1学園
王国暦422年極北の月(12月)。
王都ゲランデナにある王立上級学校では卒業卒業パーティーが行われていた。
貴族の令息令嬢の通う王立上級学校では学業よりも関係作り、つまりはコネクションを優先する。
学業などは入学前から家庭教師を付けられて学ぶもので、今更学校で一部の庶民や大きく階級の離れた他の貴族と学び直すものでもない。
唯一例外は魔術の実習だが、何より魔術は生まれついての才能や体質が大きく影響するもので、生徒全てに学園の5年間をかけて教えるほどのノウハウは学園にすらなかった。
つまり学園はサロンや茶会などの社交の場の予行練習、あるいは卒業後のための就職活動に時間の多くを費やされる。
何かといえばパーティーや茶会などが催されるのも当然である。
卒業記念パーティーといっても卒業生だけが参加するわけではなく、卒業生から招待された者や、そうでなくても伯爵以上の上級貴族の子息令嬢は参加を求められる。
彼らはコネを結ぶことを求められる方の立場だからだ。
「ちょっとこのロースト、塩が強すぎるわね」
そんな環境の中で、盛り上がる周りを無視してひたすら料理に手を付けて回る一人の少女がいた。
「これ香辛料の少なさを塩でごまかしてるんじゃないかしら?」
ローストビーフらしき料理をくんくんとにおいを嗅いだり、味を確かめたり。
こういう場でふさわしい行為とは言いがたいが、誰も彼女に注意をしようという者は居ない。
彼女の立場がこの場で上から数えたほうが遥に早いのと、会場の空気がそれどころではないためだ。
「しかも岩塩じゃなくて海塩よね?ウチの料理人なら絶対こんな料理は出したりしないわ、しょっぱければいいってモノでもないでしょうに…」
料理が並んでいるテーブルのちょうど反対側、ダンスなどのためのホール部分では、少なくとも表面上は皆楽しそうに振舞うべき卒業記念パーティー…とは思えない緊迫した空気が渦巻いていた。
いわゆる修羅場と言うヤツである。
ホールの中央から二階の控え室に上がるための広い階段の踊り場部分に数人の学生が集まって、ホールの中央に居る一人の女生徒を見下ろしているのだ。
豪華な騎士服に派手な飾りをつけた、ひと目で位が高い家の者とわかるいでたちの一人がその女生徒に高らかにそして高圧的にこう宣言した。
「フランチェスカ!君との婚約はここに破棄をするっ!」
言われた女生徒…ご令嬢は真っ青な顔色で、今にも倒れそうに足元をふらつかせていた。
「あ、アルタイン様…殿下、いったい何を?」
「ミリリに随分酷い事を言ったみたいだな彼女はずいぶん傷ついていたぞ…お前がそんな女だとは思わなかった。
俺は・・・そんなお前との愛の無い結婚などまっぴらだ。
彼女は俺の苦悩を、王族としての重圧を解ってくれた。
俺は彼女との真の愛に生きたい!」
その様子から訳もわからず混乱している訳ではないと見て取れる。
彼女はおそらく正しく今の事態を把握している、その上で顔色を失っているのはその事態が何を意味しているか理解しているからだろう。
彼女の立場か・・・それとも彼の立場を案じての事かは解らないが…。
「これがあの有名な婚約破棄イベント…ッ。
それにしても真の愛(笑)とかテンプレ過ぎないかしら?」
テーブルの反対側から完全にひとごと状態でその悲劇だか喜劇だかを眺めていた少女は、ついつい不謹慎なことを呟いていた。
貴族の婚約というものは家同士で行うもので、それが不服だからと言って本人が破棄できるものではない。
観客のほとんどがそんな事は理解してるであろう、本人だけは理解していないようでやはりこれは。
「どちらかと言うと喜劇ね」
殿下…と呼ばれるという事は、彼は王族と言うことになる。
王族が結ぶ婚約は重要で、王位継承権の条件にも関る重要案件である。
場合によっては彼はこの婚約破棄だけで王位継承権を喪失してしまう事だってありうるのだ。
彼がそれを覚悟の上で婚約者に破棄を言い渡しているのかどうか?
