板を睨んだ。
「これは、わが国は情報戦でかなりの遅れを取っていると言う事か…」
もしマリーの言った作戦を向こうが取っているとしたら、こっちの行動は既にもれていると思っていい。
詳細こそ掴めてはいないだろうが、斥候部隊を補足殲滅できる敵援軍が向かっていると考えてるのではないか?
「マルグリット様、申し訳ありませんが明日は今までよりも小刻みに索敵魔術の使用をお願いします。
向こうがこっちの斥候をかなり警戒してると思われますので、精度は落としてでもより広範囲を眺める事は可能ですか?」
「解りました。
やってみます」
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「これは…騎士団長!行軍を止めてください!」
3回目の索敵魔術でついにロッシュを視界に納めたマリーは、即時に行軍の停止を騎士団長に要請した。
「ロッシュが包囲されています!
上空から見て数を計る技は私にはありませんが、敵軍はわが軍の5倍以上に見えました」
「なんと!」
さしもの騎士団長も驚きを隠せなかった。
これは予想しうる状況の中でも一番最悪の形だ。
「距離は約4リーン(約16km)です。
それと東南東の方角約3リーン(約12km)辺りに敵の斥候らしき一団が2隊。
待ち伏せのような形で待ち受けています」
「近いほうの部隊は囮だな…シャンブル!」
「はい!」
「両方逃がすな…できるな?」
「もちろんです」
「シャンブル、敵部隊の配置はですね…」
マリーが居なかったらの事を考えてぞっとする。
クベール領軍の斥候部隊は非常に優秀であるが、それでも現状のロッシュの状況を拾ってくる時間差で、敵軍の射程に収められる可能性は高かった。
4リーン先の情報をタイムラグ無しで拾ってこれるというのは、いままでの戦争の常識を超えている。
敵軍の布陣を確認して即対応するだけで、敵にしては常に先読みをされているような絶望的な感覚を味わうだろう。
それにしても敵が無理を押して5万近くの軍勢を用意したことも、大量の偵察兵を使い捨てにするように投入してくることも、今までの戦闘経験には無かったことだ。
「これは相当本気と考えていいだろうな」
敵の狙いがロッシュ周辺だけとは考え難い。
これだけ大規模に軍を動かすのだ、当然もっと大きいものを狙っているだろう。
「南部を抑える気でしょうか?
それとも中央を窺うつもりかしら?」
「どちらにせよ、ロッシュを抜かれたらありえない話ではなくなってしまいますな」
軍人として任務についている以上、決戦と言う言葉に胸が躍らないわけではないが…。
ロベール騎士団長は考えた。
自分の任務の最優先事項はなんだ?
国民としては、国防のための出兵としてはロッシュの死守だろう。
だがそれは上手くない。
なんとしてもマリーを生還させる事こそ、クベール領騎士団長の仕事ではないのか?
この方が無事領地に帰られれば、たとえ中央を抑えようともクベール領は安泰な予感がする。
「他に気づいたロッシュの状況は何かありましたか?」
「そういえば…ロッシュの港にも対岸にもやけに船が多かったように感じました。
それも川船だけではなく、クベール商会が使ってる商船よりも大型に見える舟もいくつか」
対岸まで見えたのかという驚きももう擦れてる。
「それか…船で川を遡っての強襲。
一報で湾岸部で目撃されたと言う軍船はそう使うつもりだったのだな」
王国軍は2手も3手も先を行かれている。
そもそも向こうは万全の準備をして侵攻してきているのだ、それに気づいてから悠長に準備していたのでは間に合うはずが無い。
電撃作戦という概念が無い王国軍には、この侵攻の早さは理解できないだろう。
「王都に援軍を要請したいところですが、それを待っていたのでは間に合いますまい。
