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占い師殺人事件

作者: 網野雅也

初めて書いたベタベタの警察ミステリー短編です。


「神戸三宮の北側にあるアパートで女性が胸部を包丁で刺されて死んでいるのを大家が発見したそうです。害者は三宮駅の裏にある占い館カボチャハウスで占い師をしているヒミコ、本名、宮崎日美子です」

 日暮警部がやってきたので、僕はすぐに報告をした。

「占い師か……」

「はい、死因は刃物による失血死」

「出刃包丁で背後から刺されたのか」

「ええ、死体の側に落ちていました。凶器から指紋はふき取られていました」

「そうか、死亡推定時刻は? 」

「昨夜の深夜1時~3時の間です」

 捜査本部はその日のうちに立ち上げられ、僕は日暮警部とコンビを組むことになった。

 正直、僕は日暮警部が苦手だ。頑固そうで融通がきかなくて、うちの親父とそっくりだ。

それにしても、殺人現場は未だに慣れない。吐き気がこみ上げてくる。血の臭いで満たされた室内の奥の部屋では、猫が2匹、白い檻の中に入れられて、にゃーにゃー泣いている。

「鍵が施錠されていなかったそうです。」

「それはおかしな話だな」

「ええ、大家の話では、被害者の宮崎日美子は戸締りはいつもきっちりしていたそうです。鑑識の話では鍵穴にピッキングの跡もなく、部屋を荒らされた形跡もなかったようです」


「変だな」

 警部は鑑識が立ち働く中部屋の隅々に鋭い視線を巡らせている。

「物盗りの線も薄そうですね 」

「そうだな……知り合いの犯行か……」

 言いながら、警部は部屋の隅にある檻の前で屈み、二匹の猫をじっと見ていた。

「害者の持ち物から大量の睡眠薬が見つかっています、不眠症だったんでしょうね」

 僕は鑑識の作業を何とはなしに見つめていた。警部は立ち上がると室内をゆっくり回った後、僕を見て言った。

「岩崎、室内の様子をみて何かおかしいと思わないか? 」

「う~ん、特には……」

「女性の部屋にしては殺風景すぎる」

 そう言われれば、室内には、必要最低限のものしか置かれていない。テーブルに衣裳ケース、テレビ、カーテン。他にもっと趣味に関するものが残されていてもおかしくないのに。

 警部は無精ひげを頻りに擦っている。こういう時の警部に声をかけると、十中八九怒鳴られる。僕は室内にしつらえられた窓に寄り添った。雲一つない青空が広がっている。今日もいい天気になりそうだ。長閑に窓を眺めていると、ふいに背筋がぞくりとした。振り返ると、警部が鬼のような形相で立っていた。

 僕は咄嗟に怒鳴れると思い身構える。

「岩崎! カボチャハウスに向かうぞ。」

「え? あ、はい」


雑居ビルや居酒屋が立ち並ぶ裏通りに、カボチャハウスはあった。見た目は喫茶店のようにも見える。中は照明を落とし東洋風の奇怪な絵が壁に飾られ、怪しい雰囲気を醸している。

「どうも、兵庫県警捜査一課の日暮です。こちらは岩崎です」

 警察手帳を提示した。

「カボチャハウスの店長、増田です。」

「さっそくですが、ヒミコさんの件でいくつかお伺いしてよろしいですか? 」

「はい……今回はとんでもないことになって……何から話せばよいやら」

 増田は青ざめた顔で俯いている。タクシードに黒いネクタイをつけた40後半の男性。口元のチョビヒゲ、細いが垂れた眼には年相応の落ち着きと、気品が窺えた。

「殺されたヒミコさんはこちらで占い師をやっていたんですね? 」

「はい、うちの月曜日担当の占い師でした。水晶玉占いや四柱推命を得意としていて、そこそこ人気もありました」

「そこそこですか」」

 日暮警部は手帳に口述を書き込むと、突然、首を傾げた。

あのポーズは……何か、腑に落ちないことでもあった時にかならずやる仕草だ。

「えーっと、ヒミコさんはここ最近、なにか客とトラブルを起こしたりしませんでしたか? 」

 瞬間、増田は唇を曲げた。

「商売柄、トラブルはよく起こります。」

「ほぉ」

「ですが、殺人に発展するようなものはなかったと……」

「本当ですか? 」

 警部の太い眉毛の下の目がぎらりと光った。

威圧的とも言える警部の視線に気圧されとのか、増田は意見を翻した。

「申し訳ありません、実は私も店にずっといるわけではありませんので。ここ以外にも、いくつか店舗を回っていまして……」

「なるほど、では、他の従業員の方々にも、お尋ねしてみることにします。後、監視カメラがありますよね。ここ一ヶ月ほどの録画を見せて欲しいのですが」

「分かりました。」

 営業が終わるまで、一度僕たちは店を離れることにした。


 一通り署で監視カメラの映像をみていると,日暮警部は長いうなり声をあげた。

「何か分かりましたか? 」

「ほらこいつ」

「なにか被害者と言い合ってますね」

 監視カメラは、ヒミコを罵倒している青年の姿を捉えていた。

 話の内容から察するに、男女関係の相談を持ちかけた客が、ヒミコのアドバイスを受けたようだが、その結果、うまくいかなかったようで、クレームをつけているようだ。

 ヒミコは他の人間には、穏やかな対応で接しているので、この青年とのやり取りは目立って見えた。

「この青年について調べてみますか? 」

「そうだな、そろそろ営業終了の時間だ、詳しい事を他の占い師にも聞いてみるか」


 カボチャハウスに到着すると、占い師の控え室に僕たちは通された。

「ヒミコさんの事について、仕事仲間の皆さんからいくつかお聞きしたいことがあります」 日暮刑事が言った。

 占い師たちは個性豊かな服装で着飾っていた。BARYUと呼ばれる男性、本名西崎薫は、年齢は30歳前半、カウボーイのような格好をしている。妙月、本名、秋田宏子は、極彩色の布をいくつも身体に巻いた40くらいの太った口うるさそうなおばさん。残りの一人の占い師、美鈴、本名、美月正美は、他の人間と比べると若干落ち着いた印象があり、グレイのシャツに黒いカーディガンを着ている。

