0006ページ『契約と代償』
こんばんは(*´□`)ノ
しばらくロイの涙が止まることはなかった。
その間ニグルとハクは焼いた肉にかぶりつき、ひたすら無言で口を動かしていた。先程と打って変わった様子から気遣ってくれていることに気付くのに時間は掛からなかった。露骨すぎて笑えてくるほど極端であったのだ。だが、泣いている姿を見ないようにしてくれる彼らの心遣いがロイには正直ありがたかった。
「失礼した」
「もう、いいのか?」
「あぁ。……予感はあったんだ。いつも急に居なくなるのに今回は身の回りの物を整理して行っていたからまるで死地に赴くみたいだと……どこかで覚悟している自分がいたから言われた時に抵抗なく受け入れられたんだと思う。それに叔父が満足した最後を迎えられたなら俺から言うことはない」
「ハク兄!決めた‼こいつにする!!!」
「ニグル。急スギマス。モットヨク相手ヲ知ッテカラデモ遅クアリマセン」
「最初に言った。こいつ私の探してる人間かもしれないと……。私の勘よく当たる。ガンじいの推薦。料理合格。仲間大切にする合格。何の問題もない」
唖然とするロイにハクは目をやりため息をつく。
「ハァ。ニグル、物事ニハ順序トイウモノガアリマス。説明シナイト相手ノ了解ヲ得ルコトハ無理デスヨ」
「むぅ。説明苦手。……ハク兄、パス。私がしても理解して貰えない。意味ない」
「仕方ナイデスネ」
返答とは裏腹にハクはふんだんに尻尾を振っている。どう見ても喜んでいるようにしか見えないがニグルが気づかぬ振りをしているためロイも習って素知らぬ顔をした。
「私タチノ旅ニハ目的ガ三ツアリマス。一ツ目ハ先程モ言イマシタガ、ガウディッド・ロベグール・ホグゾンノ死ヲ肉親二伝エルコト。二ツ目ハ料理人ヲ探スコトデス。ニグルハソノ料理人トシテ貴方ガイイト言ッテイマス」
「ちょっと待て。なぜ料理人を探す必要がある?それに叔父の推薦とはどういうことだ?」
貴族ならば料理人を求めていてもおかしくないが、ニグルの格好からしてどこかの令嬢には見えない。これが例え変装だったとしても、しゃべり方から違うと断言できる。しかし、そもそもニグルの存在自体がおかしいのだ。
人ならざるモノ達が住まう場所――――それが賢者の森である。
人間を嫌う彼らとのいさかいを避けるためグリノワール王国ではホグゾン家の者以外の出入りを禁じている。仮に他の者が入りたいという場合は国王に願い出てからホグゾン家を介し、森の賢者の許可を得なければならない。破って入ろうとする者には例え国王であろうと死が待っていると初代国王が法令で定めた。しかし、これが賢者の森に入った者を処刑するという意味なのかそれとも入った者は生きて出てこられないという意味なのかは不明である。――――というのも過去の文献や書物によると建国以来これを破った者はいない。ホグゾン家所有の記録書を見ても過去に許可を得た者は八百年程前になる。
それなのにニグルは賢者の森から来た上に白狼のことを兄と呼んでいる。色々理解できないがロイは事実を整理していく。
人間にしか魔導書は呼び出せず使用もできない。つまり、ロイのために魔法を使ったニグルはまぎれもなく人であることを指す。人が賢者の森にいたというのは国王に報告すべき事柄であるが、そうなると最悪の場合ニグルは処刑になってしまう。恩に仇で返すマネなどしなくはないが森を任せられている一族の者としてはこのままでいる訳にもいかない。様々な想いや疑問がロイの頭の中を駆け巡るが、いくら研究バカで変人な叔父でも一族には誇りを持っていた。ニグルに問題があるならばそのままにはしておかいはずだと思い直し、とりあえずこの件は保留にしておくことにした。
