グラスの中の氷
★モバイル小説用に推敲された作品です。
★行間を多用しています。
ふと、溜め息が漏れる。
一体、何をやっているのかな、私…
かれこれ、二時間になる。
ジャズの流れるこの喫茶店に座って、鳴らない携帯電話と睨めっこ。
一向に返事は来ない…
泣きたくなる…
分かってる…
馬鹿げた事だと思う。
待ったって返事なんて来やしない事…
ここで待ったって、来やしない事…
でも、人の気持ちって、決心したら、止まらない…
こんなに好きなのに…
望んでいた通りの展開だったはずなのに…
最後が違う…
弄ばれてたのかな…
友人達は皆『遊ばれてお終いだよ。だって、アイツはモテるし。やめておきなって』と、忠告をしてくれた。
でも、私はその忠告を振り切り、アイツと付き合った。
自慢の彼女になりたかった。
でも、アイツは…
グラスの中の氷が、カランと鳴る。
そのグラスに、歪んで写るアイツの初めて見る顔。
「探したんだぞっ!」
その言葉と同時に私は振り返り、額に汗を掻く、不機嫌で安心したような表情のアイツを見つめてしまった。
「探したんだぞ。こっちの都合も考えてくれよ。なんだよ、メールで別れ話って。いきなり過ぎて、ワケ分かんないだろ」
彼はそう言って、ドカッと隣りに座ってきた。
「あっ、お姉さん、アイスコーヒーっ!」
側を通ったウェートレスは驚いたように、彼の顔を二度見して、カウンターに入っていく。
「出ようよ…」
「嫌だ。お前の話聞くまで出ないし、仕事にも戻ンない」
その言葉を聞いて、慌てて彼の顔を見た。
彼はお得意の小悪魔ような笑顔を見せる。
好きな笑顔…
「仕事に戻ンないのはウソ。戻るけど、話を聞くまではここにいる」
「でもね――」
ウェートレスがアイスコーヒーを持って、テーブルに近付いてきた。
「アイスコーヒー、お待たせ致しました」
ウェートレスがゆっくりとアイスコーヒーをテーブルに置く。明らかに、わざとゆっくり置いているのが分かる。
そう。
この私の隣りに座っている彼を観察するために。
見られたくない。
あの人と、比べられたくない。
「やっぱり、出ようよ」
「なんでだよ。アイスコーヒーも来たばっかりだし… あっ…」
彼は私の顔を見て、眉尻を下げた。
「俺の事、心配してるの?」
氷が溶け薄くなったカフェオレを、私は一口飲んだ。
「私と一緒にいる処、見られたら、どうするの?」
「別に。気にする事ないだろ?」
「――あの人が悲しむんじゃないの?」
「あの人?」
「今、一緒に仕事してる恋人役の彼女。写真撮られたでしょ?」
彼の表情が見る間に変わっていく。笑顔だった顔は凝り固まり、青くなっていく。
「――なんで、写真撮られたの知ってるんだよ…」
私はグラスを掻き混ぜた。
「親切な人がいてね。わざわざ、教えてくれた人がいたの。だから、バイバイしようと思って、メールしたのよ」
彼は俯いた。
「ごめん…」
「別に謝らなくていいよ。彼女と上手くやりなよ」
私はそう言って、立ち上がった。
「なんでそうなるんだよっ!」
彼がいきなり腕を掴んできた。
「油断して写真を撮られたのは悪かった。でも、お前と別れるとかの次元じゃねえよ」
彼のまた知らない表情を見て、覚悟を決めていた心がグラついた。
なんて表情をするんだろう…
そんな悲しそうな必死な表情をされたら、決心が揺らぐ…
私はその表情から視線を外し、カフェオレグラスを見つめた。
「事務所も認めてるんでしょ」
「んなの、ウソに決まってるだろ。あの写真だって、あの女のヤラセだし、事務所だってお前の事、知ってるし」
その言葉に驚いて、彼の顔を見た。
「なにそれ。事務所が知ってるってどういう事?」
「我慢出来なくて、俺が話した。だってよ。自慢の彼女、いつまでも我慢させたくないから」
思わずカフェオレグラスに視線を落とす。
頭の中に、彼の言葉がグルグル回る。
自慢の彼女――
「だからさ。ごめんって。お前に伝わってるとは思わなかったし、出回る前に差し押さえたはずだったんだけど…」
グラスの中の氷が、カランと音を立てる。
私の中の氷もカランと音を立て、溶け出した。
私は椅子に座り直した。
「私、自慢の彼女なの?」
彼は頭を掻いた。
「何言ってんだよ、当たり前だろ。俺から告ったのは、お前が初めてだし… 誰にもやりたくないし… 今までで、一番焦ったよ。もう、あんな想いはゴメンだ。あんなメール、しないでくれよな」
私は素直に頷いた。
「もう、しないよ。でも、私の何処がいいの?」
彼はアイスコーヒーを飲み干し、私の腕を引き、立ち上がらせる。
「一緒にいンと、癒されるトコロ」
彼は照れながら、笑い掛けてくる。
私の愛しい笑顔。
私の好きな笑顔。
私の好きだった笑顔。
でも…
カランとカフェオレとアイスコーヒーの氷の音が、した。
あの笑顔は、もう、見る事が出来ない…
「――思い出した?」
私は不意に声を掛けられ、顔を上げると、目の前に綺麗な女性が座っていた。
何を?
