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甘い結婚なんて  作者: 惣領莉沙
本編
9/35

9話



その日の午後は、所長から頼まれてお使いに出かけた。

急ぎで使う専門書を買う為に、のんびりと電車に揺られてやってきたのは大型書店。

あらかじめ電話で在庫を確認して、取り置きしてもらっているらしく、ただ受け取りにいくだけののんびりとしたお使い。天気もいい春の午後、仕事中だとはいえ、気持ちはまるで休日の散歩のようだ。


『みんなに差し入れ買ってきてくれ』


所長からそう言われて渡されたお札をカバンにあるか確認して、何を買って帰ろうかと大通りに並ぶたくさんのお店を見ながら歩いていた。

弁護士事務所という、どちらかというとお堅いイメージの職場だけど、結構和気あいあいとしていて温かい。

所長自身が穏やかで優しいせいか、所属している弁護士の先生たちもみんな優しくて働きやすい。

弁護士である千絵おばさんの紹介で働き始めて三年。どうにか千絵おばさんの顔をつぶさずに秘書として働いている。


夕方みんなに配るのならシュークリームとかどうかな、きょろきょろ視線を動かしながら気になるお店をチェックしていると。


『プレゼンうまくいって良かったねー』

『こんなにでかい案件、初めてだな』


明るい声が聞こえてきた。その楽しそうな声音に引き付けられるように顔を向けた先には。


「あ……凌太だ」


同僚らしき何人かと連れだって歩く凌太がいた。

大通りを挟んだ向こう側にいる凌太は、筒形の図面ケースを肩からさげて足早に歩いている。

スーツ姿の集団の中には女の子もいて、凌太と並んで歩きながら時折笑い声をあげている。

凌太も、遠目からでもわかる整った顔に笑顔を浮かべながら、女の子の頭を小突いたりして。

気の置けない仲間達との仕事を楽しんでるのがよくわかった。


そう言えば、凌太が働く会社ってこの辺りだったっけ……。


私に気づかないまま歩いていく凌太の背中をぼんやりと見つめていると、凌太の隣を歩く女の子が凌太の腕に自分の腕をからめた。

他にも何人かの同僚の人たちがいる中で、体を寄せ合って歩く二人。

周りの同僚の人たちとも親しげに話しながらの二人だから、きっと単なるスキンシップで、大した意味はないんだろうけど、凌太の後ろ姿が遠くなっていくのを見ていると、複雑な思いがした。

凌太の隣の女の子は、もしかすると凌太の事が好きなのかもしれない。

会社で一緒に働いて、一日の大半を共有しながら仕事をしているんだ。

側にいて、凌太の事を好きになってもおかしくない。

じっと見たわけじゃないけど、彼女、きれいだったし。凌太だって腕を組まれても嫌そうにはしてなかったし。


……あ。


やめ。


やめなきゃ。凌太の事で、特に女がらみの事で悩むのなんてやめようって決めてるのに。

気を抜いていたせいか、突然飛び込んできた凌太の日常に心のどきどきは止まらない。


「いいじゃない。仕事楽しそうだし、仲間もいっぱいいて充実してそうだし。

 ……なんといっても未来の社長だしね」


再会して以来初めて見る凌太の仕事中の顔が、あまりにも素敵に見えてしまって、昨日、私の側で甘えるようにひっついて離れなかった男と同一人物には思えない。

本当、別人のようだった。


私と結婚したいと言って、あれこれ夢見心地に語っている凌太だけが、凌太の全てじゃないって、わかっているけど。

そして、凌太には凌太の世界が確実にあるってわかっているけど。


私以外の女の子と腕を組んで楽しそうにしている凌太を見ると、どうにもこうにも気になって、仕方がない。

私と結婚するってあんなに強く言い張ってるのにさ。

まるで私以外の女の子はいらないって感じで抱くくせにさ。

他の女の子にも優しく笑顔を向けてるんじゃない。

そういえば、高校の頃だって、私という彼女がいたのに、近づいてくる女の子達にも優しく接していたよね。

それでも私の事を大切にしてくれてるのがよくわかってたから、あまり考えないで、悩まないようにしていたけど。女の子みんなに愛想よく優しくしてる凌太を見るのはいい気がしなかった。


あー。また、思い出した。凌太って、やっぱり女の子に人気ありすぎて、好きになると大変なんだ。

凌太を好きな気持ちを持ち続けるのってすごくパワーがいるって思い出した。

たとえ信じていても、凌太の恋人でいるのは大変で、かなりの覚悟がいるんだっけ。


そして、別々の学校に通うようになったのが原因なのか、少しずつ凌太の態度が変わっていくのを感じ始めた大学時代。

会える時間も減ったし、言葉の中に愛情が薄れていくようだった。

携帯を鳴らしても出てくれなかったり、出てくれても、凌太の傍らには他の女の子の気配も感じた。


そして、凌太から甘い香水の香りが感じられて。


結局は私以外の女の子を選んだ凌太からは、別れたあの日から六年間、何の音沙汰もなかったんだ。


とっくに角を曲がった凌太の姿は見えなくなったけれど、久しぶりに思い出した悲しい思い出と感情は、しばらく私の中から消えてくれそうにない。結局、凌太に裏切られてどっぷり傷ついた過去は、簡単には忘れられないんだなー。んー。やだ、やだ。こんな負の感情なんかどっかにいっちゃえー。


「とにかく、お使い済ませて、シュークリーム買って帰らなきゃ」


深呼吸を一つして気持ちをどうにか落ち着けて、再び歩き出した。




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