彼女は食べかけの皿とフォークをテーブルの上に静かに置くと、音を立てないようにちょっとだけ気をつけて、ゆっくりとホールに向かって移動を始めた。
幸いと言うべきか、誰も注目するものはいない。
「まあでも、あのバカ王子の兄だしね」
念のため、このまま言葉の応酬だけで終わるのだったら自分に出番はない。
しかしこの王子の取り巻きの中にバカをやりそうな短慮なアホを確認できたため、それで終わらないと予感めいたものはあった。
そしてこの場を納められそうな地位を持ってるのは、当事者以外では自分ぐらいだという事も。
学園とはいえいわゆる公式の場で、自分の婚約者である公爵令嬢に、暴言をぶつけた挙句、一方的な婚約破棄を通達するって…正直ありえないイベントだ。
恐ろしくて伯爵以下の貴族の子弟では口を挟めまい。
生徒の自主性を尊重するとかそんなお題目で、学園にはまず父兄は入ってこない。
教師や給仕や御付は居るが、彼らの位は高くても下級貴族の出で、王族に対して意見できるような立場は持っていない。
教師がそれでこの学校はちゃんと機能してるのだろうか?
もっとも辺境伯より上の嫡子が入学するのはめったにない事であろうが…。
「従兄弟殿はいいタイミングで卒業したわね。
今年も残ってくれてたらチョットは今のタイミングで役に立ってくれたと思うのに」
そう呟きつつも、彼女の注意は一人大仰に階段を下りてくる一人の男子生徒を注意していた。
アルウィン・スタード。
第二王子アルタインの取り巻きで、荒事担当である。
言われもしないのに進んで暴力を振るうので有名だが、バックに王族がついているため誰も文句が言えない。
出自は近衛騎士団長アルバート・スタード騎士爵の次男で、騎士爵および継承者とはカウントされていない身分…つまりは庶民である。
一言で言い表すなら"チンピラ"というのが相応しい、まさに騎士家の面汚しである。
こんな男を取り巻きにしてる事でまたアルタイン王子の評判が下がるのだが、本人たちは気づいていない。
だいたい父であるアルバートからして、学生時代に当時王子だった王の取り巻きで、そのコネで出世した人間だ。
父の方はまだチンピラとまで言えるほど酷い人間ではなかったようではあるが。
「何をぼさっと突っ立ってるんだよ!さっさと跪けよ!」
庶民が高位貴族のご令嬢に言っていい言葉ではない。
もちろん、それは王子の後ろ盾があっても同じことなのだが、彼はそんな事は理解していないようだ。
「ミリリにひどい事を言った報いを受けろ!」
ミリリとは王子一党の中に一人だけ居る令嬢の事だろうか?
彼女の顔に見覚えが無いという事は伯爵家未満の家の者だと思うが…と首を傾げつつも、フランチェスカ嬢の傍らに静かに歩み寄ったタイミングで、公爵令嬢を掴んで床に押さえつけようとしていた短慮なアホの顔面にとりあえず一撃入れておく。
「ブバフェッ…だ、誰だ貴様何をする!」
「何をする…とはこちらの台詞ですわ。
無位無官の平民が公爵令嬢に何をしようとしていたのかしら?」
「お、俺は騎士の…」
「騎士家の…継承権のない次男でしょう?
騎士は跡継ぎ以外は貴族と数えられないって、指摘してあげないと解りませんの?