女性は肩を竦ませる。
「まあ。一瞬だったんだろうしね。ほら、迎えにきてるよ。自慢の彼氏が」
女性が私の後ろを指差した。
私は振り返り、アイツの笑顔を見て、急に泣きたくなった。
「なんで、置いてくのよっ!」
「探したんだぞ」
彼は私を抱き締め、女性に頭を下げる。
「ありがとうございました」
「見つかって良かったね。もう、離しちゃダメよ」
「はい」
私には訳が分からなかった。
「なに? どうしたの?」
彼は私の頭を撫で、好きな笑顔を見せてくれた。
「あの人はね、俺達を救ってくれたんだよ」
私は首を捻り、彼を見上げる。
「気にしないでいいのよ。ほら、お逝きなさい」
私の背中であの女性の声がする。
彼は私に微笑み、肩を抱いてきた。
「いこう。もう、探すのは懲り懲りだ」
私は彼の体に抱き付き、少しだけ、女性を振り返った。
女性は凄い優しげな笑顔をしていた。
「もう、離れちゃダメよ」
私は彼女の言葉に頷いた。
「はい」
もう、離れません。
彼女は二人の背中を見送り、小さく溜め息を吐いた。
カランとカフェオレグラスの氷が鳴る。
それと同時にドアベルが鳴り、二人の男が振り返りながら入ってきた。
その内の金髪碧眼の男は、彼女の顔を見て、首を捻る。
「なあ、今の」
「あれ? 知ってたの?」
「もう。二年も日本にいるんだ。詳しくもなるさ」
ライトブラウンの狼のような髪の男は、彼女の隣りに座り、彼女の頭を撫でる。
「どうやら、探し物、見つかったみたいだな」
「うん。ずっと、彼女、ここにいたのよ。ずっと、彼の事、待ってたみたい。ここで待ち合わせしたのが、功を奏したみたい。良かった。探し出せて」
彼女の嬉しそうな笑顔に、男達は肩を竦ませた。
了
あとがきまでお読みくださり、恐縮です。
この話は、ブログで上げていた短編を少し手直しして、試しに上げてみました。
まあ、投稿テストって感じですかね。
実際いじくってみない事には、なかなか、掴めないぢゃないですか。
特にケータイからメール投稿なので、まさに、手探り状態。
行間を多用した小説は、ケータイ向きですかねぇ。
PCでお読みくださった方、特に縦書き仕様の場合は、かなり、読みづらかったと、思います。
ごめんなさいm(_ _)m
えーっと、この話の登場人物は、全て名前が出てきませんね。
あえて、そういう作りにしてみました。
この話は番外編になる予定の短編なのですが…
本編は…
う〜ん…
R18指定になるかなぁ…
性的描写がかなり絡んでくるので…
もし、R15指定があるなら、確実にそれですね。
まあ、本編の話は置いといて。
この話は、私の中で、実験的要素を含んだ小説でも、あります。
行間の多用もそうですし、登場人物の名前が一切出てこないのもそうですね。
行間の多用は好みがはっきりと分かれるトコロだと、思います。
名前が出てこないのもそうですね。
取りあえず、メールでの投稿の仕方など、分かったので、頑張って作品を増やしていこうと思います。
では、次の小説でお会いしましょう。