「先程ノ黒ズミカラモ察セラレルト思イマスガ焼クダケノ簡単ナ料理ダトシテモニグルガ作ルト食材ハ全テ炭ト化シマス。コレハ成長期ノニグルニトッテ忌忌シキ事態デス。コノ間マデハ貴方ノ叔父ガ作ッテクレテマシタガ……亡クナル前ニ自分ノ代ワリニゼヒ貴方ヲ次ノ料理人ニシテホシイトイワレマシタ」
確かに成長期の子どもの栄養が偏ってしまうのは問題であるだろうが、ロイのやりたいことを推奨していたガウディッドが安易にそんなことをいうのはおかしな話である。
「本当に叔父はぜひにといったのか?」
「エェ。ソレガ貴方ノタメニナルトイウコトデシタヨ。マァ、ホグゾン家ノ者トイウ時点デ拒否権ハナイノデスガネ」
「どういう意味だ?」
「オヤ。森ノ賢者トノ契約ヲ知ラナイハズアリマセンヨネ。ホグゾン家ノ者ナラバソノ身ヲモッテ知ッテイルハズデスヨ」
「それは一つの魔法しか使えない代わりに強力な魔法が使えるという契約のことだよな。それがなぜ拒否権がないということになるんだ?」
「ソレハ契約デハナク願イノタメノ代償デス。ドウヤラ我々ガ危惧シテイタ通リ正シク継承サレテイナイヨウデスネ。正シクハ……ホグゾンノ名ヲ冠シ、ロベグール・ホグゾンノ血ヲ継ギシ者二チカラヲ与エル。カワリニ一族カラ一人賢者ノ森ノ番人ニナル契約デス」
ロイにとって初耳だった。――――というのも仕方がない話である。両親は幼き頃に他界しているため代わりに育ててくれたのはガウディッドだった。つまり契約について語ることができる人物は叔父以外にいなかったのである。
通常の者ならば、理解できる年齢になった時に語り継いだだろう。しかし、ガウディッドは世間でいうところの変人である。研究室に籠れば最後、食事など忘れ栄養失調で倒れているのを発見されること数十回の彼がそんなことに気を回せただろうか。答えは否である。実際、ロイはホグゾン家のことは書物に書かれた程度しか知らない。叔父のことだからそのことに森に行ってから伝えていないことに気付いたのだろう。そして彼らに伝えたのだと容易に推測できる。
身内としてはガウディッドらしさに思わず苦笑が漏れてしまう。
「大昔、ロベグール・ホグゾント森ノ賢者ハ契約ヲシマシタ。森ノ主ガ代ワルタビニ賢者ノ森ハ名ヲ変エテキマシタガ、ソノ契約ガ無効ニナルコトハアリマセン。ダカラ貴方ノ叔父ハ森二来タノデスヨ。契約ニ従イ番人ニナルタメニ……マァ、他ニモ目的ハアリマシタケドネ」
「……叔父を無理矢理連れていった訳ではないよな?」
「ソレハ心外デスネ。アノ時ノ我々二番人ナド不要デシタカラ連レテクル必要ナドアリマセン。寧ロコノ契約ヲ利用シタノハ彼ノ方デスヨ」
「利用した?」
「考エテモミテ下サイ。人ノ邪魔ガ入ラズ、賢者カラ知識ヲ得ラレ、望ム研究ガ思ウ存分デキル場所ナンテ探求者カラシタラ最高デハナイデスカ。悪魔ニ魂ヲ売ッテデモトイウ者ハ多イト思イマスヨ」
「確かにそんな場所なら叔父は住みつくだろうな。また勘違いをしたようで失礼した。それに、どうやら叔父が迷惑をかけたようですまなかった」
「問題ない。迷惑なんて思ってない。ガンじいの料理おいしかった。全てはそれで許される」
前のめり気味に満足げな顔でいいきるニグルの勢いにロイは思わず怯んでしまったが、そんな妹にハクは優しい眼差しを向けていた。
「マァ、ソウデスネ。ニグルガ言ウ通リ問題ハアリマセンデシタノデ謝ッテイタダカナクテケッコウデス。トリアエズ一族最後ノ者デアル貴方ニハ強制的二番人二ナッテイタダキマス」