 僕たちはこの占い館の月曜組の占い師から話を聞いていくことにした。 日暮警部は、それとなく、各々のヒミコとの関係やアリバイなどを聞き出していく。

「こんなことがあって、いいはずがないわ」

 観音様のような頭をした太ったおばさん占い師、妙月が言った。

「あの子とは友達だったの。猫好き同士で話しが合ったの、本当いい子でね、あの子が殺されるなんて考えられないわ」

 妙月はティッシュペーパーで鼻を噛んだ。

「あの子が死んでしまって、残された二匹の猫はどうなるの……母親がいなくなって――」

 嗚咽をあげて泣く妙月、何だか芝居がかっている。友人に死なれた可哀相な私に酔っているような印象を受けて鳥肌が立った。

「そうですよね、わかりますよ。それでですね、その猫ちゃんのことで、ちょっと気になったことがあるんです。」

そんな妙月に宥めるような言葉をかけながら、警部は彼女から情報を引き出していく。

「発見当時、ヒミコさんの猫ちゃんが小さな檻の中に入れられてたんですけど、彼女はいつもああいう飼いかたをされてたんですかね?」

 警部はその時の写真を妙月に見せた。

「あらいやだ、こんな狭いところに閉じ込められて……猫ちゃんたち可哀相に……」」

 妙月が哀れみの眼差しを写真に向けて、再び咽びなきそうになると、警部は遮るように言葉を素早く挟んだ。

「ヒミコさんは檻に閉じ込めて飼っていましたか? 」

「そんなことはしないわよ、あの子は猫を自分の子どものように可愛がっていたわ、だから、家の中では放し飼いだったはずよ、私何度か家に遊びに行きましたから知っているわ」

「なるほど……」

 日暮警部の声色が変わった。妙月の事情聴取が終わるとなんだか僕はぐったりしていた。男でも女でもぺらぺら話す人間は苦手のようだ。続いてBARYUこと西崎から話を聞いた。

「確かに付き合っていました」

 西崎はサングラスをかけ、鼻の下の上唇まで伸びた髭を何度も人差し指でこすっている。鼻声から察するに目には涙がたまっているに違いない。

「か、彼女が殺されるなんて……」

 嗚咽をあげながらポケットから出したハンカチで顔を拭う西崎。

 痛々しい。僕は日暮刑事を見た。

 ぎらついた瞳には珍しく同情の色が浮かんでいた。

「お察しします、それで、あなたはヒミコさんの家によく行きましたか?」

「もちろん恋人ですから、ただし、扉の前までです……」

「扉の前まで? 中に入らないんですか? 」

 西崎はその質問に酷く答えづらそうにしていたが、やがてぽつりと呟いた。

「僕は……猫がだめなんです……」

「猫が? 」

「はい……子ども時代に……猫に顔を引っかかれてから……ね、猫恐怖症にかかってしまって……」

 西崎は恥じ入るように視線を下げた。

 僕はそれを聞いて思わず合いの手を入れた。

「猫好きのヒミコさんとよく付き合う気になれましたね? 」

「はい、僕は本気で彼女を愛していましたから……といっても、猫恐怖症は治っていないので、彼女の家に入ることすらできなかったんですが……」

 西崎は表情を暗くして俯いた。

「ほぉ、そうすると……ふだんは……」

 日暮警部が促す。

「彼女が僕のマンションによく訪ねてきていました」

「そうですか」

 警部はそこまで尋ねると口述を手帳に素早く書き込み、話題を切り替えた。

「話は変わりますが、 ヒミコさんは何かトラブルに巻き込まれているような節は見当たりませんでしたか? 」

「トラブル……ですか」

 西崎は宙に視線を彷徨わせしばらく考えていたが、ふいに眉間に皺を寄せ、喉ぼとけを上下させて言った。

「実は……心当たりがあります、ヒミコはある客とよくトラブルを起こしていました。」

「ほぉ」

「大学生の男なんですが、毎度、ヒミコの占いに難癖つけてきていて……」

 日暮警部は黙ったまま顎の無精髭を右手でこすった。

「なんかしつこい男でした。ヒミコは彼にストーカーされたこともあるとか言っていました……なんだか人を食ったような男で……そうか、くそっ! 」

 西崎の口調が荒々しくなってくる。

「刑事さん! 絶対あいつですよ! あいつがヒミコを殺したに違いない!  」

 紅潮した顔で西崎は吐き出すように言った。本人が目の前にいれば殴り倒さん勢いだ。

「ヒミコは殺される3日前程から妙に脅えていました。家の前までやってくるストーカー野郎に何かされるんじゃないかって脅えていたに違いないんです! あいつを取り調べてくださいよ、刑事さん! 」