…フランチェスカ・サノワール・エチュドリール公爵令嬢、お怪我は?」
目下のものは目上の者をフルネームで呼ばねばならない。
これが非常にめんどくさい。
許可さえ取ればその限りではないが、第一声は必ずフルネームでないと無礼にあたってしまう。
「マルグリット様…あ、いえクベール侯爵令嬢ありがとうございます。
私は大丈夫です」
マルグリットと呼ばれた少女はフランチェスカを助け起こすが、その真っ青だった顔がたちどころに赤く染まるのを見て内心頭を抱える。
「どなたか、フランチェスカ・サノワール・エチュドリール公爵令嬢を控え室へお連れしてくださいませんか?」
「フランチェスカでけっこうですマルグリット…クベール侯爵令嬢」
「では私もマルグリットで…。
さてスタード騎士家次男、少しでも騎士家の者としての誇りがあるなら、さっさと衛兵所に出頭して沙汰をお待ちなさい。
あなたの今夜の行いは王子の下僕としても目に余る物がありますよ。
だいたいか弱いレディに狼藉を働こうなど、そんな下郎はこの学園には貴方ぐらいしかいませんわよ」
「き、きさ…」
「私を『貴様』などと呼んだら罪が増えるだけですよ。
クベール侯爵家は決して貴方を…いやスタード家を許さないでしょうね。
もちろん私も許しませんが」
顔色をめぐるましく変えながらアルウィン・スタードはなんとか口を閉じた。
流石にここで彼女に逆らうとどうなるか程度の自制心は持ち合わせていたようである。
その自制心もすぐにも崩れそうではあが。
公爵家はいわば王家の身内に当たるが、侯爵…諸侯家は自立力の高い言わば王家の同盟者に近い。
王国に対して忠誠を誓いその傘下に身を置いているが、ある意味身内の公爵家よりも爵位は劣るとはいえ厄介な相手になる。
「さて…アルタイン第二王子殿下…殿下とお呼びしても?」
「許す」
憮然とした顔でアルタイン王子は答えた。
正式な呼称で呼ばれ続けるなど、本人にしてもうっとおしくてしょうがないのであろう。
幸いこの場には「殿下」と呼ばれる立場の人間は彼しか居ない。
王族は唯一のものとして姓も母姓も省くのが正式ではあるが、一々『第二王子殿下』とかつけられてはたまらない。
実際取り巻きにはアルタイン様やアルタイン王子と呼ばせている。
「では殿下。
私は、クベール家はこの度の事には無関係な立場ですので、一般論だけ申し上げます」
あくまでも臣下の礼をもって…心の中ではどう思っていようとも。
「殿下とフランチェスカ様の婚約は王家とエチュドリール公爵家との間の家同士の盟約です。
ですから不満だからといって当人達で、しかも一方的に破棄することは出来ません。
それでもどうしても不満というのであれば、王家を…国王陛下を通していただいての、破棄の通達を公爵家に行っていただかなくてはなりません。
それが今この場で行えない事はご理解いただけますわよね?」
そして長い沈黙ののち、アルタイン王子はなんとか自分の口をこじ開けた。
「…うむ」
婚約破棄をするな…といったら王子は反発しただろう。
しかしマルグリットが言ったのは、正式な婚約破棄の手法を取らないと認められない。
婚約破棄をしたければフランチェスカにそれを突きつけてないで、正式な手法を取れという事だけだ。
「よかったですわ、殿下が聡明な方で。
もちろん殿下がこの後応急にお戻りになったのち、王家を通して正式にエチュドリール家に婚約破棄を通達するとしても、私は一切関知はいたしません。
それこそ学園の外のお話ですし、余人が関与するような内容ではございませんですしね。
しかし一つ、殿下の下男が公爵令嬢に無礼を働いたことは見過ごすことはできません。
しかるべき所に訴えさせていただきますので、それだけはご了承くださいませ」
「貴様!誰が下男だ!」
下男呼ばわりでなけなしの自制心が砕け散ったアルウィンが、アルタインが止めるまもなくマルグリッドに掴みかかった。
しかし騎士家の嫡男とはいえ、ろくに鍛錬を積んでいないアルウィンでは年下とはいえ軍務従事者であり実戦経験者であるマルグリットの敵ではなかった。
次の瞬間には床に這いつくばって腕を極められている有様である。
「あらあら、本当に躾がなってない下男ですわね」
いつ襲い掛かられるか身構えておくのも馬鹿らしいので、挑発したら即これだ。
襲い掛かるタイミングさえ読めていれば、腕をひねって押さえつけるのはわけない。
これでも自領では領軍の騎士団長自らから鍛えてもらっていたのだ。
アルウィン程度では相手にならない。
たとえ魔術を使わなくても…だ。
そして彼女が場を押さえるとともに静まり返っていた観衆にざわめきが戻りつつあった。
中でも彼女の技に見ほれた一部の観衆が、緊張状態の閑話とともに迂闊な一言を放ってしまうことになる。
「…さすが光刃の戦乙女」
「あ゛?!
