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OVER

作者: 山川空海人

 「あのさ、渡したいものがあるから、ちょっとここで待っててくれる?」

「え?」

 「すぐ戻って来るから」

「あぁ」


亜希(あき)は、俊亮(としあき)に、そう告げると、さっと踵を返して小走りに駆けて行った。

もうすっかり暗くなっていた住宅街にある小さな公園。


『今日は、久々に楽しかったなぁ』

俊亮は、公園のベンチに腰を降ろすと、今日一日の出来事を振り返るように思い出していた。


『初めて、亜希の弁当、食べちゃった。』

くくくっと、ひとり笑みがこぼれる。


「それにしても、あれじゃあ確かに『絶対作ってなんかやんない!』ってごねるわけだ……」

昼間、江ノ島で食べた、亜希の手作りというお弁当の出来は、正直言って微妙だった。


「おまえさ、これじゃあ、いい嫁さんになれないぜ」

つい本音でポロッと言ってしまった俊亮の言葉に、亜希は食ってかかる。

 「あたし、結婚なんてしないし、心配いらないって」


「おいおい、おまえ、ちゃんと結婚ぐらいしろよな」

 「なに言ってんのよ。無理、無理、あたしには無理だから」

「あのなぁ……」


お弁当のおかずの半分以上は、亜希の母親が手伝ってくれたらしかった。

それでも正直、かなり微妙な出来だった。


俊亮は、半年がかりで頼み込んで、ようやく作って貰えた亜希の手作り弁当。

『頼んだ手前、絶対に残すわけにはいかないよな』

そう考えると、ひとつひとつ苦難を乗り越えるように味わって、箸を止める暇など無かった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


俊亮と亜希は、つきあっているのか、いないのか、お互い微妙な関係だった。

それでも、俊亮がしつこく亜希を誘うと、なんだかんだと月に1度ぐらいはこうしてどこかへ一緒に出かける仲ではあった。


出逢いは中学1年の頃、たまたま同じクラスになったところから。

同じクラスにいるからといって、普段話もしない男子と女子とでは、顔は知ってる、名前は知ってるぐらいの認識でしかなかった。


ある時、クラスの女子の誰かが、男子から酷くからかわれて虐められていた時、突然亜希が立ち上がって怒り出した。

「あんたたちねぇ。言っていいことと悪いことがあるのよ。彼女に謝んなさい!」


後ろの方から聞こえた怒鳴り声に、俊亮は吃驚して振り返ると、仁王立ちにして真っ赤な顔をして怒っている亜希の姿があった。


クラスの悪ガキ男子どもが雁首そろえて、からかっていた女子に向かって、それぞれ謝りはじめた。

「悪かったな」

「ごめん」

「気にしてるなんて思ってなかったんだ」


その姿を見ていて、俊亮は初めて亜希の存在を認識した。

『すげーなー。あいつ……』


その時は、ただそんな風に感じただけで、その後しばらく亜希のことはあまり気にすることはなかった。


2年になってクラス替えがあって、大きな中学校だったこともあり、俊亮と亜希は別々のクラスになった。

それぞれの教室は校舎も階数も違うところになり、すれ違うことすらほとんど無くなっていたある日、たまたま亜希の教室の前の廊下を俊亮が歩いていると、ショートカットの可愛い女の子を見かけてドキッとした。


『こんな子、うちの学校にいたっけ?』

一瞬それが誰だか分からなかったが、よくよく見てみると、

「もしかして、亜希?」


俊亮の小声のつぶやきに反応することなく、亜希は誰か友達と一緒にどこか別の教室に向かうのだろうか廊下を歩いて行ってしまった。

『へぇ〜、髪の毛切ったのか。ショートにすると可愛くなるんだな。まるで別人だ。』

俊亮は、何故か自分の心臓がバクバク音をたてていることに気づいて、少しだけ顔が赤くなった。


そう、きっとその時、あらためましての、一目惚れ。

恋に落ちるのに理由は必要なかった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


3年になり高校進学にむけて受験勉強に忙しくなると、片想いがどうだとかこうだとは、そんなことは本来言っている暇などないはずだった。

それでも俊亮は、亜希がどこの学校を受験するのか、という事が気になって仕方無かった。

せめて、近いところに行けたらなぁ。


俊亮は典型的なアニメオタクで、インドア派。スポーツはからっきしダメで、体育の成績はペーパーテストで補ってなんとか半分より上の位置をキープしているが、いわゆる非モテ系のクラスの中で女子からみたら「どうでもいい」層に所属していた。

