6話
それからすぐ、凌太のお父さんは『悪いが、現場に戻る』と言ってあっさりと帰っていった。
久しぶりに会ったらしい凌太のお母さんと千絵おばさんも、『これから二人で映画に行くから、ごゆっくり』
わざとらしい笑顔を残してさっさと席を立った。
ホテルのロビーに残された私と凌太は、あらかじめ仕組まれていたに違いないこの展開に苦笑するしかない。
「いわゆる『あとはお若い二人で』っていうアレか?どうせなら、そのままの台詞で立ち去って欲しかったよな。
……まあ、父さんが現場に行くのは嘘じゃないと思うけど」
「本当に、仕事が好きなんだね」
「仕事っていうよりも、現場が好きなんだ。建物が少しずつ完成に近づく過程がたまらなく魅力的らしい。
俺も最近ようやくその気持ちが理解できるようになってきたんだけどな」
「ふ……ふーん……」
普段見慣れないスーツ姿で、普段聞きなれない真面目な言葉を聞かされて、ほんの少しどきっとした。
ロビーの大きなガラス窓から降り注いでいる太陽の光に照らされてるというオプションを差し引いても、どうも凌太が格好良く見えてしまう。
凌太は、高校生の時から格好良かった。
背が高くて顔も整っていて、成績も上位にいつもいるってだけでも女の子にもてる要素は十分なのに、口のうまさと周りの人たちへの優しさまでたっぷりだった凌太が女の子たちにもてないわけはなかった。
バスケ部での活躍や生徒会での有能ぶり。
生徒からだけでなく先生からの信頼も厚かった。
思い返すと、凌太って、すごい奴だったんだ。
クラスメートだった凌太に片思いをしていた私に、凌太から『好きだ』と言ってくれた時以来、側にいられるだけで幸せだった私は、凌太がどんなにすごい奴かなんて関係なくて、単純に大好きだった。
二人で過ごす毎日が、楽しくて仕方なかったんだ。
そりゃ、凌太の事が好きな女の子は絶えなくて、その度に切ない思いもしたけれど、そんな気持ち以上に凌太の事が大好きだった。
今、大人になっても相変わらず格好いい凌太を目の前にして、ただ大好きっていう気持ちだけで側にいられたあの頃が懐かしくて仕方ない。
凌太が浮気をするなんて思いもしなかった純情な私を思い出すと、悲しくなる。
放課後、学校から一緒に帰る時間が宝物で、私の一日はその時間だけのためにあったあの頃。
幸せな恋愛をしていたという、私にとっては唯一の大切な思い出で、忘れたくはない。
凌太としか付き合ったことのない私には唯一の、本当に幸せな思い出。
凌太は、今も優しい目で私を見つめてくれているけれど、私と別れたあの日から、こんなに格好いい大人になるまでに何人の女の子を好きになったんだろう。
私と別れる原因となったあの女の子とは、あれからどうなったんだろう。
再会してから一年間、聞きたいけど聞けなかった想いが溢れてきてどうしようもない。
きっと、たくさんの女の子が凌太の側に寄り添って、たくさんの女の子が凌太に抱かれて幸せな気持ちになったに違いないのに。
スーツ姿で幸せそうに私を見ている凌太を見つめ返しながら、私はあの日からたった一人で、恋する気持ちを凍らせてきたんだと気付いた。
それほどに、今目の前にいる凌太の姿は眩しくて、素敵に見えるんだ。
悔しいほどに。