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天上を目指す者  作者: 水平線
第一章
8/19

バベルのある町(夕食編)

「でけえな」

「無駄にな」


 アークとレオナルドは天高く雲を突き抜けて存在する巨大な円柱を見上げながら呟いた。

 あれこそが『バベル』

 天上の国へと至るための道である。

 二人は四十二日に渡る長き旅路においてやっと見えたその塔に向かって感慨深げにその胸中を語る。


「あれを登りきれば全世界の女性巨乳化計画が完遂するんだな……」

「あの塔のてっぺんから下を見たら下界に住むゴミ屑共が本当のゴミになっちまうな」

「こらアーク。まだ見ぬ胸の大きな女性をゴミと一緒にするな。巨乳は正義なんだぞ?」


 何はともあれ、やっと目的地が見えたことで二人は多少饒舌になっている。


「そんなことよりさっさと街に行こうぜ。久しぶりにベッドが恋しい」

「そんなことって……まあいい。ベッドが恋しいのはオレも同じだ」


 レオナルドは馬車を気持ち急いで走らせる。バベルはその巨大さ故にかなり遠くからその姿を見ることが出来る。そのため本日中に着くかは怪しいが、出来れば今日の内に街まで辿り着いておきたかった。




◇◇◇




 グロリアには日が沈んだ頃に辿り着くことが出来た。結構な無理をさせたため馬の疲労は激しい。

 そのため、もう不要だとばかりに適当な店で売り払い、生活費の足しにした。

 その勢いのままこれまた適当に目についた宿に二人分の宿泊費を払って荷物を置いてアーク達は街へと繰り出した。


 グロリアの街は二人の故郷であるエリス村よりも大分栄えている。エリス村は固い土の地面であるが、グロリアは石畳で舗装され、更には二階がある建物すら珍しいと感じる二人には四階、五階がある建物は目に新しく映った。


「なんか都会って感じだな」

「田舎者丸出しの発言だな」

「おめえも田舎もんだろうが」


 辺りをキョロキョロと物珍しげに見回す二人の姿はどこからどう見ても田舎から出てきたばかりの人間の仕草だ。

 だがグロリアという街はそんな人物が日々訪れる街であるから、そういうことを気にしているような者はいない。


「おっ、あれが噂の獣人族か。ホントに獣耳と尻尾がある」

「なんか渾身の力で鷲掴みにしたいな」

「うおっ、角っ! 魔霊族だぜ」

「ああゆうのってとりあえず折ってみたいよな」

「ああっ、なんて優美かつ美麗かつ耽美な胸なんだ……お、お姉さん一回揉ませてください。……えっダメ? じゃあせめて撫でさせてください。本当は吸いたいけどそれで我慢しますから……こ、これもダメっすか」

「おいおい、男が土下座してまで頼み込んでんだろうが。どうせ、そんなん男に触られるしか使い道ないだろ。このアバズレ」


 二人の街歩きはほぼ人間観察に使われていた。

 人間しかいない村で育った二人にとっては違う種族というただそれだけでも珍しいのだ。

 ただ、二人が一番見つめる時間が長かったのは最後の胸の大きな人間の女性だったりする。



「んじゃ、とりあえず飯を食ってから今後の計画を立てよう」

「ああ。ところで痛くないのか?」


 レオナルドの頬には先ほど声をかけた女性から貰った平手により紅葉型の跡がついている。ちなみに同様に平手をされそうになったアークはきっちりとかわしている。


「巨乳から賜るもの。それ全てがご褒美なりってな」

「そういやビンタ喰らった瞬間お礼言ってたっけ」


 晴れやかな顔で断言する親友がそれでいいならとアークは平手をかました女性に対する六パターンの仕返しを封印することにする。


「んで、飯はどこで食う?」


 見渡せば至るところに食事を取れそうな店がある。こういう時は情報収集が出来そうな酒場辺りが適当かとアークは思うが


「ふっ、決まってるだろ」

「そうか。んじゃ女が好きそうな店を探すか」

「ただの女じゃねえ。乳の大きな……」

「わかってる」

 


 と言いつつも巨乳が行く店ってどんなんだ? とアークの頭を悩ませながら二人は店を探す。

 そして目をつけたのは路地の中に入口のある小洒落たレストラン。

 巨乳が好きそうかどうかは別にして女性が好きそうな店の造りに二人は即決して店内へと足を踏み入れる。


「いらっしゃいませー」


 出迎えたのは黒を基調としたミニスカートの制服を着た店員。頭には猫耳がついており、尻尾はフサフサ。薄いブラウンの髪を肩まで伸ばした人懐っこそうな少女である。


「お客様は二名でのご来店ですか?」

「見りゃわかんだろ」

「……当店のご利用は初めてでしょうか?」

「初めてに決まってる。客商売なら客の顔くらい覚えとけ」

「……おタバコは」

「俺らがヤニ臭いとでも? 失礼な奴だな」

「……こちらへどうぞ」


 頬を若干引き攣らせながら店員の少女は二人を席へと案内する。レオナルドが店の中の女の子の胸の大きさを物色中なのが少女にとっての災難だったのかもしれない。ちなみに少女の胸はアディエルよりも若干小さい位なのでレオナルドは早々に目を離している。