 そこまで西崎は吐き出すと、憑き物が落ちたように大人しくなった。

 思い出して憤ってみたはいいが、ヒミコが死んだ今、虚しくなったんだろう。

 だが、ふいに窓をみて西崎は顔を弛緩させた。

「西崎さん、こんばんわ」

 男が部屋に入ってきた。頭頭頂部がはげた40代と思しき男。

 西崎は彼に挨拶をし、事情を説明していた。親しい友人のようだ。

「とんでもないことになったね……」

「はぁ……あ、ちょっと待って下さいね、あ、刑事さん、今日は石田さんと飲みにいく予定なんです、これくらいでいいですか? 」

「ええ、どうぞ、ご協力有難うございました」

 西崎との話が終わると、最後に落ち着いた雰囲気の女性、美鈴にも話を聞いた。

「ヒミコさんは、美人でいい娘さんでしたね。」

 彼女は煙草の煙を吐き出しながら言った。目には薄い紫色のアイシャドーが引かれていて、占い師らしい怪しさを強調している。

「でも私、あの子とは合わなかったなあ。実は私、妙月さんが苦手で、彼女と仲のいいヒミコさんともあんまり……それに――」

「それに? 」

 日暮刑事が続きを促す。

「それに、なんかヒミコさん、どこか得体のしれないところがあって、あんまり近づきたくなかったんですよね」

「ほお……」

 日暮警部が手帳に書き込んでいると、美鈴が顔を僕に近づけてきたのでどぎまぎした。

「それに……」

「え? 」

「二人は売り上げが低くって、店長の増田さんに葉っぱ掛けられてました。ヒミコさんが愚痴ってたのを聞いたんですけど、どちらかが辞めるように言われたそうです。」

「ほぉ」

「この業界厳しいですからね。才能のない人間はどんどん新しい人間と変えられていきますから。」

 

 僕たちは捜査本部で、上に聞き込みの内容を報告した。カボチャハウスの面々のアリバイはあやふやだが、ヒミコを殺すほどの動機を持つ人間は見当たらなかった。強いて言えば、西崎とヒミコの店内での売り上げ競争くらいか。とくに犯人の手がかりはなかったが、他を洗っている班から興味深い情報が告げられた。ヒミコは一度詐欺罪で捕まった前科があるらしい。美人局的な詐欺だというが。

「確かに怪しい女ですね。害者のヒミコは。経歴も不明なところが多く、得体がしれない。よくオーナーは彼女を雇いましたね」

「ふん、占い師など元から怪しい連中に決まってるだろ。」

「言われてみれば……」

「それより、ヒミコの同僚をどう思う? 」

 日暮警部は煙草を懐から一本だすと、ライターで火をつけ口元へ運んだ。

「恋人の西崎が気になります。猫嫌いの彼がヒミコと付き合っていたのも不自然に思えるし、事件当夜のアリバイも特にないようですし。」

「他にはないか? 」

「後は、美鈴って占い師が言っていた話、どちらかが辞めさせられるという……僕はもしかしたらその件で二人の間に亀裂が走り諍いが起きたのではと考えました」

「ふむ、ありえないことではないな、他には?」

 他には他にはってなんだか僕が尋問されているような気分だ……

「そ、そうですね、後は……ヒミコにクレームをつけていた大学生ですか」

「そうだな……」

 日暮刑事は顎に手を当てたまま黙ってしまった。なにか他にきになることでもあるのだろうか? 

「俺は、大学生より、ヒミコ本人が気になるな……」

「なぜですか? 」

「猫だよ、ふだんは放しがいにしているくせに、なぜ猫を檻にいれていたのか」

「またそのことですか」

「まあ、とりあえず、その大学生に話を聞いてみるか」

「はい、住所は割れています。常連らしいのですぐ分かりました。」

「よし行こう」


大学生の名は東雄一。

 彼の住まいは、ヒミコのマンションから目と鼻の先にあるワンルームマンションだ。山口で農業を営む夫婦の次男で、今年4月から大学に通うためこちらで一人暮らしを始めた。

「汚いところですみませんね~」

 垂れ下がった眉尻、垂れ目、間延びした口調からは、どこか警察を小馬鹿にした印象を受ける。実際、舐めているに違いない。

「いやあ、なんで俺なんだろうなあ、びっくりしましたよ~なんでかなあ」

「いえ、ヒミコさんに関わった皆さん全員に聞いていますので」

 日暮警部は表情ひとつ変えずに、淡々と事情を説明した。

「クレームのことですか、確かに何度もつけたかな、はは、それで容疑者扱いか~、たまんないな」

「そういうわけではないです。」

「分かりますよ~仕事ですもんね、それで聞きたいことはなんですか? 」

「単刀直入に言います。あなたにはヒミコさんはどんな風な占い師に見えましたか? 」

「どんな風にって……そうですね」

 ヒミコを語る談になると、嘲るような表情が消えた。

「良い娘でしたよ」

「ほぉ、クレームをつけてたのにですか?」

「ええ、そうですよ」

 東は取り澄ました顔で言った。口調には決然とした意志を感じる。

彼は楽しい過去を振り返るかのように、宙に視線を彷徨わせ語り始めた。

「 確かに、彼女の占いは全く当たらなかった。彼女に明日の天気を尋ねて、晴れと答えたら雨になったり、バイトを受けるならどんなものが向いてるかと聞けば、接客業っていうもんで、実際働いてみたら、まったく性格が向いてなくて、2日でやめたり、恋人がもうすぐできるはずだっていうんで、友達の合コンに出てみたら、全く相手にされなかったりで……踏んだり蹴ったりそれで散々クレームつけてやりましたよ、あんた当たらねぇよ、金返せってね」

