3話
今も変わらず苦手なものはいくつもある。
ピーマン、雷、高い所。
クーラーの冷たい風も苦手。
『子供だろ』
まだ恋人同士だった頃。
くしゃっと笑った凌太が、私の苦手なもの一つ一つを引き受けてくれた。
料理のお皿にのっているピーマンは全て食べてくれて、雷が鳴る時にはいつも抱きしめてくれた。
二人で仲良く観覧車に乗りたいくせに我慢して、コーヒーカップでくるくる何度も回っていた遊園地。
暑さにも弱いくせに、私のために扇風機とうちわで我慢して、熱射病になったこともあったっけ。
「なんで今頃思い出すんだろう……」
眠れない深夜。今日も凌太と一緒にベッドで寝ている。
寝ているだけじゃなく、ほんの少し前まで私を思うがままに抱いていた凌太は、荒い息をしばらく我慢することもなく続けたあと、満足そうに笑って。
その胸に私を抱きしめて眠っている。
こんな事、再会してから一年も続けていて、いいんだろうかと、心はいつも痛むけど。
何故か凌太の言葉と態度におしきられて拒めない。
安らかな寝顔をそっと見ていると、高校時代よりも余分なものがそぎ落とされて精悍になった凌太に思いのほかドキドキする。
昔から整っていた顔のおかげで女の子にはもてたけど、今でももてるんだろうな。
週末には間違いなく私の部屋にやってくるところをみると、特定の彼女はいないみたいだけど、それもよくわからない。
彼女はいなくても、彼女になりたくて凌太を狙ってる女の子は絶対にいるんだろうな。
だって、この顔、このスタイル、そして次期社長ってなると。
『お婿さんにしたい男』
の上位に入るなんて確実だもんね。
絶対絶対、女達が放っておかない。
あーあ。どうして私、こんな男にまたもや振り回されてるんだろう。
それも別れてから既に7年も経ってるのに。
ふうっと、凌太の胸で小さくため息をつくと、途端に抱きしめる腕に力が入ったような気がした。
付き合ってた頃からいつも、愛し合った後は私を抱きしめて眠ってくれた凌太。
その癖は今も抜けてないんだな。
きっと、私が目撃したあの可愛い彼女のこともこうして眠っていたに違いなくて。
そんな事を考えると胸がちくちくと痛む。
あー、やめやめ。
この男の事で悩むなんて無駄なんだ、やめやめ。
どうせ、前と同じように私に飽きていなくなるに違いないんだ。何もなかったかのようにあっさりと消えてなくなるに違いない。他に気になる女の子が現れたら、すっとその子に気持ちも体もシフトするに決まってる。
そうなんだ。それまで、私は気持ちを揺らさないようにしなきゃ。
いちいち傷ついたり悩んだり、昔を思い出したりしてはだめだ。
「『無』だよ『無』。何も考えるな、私」
目を閉じて、ぶつぶつ呟いていると、突然凌太の腕が私の体をつかんだ。
一気にその体から引き離された私は、気付けば凌太にじっと見つめられていた。
「何さっきからぶつぶつ言ってるの?『む』って何だよ。何か意味があるわけ?」
訳がわからないとでもいうような顔でじっと私を見つめる凌太は、やっぱり男前で、こんな時なのになんだか見入ってしまう。
やっぱり、女の子にもてそうだな。
今もきっと。周りには女の子がたんまりといそうだ……。
「『無』は『無』なの。そうならなきゃ、凌太の気まぐれには付き合えないんだからねっ」
「気まぐれってなんだよ。俺のどこが気まぐれなんだよ。俺は真面目に沙耶と……」
「あー、うるさいっ。真面目なんか信じない。凌太なんか信じなーい」
これ以上の話はしないぞ、と言い切るような荒い口調でそう言い切った途端、傷ついたような顔の凌太。
なんでよ、傷ついてるのは私なんだから。
そんな顔するなんてずるい。
これ以上話を続ける気もなく、頭から布団を被ってベッドにもぐりこんだ。
私がこうすると、これ以上は何を言っても無駄だと知っている凌太は、何も言わなかった。
そしてしばらく後、布団にごそごそと入ってくると、私の体を抱き寄せて唇にキスを落とした。
『おやすみ』
甘く呟くその声が、たまらなく優しかった。