「では、当店のシステムをご説明させていただきます。当店はビュッフェスタイルであちらにある料理を自分で好きな分とってきてご賞味下さい。料金はお一人様一律ですが、お飲み物は別途頂いております。こちらがお飲み物のメニューになりますが、ご注文はございますか」

「あの、席はあっちのご婦人方と相席がいいんだけど」


 レオナルドが女性二人連れの客を指差して言う。当然ではあるが胸が大きい。


「申し訳ありませんが、席が込み合っているわけではございませんので相席のご相談はご当人同士でお願いします」

「んじゃとりあえずあの人達の近くの席にしてくれ」

「……かしこまりました。こちらへどうぞ」


 二人は来て早々に席を移動することになる。


「最初から気を使えよ」

「くっ……大変申し訳ございません」


 席についたレオナルドは早速近くの女性へと声をかけている。アークはじっと飲み物のメニューを眺めていた。


「酒がねえぞ」

「申し訳ありませんが、当店ではお酒はお出ししておりません」

「謝ってばかりだな。謝るより先に改善しろ。まあいい、俺はアイスコーヒー。こいつはトロピカルクリームソーダで」

「ってなんでだよっ! オレもアイスコーヒーね」

「ご注文を繰り返させていただきます」

「そんなんいらないからさっさと持ってこいよ」

「かしこまりました」


 二人の注文を聞き終え店員は足早に場を離れた。




(何なのよ、何なのよ、何なのよっ!)

 獣人族の少女アイラ=クジョウは憤っていた。

 それは今さっき入ってきた二人の男の客達に対して。

 この店『セミヤー』はアイラの両親が営むレストランで雰囲気と洒落た料理がビュッフェスタイルで安価に食せるとあって女性に人気の店だ。

 雰囲気に気圧されてか男の客はあまり来ないのだが全く来ないわけではない。だから男相手に接客することにも普段は何とも思わないのだが、今入ってきた客の態度はアイラの接客人生の中でも確実に上位に入るほど嫌な客だった。

 店の性なのかクレーマーが来ないことはないが、入ってきていきなりクレームをつけられたことは今までない。それどころか雰囲気いいですねと褒められることが多い。

 だと言うのにあの男共、特に銀髪の美少年は口を開けば偉そうにこちらをけなす。入店時に思ったお近づきになりたいという淡い思いは早々に吹き飛んだ。茶髪の男は茶髪の男で女性客や他の店員の物色をしている軽薄男だ。

 とにかくアイラにとってアーク達二人は嫌いのカテゴリーに区別された。


「ねえねえ、あの二人、特に銀髪の子かっこよくない?」

「あ〜、でも茶髪の人も銀髪の子と並ぶと見劣りするけど十分イケてるよ」

「でも着てる服は田舎臭がする。こっちきたばっかなのかな?」


 他の店員が騒いでいる。それを聞いてアイラはそんないいもんじゃないわよと小さく呟く。


「アイラはどっちがタイプ?」

「……どっちも嫌!」





 店員に注文したアイスコーヒーを持ってくるのを待ってアークは料理を取りに行く。

 レオナルドはただいまナンパに忙しいためにレオナルドの分も適当に持っていくことにする。基本肉は多めだ。


「ほれ」

「お、サンキュー」


 戻るとレオナルドが一人アイスコーヒーを飲みながら座っている。近くにいた女性達の姿はなく、代わりにレオナルドの頬には新たに紅葉が増えていた。


「がっつき過ぎるからそうなる」

「おっかしいなー……あの人の胸がどんなに素晴らしいか褒めてただけなのに……」


 下心が透けて見え過ぎたのが敗因だろうなと予想しながらアークは持ってきた料理を口に運ぶ。瞬間、アークの目が見開いた。


「なに、辛いの?」

「……いや、うまい」

「マジで? んじゃオレもいただくとすっか」


 レオナルドも料理を口に運びアークとほとんど変わらない反応をした。

 アークが普段何かを褒めることはほとんどない。そしてアークが褒めるという行為は基本的に相手に対する皮肉だったりするが、素直にアークが褒めたとなればその信用度は高い。そう思っていたレオナルドの予想以上に口にした料理は美味しかった。


