六話 私、吸魂中です。
ゴブリンの群れを倒し、落ちていたナイフとまだ使えそうな矢、ついでに落ちていた大量の謎の角、もしくは牙を拾い、遠距離から援護してくれていた菫さんに合流する。そこにはさっきの三人組と弓を構え警戒している菫さんがいた。菫さんが私の姿を見ると、ほっとしたような表情を浮かべ警戒を解いた。すぐに三人に声をかけ此方に近づいてきた。私への目は心配が割合多そうね。
「大丈夫でしたか?何処か怪我は無いですか?」
「大丈夫よ。私より後ろの三人が大変そうよ」
走ってきた菫さんの後ろには、ゆっくりと近づいてくる疲れきった三人の男女がいた。
鎧の人は応急処置で左腕に添え木と三角巾がある。三角巾はおそらくローブだろう。さっきまで着ていたであろう女性がそこにいるからだ。どうも疲労の色が濃い。遠くから近づいていく時に魔法を使うのが見えたのと、杖のような先端に輪がありその中に赤い宝石がある物を持っていることから、魔法使いと予想できる。魔法を使うと疲れるのかね、私がもし使えるとしたら、そこらへん気を付けないとな。
もう一人の男、主にショートボウと呼ばれる弓とナイフを使って戦っていた方は、大きな怪我はしていないものの、所々細かい傷が見える。魔法使いと同じく疲れ、そこに悔しさをブレンドした表情を浮かべている。
此方の視線に鎧の人は気づいたのか、少し歩くスピードを上げてやってきた。怪我人はゆっくりしとけって。ほら、後ろ二人も慌ててるじゃないか、まったく。
私から二歩前ぐらいでやっと止まった鎧の人は、黒い目を此方に真っ直ぐ向け、
「先程はありがとうございました!」
左腕の骨折を無視した声量で、きっちり九十度の礼をした。もちろん、
「うぐっ…」
「馬鹿野郎!」
「何してるのよっ!」
「大人しくしていてくださいといったのに…」
腕から激痛が走る。阿保か。
「動かないでよ…≪ペインレス≫」
「お?」
魔法使いさんが何やら呪文のような言葉を出すと、鎧の人が痛がらなくなった。
ペインレス、と言ったか?もしかして麻酔みたいに痛みのみを一時的に無くす魔法か。
ペイン、激痛。レス、少なく。あ、無くすというより気にしない程度に弱くなるのかも。今みたいな状況には最適ね。
「すまない、レナ。ありがとう」
「ハァ、心配させないでよ、ジャック。ダリルも言ってやってよ」
「と、言われてもな。俺、今こんなことやってる場合じゃないと思うがな」
とダリル、弓の人が私達二人を指す。それに倣い鎧の人、ジャックと、魔法使い、レナが私を見る。
「…何か変わった事でも?」
まあ、服とかリュックとか女子なのにまあまあ身長高いとか、変わったところはあるけれど。そんなに変なのかね、この世界の人から見たら。
「その変わった服とか背中の奇妙な袋とか、気になることは多くあるが、今一番気になることは一つ。なんで、『魂』を回収していないんだ?」
「…何ですかそれは」
私の疑問を菫さんが代わりに言ってくれた。魂?ソウルだよね。このダリルさんが言っているのは。
回収、拾う、魂?それって何ぞや。あの白いもやもやがそれなのかしら。
「あの白いもやもや?あれがそんなに大事な物なの?」
「なっ…。」
おっと、鳩がナイフ当たった時みたいな顔してるわ。
私が門番さんから説明を受けた時、一応『魂』と『何かしら使えるもの』を落とすという話は聞いていたけれど、まさかあの謎のとんがりが『何かしら使えるもの』で、白いもやもやが『魂』とは思いもしなかったわ。とんがりなんて、投げて当てれば少しはダメージ当てれるかなぁ、ぐらいだったし。
「え、えっと、じゃあもう一つ聞きたいことができたんだが、いいか?」
「いいわ。今色々話した所で損することなさそうだし」
菫さんに横腹突かれたけど気にしない。でもちぃと痛い。
「二人とも『冒険者』じゃないのか?」
「『放浪者』よ」
「まだギルドに登録はしていないですね」
ここでいう『冒険者』というのは、『ギルドに登録している人』という意味で、登録していない人達、私達のような者を『放浪者』とこの世界では言い分けている。ちなみに放浪者は相当にクレイジーな奴しかいないと言われているみたい。まあそりゃそうでしょう。まともな稼ぎがないのにあっちこっちほっつき歩いている奴らなんて、相当なサバイバル力がないと生きれないし、生きるためにいっぱい頭のネジふっ飛ばしているはず。人間って極限状態になると何でもするから。動物もだけど。
とまあ、そのまともでは無いと言われている存在が目の前にいるという事にポカンという字が似合いそうな顔をしている三人が私の二歩前にいるわけで。
「嘘だっ!」
「あ、有り得ない…。こんな女性が放浪者?」
「あれが放浪者の動き?じゃあ、俺は何だ!?」
そして一人は声を張り上げて反論。もう一人は空を仰ぎ否定。最後にどっかで聞いたことのあるようなセリフで。やっぱり放浪者というのは相当アレな連中の様だ。
質問も無いみたいだから、怪我人もいることだし、この人達を門の前まで送って、そろそろ花を集めに行こうかな。
「それじゃ――」
「文さん」
「ん?どうしたの菫さん」
「少し、魂の回収、という言葉が気になります」
が、菫さんには気になることがあったようで。魂の回収か、確かに気になるわね。とはいえ時計を確認すれば午前十時三十七分。このままでは目標の三二本は早くても約四時間半後の三時ぐらいになる。
