25話
凌太にとって、私と別れた後の長い時間はどんな意味を持っているんだろう。
凛花が言い放ったように、恋愛に別れや裏切りってよくある事なのかもしれない。
大学生の凌太が、周囲の雑音をわずらわしく感じて、私ではなく他の女の子を選んだとしても。
たとえ裏切られた私が傷ついたとしても、恋愛という枠組みの中ではありがちな事なのかもしれない。
もちろん、そんな経験したいとは思わないけれど。
多くの恋人たちが、みんな、初恋を成就させるわけではないから、悲しみや苦しみを受け止めて乗り越える強さが必要なのかもしれない。
それに。
私と付き合う事をわずらわしく思う気持ち以上に、そんな私でも側にいて欲しい、愛し合いたいという気持ちが凌太にありさえすれば、裏切りという結果は生まれなかったかもしれない。
そして、まだ成人もしていなかった凌太の心変わりを責めるのは、その時だけで良かったと思う。
私達の間に結婚の約束があったわけじゃない。誰もが経験する恋愛を楽しんでいただけなんだから。
別れてからずっと、凌太をひきずって忘れられなかった私にとっては単なる恋愛だったと、割り切るにはあまりにも強く凌太への気持ちは残っていたけれど。
私達が別れてから既に7年が経っている。
私の目の前に現れるまでなら6年間の凌太の大切な時間は、その『裏切り』によってもたらされた悲しい時間だったのかと思う。
凌太が自ら引き起こした罪だとはいえ、その罪をずっと引きずっていたのなら、とても長い時間だと思う私は甘いんだろうか。もっと凌太を責めなければいけないのだろうか。
私と付き合っていた事を凌太の両親や千絵おばさんが知っていたのなら、別れた事も知ったはず。
凌太がどう説明をしたのかはわからないけれど、私との付き合いを喜んでくれていたらしい事を考えると、簡単に受け止めてもらったとは思えない。
私との別れの理由をちゃんと言ったのなら。相当責められたんだろうと予想できる。
そんな凌太が過ごしてきたこの7年間を、もっと知りたいと思う。
そして、凌太に問われた言葉。『俺が、沙耶の側にいた意味はあったか』
が私の中に何度も繰り返される。
時々しゃくりあげながらも、涙が治まった私は凌太に
「……やり方は、まずかったと思うけど。私の悩みを凌太一色にすり替えてくれた事は意味があったと思う」
小さく呟いた。
「私の体の事……知ってたんだね。だから、体の傷跡に気づいてたはずなのに何も言わなかったんだ」
「ああ。千絵さんに聞いた。それまでは、俺の両親も千絵さんも、俺が沙耶とよりを戻したいって言っても取り合ってくれなかった。当たり前だよな。……でも、沙耶が……また病院に運ばれて生きるか死ぬかっていう状況になって。子供を持てない沙耶との将来をちゃんと受け入れられるなら、沙耶を守ってくれって。そして、沙耶が最後には俺との関係を決めればいいと、会う事を許してくれたんだ」
「え……。子供を持てない将来……?」
私の表情や感情の動きを探るように、神経質な声で凌太は話す。
私と凌太の間にいる凛花をよけるように私に近づくと、凌太の手が私の腕を掴んだ。
思いがけない凌太からの告白は、私の気持ちを落ち込ませるには十分で、体が硬直して瞬きすらできないくらいに心が痛い。
「違うからな。俺は、ちゃんと沙耶が好きだから一年前この部屋に来たんだ。子供を持てないっていう、沙耶が望んでいない将来に同情したとかじゃない」
私の腕を掴む力が一層強くなる。
そして、その手が微かに震えている事にも気づく。
「千絵おばさん、何も言ってなかった……。今も何も……」
そう。今の凌太の話を聞いていると、私はずっと千絵おばさんの気持ちの裏で右往左往していたように思える。
確かに自らの命を粗末にしてしまった愚かな私を、心配し過ぎるくらいに心配していた千絵おばさん。
凌太と私が高校時代付き合っていたことも、大学生になって別れた事も知っていたらしい。
おまけに、私と会いたいと言っている凌太との間に入ってそれを拒んでいたのも千絵おばさんだった。
「……私一人、何も知らなかった……」