ロッシュも我々が到着する事は知っているので、挟み撃ちを期待しているのかもしれません。
とりあえず遅れてる王国軍と合流する必要がありますな」
オランジュ領軍がロッシュ入りをするのを待っての包囲ですらあったのかもしれない。
王国側の兵力をだいたいでも把握していれば、オランジュ領軍の合流は兵糧の消費を早めるだけで脅威になりえる数とは考えないだろう。
「国軍…いえ、王国軍には違う仕事をやっていただいた方がいいのでは?」
マリーも混乱してるようで、騎士団長はそんなマリーを見て自分の頭が冷えるのは自覚した。
ここで踏ん張らなくてはならないのはマリーではなく自分である。
彼女は自分らを信じて、この軍に同行してくれているようなものだ。
「アネイドに渡河用の船があったはずです。
あれで川を下りつつ、敵の船に攻撃できれば」
「おっしゃりたい事はわかりますが、国軍の練度でその作戦は無理でしょう」
クベール領軍なら出来ないことも無いだろうが、士気も練度も低い国軍では成果の前に実行すらあやうい。
仮に成功しても大半が無駄死にすることになるだろう。
敵の動向は解っても、打つべき有効な手段が思いつかない。
マリーは騎士団長が見て解るほど焦っていた。
クベール領軍を出来るだけ無傷で連れ帰るつもりで出陣したマリーは、それが難しくなってきているのにかなりの焦りを覚えていた。
万が一のときは騎士団長たちは自分だけでも逃がそうとしてくれるだろうが、それではダメなのである。
ここに来ているみんなは将来のクベール領を背負う大事な人材だ。
無駄に散らしていい命は無い。
こういう時はどうするべきだろう?
本で読んだ事は無かったか?戦いは敵の嫌がることを突く事が勝利に繋がるとか読んだ気がする。
敵の嫌がること・・・確か敵の立場になって考えて・・・。
「あまり時間は無いでしょう。
シャンブルが敵斥候を排除したら、今夜にも我々の接近は気づかれるでしょうし」
そこまで言いかけて、マリーは何かに気が付いたように顔を上げた。
「…騎士団長」
「なんでしょう?」
「私は経験が浅いので答えが出せませんが、もし、もし騎士団長が敵の2倍以上の兵力で包囲作戦を行っている時に。
戦力不明な敵の増援が、近づいてくるという情報を得たらどうしますか?」
「包囲対象の2倍の戦力を持ってきているとは考え難いですから、短期決戦を挑むように誘導・・・そうか
向こうはこっちの詳細を何とか知りたいと思っていて、それが適わないようなら短期決戦に引きずり出して叩いてしまえば楽になる。
考えようによってはあの偵察隊は2つとも囮、巻き餌か」
「では、こちらはそれに付き合ってあげる理由はありませんよね?」
マリーは思いっきり人の悪い笑顔を浮かべて続けた。
「ロッシュの部隊の兵糧はまだ充分にあるでしょう。
最後の補給部隊はまだ着いていないとはいえ、我々が合流前の戦力ですし、通常の補給はされていたわけですし」
「それは大丈夫でしょう。
国軍は輸送部隊とあわせてアネイドに駐留してもらいましょう。
我々はそこから補給を受ければいい」
出撃時になんとなく語った遊撃戦が現実になった。
朝から晩まで魔術を使い続ける事になるだろうが、望むところだ。
こちらの被害を最小に、帝国軍の目を削るだけ削ってやる。
「オルソン!後方の国軍に伝令を出せ!…いや伝令だけじゃなくて補給部隊も伴って向かえ。
ロッシュが5万の帝国軍に包囲されてる。
国軍はアネイドに駐留し、街を防衛して欲しい…と。
ついでに兵糧の補給も貰って来い。
合流するときは昼間を狙えばこちらから見つける」
そういうと騎士団長は振り返りマリーを見つめた。
見つけられますよね?と言外に言われていると気づき、彼女は大きく頷いた。
