0002ページ『彼』
こんばんは!
一人の青年は死の瀬戸際にいた。
豪雪注意が呼び掛けられた日に出掛けるなど自殺行為だと本人も自覚している。だが、彼にも譲れない事情があった。
目的地の賢者の森は目と鼻の先だというのに横たわる体は既にいうことを聞かず昨日のやり取りをただ後悔するばかりだった。
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「ホグゾン!ロイ・ホグゾン!!落ちこぼれのロイ・ホグゾン」
人混みの中、突然呼び止められた声は上から目線で苛立ちを感じるが相手はこのリュゼリア領領主の子息なのだから仕方がない。いつものメンバーに加え護衛役として魔導騎士を引き連れているため回りには不自然なスペースができている。
話しかけられた途端、二人の間にいた者達も道を開けるものだから驚いたが呼びかけた本人はさも当然のような態度であった。人々が隠すことなく興味津々に見物しているため居心地が悪いが、それ以上に珍獣になった気分が強いというのもなんだか不思議な感じがする。
アゼンロード・オルガラフ・リュゼリアと取り巻き三人組を目にとらえた時に厄介なことになると思い避けようとしたが目敏く見つかってしまった。こんな時、自分が長身でなければ上手く姿を隠せたのではないかとつくづく思ってしまうのは仕方がないことだろう。
無視する訳にもいかず立場上、会話に付き合う選択肢しか残っていない。内心ため息をつくも顔には一切ださず同い年の彼らと話せる距離まで近寄った。
「何かご用ですか?アゼンロード様」
「お前、何してる?」
「何とは?この姿を見ればわかると思うのですが……」
手には買い物袋を下げている上に彼らがいるのは領内でも有名な買い物通りである。
「アゼンロード様の問いに素直に答えればいいんだ」
「そうだ。そうだ」
声変わりを過ぎたにしては甲高い声の取り巻きその一とその二の双子がアゼンロードの代わりに問い詰めてくる。質問した本人もあごを上げ先を促す為、素直に従った方が得策だろう。
「冬休みの課題のために必要な物を買っていたんですよ」
「ハッ、冗談は寄せ!お前は退学しただろ!?」
アゼンロードの横では取り巻きその三の小太りな男が肩をすくめ、耳障りな笑い声をあげている。
「もともと、お前のような奴がグリノワール王立魔導学院で学べるなどありえなかったんだ。魔女や魔法使いのエリートという選ばれた者のみが入学を許されるはずなのに特殊な一族だからと…………。お前たちなどただの落ちこぼれじゃないか」
「今、なんと言いました」
自分には分相応な学院だと本人が一番よくわかっている。ロイより遥かに秀でた者でも簡単には門をくぐれない。だからこそ学院に憧れを抱いているアゼンロードが突っ掛かってくる気持ちもわかる。
ただ自分の悪口だけで済むなら黙っていようとしたが、一族をバカにされれば話は違う。冷気をまとった怒気にアゼンロードは少し怯んだようだった。
「勘違いされているようですが、俺はまだ学院に席を置いています。それに、我が一族は落ちこぼれでもありません」
「まだ?……ということは冬休みが終わってからの試験に合格しなければ退学になるという、あの噂は本当なんだな!」
ロイの言葉で気を取り直したアゼンロードは声高らかに嗤った。
「アハハハハ、愉快だ。お前は悪足掻きの真っ最中というわけか!どうせ、無理なんだ潔く諦めたらどうだ?落ちこぼれの一族でない?単魔しか使えない一族なんて落ちこぼれ以外の何だというんだ」
「ガウディッド・ロベグール・ホグゾン……彼はグリノワール王立魔導学院の学院長になろうとした我が一族の誇りです」
「あぁ、お前の叔父か。少し強力な魔法を使えただけだろう。実際、学院長にはなれなかった男だ」
「違います!叔父は学院長の椅子になど興味がなかっただけです。その地位に縛られるより魔導書研究に全てを捧げたかったから、ならなっただけです!」
「フッ、所詮負け犬の遠吠えだ」
アゼンロードの後ろで「そうだ、そうだ」と同意する三人が腹立たしい。人柄を知らず結果だけを見れば、そう思われてもおかしくないことはロイ自身もわかっている。叔父は例え名誉な賞を受賞しても代わりに忙しくなるなら嫌だからと辞退してしうような人物だった。そんな叔父を理解しろというのは難しい。
「……しかし、叔父がロベグールの名を国王陛下から許されたのは事実です。これがどういう意味かわからない者はいないでしょう。初代ホグゾン家当主にして偉大な魔法使いロベグール・ホグゾン。今なお、王国で語られる彼の名を継ぐのを許されるのはホグゾン家の血を引く強者だけです」
「バカか。代々学院長には国で一番強い者がなるんだ。叔父が名を継いだ……だから何だ?学院長になれなかったことが全てを物語っているではないか。きっと初代以外落ちこぼれしかいない一族に心優しき陛下が恩情をだされ名を継ぐ許しを与えたんだろ」
「違うっ!」と、否定したいのに証拠がなければまた言い負かされてしまう。自分では敬愛する叔父の偉大さを証明することができない悔しさに拳に力が入る。
「落ちこぼれの一族の中でもお前は特に酷い。歴代最弱だ。つまりは世界最弱だ。それなのにお前が学院に入学できるなんて、おかしいだろ。それを聞いた時の僕の気持ちがわかるか?なんという悪夢だと思ったよ。だが、噂は本当らしいからな。長い悪夢ももう終わる。冬休み中に単魔使いにならなければ試験さえ受けられず退学なんだろう。賢明な者ならば退学されるより自分から去るが、最後は皆を楽しませてくれるらしいな。今まで無理だったのに短い期間で修得できるはずないだろ」