別に何か少し遅くなると拙いってことはないが、出来る限り早く門の中に入りたい。何せ此処は異世界で私は此処の事を人伝にしか知らない。要は知らないことが多いからおそらく安全であろう町の中に入りたい、というのが理由だ。だって怖いじゃん、知らないとこ。
そんなわけで出来れば花の回収を最優先したいけれど、三人をそのままにするのは気が引ける。多分大丈夫だとは思うが、怪我人を見るとちょっとね。
だから、さっきは門に送ろうか、と聞こうとしたが、そこを菫さんに呼ばれた、という流れだ。
…うーん、言葉だけで説明されても面倒だし実演してもらうか?見た後生まれる疑問もあるだろうし。
――そうしようかな。楽だし。
脳内で考えたことを菫さんに伝えると、構わないとのお答えをもらえたので、その旨を狼狽え三人組を現実に引き戻し先程の事を話すと、
「分かりました、じゃあ移動しましょう。ジャック、次はわかってるよね?」
「…ハイ」
ゴブリン蹂躙場へ移動することになった。
「『魂』は『スキル』を強化するために必要な物なの。」
蹂躙場に着き、レナさんから『魂』の説明を受ける。
「ちょい質問いい?」
「どうぞー」
「『スキル』って何?」
「あー、そこからだったのね。じゃなきゃ魂の事を知ってるか。まぁ、あとで説明するわ」
ここからは私の説明を受けてなんとなくのまとめを聞いてもらおう。
この世界に存在する人間は皆一つはスキルという物を持っているらしい。剣の扱いをサポート、上達させるスキル、身体をただただ強化するスキル、見ただけで物の名前と詳細がわかるスキル等、世界には数え切れないほどあるらしい。そのスキル達には『レベル』という物が存在しており、このレベルを上げる事で、スキルの効果をアップさせることができる。さらに剣の扱いが上手くなったり、最初は身体が軽いな、程度だったのが、馬で三日の道を半日で走り切ったり等、どんどん強くなるようだ。
じゃあ、どう強化するのか。ここで『魂』が出てくる。魔物等を倒して出てくる魂を回収して、町の中の神殿にある女神像に捧げると、強化ができるとの事。
もし複数のスキルを持っていたらどうするんだ、という疑問もあるが問題ないとの回答。
どうやら捧げた時、その捧げた人のみ触ることができる『薄く魔力で出来た板』が目の前に出現し、そこにその人が持っているスキル全てが表示され、そこから選び、魂を振り分けるという。
どう考えてもゲームのメニュー画面でしか想像できない。というか、あのスキルで出てきたアレに似ているような…?後でメニュー出してみよう。
まあ、『魂』はスキルの経験値と考えてもよさそうだ。
「大体理解できた?」
「えぇ、できたわ。教え方が上手い教官でよかったわ」
「それはどうも。次は回収方法ね。ジャック、ダリル、お願い」
「あいよー」
「本当に回収していいんだろうか?いいとは言っていたが…」
ジャックさんたちの方、魂が至る所でふよふよしている場所へ視点を動かす。
「二人が取り出したもの見える?」
そう言われて二人の手を見る。
「あれは、透明な玉?」
「そう、正しくは『吸魂玉』って言うわ。あ、吸い始めたわ」
ジャックが右手に持った吸魂玉が突然光りだした。すると周囲で浮いていた魂達が吸魂玉に向かっていき、吸魂玉に触れると消えた。いや、吸い込まれたのか。
見たところ、約半径五メートルの魂が吸えるって感じかな。残っている魂達をダリルさんがどんどん回収していき、全ての魂を回収し終え二人が戻ってきた。
「で、この魂が入った吸魂玉を女神像に捧げると、魂を振り分けられるってわけ」
「なるほどね。でもどれぐらい入ってるかなんて、今のままじゃ分からないけど…」
「大丈夫、吸魂玉に触ってみて」
ジャックさんが吸魂玉をスッと私の前に差し出した。言われるがまま触れてみると、
「どういう技術よ…」
吸魂玉の上に数字が出てきた。2306と書かれている。
「数字が出てきた?それが吸魂玉に入ってる魂の量よ。どうやって数字にしているのか、未だに分からってないけど」
「大丈夫なんですか?そんな理屈の分かってない物を使っていて」
「菫さん、麻酔も同じようなものよ」
「うっ、それは、そうですが…」
「どうかした?」
「いや、何でもないわ」
「そう?ま、説明はこんなもんね。――っと忘れてた。回収したい時は魔力を流せば吸ってくれるわ。試しにやってみて」
そのまま触れていた吸魂玉に魔力を流す――ステータスカードの時のように、今度は掌から気、魔力を吸魂玉に浸透させる。するとさっきジャックさんがやっていたように光りだした。魔力を止めると光る事を止めた。
「よし、問題ないわ。菫さんもやってみて」
菫さんはレナさんの言葉に頷くと、私が触れていた吸魂玉にゆっくり近づき、触れる。そしてすぐに吸魂玉は光り、直後光は消えた。ほぉ、と感嘆の声を上げる。
「…面白いですね。興味が出てきました」
でしょー、とレナさんが頷く。気が合いそうね、二人。それはそうと話を進めよう。
「こほん、さて説明してもらったことだし、門まで送るわ」
「ああ、そうだったな。頼む」
「任せんしゃい」
「ハハッ、頼もしい限りだ」
夜まで時間はあまり無いが、まあいいでしょ。…ゴブリンから出てきたあの変なの、換金できないかなあ。この謎のとんがりは『ゴブリンの牙』という、ゴブリンからの落とし物だとジャックさんが教えてくれた。少しは足しになるといいけど、期待はしないでおこう。それがいい。
さあて、戻るとしますか。行動は早め早めが一番だ。