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「敵の増援はまだ発見できんのか?」
帝国軍、いやブランマルシュ上級伯爵軍の将軍。
ランドルフ・ブランマルシュは部下の報告を聞いて眉を寄せた。
「はい、消息を絶った偵察部隊の担当エリアから判断しますと、街道沿いにロッシュの近くまで来ていると思うのですが…」
「引き続き哨戒を出せ。
ロッシュ近辺にはまだ現れておらんのだな?」
「はい、目視距離にはまだ…物見台からも昼夜問わず捜索をしております」
当たり前だ!とランドルフは思った。
今回の侵攻は皇帝に無断で行っている。
無断で他国に侵攻した上で、やっぱりダメでした…は通じない。
最低でも王国進行の橋頭堡を確保する必要がある。
その上でズォルヌを押さえ、オリヴァの航路を潰してこそ独断先行の言い訳が立つというのだ。
ブランマルシュ家の三男であるランドルフには継がせてもらえる土地が無い。
類まれなる軍事の才能をもって伯爵軍を任せてもらっているが、それも兄の息子が成人するまでだろう。
ブランマルシュ家が兄の代になったら邪魔な兄弟は放逐されるのが定め、可愛い息子に領地を与えてやることも出来ないのだ。
皇帝軍に仕官することも考えたが、今の皇帝は穏健派で、他国に侵攻するよりは国内を富ませたいと内政ばかりに力を入れている。
そんな軍に入ったところで叙爵をするほどの手柄は望めまい。
そんな時に兄から持ちかけられたベルン=ラース王国侵攻。
かの国の南部を切り取ってしまえば、軍事的にも外交的にも帝国は大きく有利になる。
交易のライバルであるオリヴァ王国の重要な航路を押さえて、いくらでも有利に交渉のしようがあるというものだ。
そうなっては皇帝も殊勲者に叙爵しないわけにはいかないだろうと内心で笑みを作る。
なに、私は家長の命に従ったただの優秀な軍人だからな、命令無視とかの罪に問われることは無いだろう。
兄も同じような理論武装をして、自分を陥れるつもりだとは夢にも思わず。
ランドルフは皮算用を続けた。
だからなんとしても侵攻を成功して、王国南部を落とさなければならない。
「将軍閣下」
「どうした?」
愉快な気分でやっていた皮算用を部下に邪魔されて、思わず片眉が上がる。
「南部方面に出していた偵察部隊の中隊が消息を絶ちました」
「中隊が消息を絶っただと?
偵察用の拠点は何をしていた?!」
「それが…拠点ごと潰されていまして…」
一瞬何を言われているか理解できなかった。
拠点の位置が簡単に割られるとも、連絡も付けられずに壊滅するともありえる話ではない。
「意味が分からんな…小隊が跡を付けられでもしたのか?」
「詳細は不明ですが、提示連絡が無くなったため確認に出たところ、キャンプに襲撃の跡と兵士の死体が…」
なんとなく嫌な予感はした。
だが彼は自分が作り出した哨戒網システムに絶対の自信を持っていた。
複数の偵察用拠点を作り、拠点を中心に偵察隊に哨戒を行わせ、拠点と本部は密に連絡を取り合う。
たとえ部隊が発見され殲滅されても、その部隊が消息を絶つことで敵部隊の位置を把握することが出来る。
あとはその区域により多くの偵察隊をばら撒けば、より正確な情報が入ってくる。
間抜けな部隊が敵を拠点まで案内するような事態は想定外であったが、今度はその拠点周囲により多くの偵察隊を送り出せばいいだけの事。
「将軍閣下!」
「今度は何だ」
「東方に展開しいた偵察部隊が拠点ごと連絡を絶ちました!」
「バカな!」
その後も次々と偵察隊の壊滅報告を受け、ランドルフはようやくこれが情報戦、偵察戦で完全敗北しつつある事に気が付いた。
よもや正体不明の増援とは、敵の対偵察部隊だったのであるまいか?