話ができる内容も、その時流行っているアニメや、SF小説、あとは何かのメカものとかコンピュータばかりと偏っていて、その相手ができるような女子は同じクラスに2人ぐらいしかいなかった。

ただ、その2人が実は亜希と仲が良く、ほぼ帰宅部に近い文化系の部活のおまけでついでにアニメ話で盛り上がろうと呼んで貰った際に、亜希と顔をあわせるチャンスがごく希にあったのは幸いだった。

亜希も実は濃度は薄いもの、若干オタク趣味には理解があるようで、特定のアニメの美形キャラとかに惚れ込んでいるようだった。


結局、亜希がどこの高校を受験するかは分からなかったが、それほど成績は優秀という方でもなかったようだから、自分が受験する高校とは違うということだけは分かっていた。

同じ学区の高校なら、どこかバスとか通学途中で逢えることもあるかな?


そんな事を考えながら、最後の受験勉強に励んでいた。

受験が始まるより少し前の年末近い12月のある日、俊亮は、うーんと呻って考え込んでいた。

『いま、何かアクションを取っておかないと……』

『このまま、お別れしちゃうのは淋しいし……』

『でも、あえてこの時期に玉砕しに行くのか?それはバカすぎるだろ?』


悶々と考えていても答えの出る話では無かったが、どれだけ考えても心が決まらない。

「だめもとで、手紙を書いてみるか」


俊亮は、電車を乗り継ぎ、都内いきつけの大きな文房具屋まで出かけて行った。

薄い黄緑の便箋と封筒のレターセット、柔らかな色味の水性ボールペンを選んで購入した。


『いったい、何を書けばいいのだろう?』

俊亮は、自分が何を亜希に伝えたいと思っているのか? まずはそのことすらも自分自身で理解できていなかった。

多分、卒業して別々の高校に行ってしまえば、もう逢うこともほとんど無いだろう。そのことが酷く淋しく感じられた。だからといって、亜希とは別にたまーに女子の友人を介して一言二言、どうでもいいような相づちを打つぐらいでしか話をしたこともなく。

さらに言うと、自分は非モテのオタクだ。そもそも勝負の土俵にすらあがっていない。


その事にあらためて気づくと、俊亮は一旦便箋を机の上の遠くに押しやって、頭を抱え込んで突っ伏してしまった。

『おれ、いったい、何やってんだろ?』


しばらくそうやって考え込んでみたもの、やはり答えが出るようなものではなかった。

『でも……』


万に一つの可能性も無いだろう。でも、ここで行かなくてどうする。手紙のひとつぐらい、出したって出さなくたって、結局未来は変わらない。

だけど……何か行動をしなければ、という衝動だけが俊亮を駆り立てるのだった。


「よし、決めた!書けるだけ書いて、見直さないで出す!」

奥に押しやった便箋を手元にたぐり寄せると、俊亮は出来るだけ丁寧にゆっくりと、せめて読める字で、と思いながら、何かを綴っていった。内容はたいしたことはない。12月に誕生日を迎える亜希に、「たんじょうび、おめでとう」というだけで十分だった。


亜希の誕生日だという12月のある日、その日の学校を終えると俊亮は一旦急いで家に帰り、速攻で学生服から私服に着替えて家を飛び出して行った。おそらく亜希が帰宅するであろう時間帯、家族が、特にお父さんが帰ってくる前に気づいてもらえる可能性のある時間帯に、亜希の家のポストにこっそり投函してくることに決めていた。


