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甘い結婚なんて  作者: 惣領莉沙
本編
11/35

11話


希望どおりの大きさのせいろが買えた私は、早速シューマイの材料をスーパーで調達して作り始めた。

初めて作るわけじゃないから、難なく綺麗に形も整えて、整然とせいろに並ぶシューマイを見ながら満足げに蓋をした。


週末に私の部屋に来る事が多い凌太だから、今日シューマイを作ったとしても食べさせてあげられないのはわかっているけど、せっかく買ったせいろを使ってみたかった。

シューマイが食べたいって言う凌太の為に、週末おいしく作れたらいいんだけどな。


『うまい』


いつもそう言っておいしそうに食べてくれる凌太の顔が浮かんできて、自然と私も笑顔になる。

再会して以来、その笑顔に振り回されているのはよくわかってる。

再会といっても、凌太が突然部屋にやってきたから、偶然ではなく凌太からの必然なんだけど。


凌太が浮気しているところに遭遇した日に、私は凌太の部屋の合鍵を返して帰ってきた。

私以外の女の子と過ごした部屋に、もう二度と戻るつもりもなくあっさりと返したけれど、凌太は私の部屋の鍵を返してくれなかった。

私と別れたくないのかと思ったけれど、凌太の隣で不安げにしている女の子の姿が視界から消えなくて、少しでも早く凌太の部屋から出ていきたかったから。

私の部屋の合鍵を取り返すこともせずに、とっとと部屋を後にした。


それから六年後のある晩、突然その合鍵を使って凌太が部屋に入ってきた。


リビングでビールを飲みながらテレビを見ていた私は、言葉を失ったままじっと凌太を見るしかできなくて。

ただ体は固まったままだった。


『久しぶり。相変わらず綺麗な部屋だな』


私の手からビールを取り上げて、そのまま飲み始めた凌太は、私の隣に座ると


『鍵、変えてないのは俺を待ってたってことだろ?』


『は?』


『俺も、ずっと沙耶が好きだった』


凌太は、事の成り行きが理解できないままの私をぐっと抱き寄せると、ソファに私を押し付けて。


『抱かせて』


言うと同時に唇を重ねてきた。思考回路がうまく作用しなくなった私だったけれど、その展開の矛盾には気づく事ができて、体中の力を振り絞って逃げようと暴れた。

それでも、ほどよくアルコールが回った女の力では、凌太の力には敵わなくて。

おまけに、お父さんの会社に入社した後、研修で現場を経験していた凌太の体には以前よりも筋肉がついていたから、逃げる事はできなかった。

そして、六年ぶりに凌太の思うがままに抱かれたんだ。


凌太の肌から伝わる体温が、私の空っぽの心を満たすように染み入るにつれて、どうしようもなく凌太の重みが心地よくなった。


荒い息遣いの中で時折見せる切なそうな凌太の表情からは、以前見せていた幼さはなくなっていて、代わりに浮かぶのは適度に引き締まった輪郭から溢れる男の顔だった。学生だったあの頃、抱かれる度に大人に変化していくように感じていたけれど、本当の大人になった凌太に与えられる甘さや痛み、体に注ぎ込まれる熱は、学生の頃の比じゃなかった。


『ずっと、欲しかった。沙耶の体を、抱きたくてたまんなかった』


首筋に落とされた吐息とともに、凌太の言葉が何度も繰り返された。

その度に意識は飛びそうになって、必死に凌太の体にしがみついていた。

凌太と別れた後誰にも許さなかった体は、凌太との再会によって再び甘い色に染まった。


そしてその日を境に、凌太がこの部屋に訪れる機会が増えていき、週末になると必ずやってくる。


凌太のキーケースに揺れている私の部屋の合鍵を使って。


……突然、白い物が目の前に広がった。

はっと気づくと、蒸し器が白い蒸気を上げていた。

今日一日、ずっと凌太の事を考えていたせいか、シューマイを蒸し始めてからずっと、意識はどこかに飛んでいたようだ。


思えば。

浮気をして、私以外の女の子を選んだろくでもない男なのに。

どうしてそれが当たり前のように私の部屋に出入りするんだろう。

それよりも、どうして私を必死で抱くんだろう。

まるで私以外何もいらないとでもいうような激しさで抱きつくす凌太って……


ずっと、おかしいってわかってた。

突然、別れてから六年も経ってから私の部屋にやってきて、それまでもずっと恋人同士だったかのように笑って私の側に居座る凌太は、おかしい。

そんな事、わかってるのに。

どうしても聞けないんだ。にこにこと笑って私を見つめる凌太は、高校時代に気持ちを寄せ合っていた頃と同じ温かさを持ってるから。

その頃の幸せな気持ちが体を満たしていくから、凌太を問い詰める事なんてできなくなる。


『どうして、私のところに帰ってきたの?私の事、好きなの?』


そう聞いてみたいけど、聞けない。

目をそらしてはいけないけれど、聞けない。


聞けないって事は、それだけ私が凌太を好きだって事を……認めるって事なんだ。


「最低だ……」


何が最低なのか、わからないけど、結局はっきりしない私が最低なのかな。


「本当、やだ……」


「何が?」


「え?」


背後に聞こえた声に驚いて振り返ると、スーツ姿で立つ凌太がいた。


「で、何が最低で嫌なわけ?」









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