今の誰?…誰が言ったの?…私をなんだって?!」
それまで粛々と場を収めてたマルグリットが観衆の一言を耳ざとく捕らえ、いきなり怒気をあらわにした。
犯人を捜すように群集を睨みつける彼女の視線から、ついつい数人が目を反らす。
「素敵な二つ名だと思うのですが…」
気丈にも最後まで事を見届けようと、侍女に支えられながらとどまっていたフランチェスカがそんなマルグリットをなだめようとするが。
「ご容赦くださいフランチェスカ様。
こんな中二くさいあだ名はゴメンですわ」
「中二くさい?…ですか?」
「あら、これは失言を…スラングの類ですのでお忘れください」
王族には向かえないが、はっきりと貴族に無礼を働いた下男であれば衛兵も対処できる。
引っ立てられているアルウィンを見送りながら、襟を正し再びアルタインに向かった。
「それでは殿下、今宵はこれで失礼させていただきます。
エチュドリール公爵令嬢もご気分が優れないようですので、お部屋におくって参りますわ」
優雅な一礼。
型破りなマルグリットは礼儀作法の勉強は好きでは無いものの、一通りはちゃんと修めている。
マルグリットはフランチェスカを部屋に送るとすぐ彼女に付き添っていた侍女を捕まえた。
「ねぇ、あなた。
あなたは公爵家の…フランチェスカ様付きの侍女よね?」
「は、はい、フランチェスカ様に付かせていただいております」
「今の顛末…全部見てたのよね?」
「え、ええ…その、王子様がお嬢様に対して…」
「じゃあ今からすぐエチュドリール公爵家に戻って、今見たことを公爵閣下にそのままお伝えして!
馬車が用意できないようならウチの馬車を用意するから!」
突然の事にぽかんとしてる侍女を急かすように言葉を続ける。
「もし婚約破棄になるとしたらね、破棄されるのと破棄する方では大違いなのよ。
どう対処するかはもちろん公爵閣下にお任せするべきだけど、情報を早く知らせて、動くようなら一刻も早く動いていただいたほうが絶対にいいの!
あなたが戻るまでフランチェスカ様には私も付いているから、急いでお願い」
「わ、解りましたっ…お嬢様、よろしいでしょうか?」
フランチェスカは今の話を聞いて再び顔を青ざめさせた。
しばらく目を泳がせながらも必死に考えをまとめてる様で、やがて決心したように口を開いた。
「アルマ、マルグリット様の言うとおりにお願い。
やっぱり私には判断できない…一刻も早くお父様にお知らせして判断をお任せした方がいいと思うの。
馬車は公爵家のを使って」
「かしこまりました。
では、今日中に帰ってくるつもりですが、その間お嬢様をお願いします。
ベティも後はお願いね」
無言で頷くマルグリットとドレスの袖を掴んで震えているフランチェスカに一礼すると、彼女は早足で部屋を後にした。
言うほど一刻を争うというわけではない。
もし王子の取り巻きたちの誰かが気を利かせて王宮に知らせを送るよりは、公爵邸に知らせを届けるほうがだいぶ早いのは解ってる。
だがエチュドリール公爵家当主、ドリオードル公爵その人に考える時間を少しでも提供するのが、公爵家に使える使用人の務めだと思ったからだ。
急ぎ馬車場に向かう彼女を見送るとマルグリットは自分の侍女に伝えた。
「フラウ、フランチェスカ様のお召し替えを手伝ってあげて。
それが済んだら私の部屋に戻ってアイシャも呼んできて欲しいの。
荒事になるとは思わないけど、念のためあの娘にも居てもらった方がいいと思うわ」
それからちょっと考えるように、顎に人差し指をそえて続ける。
「あとね、部屋からコーヒーのセットと今朝焼いたクッキーも取ってきて。
スコーンが残ってたらそれもね」
ベルン=ラース王国にはコーヒーは流通していない。
南方から入ってくるわずかな量をマルグリットのわがままで、交易港レ・オルレンヌでクベール家がほぼ全てを買い上げている。
もっともこの国では紅茶はともかく、コーヒーの飲み方などを知っている者もほとんど居ない。
ましてやマルグリットが飲むコーヒーはブラックで、家族ですらそれには顔をしかめる味だ。
ミルク入りのコーヒーはクベール侯爵家で密かなブームになってはいたが。