「ヤバ、うまっ」

「そこの、シェフを呼んでくれ」

「はあ?」


 料理にがっつくレオナルド。そして何を思ったかアイラに対して未だ経験したことのない注文を突き付けるアーク。

 だが、嫌いだとはいえ客の注文を無視するわけにもいかずアイラは指示を仰ごうと店の厨房へと向かった。



「パパ」

「どうしたアイラ? なにか問題でもあったか?」


 娘のアイラと似た耳と尻尾を持ちながらアイラとは似ても似つかない巨漢の禿頭の男がアイラの困ったような声音になにかあったのかと心配しながら声を返す。


「いや、問題とゆーか何とゆーか……お客さんがシェフを呼んでくれって」

「何!? わかったすぐ行くっ!」


 慌てた様子で自分の様子をチェックしだした父の姿を訝しみながら、アイラは厨房から出た父の後についていく。

 何か無茶を言うようなら店から追い出してやる。そんなことを考えながら――



「お待たせしました。当店のシェフを勤めておりますタンゾウ=クジョウと申します」

「なるほど。これらの料理は全てあんたが?」

「全てというわけではなく、ワタクシの妻共々調理させていただいております。お口に召しましたでしょうか?」

「大変美味かった。これからも精進してくれ」

「ホントマジうまいっす。こんなん村から出てきて初めて食べました」

「ありがとうございます。こちらには最近きたので?」

「ああ、クロック地方のエリスという村から来た」

「エリス村ですか。あそこの農産物は大変いい。うちでもエリス村産の米を使用してますよ」


 話が弾んでいる。しかも和やかに。そんな父と問題児っぽい男の客達の話に入ることも出来ずにアイラは立ち尽くすことしか出来ない。

 そして何も出来ないままに客と父の会話は終わり、また厨房へと戻っていく父の後にアイラはついていく。


「ママ、ついにやったぞ」

「おめでとう」


 そして厨房に入るなり父は母に喜びの報告をする。


「パパってばどうしちゃったわけ?」


 その父の言動に疑問符しか浮かばないアイラは理由を母に問う。


「パパったら昔からシェフを呼んでくれって言われるのが夢だったのよ」


 我が父親ながら変な夢を持ってるなと呆れるアイラであったが、それを叶えたのがあのムカつく客というのも何だか納得がいかなかった。




「さて、今後についてだが」


 腹八分目どころかほぼ十割詰め込んだレオナルドは持ってきたデザートのケーキにフォークを差しながらアークを見据える。


「まずは住居の確保だな」

「宿でいいんじゃね?」

「それも悪くないが、腰を落ち着けるならどっかで部屋を借りた方が安くつく」


 基本的に宿というものには長期滞在であろうとあまり割引があるわけではない。しかもバベルの攻略に何日も部屋を空けることになると事前に調べているレオナルドにしてみると宿泊費が無駄に思えて仕方がなかった。


「んじゃ、明日は部屋を探すのか?」

「あとは装備を調えなきゃならねえ」


 バベルにおいての困難とは則ち中に棲息する魔獣との戦いのことである。

 どこから生まれ、どこにいるのかわからないが、バベルに入って魔獣に出会わないということはまずない。装備を調えることはバベルに挑むことにおいて必須である。


「そんで一番大事なのがスキルカードの作成だな。オレはコネを使って入手済みだが、お前はないだろ?」

「ああ」

「それがなきゃ、バベルの攻略は無理だ」


 スキルカード。

 この世界においてスキルとは戦うために最も重要なものだ。スキルがなければ強敵とは戦うことはできない。

 スキルは鍛練や思い付きなど様々なことで入手するが、入手したことは本人にもわからないし、今自分がどんなスキルを持っているのか知ることは出来ない。

 しかし、それを可能とするアイテムがスキルカードと呼ばれる金属で出来た成人男性の手の平より少し大きいくらいのカードである。使用した金属によって書き込まれるスキルの数が違うが、取得したスキルの名称や解説が乗り、スキルを扱う際の助けとなる。

 これを持たない者のバベル攻略はまず無理と言って良い。


「そんじゃ、それも作るか」

「もちろんだ」

「そろそろ出るか?」

「あー……もいっかいケーキ取ってくるわ」

「ついでに俺にゼリーでも持ってきてくれ」

「あいよ」


 たらふく腹を満たしたアークとレオナルドは支払いを済ませようと席を立つ。

 それに気付いたアイラはレジへと向かった。


「ご苦労」


 どこまでも偉そうなアークに内心ムッとしながら代金を受け取りお釣りを渡そうとする。


「駄賃だ。取っておけ」

「い・り・ま・せ・ん」

「ふっ、態度が悪い店員だな」

「貴方の方がよっぽど態度が悪いですけどねー」


 にこやかな顔をしながらアークに対して毒づく。店員としてはいただけないその所作にアークは特に気にした様子もなく嘲笑という言葉がピッタリな笑いを顔に貼付けながらアイラを見ている。


「女、いい度胸だ。夜に出歩く時は背後に気をつけろよ」


 そして冗談とも本気ともとれる声音でアイラに脅しをかけるのだった。

 もちろんアークなりの冗談である。彼は今、うまい食事をとれて非常に気分がいい。

 だが、アイラはそれが分からずにもしかしたら犯られるんじゃないかとしばらく夜は家に引きこもることになった。

 それなのにも関わらずほぼ毎日のように店に来る二人の男の相手は何故かアイラがすることになるとはこの時アイラ自身は思いもよらなかったのである。



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