「確かに俺は……今はまだ弱いです。それは認めます。しかし、だからといって諦めてどうなるのです?ご存知の通り俺の一族は望めば一定期間まではグリノワール王立魔導学院で学ぶことができます。しかし、それは普通の学院では入学試験さえ受けさせてもらえないからです。もちろん、卒業までするには他の生徒と同じように実力を問われるのにアゼンロード様はバカにするのですか。一族にはグリノワール王立魔導学院を卒業した者もいるのに」
「何といわれようがお前たちを認める気はない。卒業もどうせズルしたんだろうしな」
血の滲むような努力をズルという一言で終わらせるその言葉はこれ以上ない侮辱だった。思わず殴りかかろうとしたが、理性が総動員してそれを止める。行動により生じるだろう損害を計算しての抑止だがこういうとき自分の冷静さが腹立たしくもあり、ありがたくもある。
「っ……アゼンロード様はまたとない機会を頂いても何もせずに諦めるのですか?……一族から卒業生がでたのは諦めなかった結果だと俺は思っています。だから、俺は続けますよ。夢のためにも学園を辞める訳にはいかないんですから。それに俺が学園から卒業できたら一族がズルをしていない証明にもなりますよね」
「証明?ハッ。アハハハハハ。アハハハハハハハ。無魔のお前が何を証明するというんだ!?」
アゼンロードはお腹を抱えて実に愉快そうに笑っている。
「はらが、腹が痛い。笑わかせるな。世界最弱のお前に証明できるものなんてあるはずないだろう」
「では、賭けをしませんか?俺が強力な魔法を一つ使ったら一族への侮辱を取り消し謝罪してください」
「フッ、結果がわかっているのに賭けるとは本物のバカだな。いいだろう。余興に付き合ってやる。それで、お前は何を賭けるんだ?」
「俺を賭けましょう。負ければ召し使いでも何でもしますよ」
「アハッ、アハハハハハハ。本物の大バカ者だなっ!その約束忘れるなよ」
「その言葉、アゼンロード様にお返しします」
「フンッ、弱者が強がっても愚かなだけだ。で、期間はどうするんだ?」
「学院に戻る時間を考えると……年末でどうでしょう?」
「年末というと……二週間後か。どうせ結末はわかっているんだ。二週間も待つ必要はないだろう」
「まさか。勝つつもりですよ」
「たった二週間でどうにかできると?学院にいても無魔だったのにそんなことが可能だと本当に考えているなら愚者からも大笑いされるだろうな。哀れみさえ感じてしまう。いいだろう。そのくらい待ってやる。だが、お前が言い出したことだ。逃げるなよ」
「ホグゾンの名に賭けて逃げませんよ。では、俺は色々としなければいけないことがありますので、これで失礼します」
急いで踵を返しその場から離れた。
時間がない。やらなければいけないことがたくさんある。そのために買い物に来たのだ。
アゼンロードと賭けをすることになるのは予想外だったが問題ない。あの場でいくら言葉を紡いでも証明できないのであれば時間の無駄である。ならば、話が早く終わるようにする方が得策であると結論づけた。
それに、今から自分がやろうとしていることの方が遥にリスクがある。まさに命を賭けた勝負事だ。ならば、今更賭け事が増えた所で賭ける物が同じであるのならば有効活用しなければもったいないではないか。結局、賭けに勝たなければ学院で学び続けることも夢を叶えることもできないのだから――――。
学院にいた時も含め、すでに思いつく様々なことを試したが効果はなかった。しかし、諦めるにはまだ早い。唯一の希望がまだ残っている。
ホグゾン家の者しか立ち入りを許されていない賢者の森。それは、グリノワール王国建国のおり初代国王により決められた法令であり、例え現国王であろうともこれを犯してはならないと定められている。
ある日、叔父は『賢者の森に行く』という書置きだけを残して姿を消した。なぜ突如としていなくなったのかは未だに不明だが、そこに行けば会えることは確かだろう。魔導書研究の第一人者である叔父ならば今の自分が抱える悩みを解決できる。そう思うのは期待の持ちすぎかもしれないが、確率としては高い。それに、もし駄目でも金狼帝がいる。
別名「金狼帝の森」と呼ばれるその森を治めるのは名の通り毛が金色の大きな狼である。人の言葉を理解し話す森の賢者金狼は600年以上の時を生き、王国一の知識を有しているといわれている。
人以上の年月を生きる彼ならば様々な問題を解決できるだろう。どちらにしろ森に行かなければ、現状は打開できない。ならば進むに決まっている。
ロイはその日のうちに準備をし家を出た。
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賢者の森を目指した選択に悔いはない。ただ一つ後悔をしているのはあの時アゼンロードを殴らなかったことだ。代わりに化けてでてやるか――――そう思いながら死を覚悟した時、だんだん賑やかな声が近づいてくるのに気付いた。
瞬間、一筋の希望を抱いたことで生への執着を実感した。
助かるかどうかはまだ不明だがこれに賭けるしかない。ロイは祈りつつ薄まりつつあった意識を完全に手放した。
お読み頂き、ありがとうございます。