 それは占い以前の問題だ。

 それにしても――悪口にしか聞こえないが、当の本人からは悪意が感じられない。むしろ――

「そりゃ厳しいな、占いなんか当てにするほうが悪いんじゃないですか」

「仰るとおりですよ、実際、俺も占いなんか馬鹿にしてたし」

「それじゃあ、なぜ、カボチャハウスに通い続けてたんですか? 」

「彼女が気に入ってたからですよ」」

 東は深いため息をついて言った。

「あの娘……どんなに俺が無茶なクレームつけても、苦笑いしながらも、嫌な顔をしなかったなあ……普通、顔にでますよね、それが、彼女は違った。流し方がうまいっていうのかな~相手の心を操るのがうまいっていうか、いつも、淡々と交わしてたくみな話術で丸め込んじまう……初めてでしたよ、あんな体験は……正直、敵わないと思った。」

「ほぉ……」

「そうやって言葉を交わしているうちに、なんだか……俺は彼女の事が気になり始めて……」

「なるほど、それで、ストーカーを始めたんですね」

 日暮警部が言うと、東の顔が瞬時に強張った。

「ス、ストーカーじゃないですよ、確かに、彼女の後をつけたり、家の前まで行ったりしましたが、それ以上何もしていない。」

「それをストーカーと言うんじゃないかな? 」

「そ、そうかもしれないが、彼女からは告訴もされていない、罪には問えないでしょ」

「確かに」

 警部は五分刈りの頭をかりかりと指先で掻いた。

「普通ここまでされたなら、警察に届けたり、告訴をしてもいいはずだ。ストーカー規正法があるんだからね。しかし、彼女はそれをしなかったんです。彼女は優しい良い娘なんですよ、その彼女が殺された……正直、僕もショックを受けていて……最近は大学も行けてないです……」

 東は大きなため息をついて、黙り込んでしまった。しかし、警部はそんな東に対して、尚も追随の手を緩める事はなかった。

「ところで、ヒミコさんには彼氏がいましたよね、あなたはその存在を知っていたはずです。彼を羨んだり憎んだりはしなかったんですか? 」

 東の目つきが変わった。一瞬テーブルに置いた手が震えるほどの憎悪を見せたが、ふいに表情を緩めてぎこちなく微笑んだ。

「確かに、あんな野郎のどこがいいんだって

思ってたし、悔しさもあったけど、殺したりはしませんよ~そこまで馬鹿じゃない……ストーカーのことが知れてるんでぶっちゃけてしまいますけど……」

 神妙な面持ちで東は言った。

「俺は彼女が死ぬ前日まで暇があれば彼女をストーカーしていました。学校帰りに、彼女の家に寄ってみたり、コンビニにいく彼女の後を尾行したり、カボチャハウスから帰る彼女を待ち伏せしたりして……」

 臆面もなく東は淡々と語った。

「彼女の姿を毎日追っていた。日課でした。その日課が俺にとって至福の時間だった。かけがえのない俺の……」

 薬でもやっているかのように、恍惚とした顔で東は言った。

僕は背筋がぞくりとした。こんな偏執なストーカーに付きまとわれたヒミコの不遇を考えると同情したくなった。

東はしばらくすると、弾けたように頭をあげ、かっと目を見開き警部の顔に迫った。

「そ、そういえば、今、思い出したんですが、彼女が死ぬ前日、あのBARYUの奴が彼女の部屋に入って行きましたよ」

 

 捜査本部で各々の捜査班が一堂に会しこれまでの報告をした。

ヒミコのカボチャハウス以外での人間関係は希薄で、怨恨に結びつきそうな人物はみつかっていない。強盗の線も荒らされた形跡がないので、薄い。こうなると、東の証言に捜査班の注目がいくのも無理はなかった。本部は西崎を参考人として招致することを決め、我々が取り調べる運びとなったが、僕は東の証言の信憑性に疑問を抱いていて気が進まない。あんな奴の言葉を信用していいのだろうか。その僕の不満顔をみた日暮警部は、「ほらいくぞ! 下っ端」と檄を飛ばした。


