序章 私、黄泉帰りです。
小説初投稿です。さらに、初心者なので読みづらいと思いますが、それでも読んで下さる方は、そのままお読みください。
寒くもなく暑くもない。太陽はなく月もないが明るい、そんな場所に私はなぜかいた。
私、神宮寺文は今見渡す限り何もない白い空間に立っている。夢だと思って頬をつねってみたが痛みの後少しひりひりするだけだった。全身をペタペタと触ってみたが特に異常はない。服も制服のままで五百円で買った腕時計も問題ない。教科書と煎餅がたっぷり入ったリュックサックも変わらず背負っている。
一つ変わったところは肩に触れるぐらいの髪の色がなぜか黒から紫になっていることぐらいか。
――私はなんでこんなところにいるんだ?
私の身に何か起きたのか。それを考えるより兎にも角にもここから出なければ。そう思い歩き回ろうとしたその時、
<<お待ちください>>
立ち止まる。どこからか聞いたことのない女性の声。待ってくれと言われたが、どうしたものか。今時計は七時半を指している。まだHRまで時間はある。小学五年から高校二年までは一応剣道部だった。三年となった今はわからないし、足の速さにはあまり関係ないと思うが、問題ない。
それは置いといてだ。ここで意味もなく歩き回っていてもただ疲れをためて座り込むだけだし、この女性の方が色々と知っていそうだ、と私の勘が告げている。
ここは話を聞いて何かあったら逃げよう、そうしよう。さて、話をしようとあたりを見回すが、誰もいない。
え、もしかして幻聴?けど、かなりはっきりと聞こえたし…。
<<私は貴女の魂と同化しています。なので肉体と呼称されるものを所持していません。>>
さっきの女性の声が今度は頭の中に響いた。ほうほう、言っている意味が全く分からん。てか、さらっと私の魂と同化って、いったい何故。
<<今から約四分前、七時二十六分三十八秒、大型トラックに撥ねられミンチに。その後犯人トラックの運転手はそのまま逃走。まあ、よくある轢き逃げにあったわけです。それを丁度見た私たち神が可哀想だなということで、その代表として勝手な判断ですが私があなたの魂と同化し、体を修復しました。そして今は、異世界に転移しようとしています。あ、私の名は菫です。>>
いやいやいや、四分間に色々あったんだねと、首を振る。まるで他人事のようだ。そう感じるにも理由はある。その四分間の記憶のほとんどが抜け落ちていて、いまいち自分のことだと感じられないのだ。死んで生き返らせてもらった事はとてもありがたい。
けれど、一つとても気になることがある。
「なぜ異世界に?」
これだけ、これだけがよくわからない。別にそのまま置いといていいと思うけど、何か問題があるのだろうか。
<<事故があった時かなりの目撃者がいたので、その場で復活させるとおそらくですが、何かの実験に使われるかと。>>
ああ、なるほど。さっきも菫様が話していたが、私は事故でミンチになっている。そんな人間が目の前で元に戻ったら。間違いなく不死を求めている方々は、私をサンプルとして欲しがるだろう。まあ、日常生活が送れるはずもなく、捕まったら最後、実験と称した拷問に付き合わされるだろう。
そこまで考えてくれていたとは、ありがたや。
<<ふふっ、それほどでも。後できればですが、様はちょっと…>>
この神様、照れておる。何でこんな可愛いのですか。命の恩人という補正もあるだろうけれども、反則だ。今、鼻血が出ないだろうけど出そうだもん。あ、出た。
<<だだ、大丈夫ですか!?」
私の体から何かふよふよしたものが出て行ったと思うと、目の前で人の形へ変わる。出てきたのは、少し涙目の、紫の花が描かれた黒い着物を着た中学生ぐらいの女の子だった。
「それで菫様、私はどこに?」
「様は無しでお願いします。」
「でも――」
「無しで」
「はい」
何とか鼻血は落ち着いた。まだちょっと鉄くさいが私のせいだし我慢。
さっき出て来た女の子は菫さんだった。あの落ち着いた声からはちょっと意外だったけど、まあ可愛いから良し。
そして本題、私はどんな世界に行くのか、期待を込めて聞いてみる。
「その事なんですが、実は私にもわからないんです。」
すみません、と菫さんは頭を下げた。そうなのか、てっきり転移先まで見えているものだと思っていた。ま、楽しみが一つ増えたと考えておこう。
大丈夫だよ、と伝えて顔を上げさせる。一応私人間だから存在の格では菫さん私より上なんだよね…。
菫さんによるとこの転移の術は、時間がかかるらしくしばらく待つ必要があるらしい。リュックサックから煎餅と教科書を取り出し、それらで少し時間をつぶす。多分転移するまでの間こんなに寛いでいるのは、そうそういないんじゃないだろうか。まあ、他に転移者がいればの話だけど。
あと、菫さんも私と一緒に異世界に行くらしい。理由は私の体を修復したが心配、といったものだった。よくできた奥さ、いや神様だ。
菫さんと国語の教科書に載っていた羅生門を読んで感想を言い合っていると、突如寝転がっていた私の真横にドアが上から降ってきた。あ、危なっ。危うく潰されるところだった。菫さんもこう来ることは知らなかったのか目を丸くして驚いている。が、すぐに気を取り直し、私に準備するように催促する。
教科書と煎餅が入っていた袋をリュックサックに詰め、背負いながら立ち上がると菫さんが真剣な顔で説明し始めた。
「このドアは、異世界へ繋がっています。開けて入ると一瞬意識を失いますが、問題はなく異世界につくらしいです。」
なるほど、これはかの有名な青い猫型ロボのドアのようなものなんだろう。時間がかかったのは異世界へ確実に繋ぐため。もし、失敗したら世界と世界の狭間を一生彷徨い続ける可哀想な人間になると追加で説明を受けた。そうすると時間がかかったのも仕方がない。
今頃大騒ぎなんだろうな、元の世界。まあ、"剣聖"が消えたぐらいで世界が終わるわけでもないし、いっか。…家族も友人もいないし、問題ないでしょう。
よし、暗い話題はもう無しだ。今は第二の人生が始まろうとしているんだ。思いっきり楽しまなきゃ損だ。
「準備できましたか?」
「ええ。行きましょう、菫さん」
菫さんの方へ向き頷く。
さて、どんな世界が待っているか、楽しみだ。
ドアノブを回し、開く。周囲が黒に染まっていく。
文は中に一歩踏み出し、意識を失った。菫も続く。
これは、一人の人間と一柱の神の物語。この先を知る者はまだいない。