8話
「で、結局ホテルに仲良くお泊りして、結婚する事も納得させられて、楽しい週末を過ごしてきたわけだ」
「結婚は、まだ決まってないよ。それに楽しかったかどうかなんてよくわかんないし……」
月曜日。事務所で仲のいい凛花と二人カフェでランチをとりながら、私はちくちくと責められていた。
私が働く弁護士事務所の秘書仲間である凛花とは、年も一緒なせいか、妙に気が合う。
どちらかと言えば、ここぞという時に弱い私と違って、いつも自信に満ち溢れている凛花は私の保護者のような立場だ。
ここ一年の私と凌太との関係にいい顔はせず、はっきりと『その男、沙耶にとっては疫病神だ』と切り捨てる。
凛花自身、恋人に浮気されて苦しんだ経験を持つだけに、凌太への評価は最低で。
私が凌太と曖昧な関係のまま過ごしている事にも大反対している。
「なんでお見合い相手までがその男なの?千絵先生の持ってきたお見合いだから、絶対に大当たりだと思って私も沙耶に勧めたのに。その男、本当、疫病神だ」
「あ、凛花……声大きいし。みんな見てるし。落ち着いてよ」
「え?見られてもいいよ。本当、ムカつく。で?そいつとは本当に結婚するの?」
「えっと……多分、しない」
「多分?」
「ん……凌太を見るとなかなかはっきりと断れないし、やっぱり複雑だし……」
はあ、と大きなため息を吐いて、凛花は天井を仰いだ。
背中まである長い髪がさらさらと揺れると、綺麗に整った顔がさらに引き立つ。羨ましいくらいに美人だな。
そんな凛花は、これ以上は何も言う事はないとでもいうように、『ま、せいぜい悩みな』と私を突き放す視線を飛ばして、手元に残っていたサンドイッチを頬張った。
私にお見合いの話がきた時、普段恋愛に消極的な私の背中を押すようにお見合いをしろしろとうるさく説得してくれた凛花だけど、まさかその相手が凌太だなんて、予想外もいいところだろうな。
凌太が大嫌いな凛花にしてみれば、私がお見合いをしてとっとと結婚してしまえばいいと期待していたはずだけど。蓋を開けてみれば、そこには疫病神が笑っていて。
『なんであいつが』
と大きく叫んでいた。
「お見合いうんぬんのしがらみはあるだろうけど、その男との事、そろそろちゃんとしなきゃね」
二人して黙々とサンドイッチを食べながら、視線も合わさないまま、ぽつりと凛花が言った。
その声は落ち着いていて、さっきまでの興奮状態からは脱却してくれたみたいだ。
「うん。わかってる」
わたしも小さな声でそう答ええるけれど。この一年ずっとなんとかしなきゃって思いながら凌太と続いている。
会えば抱かれて切なくなって、高校時代の楽しい思い出もよみがえってきて。
自分で自分を追い込んでるのはわかってるんだけどな……。きっぱりと凌太から離れたり、切り捨てられない自分を自覚してばかり。本当、だめな私。
「沙耶がお見合いするって言った時、千絵先生すごく喜んでたよね……」
「ん。私の結婚、楽しみにしてるからねー」
相変わらず落ち込む自分をどうしようもないまま、二人で静かに言葉を交わしていると
「やっぱり、お見合いしたんだ」
「は?」
私達のテーブルの横に立っているのは、飯島先生。
事務所の中ではまだまだ若手だけど、大きな案件をいくつも抱えている優秀な弁護士さん。
確か30歳を過ぎているくらいかな。
私が担当している音科先生と仲がいいせいで、私にも時々声をかけてくれる。
いつも爽やかな雰囲気を絶やさない飯島先生なのに、今は何故か不機嫌そうに見えるんだけど……?
「千絵先生がうきうきしながら言ってたよ。『お見合い、うまくいきそうなのよねー』って。
そんなにいい男だったわけ?」
眉を寄せて、不機嫌さが更にアップ。低い声を隠すそぶりも見せない飯島先生は、まっすぐに私を見つめてくる。
え……?え……?
一体どうしてこんなに不機嫌なんだ?
いつも穏やかに私に接してくれるのに、私、もしかして何かしでかした?
訳がわからないまま、焦って凛花を見ると、何やらニヤニヤと笑う凛花の瞳が光ったような気がした。
いたずらを思いついたように口元を上げて、くすっと笑う声も聞こえた。
どう見ても怒っている飯島先生。
にやにや笑う凛花。
とりあえず私は黙ったまま、何も言わずに小さく笑ってみた。
へへ……。