亜希の家の住所は以前聞いたことがあり、学校からほど近い場所で、おそらくあのあたりだろうという予想はついていた。

『かなり怪しいよなぁ』

と、自分の行動を客観的に見る余裕がほんの少しあったが、今はミッション遂行が優先だ。

亜希の家がどこか、というところで最後かなり探すのに手間取ったが、表札とポストの名前を確認して、えいっ!とばかりに手紙をポストに押し込んだ。

あとは、亜希がちゃんと受け取って読んでくれればいい。

そのうち、どこかで会ったときに、何か反応があれば、それだけでいい。

その時はそう思っていた。


年末になり2学期が終わり、そこまで亜希と学校で顔を合わせることはなかった。

正月になって3学期になると、受験直前で推薦組が先行して受験に行ったりなんだかんだと、学校に来ない人が徐々に多くなっていった。


俊亮は、公立の志望校と、私立の滑り止め、あと、なぜか分からないが少し離れた都内の高校も受験することにしていた。

公立の志望校は学区で1番の学校の予定をひとつ下げた。試験当日に出席すればほぼ間違いなく合格できる状態であり、私立の滑り止めは余裕で受かる高校だった。都内の高校は俊亮の家から通うにはだいぶ遠く、電車を3つほど乗り継いで行く必要があり、現実的な選択肢としては考えていなかったが、地元の公立高校よりは大学受験には熱心な高校で、頑張ればなんとか合格できる可能性のあるところだった。


私立の試験が2つ終わり、おそらく2つとも合格したと思った後、俊亮はふと亜希のことを考えた。

『あんな手紙、どうってことないって……』

『どうせ、違う高校なんだもの、別に恥ずかしくはない』

『でも……』


地元の公立に行けば、なんだかんだと中学からの同級生達がどの学校にも通っている。

遅かれ早かれ、自分が亜希に手紙を送ったことはバレるだろう。

『あいつ、玉砕したんだぜ。だせー』

そう言われるような気がして、俊亮は心が苦しくなった。

なにより、亜希から何にもリアクションが無いことがきつかった。


『ばっかじゃないの?』

そんな一言でもいい、何かリアクションが欲しかった。


『それすら、無し……なのか』

うー、逃げちゃうか。遠くに逃げちゃえば、きっともう会うこともないし。

公立の高校はたいがいバスで北へ向かう。私立の高校に通うには南にある私鉄の駅まで出て通うことになる。

地元の学区の公立高校へ行くのに、その駅を使う者はいない。そしておそらく都内の私立高校は、同じ中学から誰ひとりとして受験していない。それなら、逃げ切れる。


そして……公立高校受験前日の受験拒否、という暴挙に出て、俊亮はほぼ確定していた地元の公立高校には行かないことになった。

ほぼ専願と同じ意味を持つ公立高校への願書、全ての受験生は高校と中学の間で握られており、受験すれば合格できる。倍率1.0n台の出来レース受験を蹴った。前代未聞の出来事だと学年主任からお灸を据えられつつ、俊亮は遠くの高校へ逃げることに成功した。


卒業式でも、チラッと見かけたけど、亜希とは話す機会もなかった。

これでよかった。もう会うこともない。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


片道2時間近い通学は苦痛だった。朝こんなに早く起きないといけないのか、という苦労は実際に味わってみるまでわからないもので、通勤・通学ラッシュにもまれて通ううちに、俊亮は少しずつ重すぎた体重が落ち始めた。また、体力をつけようと、少しランニングを始めたことも効いたのだろう。元キモオタデブ体系だった俊亮は、夏の頃にはすっかり普通の高校生に見えるようになっていた。