「西崎さん、あなたは、ヒミコさんが殺された日の前日、ヒミコさんの家に行きましたね」

 西崎は驚いたような顔をした。

「目撃者がいます、ヒミコさんをストーカーしていた人間です。」

「ええ? あいつですか! くそ、だから俺が……あいつちゃんと調べてもらえましたか? 」

「はい、ですが、今は、あなたに質問しています。夜10時頃、いたんですか? 」

「え、まさか、僕を疑っているんですか? 」

 西崎は僕たちに不審の目を交互に向けた。日暮警部はじっと彼を見据えたまま黙っている。

「ええ……行きましたよ。当然じゃないですか、恋人ですからね。一緒に繁華街に遊びに行った帰り送っていったんです」

 それを聞いて、日暮警部の太い眉端が吊りあがった。

「なぜそのことを最初に言わなかったんです? 」

 西崎は罰が悪そうにぼそっと呟いた。

「誰も見ていないと思っていたので……」

「一緒に帰ったんですか? 」

「はい、もちろん、玄関までですが」

「そうですか」

 日暮警部は顎を触って何やら考えていたが、

ふいに話題を切り替えた。

「それはそうと、あなたは、ヒミコさんと生き残りをかけて売り上げを競っていたらしいですね」

「え、あ、ああ、はい……」

 西崎は罰が悪そうに視線を下げた。

「オーナーの増田さんに言われて、今月売り上げが低いほうが辞めさせられることになっていました……」

「それを言われたのは彼女が殺害される何日前くらいのことですか? 」

「ちょうど一週間前です」

「あなたはその事でヒミコさんと何か話し合われましたか? 」

「いえ、まあ……多少は……」

 西崎の歯切れが悪い。

「もしかして、その事で諍いが起きるようなこともあったんじゃないですか? 」

 僕は鎌をかけてみた。

 すると、西崎は青ざめた顔で日暮刑事を見て言った。

「いえ、諍いはありませんでした。ただ、仕事とはいえ、僕たちの関係も店長はしっていたし、何故、今になって、こんな話をするのか二人とも悩みました。でも、店の都合もあるし、店長に言われてはどうしょうもないです。どうせどちらかが辞めさせられるんです。それなら――と二人で話し合いました。その結果、ヒミコが退くことになりました。」

「ほお、なるほど、恋人であるヒミコさんがあなたのために、引き下がることにしたんですね」

「は、はい……」

 西崎の目は泳いでいた。


 翌日、会議室で僕と日暮警部はカボチャハウスに取り付けられている監視カメラの一ヶ月分の録画に目を通していた。

「日暮警部、やっぱり西崎が本星なんでしょうかね? 」

「確かに奴は怪しい。だが、奴が本星と決め付けるにはまだ早い」

「そうですか? 昨日の話しぶりじゃ、何か隠しているかんじだったじゃないですか?

 僕の推測ですが、たぶん、奴が本星ですよ」

「根拠は? 」

「たぶんですね、西崎はヒミコがやめると言っていましたが、あれは嘘だってことですよ。実は、ヒミコはそんなにあっさり引き下がらなかった。西崎も仕事をやめたくはなかった。それで、喧嘩になって、思わず刺してしまった、こんなかんじじゃないですかね? 」

「ふん、それはないだろ、岩崎、お前は重要な事を忘れている。」

 日暮警部は鋭い眼差しで僕に向けて言った。

「害者がどこで死んでいたのか思い出してみろ」

 あ、そうだった。

彼は確か――僕は警部を見た。

「西崎は猫恐怖症だ……ヒミコの部屋に入れるわけないだろ」

 しかし……

「詐病ですよ、猫恐怖症なんて」

「いや、裏はとってある。西崎は精神科医に猫恐怖症の治療のために何度も通ってるそうだ、猫恐怖症の人間は猫のぬいぐるみを見るだけでもだめらしい、そんな人間が猫がいる部屋で殺害を実行できるわけないだろ」」

「――すると、他に犯人がいるということになりますか?」 」

「共犯がいる可能性はあるな、しかし、他に恨みを抱く人間がいる線も捨てられん」

「例えば、あの大学生ですか? 」

「彼だけじゃない」」

「占い館の人間、あるいは、西崎の他の知人……」

 話が振り出しに戻ってしまった。

「確かに加害者だけの事を言えば、そうだが、

俺は、害者のヒミコのことも気になるんだ」

「なにがですか? 」

「それをこれから調べるんだよ」

 日暮警部はそういうと、再び映像に首っ引きになり黙ってしまった。

捜査は難航していた。長引くことになりそうだ……僕がそう考え、ため息をついた直後のことだった。

「ん? 」

 監視カメラで、カボチャハウスの録画映像をみていた日暮警部の様子が変だ。

首を傾げたまま映像を凝視し唸っている。

「どうかしましたか?」

 僕はパソコンの映像に目を向けた。


 カボチャハウスに昼過ぎにやってきた。

店長である増田と会う約束を取り付けたからだ。

「ええっと、今日はどのようなご用件で? 」

 増田は相変わらず冴えない口ぶりで言った。

「僕も忙しい身の上なので手短にお願いします」

「申し訳ない、ですがお時間はとらせません」

 そういうと、日暮警部は警察署から持参したノートパソコンをテーブルの上に置き、起動させた。

「お尋ねしたいことがあります」

「なんでもどうぞ」

「えっとあなたはヒミコさんと西崎さんのどちらかをリストラしようとしてたそうですね」

「はい……店にも都合がありましてね、新しい人材を常に入れ替えていかないと飽きられてしまいますから」

「なるほど」

「そのことで、ヒミコさんたちと揉めたりはしませんでしたか? 」

「いいえ」

 瞬間、増田は目をパチパチさせた。

なにかを隠しているようにみえる。

「そうですか……」

 日暮警部も異変に気づいたようだが、深いりするつもりはないらしく、違う話題に切り替えた。

「それとですね、監視カメラの映像ですね、みてもらえますか」

 パソコンを操り、目的の映像のあたりで一時停止した。

「これはヒミコさんが殺される3日前の仕事場の映像です。彼女はこのときは紫色の長袖、髪の毛も肩に流していますよね。非常に可愛らしい格好です。」

「それがなにか? 」

 増田は訝しげに言った。

「ここをみてください。」

 警部は映像を巻き戻して、ある地点で止めた。

「これはさっきの映像の前日のものです。前日まではヒミコさんは黒い顔を覆うような衣裳を着て、鼻の辺りから、これまた黒いベールを垂らしていますよね。」

「この日から衣裳を変えたんですよ」

「それはみれば分かります。私たちが聞きたいのは彼女が衣裳を変えた理由です」

「彼女はイメージチェンジをはかろうと考えていました。なにせ美人ですからね。僕も最初っからこうしてもらいたかったんですが彼女が頑なに拒んでましてね。それが、この日から突然、顔出しするような衣装に変えたんです。驚きましたよ。」