ハクが黒い笑みを浮かべているように見えるのは気のせいだとロイは願わずにはいられなかった。
初代当主ロベグール・ホグゾンの生涯は生死不明のまま既に千年以上の時が流れている。人間である以上死んでいることは確実だろう。
だが、この世を去っても未だにその血に連なる者たちとの間にて契約は継続している。叔父も一つしか魔法が使えなかったが、通常では考えられない威力であった。
つまりこの事から言えるのは未だに契約が続いているということだ。
「お前たちの話を聞く限り、別に俺じゃなく他の料理人でもいいような感じだよな。番人もいなくてもいいような感じだし……他の人間をあたってくれないか?」
「確かに最初、お前じゃなくてもよかった。ホグゾンの名に縛られず探すつもりだった。だが、もう無理」
「何故だ?」
「さっきも言った。お前の料理合格。これ、一番の理由」
「料理を褒められたのは嬉しいが、そこをどうにかならないか?ホグゾン家の者はもう俺だけだ。虫のいい話かもしれないが契約をなかったことにはできないのか?」
今、自分がここにいる原因を考えるとロイには意味のなさない契約である。解除しても問題はないはずだと思い提案してみるがニグルは首を横に振った。
「何を言っても無駄。諦めろ」
「ニグルガ望ム限リ貴方ニ拒否権ハアリマセン。最初ニ言ッテオキマスガ、抵抗スルツモリナラコチラモ手段ヲ選ビマセンノデ可笑シナ気ヲ起コサナイデ下サイネ」
やはり黒い笑顔は気のせいではなかったらしいとロイの顔が引きつった。
「せめて数年待ってもらえないか?」
「何故デス?」
「俺は今グリノワール王立魔導学院の学生だ。せめて卒業するまで待ってほしい」
「卒業デキルノデスカ?」
「叔父から何か聞いたのか?」
「理由ハ教エテクレマセンデシタガ、卒業ハ無理ダトイッテイマシタネ」
「――――そうか。……俺は魔法が使えない。それどころか魔導書を呼び出すことすらできない。特例で学院に入れたが、数日後に行われる試験に合格しなければそこにもいられなくなる。だから賢者の森にいる叔父に会いに行こうとしたんだ。魔導書研究の第一人者である叔父なら何か新しい方法を得たかもしれないと思ったからな。もし駄目でも賢者である金狼帝から知恵を借りようと思ったんだ」
「……ナルホド。ソウイウコトデスカ。アノ男ノ思惑ハワカリマシタ」
「ハク兄。どういういうこと?」
二人の視線がハクに集まった。
「ニグルガ気ニスル必要ハアリマセンヨ。タダ、貴方ニハ森ヘ行ッテモ意味ガナイコトヲ教エテオキマス。私達ト一緒ニ行ッタ方ガ貴方ニハ最良デスヨ。時間モナイトイウナラバ余計ニデス。マァ、会ッタバカリノ私達ヲ信ジロトハイエマセンノデ貴方ノ叔父ヲ信ジテミテ如何デスカ」
「叔父を疑う事なんてないが森に行っても意味がないとはどういうことだ?」
「詳シクハマダ教エラレマセンガ金狼帝ハ私ノ父親デス。ソノ息子ガ行ッテモ意味ガナイトイッテイルトイウコトダケハ理解シテ下サイ」
とても嘘を言っているようには見えなかったが、どちらにせよ猶予がない以上賭けにでるしかないだろう。ロイは腹を括る。
「わかった。正直いって吹雪が収まってから家に戻って食糧の準備をしてとなると試験に間に合わない。ならば、恩人を信じるよ。とりあえず、お前たちと行動を共にするから番人の件は保留にしといてくれ。で、森から出てこの道なら目的地は王都だろう?どこに行くんだ?」
瞬間ニグルの瞳は輝き、ハクの黒い笑みがより深くなった。
「「グリノワール王立魔導学院」」
ロイは不本意に間抜けな顔をさらした。
お読み頂きありがとうございました(*´ω`*人)