俊亮の通う高校は、巨大な男子校で文化祭には1万人以上も外部から来場者が来ることで有名だった。文化祭の前になると、クラスメートや同じ部活の仲間から、

「おまえも女の子呼んでこいよな!」と当たり前のように声をかけられる。


『そんなこと言ったって。おれ、女子に知り合いいないし……』

でも、誰も連れてこないとなると、それはそれでまたいろいろ周りから言われそうだし、誰かにお願いして来てもらうしかないかな、と数少ないアドレス帳をたどってみる。


「あいつらなら、もしかして来てくれるかも」

そう頭に思い浮かんだのは、同じ中学だったオタク仲間の女子の顔だった。と、同時に、一緒にいたこともあった亜希のことも思い出した。


どうしよう、ダメ元で誘ってみるか。俊亮はなんだかんだと、振り切ってきたつもりだったが、心はまだ亜希に残っていた。

中学の時のオタク仲間の女子に電話をかけると、二つ返事で来てくれることになった。

そして、

 「なかたにちゃん、亜希も呼んであげようか」

「え?なんで?」

 「だってさ、なかたにちゃん、亜希のこと好きだったんでしょ」

「え?どうして?」

 「みんな知ってるよ」

「ぐわっ……」

 「嘘だよ。カマかけただけだよ。でも図星なんだ。」

「う、言うなよ」

 「わかった、言わない。亜希、気まぐれだからどうかわからないけど、一応声はかけておくね」


そういうと、一方的に電話を切られた。


一方的に好きになって、勝手にアタックして勝手に玉砕した気になっていて、それ以来逃げていた。

もう会うことはないだろうと思っていたのに、もしかしたら、また会うことになるかもしれない。

そう思うと、俊亮は、期待が半分、怖いのが半分、いてもたってもいられない落ち着かない気分になるのだった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


文化祭の当日、オタク女子の友人と亜希が、俊亮の学校に遊びに来てくれた。

片道2時間かけてわざわざきて貰って申し訳ないと、模擬店でお茶とお菓子を奢るぐらいまではできたが、

 「あとは適当に見て回るね」

とだけ、言い残されて彼女たちは他の展示などへ向かっていってしまった。

俊亮は自分のクラスの模擬店の店番などがあり、その片付けが終わるまで待っていて欲しいとは伝えていたが、片付けをしている最中に遠くから手を振る彼女たちの姿を一瞬目にしただけで、結局、ほとんど話をすることも、終わった後に一緒に帰ることも叶わなかった。


少し遅くなったが帰宅した後、来てくれたお礼の電話をかけた。

亜希にはどうしようか、とも一瞬ためらったが、お礼ぐらいなら、と思い直して亜希にも電話をかける。

コールが鳴る間、自分の心臓の音がバクバク聞こえてくる。

ほどなくして亜希が電話に出た。その後のことは何を喋ったのかあまり覚えていない。

でも、「たまに電話していいか?」と俊亮が自分から聞いて、亜希が、「いいよ」と答えてくれたことだけは嬉しかった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


その後、1ヶ月に1回あるかないかだったが、亜希と俊亮はふたりで会う機会をもてるまでになっていた。

渋谷の映画館、原宿の代々木公園が定番だった。あとたまに広尾の有栖川公園、海の方に足を伸ばせば、鎌倉とか江ノ島へも。


今日は、初めて一緒に江ノ島に行って来たのだった。

私鉄を乗り継いで、片瀬江ノ島まで行って、江ノ島をぐるっと回って帰ってくるだけ。


帰りの電車の中で、亜希から聞いた話だと、ちょっと気になることもあったのだけど。

地元の公立高校からだと、授業をサボって江ノ島まで足をのばしてデートをするカップルは割と多いらしいが、たいがいみんなその後に別れるという。

まるで井の頭公園のボートみたいな感じの位置づけなのだろうか?

