4 魔王さまのはなし
「魔王様、何をなさっているのですか?」
部下のミドリは魔王の側近中の側近である。肩ほどに切りそろえた黒髪、どんぐり眼で外見は幼く見えるがこれでも数百年以上生きている。とても強い魔族なのだ。
そんなミドリでも退屈をもてあました魔王の相手はごめんだとばかりに、暇そうな魔王には話しかけない。
だが最近魔王が「暇だ!」と叫ぶことがなくなってきた。とても良いことではあるのだが、何をしているのかは少々気になる。魔王の王座の前には大きな机が置かれ、その上には四角い箱が二つある。片方は「悩みBox」もう片方は「解決済みBox」と書かれていた。
彼女は黙々とペンを走らせている魔王に尋ねかけると、ひょいと手元を覗き込んだ。そして眉根を寄せた。
「悩み相談所だ」
書く手を止めてにやりと魔王はミドリを見返した。
黒衣を着て、長い黒髪を後ろに流し、浅黒い肌でがっしりとした体型の魔王は、闇の化身とも言うべき存在であったが、今「こんにちはM先生だよ!」と書いたところだった。
「M先生……?」
「魔王と名乗る訳にはいかんからな。二足のわらじを履く仕事ゆえの、苦渋の決断だ」
どこが渋いんだ、にやけているではないかと思ったミドリだが、黙って魔王が書いている文章を目で追った。頭痛がしてきた。
「……魔王様、どう考えても『子供に友達が出来ません』という手紙に、『食屍鬼と生ける死体のどちらが好みか聞いて下さい』という返しはおかしいと思いますが」
「そうか? ミドリは神経質だなぁ。年をとったらはげるぞ」
「私が神経質なら魔王様は神経無いですよ」
はげてない、年は年だけどはげてないと、思わず頭に手をやってミドリは魔王を睨み付けた。
「第一、悩み相談なんてわざわざ異世界でやってどうするんですか。この世界で相談にのられては?」
「そんなもの『魔王を倒したいのですがどうすればいいですか』と言われたら困るではないか。切腹するしかない! だからわざわざ地球の各国文化を研究し、そして日本に広告を出したのだ」
「異世界の常識を身に付けるために、と延々一緒に異世界風景を見せられ続けましたしね。私の方が、よっぽど常識的な考えが身についてしまったようですが」
「馬鹿を言うな、今まで全ての悩みを完全解決した俺より常識的な訳がなかろう」
「切腹していいですよ、魔王様」
冷たいミドリの反応に、魔王は両肩をすくめると彼女にウィンクをしてきた。
「全く俺の部下はツンデレで困る」
「そのアメリカナイズされた仕草にイラっとくるのですが、『上司が気に入らない』という私の相談の手紙はどこに送ればいいですか?」
「おっと、俺の身体は異世界だけで超多忙だ。すまんなミドリ。HAHAHA!」
ぺろりと舌を出す魔王を見て、ミドリは日本に移住して「魔王を倒したいのですがどうすればいいですか」という手紙を出す手段を考え始めたのであった。