4話
冗談だと思っていた。
最近の私への執着心が強い凌太のでまかせだと思っていたのに、お見合いの相手はまさしく凌太だった。
「先方は、沙耶ちゃんの事を、とても気に入って下さっているのよ。特にお父様は沙耶ちゃんがいいなら、すぐにでも嫁に欲しいっておっしゃってるの」
「……なんで?あんな大きな会社の社長でしょ?息子の嫁になら、私みたいな一般庶民よりももっと会社の為に役立つ縁談いっぱいあるでしょ」
「そんな時代錯誤な事、いまどき少ないわよ。あれだけ大きな会社を一代で築いたんだよ、息子の縁談の力なんてなくても会社をうまく回していくくらい簡単よ。だからそんな余計な事考えずに、息子さんの事だけをちゃんと見て決めなさい」
「……んー。わかった」
相手を見て決めるのなら、とっくに決まってる。この縁談は既に破談。
凌太と昔付き合ってたなんて、千絵おばさんは知らないだろうし、凌太の浮気で別れたなんて知ってたら激怒してこの縁談持ってくることもなかっただろうし。
ホテルのロビーでぼんやりとコーヒーを飲みながら、先方がやってくるのを待っていると、今のこの状況におかしくなってくる。
夕べあれだけ抱き合った相手と今からお見合いだなんて。それも断るって最初からわかってるのに。
『他人のふりするからね』
出かける間際にそう言って、一緒に行こうとごねる凌太を私の部屋に置き去りにして出てきた。
凌太にしても、一応のお見合いの席だから、自分の部屋に帰ってスーツに着替えるとぶつぶつ言っていた。
私にとっては大した意味のないお見合いだから、普段は食べる事のない豪華な食事を楽しんで、適当に帰ってやれって気軽な気持ちだけど、凌太にとっては将来の社長夫人を決める大事な席。
凌太自身の気持ちよりも、家の意向が重いんじゃないかなと、少し気になる。
そんな席に私がいるってのが、なんだか信じられないんだけど。
「あ、いらっしゃったわよ」
慌てて席を立つ千絵おばさんにつられて私も立ち上がった。
「遅くなって申し訳ない。……凌太の父の園田真也です」
どこか凌太に似ている白髪混じりの長身の男性が軽く頭を下げた。
見るからに仕立てのいいスーツを身にまとって、社長さんてこういう人だよなあと、思わせる男前。
「今日はお忙しい中、ありがとうございます。こちらが姪の北川沙耶です。
凌太さんと、いいご縁があればいいんですけど」
愛想のいい千絵おばさんの挨拶を聞きながら、お父さんの後ろで苦笑している凌太と目が合った。
朝一緒に起きた時とは違って、グレーのスーツで身を包んだ凌太は、まさしく王子様のようで。
普段の力の抜けた様子とは全く逆の、できる男っていう雰囲気全開。
結婚なんて、凌太が望めば誰とでもできそう。私とじゃなくても、すぐにできそう。
お見合いなんて、する必要ないのに。どうして、今私達ってここにこうしているんだろう。
あまりにも慌ただしい展開で成り行きに任せているけれど、やっぱり腑に落ちないこの状況。
……まあ、どうせうまくいきっこないお見合いなんだ。
結局私と凌太に縁なんてないはずだから。
このお見合いを破談にして、この一年間続いてきた凌太とのなれ合いの縁も一緒に破談になっちゃえばいい。
……でも、情がわいているのかな。そんな事を考えると、ふと心が痛い。寂しくもある。
あー、また、凌太と別れるつらさを味わう事になるのかな……。
やだやだやだ。何がやだ?このお見合い?凌太との二度目のさよなら?