同じ行動を多くの人がすれば、たいがい後には別れたりもするだろうし……


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


さっき、亜希が「ちょっとここで待ってて」と行ってしまってから、どれくらい経っただろう。

この公園からおそらく亜希の家までは歩いて5〜6分程度だろう。もう30分近く待っている。

着替えてくるのかな。でも何かを渡すだけなら、そんなに時間がかかるとは思えないのだけど……


俊亮が少し不安になりかけた頃、白っぽいビニールの手提げを両手に抱えた亜希が、ゆっくりと公園に戻ってきた。


「遅かったね。渡したいものって?」

 「はい、これ」


その白っぽいビニールの手提げ袋は、おそらく少し離れた繁華街にあるレコード店のものだった。

その大きさからいって、LP盤のレコードが1枚入っているのだろう。

(注:まだCDとかが無い昭和のお話です)


「これ、くれるの?」

 「うん」

「開けていい?」

 「うーん、それは帰ってからにして欲しいな」

「わかった、じゃあ楽しみに持って帰るよ」


亜希から手渡されたレコードを片手に提げて、公園の時計に目をやると、もう21時近い時間になっていた。

「早く帰らないと、お父さんに怒られちゃうよね」

 「うん」

「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

 「…」

「またね」

 「うーんと……またはどうかな」

「今日さ、お弁当、ありがとう」

 「おいしくなかったでしょ」

「うん、でも、ありがとう」

 「もう作らないから」

「わかった」

 「あたし、行くね」

「バイバイ……気をつけて帰れよ」

 「わかった。そっちもね」


おそらく、この公園に足を運ぶことはもう無いだろう。

そういう意味では、きっと、またはもう無い。

なぜなら、俊亮はこのあと家の引越でここから40kmほど離れた別の街へ行ってしまう。

そこから俊亮の高校へ通うのは1時間ちょっとと今よりは通学時間が半分になる。

亜希と逢えるのは、きっともう都内が殆どになるだろう、次は渋谷かな、とかその時俊亮は考えていた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


家に帰ると、俊亮は早めに風呂に入ってあとは寝るだけの状態にしてから、亜希からもらったビニール袋を開けてみることにした。


俊亮は、中に入っていたLPのジャケットを見て、思わず目を疑った。

心臓が飛び出るかと思うほどの激しい衝撃を受けた。


ベージュっぽい色味のジャケットには、うっすらとそのLPのアーティストであるグループの演奏している姿が映っていて、真ん中にアルファベットで「over」と言う、そのタイトルらしき文字が黒くハッキリと描かれていた。


『overって……おれたち、終わりってこと?』


亜希の考えていることは分からない。

でも生まれて初めてもらった、大好きだった、つきあいたいと思っている彼女から貰ったプレゼント。

LPを貰うのも初めてだったが、

『よりによって、なんでこんなタイトルの……』


少しずつバイトをして貯めたお金でかった、オーディオセットのレコードプレーヤーに、貰ったばかりのLP盤を載せてから、PLAYボタンを押してみる。アナログ針のピックアップがスルスルっと自動的に上昇して、やがてアームがLP盤の端のあたりにスライドしてから、ゆっくりと針が降りてくる。

プチッという針がレコード盤に接触したノイズが聞こえて、少しすると、悲しげなインストゥルメンタルが流れ出した。


「心はなれて」という名の曲のインストゥルメンタルがオープニングだった。

その音を聞きながら、俊亮は目頭に熱い物を感じ、やがてその目からは大きな涙がこぼれ落ちるのを止められずにいた。


次の歌は「愛の中へ」、素敵な歌でラブソングなのだろう。

でも、どれが自分へのメッセージなのか、それとも何なのか、俊亮には理解できないでいた。


A面を聞き終わると、俊亮はレコード盤を引っ繰り返し、B面を聴いてみる。


B面の3曲目「言葉にできない」の最初のフレーズを聴いた時、


「これなのか……」


ひとりきりの部屋。誰も見ていない。

俊亮は、流れる涙を止める術を知らなかった。


亜希の顔が脳裏に浮かんでくる。

初めて意識した中1の時の勇ましい姿。

そして衝撃を受けた中2のショートカットにしていた頃の顔。


そして、ジャケットの文字を再び眺めると……


「もうこれで、本当にさよならなんだな」


そう、ひとり呟くのが精一杯だった。


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