7話
結局、予約されていたホテル内のレストランで食事をする事にした。
支払も既に終わっていて、私達は次々と運ばれてくるおいしい料理を堪能した。
普段食べ慣れないフランス料理とかだったら緊張するなあと身構えていたけれど、予約されていたお店に入った途端ほっとした。
最近の健康志向を反映した、自然野菜が中心のお店。
お肉が大好きな凌太には物足りないんじゃないかと思ったけれど、意外に満足しているよう。
「この大根の料理、かなりうまいな。家で作ってよ。沙耶なら作れるだろ?」
「うん……本当、おいしいね、今度チャレンジしようかな。この天ぷらもサクサクしてておいしいよ」
「だな。でも、沙耶の料理も負けてないぞ。俺沙耶の料理になついてるから、どんな料理食べても基準は沙耶の料理なんだよな。……晩めしは沙耶の作ったシューマイが食べたい」
「シューマイかあ……じゃ、帰りにスーパーで材料買って帰ろうか……って、おい。ちゃんと自分の部屋に帰ってよ」
やばいやばい。お見合いしたっていう雰囲気にのまれたのか、凌太の言葉にのせられそうになってしまう。
確かに凌太にご飯を作る週末は、当たり前のようになっていて、私もそれを受け入れてきたけれど。
今こうして二人で向かい合っていても、凌太にはお店のあちらこちらから女の子からの視線が向けられている。
私の存在があるのにも関わらず、あからさまに届いてくる女の子からの興味津々の目。
凌太自身は気にしていないようだけど、それはきっと慣れもあるんだと思う。
女の子から注目される事に慣れ過ぎて、何も感じないのかな。
美味しそうに食事を続ける凌太は、周囲の様子なんて全く気にならないようで、時々私を見ては優しく笑うだけ。
いつもよりも整えられた髪型と、あまりにも似合っているスーツ姿の凌太を見ながら、さっきロビーで感じた気持ちと同じ感情が湧き上がる。
凌太が、眩しい。
高校の時に私を大切にしてくれた日々を思い出さないようにして、凌太に浮気された事だけを心の引き出しに残して。
無理矢理終わらせた初恋が、まだ胸に残っている。
その初恋の終わりは、凌太に寄り添うかわいい女の子の姿と、その女の子から漂っていた香水の香りによって訪れたけれど、それでも私には閉じきれない思いが残っていたと気付く。
「俺、シューマイの上のグリーンピースが大好きなんだ。だから忘れずに買おうな」
自分の家に帰れと言う私の言葉を無視するように、飄々と言っている凌太。
今の凌太からは、あの香水の香りはしないけれど、だからといって全てを忘れる事はできない。
私を裏切って、他の女の子を選んだ凌太を、忘れるなんてできない。
あんなに大好きだったのに、私だけを大切にしてくれなかった事、忘れるなんてできないんだ。
「凌太……、私、やっぱり……」
これ以上一緒にいるのはつらいと、言おうとした私の言葉を遮るように、
「ん?シューマイ作るの面倒か?ならもっと簡単に作れるものでもいいぞ。
俺は沙耶が作るものならなんでもおいしい」
「いや、そうじゃなくってね。私は、もう……」
「せっかくだから、部屋とるか?めったにこんなホテルに泊まるなんてしないし、今からでも一部屋くらいなら空いてるだろ。晩はこのあたりはライトアップされてて綺麗だから散歩でもしよう」
その思い付きが気に入ったのか、大きく笑った凌太は満足げに私を見た。
まるで子供のようなその瞳に、私はどきっとして何も言えなくなった。
ずるいよ。こんな時にそんな嬉しそうな顔されて、私はどうすればいいんだ。
「で、部屋はやっぱダブルだよな。スィートは新婚旅行までとっておこうな。な、沙耶」
「新婚旅行?」
凌太から突然出てきた言葉に、驚いた私の声は結構大きくて、周りの視線も一気に集まった。
凌太はそんな視線に戸惑う事なく、テーブルに置かれていた私の手を掴むと顔を寄せて
「その前に、結婚式はいつがいい?俺、そんなに長くは待てないぞ」
「……」
「白無垢、着て欲しいな。角隠し、最高。三々九度も楽しみだ」
「……」
私は今日、心の中によみがえりつつあった切ない感情とのおりあいをどうつけていいのかわからなくて混乱しているというのに、目の前の能天気男は、どうしてここまで前向きに明るいんだろう。
私が悩みに悩んで、凌太との過去を吹っ切って、どうにか一人で生きてきた時間は一体なんだったんだろう。
大好きで大好きでたまらない人に裏切られて、そして今、その裏切り者から結婚しようと言われている私の人生って……どこかおかしい……よね。
「無理」
どうにかそう呟いた私に、凌太はくすっと笑うと。
「無理じゃない」
……私の切ない感情や不安な気持ちは、このわけのわからない展開の中に埋没していくように思えて、思わず泣きそうになった。
泣きそうになりながらも、私をじっと見つめる凌太を格好いいと思ってしまう自分が、もうよくわからない。