5話
凌太のお父さんは、一代で建設会社を大きくした剛腕社長というだけあって、その表情や口調からは余裕と自信が感じられる。かなり大きな会社の社長だというのに、未だに現場が大好きで、早く凌太に社長職を譲って現場で動き回りたいらしい。
「凌太が社長になって、孫と一緒に現場でお弁当を食べるのが夢なんだけどな、なかなかこいつがいい女を連れてこないし。しびれをきらして千絵ちゃんにお見合いを頼んだんだよ」
ふんふんと頷くお父さんは、まるで自分の手柄のように椅子に背中を預けて笑う。
その隣にちょこんと座っている凌太のお母さんも、穏やかに笑顔を私に向けてくれていて何だかほっとする。
それにしても、気になるのが……『千絵ちゃん』?確かに千絵おばちゃんがこのお見合いをセッティングしたんだけど。凌太のお父さんとどういう関係なんだろ。
向かいに座っている凌太をちらっと見ても、肩をすくめてにやにやしてるだけで頼りにならない。
「ねえ、千絵おばちゃんと、お……お父さんは、知り合いなの?」
「あ、言ってなかったかしら?私とこの二人は幼馴染なのよ。小学校の同級生でね、時々連絡取り合ってるの」
「そうだったんだ」
知らなかった。高校の時に凌太と私が付き合ってた時も、そんなの知る事なかったな。
まあ、若い時ってお互いに夢中で家族の事とか関係ないもんね。二人で仲良く遊んでるだけが世界の全てで、友達の関係性はあっても、家族や家の事なんてめったに踏み込むこともなかった。
「沙耶ちゃんのお母さんの事も、よく知ってるのよ。小さな頃は一緒に遊んだりもしたわ。
今の沙耶ちゃんみたいにとてもきれいな人でね、人気があって、私も憧れてたのよ」
「母と……。あ。そうですか……」
突然飛び出した母の話題に切なくなる。
大学一年の冬に交通事故で両親が亡くなって、ようやく寂しさとうまく付き合えるようになったけれど。
こうして突然話題に出るとどう受け答えしていいのかわからないし、今私はちゃんと笑えているのかも微妙だ。
何も言えずにいる私に気を遣うように、凌太のお父さんは優しい声で
「だから、凌太のお見合い相手が沙耶ちゃんだって聞いて、本当に喜んでるんだ。
どうだろう、まだまだ落ち着きのない二代目だけど、凌太の事本気で考えてもらえないだろうか」
優しく穏やかだとはいえ、さすがに社長というだけあって、その言葉には今すぐ私が拒否できる隙は含まれていない。とにかく私にこのお見合いを受けろ、凌太と結婚しろと……そんな暗示みたいなものが感じられる。
「えっと、あの……」
どうしよう、どうしよう。
罠にはまったみたいに窮屈な感情に包まれて、焦ってしまう。
凌太を見ると、嬉しそうに笑ってコーヒーを飲んでいるし、千絵おばちゃんも安心しきった様子で凌太のお母さんと何やら話してる。
みんな、凌太のお父さんの言葉に納得していて反論なんて全くないように見える。
ちょっと、どういう事なんだ?
私、こんな展開も裏事情も何も聞いてなかったよ。
確かに、事前に渡されていた釣書も写真も見てなかった私も悪いけど。
それにしても、それにしてもだよ。
私一人追いつめられて、どんどん凌太から離れられなくなっていくように思うのは、気のせいなんだろうか?
一年前、凌太と再会して以来どんどん重なっていくような凌太との未来。
「というわけで、よろしくね、沙耶ちゃん」
満足げな凌太の声に顔を上げると、高校生の時から見慣れた、幸せそうな凌太の笑顔がそこにあった。