 増田は表情を暗くして言った。

「最初っから……この姿でやっていれば、少なくとも彼女にあんな話はしなくて済んだんですけどね……」


  日暮警部と僕は全て本部で報告をした後、会議室へ移動した。

 帰ってきてから、僕は日暮警部に言った。

「大した収穫も得られませんでしたね」

 日暮警部は煙草を吸いながら窓を見ている。

「どいつもこいつも犯人に見えてきて、むしろ、混乱してきましたよ」

 すると、日暮警部がボソッと言った。

「これまでの経緯、さっきの店長の話から矛盾を感じなかったか? 」

「え……? う~ん、特には」

「西崎はヒミコと話し合って、ヒミコは引き下がって退職することになったといっていたな。」

「はい、しかし、それがなにか? 」

「だが、監視カメラの映像からは、ヒミコが

占い師を近々やめるようにみえなかった。その証拠に、これまで隠していた顔を晒して、

自分の美貌という武器を晒した。これから辞めようって人間がそんな武器を出すか? 」

「あ、言われてみれば……てことは、西崎は嘘をついたんですか? 実際は、ヒミコはやめるつもりはなかった。あ、とすると、やはり、そのことでヒミコと揉めて殺してしまったってことになるんでしょうか」

「西崎が嘘をついたとは限らないだろ」

「え……」

「ヒミコが西崎に嘘をついていたのかもしれない。」

「どういうことですか? 」

 警部はテーブルに身を乗り出し、僕を見て言った。

「いいか、ヒミコは西崎に引き下がるといったが、それは嘘だった。そして、彼女は死ぬ三日前に、衣裳を変えた。つまりだ、やめるつもりはなかった。顔出しすれば、西崎より売り上げを伸ばす自信があった。だが、本当にそれで売り上げが上がるかどうかは確証は持てなかった。お前がヒミコの立場ならどうする? 」

「俺がヒミコなら、店長を丸めこみ、あ!? 」

「そうだ、ヒミコは店長の何らかの弱みを握り、店長が自分を首にできないよう脅迫していたかもしれない。」

「じゃ、犯人は、店長ですか? 」

「たぶん違うな、そんなことで店長が人殺しをしても見合わないだろ。それにこれは単なる憶測にすぎない、けどまあ、店長の顔をみて、ヒミコと何らかの交渉はあったようには見えた」

「じゃ西崎がそれに気づいて、殺したって線がもっとも近いですかね」

「西崎は犯人じゃないだろう。あいつは猫恐怖症だ」

「また、そこに戻るんですか……」

「ああ……」

 捜査は振り出しに戻ったように思われた。 僕はすっかりうな垂れていると、日暮警部が独り言のようにつぶやいた。

「なぜ、ヒミコは顔を隠していたんだろうな、

彼女は何に脅えていたんだろうな……」

 

 その日の夜、前方の建物の電灯が消えていくのを見て、僕たちは足を踏み出した。

「どうも、石田さん、そろそろお仕事終わる頃だと思いまして」

「え、あれ、あなたはカボチャハウスで見かけた……」

「兵庫県警捜査一課の日暮です、こっちは岩崎です」

 出てきた石田に警察手帳を提示する。

「カボチャハウスで殺されたヒミコさんの事でお話聞かせて頂けませんか? 」

 石田は了承すると、僕たちを家の中へ通した。

接客室と思しき部屋に連れられる。

部屋の中にはガラステーブル、両脇に向かい合うように高級そうなソファーが配されている。石田と向かい合うように僕らはソファーに座った。

「いやあ、しかし、西崎さんのお友達であるあなたがまさか、彼のかかりつけの精神科医だとは思ってもいませんでした。」

「はぁ、それで今日はなにか? 」

 石田は眼鏡の縁を指で少し持ち上げた。

「いや、西崎さんはこちらで猫恐怖症の治療を受けていたということですが、どの程度の治療の効果が出ていたのかお聞きしたくって」 」

「どの程度と言われましても……」

「例えば、彼は猫が2匹いる部屋に入るようなことは可能でしょうか?」

「それは無理でしょうね。うちの臨床心理士が系統脱感作を用いて段階的に猫の恐怖に慣れていくよう彼にリラクゼーションを試みましたが、まだ絵画の中の猫にも緊張を抱く段階で、とても本物の猫が、しかも二匹の猫がいる部屋へ入れるほどにはなってはいません」

「なるほど、そうなると、西崎さんはヒミコさんの部屋の中へ入って殺害することは不可能ですねえ」

「え? BARYUさんが、疑われているんですか」

「ええ、まあ……現状では重要参考人です」

 日暮警部は立ち上がって、壁に沿ってゆっくり歩く。壁伝いに難しそうな書物が詰まった本棚が並んでいて、その横にテレビ、収納チェストが置かれている。チェストの上にローレックス、金貨が二枚、ジッポのライターが黒い布に置かれ、上から透明のケースが被せてある。

