四話 私、時間がありません。
「やっぱり入国料は必要よね。」
「———はい、たとえ異世界人であったとしても、入国料を払わずに入れるのは後々の治安に響いてきますので、申し訳ございませんが現時点ではこの国に入ることは不可能です。」
「…そうよね。」
門番さんにこの世界の常識を詳細とまではいかなかったけれど、教えてもらった約一時間後。こんなに時間を割いてもらって本当に申し訳ないと思うと同時に、深い感謝を門番さんに。
さて、どうしたものか。目を瞑って今教えてもらった知識をフル活用しながらこの状況を打破できる策はないものかと考えを巡らせても出てくるのは、穏やかな解決法ではなかった。
まずい、このままでは壁の外で野営をせざるを得ない。そんなことになってしまえば三途の川ツアー死神ガイド付きに出発する事になる。それだけは避けなければならない。
私がこんなに焦っている理由は、「魔物」という存在が関係する。
魔物。出現した理由、時期不明の人ならざる者達。
特徴は、どんな場所にも条件さえ整ってしまえば出現するという点と、死亡時に魂となぜか武具や薬草などを残し、身体は霧散するの二つである。
どんな者達がいるのかと聞くと、始まりの平原を例にして言うと、『緑色の人型、子供ぐらいの大きさ』の様な者もいれば、『様々な色の柔らかくて丸い』者など、他にも様々な種類の魔物がいるらしい。
主に人間達と敵対しており、人間を見るなり殺意を持って襲い掛かって来るらしい。
さて、ここまでで大体状況はわかったと思う。私達は今生きるか死ぬか、その瀬戸際にいる。外を歩いてここに来た時は運良く見つからず通り抜けれたからよかったものの、野営となったら話は別だ。その場に留まって魔物をやり過ごせなければならない。
いや、命取り戻して二時間ちょい位で手放したくないわ。が、いい案が一つも出てこない。菫さんもかなり怖い目つきで考え込んだままだ。門番さんも書類を整理して出る準備をしている。
参ったな、これ。詰みってこういうことを言うのだろう。上を向いたら何か思いつくかなと、顔をあげてみたけど、溜息ぐらいしか出なかった。嫌だなあ、幸運がどんどん逃げちゃう。
門番さんは書類整理が終わったのか、時計を確認している。視線の先、門番さんの後方の壁についている時計を見ると、針は八時四十二分を指していた。
通常開門は午前九時らしく、あと十八分後には門の外にある長蛇の列を門番さんは相手にしなければならないらしい。それまでには私たちを如何にかしなければならない。
ああ、本当にごめんなさい。泣きそう。
私がネガティブに陥っていると、門番さんが、ああその手があった、と呟いた後、突然右側の棚をあさり始めた。そしてすぐに一枚の紙を私たちの前に置いた。真剣な表情で私たちを見て、口を開いた。
「御二人は何か戦うための技術はお持ちでしょうか。」
「「…へ?」」
出てきた言葉は、まったく予想していないものだった。
「どういうこと?」
「今ここにある書類は『クエスト』と呼ばれる依頼書です。あなた方御二人にはこのクエストを受けてもらおうと考えております。」
そう言われ、依頼書の方を見る。…見たことない文字が並んでる。そういや異世界にきて言語が違うとか予想はずなのに全く話が通じることに疑問を浮かべないとか、本当に混乱してたのか。
それにしても全くもって知らない文字を見ているはずなのに、意味が分かる。
内容は癒し花の採取。一本につき八十フィル。フィルというのは異世界での通貨の名前で、円とかドルといったもの。今ここで通貨の話をすると少し長くなるので割愛。
一応門番さんに聞いてみよう。もしかするとこの翻訳があっていない可能性がある。
「…そのクエストの内容は?」
「『癒し花』と呼ばれる、近くでは始まりの草原に生息している、ポーションの材料の採取です。依頼の難易度は最低ランクのGで、本来はギルドに登録しないと依頼を受けることはできないのですが、このGランクというのは特別で、登録なしでも依頼を受けることが可能です。」
へえ、初めて知った。じゃないわ、落ち着け。
ギルドの説明も受けたけれど今は『国の巨大な何でも屋』という認識で十分なので成り立ちなどはいったんスルーしよう。さっき門番さんが言ったように本来登録しないと依頼、クエストを受けることは不可能だ。会員登録しないとDVDやCDが借りられないレンタルショップと、近いものがある。
そして、クエストには内容によって難易度が目安として書かれている。G~SSSの十段階があり、その中の最低ランクであるGランクは、常時依頼と呼ばれ、登録していない一般人でも受けることが可能だ。その依頼をこなし得たお金でどうにか生活してる人々もいるらしい。
要するに、門番さんは私たちにGランククエストを受けさせ、そのお金で入国させようとしているのだ。多分。そうだといいなあ。
「それでは、技術を持っていて受け成功した時の報酬というのはどこから出てくるのでしょう。」
「そこに関しては問題ありません。あちらは簡易な受取所にもなっていて、そこで納品することも可能です。その代わり、状態などによる報酬の上乗せなどはありませんが。」
指された後方へ視線を動かすと、『受取所』と書かれた看板がかかっているドアがあった。
なんということだ、城壁のなかってこんなに空洞があっていいのか。
それは置いといて。
こいつは良い流れというのではないかね。なんでこんなに話が進んでいるのかは正直わからないけれど、他に方法がない以上乗るしかない。が、一つ懸念材料がある。それは魔物。ここでも立ちふさがるかおのれぇ。始まりの草原に出る以上、魔物との戦いは想定しておかねばならない。見つからずに行けるのならいいけど、多分無理でしょう。さっき戦いの技術があるのかを聞いたのも、それが理由なんだろね。
ま、私は問題ない。おばあちゃんとおじいちゃん、あれは女の子にやらせるものじゃあない。おかげさまで、一人で熊が殴り倒せるようになっていましたよ、中一で。
菫さんの方はどうだろう。神様らしいけどどうなんだろう。
「菫さんはどう?私は草原にいる奴等位だったら倒せる自信があるわ。」
「…少し弓術をかじっていました。門番さん、弓の方をお借りできないでしょうか。あと鈍っていると思うので試し打ちができるのであれば。」
「問題ありません。少しお待ちいただけますか、すぐに準備しますので。」
…何か始まる感じ?
現在午前八時五十四分、残り四分。私たち三人はまた門の前に戻ってきた。光が眩しいよ。
さて、状況を説明しましょう。菫さんの借りることができた物はロングボウ。そして狙う的は、
大体五十メートル位離れたところにある、リンゴ。
「…本当にあれでいいの、菫さん。」
「ええ、これぐらいできなければあの魔物を倒せる気がしません。」
「あぁ、うん、そうね。がんば、菫さん。」
菫さんの目と声が本気だったので、おとなしく引き下がることにした。
そういえばだが、ロングボウは弓を引くのに相当な力が必要だと聞いたことがある。やったことがないから何とも言えないけれど。
「…行きます。」
場が鎮まる。ゆっくりと持ち上げ、引く。綺麗だと、純粋に思った。
刹那、リンゴが打ち抜かれていた。打ち抜いた菫さんの顔には、
「これで問題ありませんね。」
自信に満ちた微笑みが映っていた。
遅くなって申し訳ございません。
設定を考えるのが必死で書けなかったとか死んでも言えない…!