そうでなければここまで一方的にこちらの目が潰されるとは考えにくい。
何よりこちらは相手の情報をまったく入手出来ていないのだ。
「これは、マズイな…」
ランドルフはこのロッシュでの勝利は疑っていない。
だがこれ以上偵察部隊を潰されるという事は、ロッシュを足がかりに王国に切り込む時にアドバンテージを失う。
ましてや敵に隠密部隊のような存在が居るとなっては、今までの予定の通りには進まないだろう。
戦いはロッシュを落として終わりではないのだ。
「せめてアネイドまで落としておかない事には、次はあそこが王国の防衛拠点になるだけだ」
街道沿いは方面に偵察部隊を展開するのを避けてきたのは、最初に偵察小隊が消息を絶ったからだ。
それを敵の増援と判断したランドルフはそれ以上の偵察隊の消耗を避け、一気にロッシュを包囲し外部との連絡を絶った。
だから現在もアネイド方面の情勢を把握してはいなかった。
まさか足の遅い王国軍5千がアネイドに立て篭もって、亀のような防御姿勢を取っているとは知りようも無い。
「これだけ広範囲で偵察隊を補足しているんだ、敵は広範囲に広がっているに違いない。
1万の軍勢を率い、アネイドを落として敵を分断せよ」
つい部下にそんな命令を下してしまった。
現状のブランマルシュ軍は5万、1万抜けて4万になっても1万8千が閉じこもるロッシュを包囲し続ける事はたやすい。
短期決戦に持ち込むには不安な戦力差だが、現状維持には充分だ。
なによりアネイドを落としてしまえばこちらも腰をすえて戦いやすいというもの。
彼は信頼する部下に1万の兵を預け、アネイドへと送り出した。
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「アネイドに王国軍が立て篭もっているだと?」
予想外の事態に連隊長はつい大声を出してしまった。
慌てて襟を正すが、周りの部下もそれどころでなかった。
「さてはわが軍の偵察隊を潰して回っていたという王国の増援か…。
しかし町に篭るなど愚かな事を、せっかくの機動力が死んでしまうではないか」
まさかこの部隊の他に索敵にすぐれた遊撃軍が存在するとは思いもせず、むしろ振って沸いた手柄のチャンスに士気はいやおう無く上がった。
「将軍閣下に伝令を出せ。
アネイドに王国軍5千が立て篭もっているので、短期決戦のため増援求む…とな」
攻撃3倍の法則というものがある。
攻撃側は防御側を打ち破るのに3倍の兵力を持っている必要があるという。
必ずこの法則に当てはまるという訳ではないが、やはり拠点に篭る相手を有効に打ち破るには3倍の戦力が必要というのは用兵上の一般論であった。
だからこの街に立てこもる王国軍に対して、戦力2倍のブランマルシュ軍が増援を頼んだことに何の間違いも無い。
問題はその伝令が本体にたどり着く事は永遠に無かっただけの事。
アネイドを見下ろす小高い丘の上に、8千のクベール領軍が姿を現したのは、ブランマルシュ軍がアネイドを包囲して二日後の事だった。
もともと補給のためもあり、アネイドの国軍と頻繁に連絡を取り合っていたクベール軍は、帝国軍の一部がアネイド制圧のため川を遡ったという情報を連絡済であった。
「これは思っても無い好機ですな。
敵軍一万を打ち破れば、国軍の士気も上がりましょう」
騎士団長の指示の元、高所に陣取ったクベール領軍の陣頭には、クベール侯爵代理・マルグリット・ウル・クベールの存在があった。
馬に跨り一騎だけ前に進み出た彼女の額には、緊張か…暑さか…玉の汗がにじんでいた。
その右手に輝く光のブレードが現れると、敵味方の間に大きなどよめきが広がっていた。
戦装束の美少女が、輝く剣を掲げて一騎陣頭に立つ姿は神々しさも感じられる迫力があった。
彼女は深呼吸を一つ、大掛かりな魔術の構成を組み上げて行く。
それに帝国の従軍魔術師が気付いて警告を発した時にはもう遅かった。
空を覆いつくすように無数の光の剣が虚空から浮かび上がり、その切っ先を帝国軍に向けたのだった。
「全軍!突撃ぃーい!」
マリーの叫びが緊張のあまり裏返っていたとしても、誰も責めることは出来ないだろう。
彼女の叫びと共にまず大量の光刃が帝国軍に降り注いだ。
もっともこの刃の大半はこけおどしの幻影であり、刺さっても死ぬどころか傷一つ負う事は無い。
だが中に混ぜられた1割の攻撃魔術が帝国兵の悲鳴を引き出したのだった。
そこに戦に逸るクベール軍が殺到したのだ。
架空戦術シーンばかり楽しくて困る。
困らない。




