こまった彼女
僕には彼女がいる。陸上部で短距離のエースというスポーツ少女でありながら、勉学もきちんとやり、学年上位の成績を修めるという文武両道な完璧な女の子だ。惚れている弱みかもしれないが、顔だってとてもかわいい。そんな非の打ち所がない彼女に僕は密かに憧れていた。だから昨日彼女に告白されたとき、夢か、あるいはドッキリかと疑ったものだ。勿論ドッキリでもなく、彼女とめでたく付き合うことができた。けれど彼女は完璧な美少女……とはいかなかった。彼女には少しだけ困ったところがある。それは——
「ねぇ、私のこと、好き?」
——ああ、始まった。学校の人間がたくさんいる放課後の帰り道でも彼女は愛を確かめたがる。こんなところで好きだとか言うのなんて恥ずかしいけど我慢だ。ぼくはにっこりとわらって「好きだよ」と言う。
「ほんと? ほんとに?」
「うん。本当だよ。大好きだよ」
「えへへ、えっと、どこが好き?」
「んー。かわいいところかな?」
「今考えたでしょ? あと、やっぱり顔なの?」
「そんなことないよ。ほら、かわいいってのは顔だけのことじゃなくてそういう風に聞いてくるとことか、しぐさとか全部ひっくるめてかわいいと思ったんだ。細かく説明しようと思ったけど恥ずかしくなっちゃって」
「ほんと? えへへ」
この話題を続けるのは不毛だ。大きなスクランブル交差点を渡りながら違う話題を振る。
「ところで、明後日って部活あったっけ」
「えっと、二十七日か。ちょっと予定表見るね。なんかあるの?」
「せっかくの日曜日だし一緒に遊びに行きたいなって思ってさ。勿論、部活以外に用事があったならまた次のときに」
「ほんとに!? うわぁ、初デートだねっ! 大丈夫! 部活なんてなかったよ!!」
「それ、ほんとに大丈夫なの?」
「大丈夫! 土曜に二倍がんばるから! ねえ、どこに行くの?」
「そうだなぁ、どこに行きたい? 僕はどこでもいいからさ」
「え?」
彼女の声のトーンが下がる。まずい。前もこれで機嫌を悪くしたんだ。
「ああいや、やっぱり映画とかどうかな? 遊園地とかはほら、ジンクスあって怖いし」
「映画かぁ! いいね。何見る? 私、君と一緒ならなんでもいいよ!」
「ええと……よくテレビでCM見る映画あったよね。あれはどうかな? なんか恋愛ものというか感動ものというかだけど」
「えー、あんまり好きじゃないなー」
「なんでもいいんじゃなかったのかよ」
小さな声で毒づくと、彼女はむっとした顔をした。まずい
「なにそれ。私が悪いの?」
彼女の声は低く、刺々しい響きを持っている。明らかに失敗した。まだ修復できるだろうか。僕はできるだけ優しい声と申し訳なさそうな表情を作る。
「そんなことはないよ。ごめんね。ちょっと疲れて苛々してたから、つい君にぶつけちゃったんだ。本当にごめん」
「さいってい!! もう知らない!」
「待ってよ」
くるりと踵を返して走り出しそうな彼女の腕を掴む。ここで走られたら追いつけない。
「……なに? はなしてよ」
「ごめんね。僕が無神経だったよ。ね、何みたい? 君の好きなのが見たいな」
そういうと彼女は少し、表情と態度が柔らかくなった。腕を振り払おうともしない。これは、いけたんじゃないだろうか。
「……初デートなんだから、彼氏がちゃんとエスコートして、ほしいな」
そういって、彼女は微笑んだ。
ぐにゃりと世界が歪み、気がつくと僕は学校の前にいた。そして、彼女も。彼女ははにかみながら問いかけてくる。
「ねえ、私のこと、好き?」
ああ、また僕は家に帰れない。