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甘い結婚なんて  作者: 惣領莉沙
本編
13/35

13話


「あのね……あの、私の言ってる意味、分かってる?」


「……俺にはつらいことだけどな、自業自得だし、ちゃんとわかってるさ」


「じゃあ、私との結婚なんて無……」


「無理でも、結婚する。俺は、沙耶しかいらないから。絶対に俺の嫁さんにするから、諦めてくれ」


まるで『暖簾に腕押し』な凌太からの反応が予想外で、これ以上どう言っていいのかわからない。

私、凌太が浮気するって疑う事をやめる事なんてできないって言ったよね。

香水の香りに敏感になってるから、なんの後ろめたい事がない凌太でさえ責めるんだろうって言ったと思うんだけどな……。


「沙耶が、俺を疑って悲しんで苦しんで、俺から離れたがっても、俺は沙耶を手離せない。

本当に沙耶と結婚したいんだ。その事で、沙耶が不幸になっても、俺は諦めないから」


「不幸になっても……?」


凌太は、再び私を抱き寄せた。

思いがけない凌太の言葉と展開に茫然としたままの私は、ぱふっと凌太の胸に顔を埋めて体中を凌太に預けるしかできない。

凌太から伝えられる気持ちは、私の理解できる範疇を超えていて、私の脳内は今にもショートしそうなくらい。


いつも飄々と、当たり障りのない言葉で私をまるめこみながら笑っていた凌太からは想像も期待もしていなかった今の状況に、どうすればいいんだ、私。


今日、大通りで凌太を見かけてからずっと凌太の事ばかりを考えていただけでも私の中にある凌太専用の容量はいっぱいなのに、凌太がリクエストしたシューマイを作ってるし。

そのシューマイを作る為に新しいせいろまで買いに行ったりして。

どこまで自分で自分を凌太でいっぱいにしてるんだろ。自殺行為だな……。


ゆっくりと私の背中を撫でてる凌太の手の温かさのせいか、足元の力も抜けて、更に凌太に体を寄せてしまう。

相変わらず甘い香水の香りがして、それは正直いい気分じゃないけど、なんだか今の状況に適応するパワーが私にはないせいか、じっと凌太の胸に包まれたまま。


「……あとで、消臭スプレーたっぷり振るからね」


さっきこの香りに気付いた時には、あまりにも傷ついてしまった私の気持ちは凌太を拒否する態度と言葉しか出なかったのに、そんな軽口を言えるくらいに、私の気持ちは麻痺してしまったようで。


「沙耶……」


ほっとしたような凌太の声に、私の気持ちも少し浮上した気もする。

凌太との過去にとらわれて、かなり悲しい思いを抱えているのは変わらないし、ずっとずっと持ち続けてしまう切ない感情は、私の中に居座り続けてるけど、やっぱり凌太に気持ちを持っていかれている私は、凌太を振り切る事ができないんだ。

それでも、やっぱり。


「あの日、私は凌太に捨てられたんだよね。……私よりも、あの女の子を選んだのは、どうして?」


「……っ」


「私の事が、嫌いになったの?私よりも、あの女の子を好きになったの?」


聞かずにはいられなかった。

ずっと聞けずにいた事は、私と凌太の間に巣食う黒い思い出。

私の言葉に、凌太ははっと息をとめて、私を抱く腕に力が入った。

私の首筋に顔を埋めて声にならないため息を吐くと、


「正直あの時は、沙耶よりもあいつといる方が楽だったんだ……」


苦しげにそう言った。瞬間、凌太から離れようとした私を、まるで逃がさないとでもいうように抱きしめたと思った瞬間。


「え……凌太……」


唇に落とされた凌太の唇が、私の熱を奪っていく。

絶えず私を感じようと荒々しく動く凌太の唇から、吐息が吹き込まれていく度に私の感情はさらに麻痺していく。

何度も触れあわせた唇の動きに合わせて、私の吐息も凌太に吹き込んでしまう。


「ごめん。あの時は、そう感じてたんだ……。だから沙耶の事を裏切るような事して……」


悪かったと、そう言う凌太に、今の私は何を返せばいいんだろう。

必死で私を抱きしめて、気持ち全部を唇から伝えようとしている凌太の気持ちを、どんな風に受け止めればいいんだろう。


「裏切りもの……」


「ごめん。ごめん。裏切ってごめん。でも、あの頃はそうするしかなかった……」


「え?」


高揚する感情に流されて、思わずそう言ってしまったみたいな言葉を聞かされて、なんだか引っかかった。

『そうするしかなかった』っていう言葉が、私の中でうまく消化できない。

どうしてそんな事を言うの?何か、何か私が見落としてる事があるの?


「俺がしでかした裏切りを、沙耶が許せないのも悲しく思うのもわかってるけど、それでも俺は沙耶を離せない。

悪いけど、苦しみながらでも、俺に愛されてくれ」


相変わらず私を手離さないと言い張る凌太の言葉の裏には、何か私が気付いていない思いがあるように思えて、じっと見つめ返した。


「ねえ、凌太……あの頃、私ではなくあの女の子と一緒にいたのって、何か理由があるの……?」


「ん……?理由か、理由は、俺が若くてわがままで周りを見てなかったせい。

確かにあの女の子の事は好きだと思ってたけど、結局は俺がわがままでどうしようもない若造だったってこと」


「どういうこと?よくわかんないよ……」


つらそうな気持ちを浮かべている凌太の顔をじっとみて、そう問い返しても、凌太は何も言わず唇をぐっと引き締めたまま。

そんな様子を見ると、やっぱり何かあるのかと思う。

きっと、あの女の子を好きだったっていうのは確かなんだろうけど、私を裏切った大きな理由はほかにもありそうに思える。


「ねえ、もっと詳しく」


私がさらに聞いてみようとした時、部屋中に、『ピンポン』と音がした。


思わず二人でキッチンの入口にあるモニターに視線を向けると、そこに写っていたのは。


「え?飯島さん?何で?」


今日、雑貨屋さんまで送ってくれた飯島さんが立っていた。

お店の前で別れてからかなり経つのに、今頃どうして?


「誰?」


低く機嫌の悪い凌太の声。


「会社の人なんだけど……どうして?」


「やっぱり、男呼んでるんじゃないかよ。今日、俺来てて良かった」


私の額に軽くでこぴんした凌太は、拗ねたような顔と声でため息をついた。


そんな凌太の誤解に焦る気持ちもあるけれど、今はモニターに写っている飯島さんから目が離せない。

どうして飯島さんが私の家に来たんだろ?











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