「良い趣味ですな~」

「え、まあ」

 しばらく日暮警部はケースの中の高級品に見入っていたが、再びソファーに戻ってきて腰を下ろした。

「ところで、これをみてもらえませんか? 」

 日暮警部はノートパソコンを取り出し、電源をつけると、監視カメラの映像を映し出した。石田は戸惑った様子で言った。

「えっと、これは? 」

「ヒミコさんが殺される前日のカボチャハウスの監視カメラの映像です。客とのやり取りが記録されています。ヒミコさんはこの三日前から衣裳を変更して、素顔を露出した衣裳に変えました。彼女の素顔を始めて見た客は口々に彼女の素顔を褒めているのがわかります。」

「彼女は美人ですからね~」

「ええ、確かに」

 日暮警部は微笑んで言った。

「彼女は美人です、ところで――」

 何かを言いかけると、警部はマウスを操り、映像を巻きもどして目的の場面で止めると指をさした。

「これあなたですよね」

「え? ああ、そうですよ」

「西崎さんの話によると、ヒミコさんが死ぬ三日前に初めてカボチャハウスに訪れたそうですね」

「ええ、まあ……」

 照れたように石田は笑った。

「精神科医が占い館にいくなんてって思われでしょうが、どうしても西崎さんが一度訪ねてほしいっていうもので、初めて足を運びました。」

「そう、あなたは、この時初めて来られた。」

 日暮警部は一時停止していた映像を再生した。録画映像の音声がしばらく流れる。

『はじめまして、ヒミコと申します』

『石田です』

 両者が顔を合わせた瞬間、日暮警部は停止した。

「石田さん、このとき、あなたは彼女と初めてあったんですよね」

「ええ、そうですよ」

「この日のヒミコさんと接した客を私は具に観察しました。特に初めの対面の瞬間に注目しました。すると、常連で始めて彼女の素顔を見た客は、彼女を褒め称えたりお世辞を言ったりしています。一方、殆どの一見の客は特に驚いた様子もなくヒミコさんに語りかけられるがまま、、悩みを打ち明けていく。ところがですね、あなたはヒミコさんと会った瞬間、見てください、非常に驚いた顔をしてしばらく何も話さなかった。」

 映像の中の石田はヒミコの顔を見た直後、びくっと肩を震わせたように見える。

「はあ、確かに……あまりに美しい女性だったので、こんな美人の占い師もいるんだって感嘆しただけですよ」

「ええ、他の一見さんもそのような反応を示した方はいました。しかし、よ~く見てください、あなたの席で驚いているのはあなただけではない。対面に座る世慣れたヒミコさんの顔を……」

 ヒミコは一瞬大きく目を見開いた後、言葉を捜すように沈黙していた。そして、その後話す口調もしどろもどろになっている。

 石田は映像を見ながら黙ってしまった。

「彼女が一見さんにこのような反応をしたことは一度もなかった。明らかに、知っている誰かをみつけたような顔です。」

「思いすごしでは……」

「私はこの映像をみつけてから、あなたに非常に興味を持ちました。そして、石田さん、あなたのことを少し調べました」

 日暮警部は石田の顔をまっすぐ見つめた。「あなた、半年前強盗にあってますね、それも女の強盗です。あなたは警察に届け出ている。調書にはこう書かれています。」

 

『婚活斡旋会社が主催するパーティに参加した男性が女性にホテルに誘われた後、睡眠薬入りのジュースを飲まされ、眠っている間に金品を強奪された。』


石田は調書のコピーをみると鼻白んだ。その様子をみてから警部は続けた。

「私は捜査の初め、現場検証をしてから、ずっと気になることがありました。ヒミコが得体のしれない人物であること、そして、殺害現場の部屋には、多量の睡眠薬が置かれていて、猫が檻の中に詰められていた。」

 石田は顔を強張らせてテーブルに視線をおいたまま動かない。

「どうしても分からなかった。ふだん部屋の中で猫を放し飼いにしているヒミコが、殺される前日、なぜ檻に猫を閉じ込めていたのか?

しかし、あなたを調べたことで、点がつながり一つの線を描いた。私の思い描いたものはこうです。あなたは婚活に参加した。そこでヒミコさんと知り合い、彼女に魅了され、ホテルに誘われた。あなたは鼻の下を伸ばしてついて行ったのでしょう。しかし相手は――百戦錬磨の昏睡強盗だった。あなたはまんまと、睡眠薬入りのジュースを飲まされ金品などを奪われ被害届をだした。あなたは悔しい思いをしたが、昏睡強盗の女は見つかる事もなく泣き寝入ることになった。そのうち月日が経つにつれてあなたもその事を思い出さなくなった。しかし、それから半月後、ひょんなことから患者であり友人でもある西崎さんからカボチャハウスに誘われた。あなたは付き合いだとおもって、占いは信じていないが、一度だけカボチャハウスを訪れた。だが、そこで対面したヒミコさんをみて驚愕した。目の前にいるヒミコさんが、半年前にあなたを眠らせて金品を奪った張本人だったからです。」

「ちょっと待ってください……それで……私が殺したと言いたいんですか……?それは無茶な話ですよ、滅茶苦茶だ。 大体、そのヒミコさん、本当に昏睡強盗なんですか? 」

 石田は反論するが、表情には動揺がありありと浮かんでいる。

「ええ、その辺は裏を取りました。ヒミコさんがこちらへ引っ越してくる前の住居のあたりで昏睡強盗が他にもなかったか、その地域を管轄している警察署に調べてもらいました。

