17話
凌太が話す過去を、自分の中に受け入れようとしても、驚く事ばかりを聞かされてしまった私は何も言えなかった。
ふと思い出してしまった、凌太と別れてからの私の過去とも相乗効果が生まれたのか、何をどう考えていいのか、何から聞いていいのかわからないまま、ただ茫然としてしまう。そして。
「凌太、最低」
今までそう言わなかった事が不思議なくらいにあっさりとそう呟いた。
「……だな」
再会からのこの一年、聞いた事がなかった凌太の静かな声にも、どう反応していいのか。
「大学に入ってから、俺の両親は……沙耶と俺の付き合いを喜ぶあまりに口を挟みだして、将来は二人で会社を大きくしてくれだの結婚式は盛大にして欲しいだの言い出して。
それがうっとうしくなったんだ。まるでもう沙耶が嫁にきたように喜んでる両親への面倒くささのせいで、沙耶とのつきあいも面倒くさいって思うようになって。
その頃大学で知り合ったあの彼女と……悪い。沙耶を裏切るような事、した」
その瞬間、私と凌太の距離が、一気に遠くなったように思えた。
凌太が裏切ったという告白は、私が予想していた事に違いはないけれど、それでも現実を確認させられたようで胸が痛い。
忘れたくても忘れられなかった、あの女の子と寄り添う凌太を思い出さずにはいられない。
あの時、確かに凌太はあの女の子を選んでいた。私は捨てられたんだ。
そんな過去の現実を、何度自分に言い聞かせても。
裏切ったと、はっきり告げられても。それでも思い知るのは。
私は今も凌太に対して想いを残しているっていうこと。
裏切られて、別れた後も放っておかれて、何年も経ってから突然合鍵を使って部屋に来て、私を抱いて。
そんな最低な男に、私は想いを残していたって気付かされた。
どこまでも自分勝手なこの男に囚われたまま、ずっと過ごしていたんだと。
改めて気づいて。
「私も、最低だ……」
力なくそう呟いた。
* * *
『別れた後、千絵さんから沙耶の事を何度も聞いて、男がいない事にほっとしてた。
そしてこの一年、俺の勝手に振り回されながらもはっきり拒否しない沙耶に、俺は必死ですがってた。
でも、さっき飯島さんだっけ?彼にはっきりと俺とは結婚しないって否定した沙耶……俺を否定する言葉を言う沙耶を、初めて見た……いや、あの日俺に別れを言い渡した時以来か』
苦しげに笑った凌太は、普段なら私の部屋に泊まるのに、
『混乱させて、ごめん』
そう言って、日付が変わる前に帰っていった。その後ろ姿は苦しげで、何も言わずに見送るしかできなかった。
でも、苦しいのは私も一緒で、大学時代から私達の両親が付き合いを知っていたと聞いて、複雑な思いでいっぱいになる。
あの頃の私の両親を思い出しても、そんな様子は全く感じられなかった。
もともと私の事は信用していたのか深く干渉してこない両親だったから、敢えて見守ってくれていたのかもしれないけれど。
逆に、両親から色々と言われていた凌太は、まだ大人に対して突っ張ってしまう男の子だったっていうのも手伝って、反発する気持ちも大きかったんだろう。
凌太が言うようにうっとうしくなったんだろうとも理解もできる。
だからと言ってそれが、私を裏切ったり、自分を好きだと言ってくれる女の子を利用するまっとうな言い訳にはならないけど。
私と付き合うのが面倒になったんなら、はっきりと言ってくれれれば良かったのに。
凌太が帰った後も、気持ちは落ち着かなくてぐるぐると同じ事ばかりを考えてしまう。
そして、自分は凌太に今も想いを残してるのに、過去の出来事を抱えたままそれを消化できるのだろうかと。
凌太が好きな気持ちと、裏切られた事へのトラウマ。
どう折り合いをつけていけばいいんだろう。
そして、別れていた間の6年間、凌太は何をどう考えて私を見守ってきたんだろう。
千絵おばさんから私の生活を聞いていたらしいけど、何のため?
私と別れた後に、私の事が好きだと改めて気付いたのなら、6年間も待たなくても、気持ちを改めて伝えてくれれば良かったのに。
私の両親が亡くなった事で躊躇してしまったにしても、それからかなりの月日が経っている。
何も言わず、見守っていた……のは、一体何のため?
そして、ずっと見守ってるだけだった凌太が、どうして突然私の部屋にやってきて、無理矢理私を抱いたのかがわからない。
側に凌太がいてもいなくても、結局凌太の事ばかりを考えてる自分が、手に負えない。