甘いし重い
風邪をひいて、一番嫌なのは、病院に連れていかれる事。
体に残っている、そして消える事のない傷痕をお医者さんに診せるのが嫌で、どんなに熱が高くても病院には行かず自力で治すのが結婚前の私だったけれど。
今の私はというと、消毒薬くさい病院の待合室の長椅子に座り、名前が呼ばれるのを待っている。
「逃げるなよ」
私の体を抱き寄せて、離すもんかと真面目な顔で心配している凌太からほぼ羽交い絞め状態。
朝起きた時から38度を超える熱でフラフラの私は、市販薬を飲んで寝てようと思っていたのに、
『絶対に病院だ』
言うが早いか、車に私を押し込んで病院に連れてきた。
「私、いやなの、病院で見せるのが……」
「何?」
熱で頭がぼーっとしている中でどうにか言葉を探して凌太に伝える。
「体の傷あとを見せるのが嫌なの……だから……帰りたい」
「無理。そりゃ、俺だって、俺だけの沙耶の体を他人に見せるなんて嫌でたまんないけど、沙耶が寝込むのはもう嫌なんだ。……たくさん入院して、病院にお世話になってる沙耶を見てたから、なんでも早いうちに治しておかないとな」
つらそうに顔をゆがめる凌太は、私が傷ついて入院していた時を思い出しているようで、言葉も切なげ。
生きるか死ぬかの入院だったから、尚更つらいんだろう。
それにその頃は、凌太は簡単に私に顔を見せられる状態じゃなかったから、悲しい思い出としていつまでも残っているのはわかる。
「でも、嫌なものは嫌。手術の痕って結構リアルだし、きっと何の傷だって聞かれるし」
「聞かれるか?ふつう」
「聞かれるもん」
「ふーん。で、今までは何て答えてたんだ?」
私の顔にかかる髪をそっと耳にかけてくれながら、優しく話す凌太。
抱きしめられているからか、熱のせいからか、私の気持ちがすごく甘くなる。
凌太の吐息が耳元にかかって、病人のくせに感じたりもして……。
くらくらする。
「お医者さんに聞かれたら……昔大けがして手術したって言ってる。嘘じゃないし」
拗ねたように話す私に、凌太はにやりと笑顔を向けると、小さな声で
「確かにそれは嘘じゃないけど、そうだな、『愛する人が、毎晩唇で消毒してくれてます』って付け加えとけ」
低くて甘い声で耳元に囁いた。
「な、何を……」
「だって、嘘じゃないしー」
楽しげに笑って、私を抱きなおした凌太の声と仕草が甘すぎて重すぎる。
それでも幸せだと思うのは、熱のせいだろうか。