そしたら、やはり、同じような昏睡強盗が発生していた。そして、その被害者にヒミコさんの写真をみせたら、彼女だという証言を得ました。もちろん、あなたが参加した婚活パーティの客にも彼女が来ていたという証言がとれています。あながヒミコさんと一緒に連れ立って出て行ったことも……」

 石田は夏でもないのに額から汗が滔々と流れている。日暮れ警部は続けた。

「ヒミコさんのただ一つの失敗は衣裳を変えたことだった。それをしたばかりにあなたに存在を悟られた。慌てたでしょうね。西崎さんがヒミコさんが死ぬ三日前からやけに脅えていたと言っていましたが、それはストーカーの東さんにではなかった。あなたに脅えていたんです。このままでは近いうちに自分の正体がばれる。そうなれば、ヒミコさんは彼に訴えられ警察に捕まってしまう。だから――急いで、引越しの手続きを始めなくてはならなかった。

殺害の前日までに、引越しの準備を完了し、猫を檻にいれて、明くる日の朝にでも出て行こうとしていたんでしょう。しかし、あなたは彼女をみつけた当日に彼女を尾行し、家をつきとめていた。そして、殺す準備を整え、当日、彼女がなにかを買いに外へ出かけようとしたところをあなたは捕まえた。そして、部屋に押し入った」

 日暮警部はそこまで言うと石田をぐっと睨んだ。いつにもまして凄みがある。

 石田は既に息絶え絶えの様子だったが、なけなしの声を絞り出すように呟いた。

「ぼ、僕は殺していない……大体、あなたの話は全て推測だ。確かに私は婚活パーティの後彼女と一緒にでたが、その後すぐに別れた。僕はその後、別の女性とと遊びにいった。その子が昏睡強盗で、ヒミコさんとは違う。私がいうのだから……違うんです」

折れかけている、もう少しだ。

 僕は日暮警部に留めとなる物を渡した。

「あなたの半年前の被害届のコピーがあります。あなたが盗まれたもののリストの中に、ジッポのライターがありますよね」

 石田は咄嗟にチェストの上のケースに目を走らせた。

「ここにヒミコさんと仲のいい妙月さんが、ヒミコさんの家に遊びに行った時に、スマホで取った画像があります。ジッポが箪笥の上に置かれています。このジッポは特注品で、あなたがある店で作らせたものです。イニシャルT・Iが彫られている。石田拓馬……」

 日暮警部は立ち上がってケースに近づいた

「これと同じものがなぜあなたの部屋にあるんでしょうね。無くしたはずのジッポがなぜあなたの部屋にあるんでしょうね……」

 石田はそこまで聞くと観念したのか自供を始めた。

真相は日暮警部が言ったこととほぼ同じだったが多少違っていた。半年前、石田はヒミコに巧みに誘い出され、ホテルで眠らされた。その間にヒミコは金品などを漁っていたが、その途中で石田は目を覚ましたらしい。意識がもうろうとしながらも、石田は彼女の姿を認めると足に猛然としがみついた。

足を掴まれて驚いたヒミコは、咄嗟にしつこい石田を蹴りまくったそうだ。石田はその結果、左腕の神経を損傷し、左腕が上がらなくなった。そのために、日常生活でも仕事でも、支障がでたのはいうまでもない。ただの昏睡強盗だけならヒミコを殺すことはなかったかもしれない。実際、石田は事件当夜も、ヒミコの家に話し合いにきたと言って交渉を持ちかけ、ヒミコはそんな石田を部屋に招きいれた。石田はヒミコに納得のいく謝罪とそれ相応の金銭をもらえれば、警察沙汰にするつもりはないとヒミコに告げた。友人である西崎の彼女であることも考えて穏便に済ませるつもりだった。しかし、ヒミコは西崎を罵倒し、もうすぐ別れることを告げていた。さらに、石田をも馬鹿にするような言葉を吐き彼に出て行くよう言ったらしい。そこで、石田はかっとなって、台所の包丁を抜き取り彼女を刺してしまった。

 そして、我に帰った石田は、目についたジッポだけを盗んで、鍵もかけずに逃走した。

これが事件の真相の全てだ。

「しかし、ヒミコは根っからの悪女ですね、彼女にとって男は何だったんでしょうね? 」

「金のなる木、あるいは、利用価値のある物でしかなかったのかもな」

 事件解決の後、西崎から聞けた話では、ヒミコは西崎に仕事から引き下がって欲しいと言われたが、案の定、断ったらしい。そして、店長の増田をそれとなく問い詰めると、ヒミコが西崎に黙って増田に直談判をしにいっていたことも分かった。増田は言葉巧みなヒミコに騙され、ホテルに一緒に行った。そこで、例の睡眠薬ジュースをそ飲まされ眠らされた。増田は寝ている間にヒミコと一緒に寝そべっている姿をスマホで撮影され、ヒミコはそれを奥さんに見せると増田を脅迫し、店から追い出さないことを確約させられたらしい。そのことで、気が大きくなった彼女は西崎にあてこするように顔まで晒した。占い師として本腰をいれてやっていくつもりだったみたいだ。

「女って怖いですね……]

「ああ、お前も俺も女は慎重に選ばないとな」

「あれ、警部は奥さんいるんじゃなかったんですか? 」

「いるさ、だから、今後悔している。」

 日暮警部はにやりと笑った。


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