「あの子を送り出した時点で私たちに出来る事はもう無いわ。
油断しない程度にくつろいでましょ」
フランチェスカとその侍女にも振舞われたクッキーとスコーンはえらく好評であったが、残念ながらコーヒーはイマイチであった。
マルグリットに言わせると。
「ただでさえ入荷量の少ないコーヒーの美味しさを、他家に教えてなるものですか」
と、ミルク抜きで振舞ったのが大きいのであろう。
マルグリット自身がブラック派なので、ミルク抜きのコーヒーを勧めるのも自然だったのだ。
さっきまでと打って変わり静かな夜になった。
残り僅かだったスコーンの取り合いが、アイシャとベティの間で繰り広げられたことが騒がしかった程度だ。
もちろんフランチェスカの分はマリーが確保済みで、たっぷりのクリームとジャムが彼女を落ち着かせてくれただろう。
侍女も含めちょっとした女子会めいた雰囲気がもフランチェスカの心を癒すきっかけになってくれればいい。
そのフランチェスカのマルグリットを見る目が熱を持っていることに、マルグリットとフラウは勤めて無視していたが。
気が付いたら明らかにめんどくさい事になると骨身に染みているからだ。
幸いなことにその夜はそれ以上の事件は起こらなかった。
この棟では…だが。
◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇
「なんだあの女は!騎士に対してなんだあの態度は!」
第二王子専用として用意されたサロンでは、アルウィン・スタードの怒号が響いていた。
「よさないかアルウィン、ミリリが怯えてるじゃあないか」
傍らの子爵令嬢を抱き寄せながらアルタインがたしなめるも、彼の怒りは収まらないようだ。
「あ、私は大丈夫ですが、その、あれは…」
「そうだな、あれはアルウィンが悪い」
たしなめる様にというより、嘲りを含んだ口調で長身に癖っ毛を揺らした少年が制した。
「オリオルズ様まで…」
「こういった事は先に手を出した方が悪くなるんだ、だからいかに相手に先に手を出させるか考えないとならない」
「それがアルメソルダ流かい?」
従兄弟であるこの長身の少年をアルタインは気に入っていた。
だが当の相手からは心中馬鹿にされてるとは夢にも思っていまい。
オリオルズ・ベーシス・アルメソルダ。
三公の一角アルメソルダ公爵家の次男で、将来の王の腹心を父に期待されている秀才であるが、アルタインに微塵の忠誠も持っていなかった。
彼はアルタインを扱いやすい傀儡ぐらいにしか考えていない。
「そういう事です殿下。
あれではクベール候家に文句も言えない…まあ彼女の立場的にあそこは押さえに回るしかないでしょう。
一年生だから遠慮するかと思ったんですが、そういう慎ましい性格ではないようですね」
「なんといっても光刃の戦乙女だからな」
会場でそう呼ばれたマルグリットの反応を思い出し、アルタインは鼻で笑う。
彼にしても自分が持っていない実績を年下で女のマルグリットが持っているのが面白かろうはずがない。
自分が戦場に出てればもっと大きな成果を上げていたと、根拠もなく信じていた。
「そういうことだアルウィン、彼女に負けても別に恥じゃないぞ。
未成年で彼女に勝てる人間はそういまい…たとえ男でもな」
だからもし自分が彼女に相対した場合、アルウィンの如く無様に組み伏せられはしなかったと疑っていなかった。
俺はコイツとは違う…おそらくこの場に居る全ての人間がそう思っている事だろう。
アルウィン・スタードはその能力を買われてこの場に居るわけではない。
アルタイン王子の優越感を満足させる為に側に置かれているのだ。
「ですが殿下…」
「それに彼女は婚約破棄自体に文句をつけなかった。
まあつけようがなかったのだろうがな」
何も問題はない、ただアルウィンが恥をかいただけだ。
この場に居るアルウィンとミリリ、そしてオリオルズ以外はそうとしか考えていなかった。
「明日の朝、王宮に使者を出して正式に婚約破棄の要請を出すとするか…彼女の進言のとおりにな」
薄笑いを浮かべているまま、彼は自覚していない。
自分の立場はエチュドリール公爵家の後ろ盾無しに立ち行かない事を。