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甘い結婚なんて  作者: 惣領莉沙
本編
16/35

16話


高校時代、誰もが経験する恋というものを楽しんでいたと思う。

片想いの相手だった凌太から告白されて、恋人に昇格できた私は、誰もが経験するというわけではない幸せな時間を過ごせる幸運な女の子だった。


凌太と卒業後の進路は違っていたけれど、それでも二人は仲良く続いていくんだと、そう信じていた。

それでも、思うようにはいかないのが人生で、凌太は私以外の女の子との時間を選んだ。


きっと、それも誰もが経験している『失恋』という悲しい経験。そう、失恋なんて、誰もが通過する人生の味わい。まあ、経験しないまま幸せを掴める人もいるのかもしれないけど。


今落ち着いて振り返ると、私の味わった悲しさなんて大したことはないのかもしれない。

引きずらずに気持ちを切り替えて、次の明るい恋を待てばよかったけど、それができなかった。

凌太に持っていかれた気持ちの大きさは、振り切るほどにはあっさりとしていなくて。

いつまでもいつまでも、凌太の事を忘れられなかった。

忘れられないままに、合コンに出たり友達に男の人を紹介してもらったのに、気持ちは揺れなくてどうしようもなかった。


そんな自分を諦めて、恋愛から遠ざかったまま大学生活を終えて。

千絵おばさんの働く弁護士事務所で秘書として働き始めた。

特になりたい職業もなく、ちゃんとお給料が貰える職業ならそれでいいと思っていた私には、秘書という仕事は意外に向いていたようで、入所してしばらくすると、そつなく仕事をこなせるようになっていた。


働き始めて知ったのは、弁護士の仕事の幅は広くて、一人の先生が抱える案件はかなり多いって事。

その案件内容も多種多様で、私には未知の世界といっても大げさではなかった。

その中には、全く関係のない私でさえ涙を浮かべてしまうくらいに悲しい事件もあったり、思わず握り拳を作ってしまうくらいに怒りが満ちるものもあった。

いちいち感情移入してはいけないけれど、あらゆる場面で喜怒哀楽を感じながら仕事をしていた私は、凌太への執着に似た未練が本当にちっぽけな悩みだったのかなと思えるようになっていた。

自分が持ち続ける悲しみや苦しみが決して楽なものだとは思わないけれど、私の悩みよりもずっと大きな悩みを抱えている人がたくさんいると知った事が、私の気持ちを解放するきっかけになったのは間違いない。


凌太に裏切られた事だけをひきずりながら未来への可能性を捨てて生きるのはもったいないとも思うようになった私は、男性からの誘いや合コンにも以前よりは前向きに参加するようになった。

それでも、出会う男性を凌太と比べてしまう自分の心にウソはつけなくて、どうしても男性と付き合ったりすることはできなかったけれど、それでも少しは恋愛に対して前進していた。


仕事はかなり楽しくて順調。

恋愛も、以前に比べれば前向きに考えられるようになっていた私だったけれど、ある日事務所に侵入してきた暴漢に襲われた。

ちょうど近くにいた先輩秘書の若菜さんが咄嗟に私をかばってくれたおかげで、私はかすり傷程度で済んだけれど、背中をナイフで切りつけられ、階段から転げ落ちた若菜さんは足を骨折し、頭を強く打ったせいで丸一日意識が戻らなかった。


背中の傷は深くて、かなりの傷跡が残ると言われた時、若菜さんは静かに泣いていた。

三か月後に結婚を控えていた若菜さんは、背中が大きく開いていたウェディングドレスを着られないと悲しみ、泣きじゃくっていた。

婚約者の男性と二人で選んだドレスを着ることを、とても楽しみにしていたらしい。

足の骨折のせいで、バージンロードを歩く事も難しくなった若菜さんは結婚式を延期し、落ち込む毎日を送るようになった。

その後婚約者の男性が献身的に寄り添ったおかげで、若菜さんの心も身体も回復し、延期していた結婚式を無事に挙げる事ができた。


私をかばったせいで、心身ともに傷を負い、結婚式を延期せざるを得なかった若菜さんへの申し訳なさに押しつぶされそうになっていた私は、その日ようやく心を楽にする事ができたんだ。


そして、幸せに包まれる若菜さんと旦那様を見て、羨ましくて涙がこぼれた。


私も、将来大好きな人と一緒に家庭を築きたい。


心からそう思った。恋愛に距離をおいていたけれど、それじゃいけない、前向きに積極的に頑張ろうと、晴れ晴れとした気持ちで笑顔になれた。


……それなのに。


若菜さんの披露宴からの帰り道で、再び私は光るナイフに狙われた。


以前事務所に侵入した暴漢の恋人の女性が、ずっと私を狙っていて、一人になった帰り道で襲われて。


私は刺されて意識を失った。通りすがりの人達が救急車を呼んでくれ、どうにか命はとりとめたけれど、私の胸元には醜い傷跡が残ってしまった。

病院のベッドで一生消える事はないだろう深い傷を目の当たりにした時、自分の未来が重く苦しいものになってしまったと、それしか考えられなくなっていた。


千絵おばさんや、お見舞いに来てくれる知り合い達は、みんな口をそろえて


『命があってよかった』


と言ってくれたけれど、落ち込む私には響かない。ただただ表情を失くし、未来への絶望だけを感じていた。


胸元の傷だけではない。

お腹にも刺し傷を負った私は、『刺された場所が悪くて、妊娠しづらい状態です』という医師の言葉に打ちのめされてしまった。


それがちょうど一年ちょっと前。

凌太が私の部屋に現れる3か月前の事だった。















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