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天上を目指す者  作者: 水平線
第一章
7/19

エリス村のその後


 滅多に起きない大事件にエリス村の人々は驚愕していた。

 一夜の内に二人もの人間が消えたのだ。

 しかも、消えた二人の仲がとても良かったというのは周知の事実。共謀したのは明らかであった。

 出ていった二人のうち、一人の青年については行き先を知れば納得するものがある。そして村人全てが青年のくだらない理由を察した。

 だが、もう一人の少年についてはなぜだと村人達は首を傾げた。少年がシスコンと呼ばれる人間であり、妹に言い寄る男達には手痛い粛清を行っていたのは村人の誰もが知っているため、その妹を置き去りにして村から出ていくなんて考えられなかった。

 そしてそう考えた時に至る結論は青年が仲の良かった少年を無理矢理誘ったのではないかということ。


 そしてドラード家にはそう考えた男が一人、家の前で土下座していた。



「ほんっっっっっとぉ〜〜〜〜に申し訳ないっ!!」

「あ、いえ、頭を上げてください」

「そうはいきません。家の馬鹿息子のせいでそちらさんには多大なご迷惑をおかけしてしまいました」


 ドラード家の前で土下座し、ガルダを悩ませるのはグリード=ウッドスフィア。変態として名高いレオナルドの父親である。

 朝起きた時に息子が残していた書き置きを目にし、憤慨していたところで、息子と仲の良かった少年も消えたという話を聞いて事態を推測し、血相を変えて少年の家へと謝罪しにきた次第である。


「家の息子はレオ君とは関係なく自分の意志で出て行きましたから」

「そんなはずはありません。アークの坊主は親は平気で捨てるでしょうが、アディエルの嬢ちゃんだけは置いていったりはしません。倅が無理矢理連れてったに決まってます」

「……僕たちのことは簡単に捨てられるんですか?」

「いけね、口が滑りました」


 グリードの言葉を聞いてガルダは若干ショックを受けていた。いや、ガルダ自身も息子であるアークは親と会えなくなろうとも何とも思わないとは思っている。

 だが、他人から改めて言われるとなると物悲しい。


「いや、その、あれだ。男ってのはガキはいつまで経ってもガキですが、駆け足で大人になる奴もいます。家の倅は前者ですが坊主は後者ですよ」

「アディに声をかけただけの男の家に不法侵入して寝静まるまで潜んでおいて、縄で縛って動けなくしてから脅すような子が大人ですか?」

「ガキなら逆にそこまではしませんよ」

「確かに……」


 その事件をガルダはかなり柔らかく言いはしたが、本当はもっと血の臭い漂う出来事だったりする。そしてこの事件はアーク的にはパフォーマンスの一つだったと後でガルダは聞いていた。ここまでやれば自分抜きにアディエルに声をかける勇気を持つ奴はいないはずだ――と。

 実際それからはアディエルに気軽に声をかけようとする男は減った。そしてアークに媚びようとする男は増えた。

 その結果を見てガルダ達は普段やる気というものが感じられない息子の腹の黒さを思い知ったのだ。


「とにかくアークはレオ君に無理矢理連れてかれたわけではなく自分の意志で出て行きましたから問題ありません」






 場所は変わってドラード家の家の中では母ディーネが娘であるアディエルと気まずい空間を過ごしていた。


「ア、アディ?」


 恐る恐る娘へと声をかけてみるがそれに対する返答はなく、娘はブツブツ何かを呟きながらカーペットの毛を毟っている。


「あの……アディちゃん、カーペットが禿げちゃうから毟るのはやめて」

「どうして兄さんは私を置いて……そもそもあの人は……」


 自分の声が全く耳に入っていないアディエルにディーネはどうしたものかと思案する。

 アークがいなくなったことに少なからずショックを受けるだろうと予想してはいたが、アディエルの反応は予想以上のものだった。

 アークの姿を探して村中を駆け巡り、居るはずもない花瓶の中を覗いたりもしていた。

 アークは紛れもなくシスコンだ。そしてそんなアークと好意的に接してるとはいえ、仕方なしに世話してる感のあったアディエルもまた重度のブラコンだったということだ。

 アークが何処へと行ったのかはレオナルドの残した置き手紙により、一緒に行ったであろうことから目星はつけられているが、自分達がアークが出発する前に実は話をしているなんて知られたら娘に怒られるのではないかという恐怖が真実を話すことを躊躇わせた。

 アディエルは普段は優しいが怒ると怖い。アークがアディエルに声をかけた男の家に不法侵入して縛り付けて脅した事件ではいち早くアークを見つけて半日に及ぶ説教をしていた。

 それに関してはアディエルをからかって説教時間を延ばしていたアークにも原因があるのだが、その時の修羅のごときアディエルの剣幕は叶うことなら出逢いたくはない。


「そうだ、アディちゃん冷蔵庫にケーキがあるの。お父さんに内緒で食べちゃいましょ」


 アークがバベルに行くと知ってアディエルのご機嫌取りのために徹夜で作った代物だ。

 アディエルは甘いものに目がない。これで少しは気分を向上してくれるといいのだが……


「そもそもあんな巨乳巨乳言ってる人と仲良くすること事態が……よし、まずはあの変態を殺そう……」

「こらこらこら」


 思考が危ない方へと向かう娘と頭をはたく。ディーネはアークが自分の意志で出ていったことを知っている。

 アークと一緒にレオナルドもいなくなったことは予想外だったが、二人が一緒にいるのならばアーク一人でいることよりも安心である。

 アークは大体の人物に対して態度が悪い。村の中ならばそういう性格も分かりきっているから問題はあまりないが、外の世界ではそうはいかない。息子一人では確実に周囲と軋轢を生む。だが、レオナルドと一緒ならば女性、特に胸の大きい人相手とは仲良くするかもしれない。暴走しがちな親友のフォロー役に徹すればアークはわりかしおとなしいのだ。


「お母さんは兄さんが心配じゃないんですか? あの人はあの変態と一緒なんですよ? きっと今頃洗脳されて兄さん自身も変態にクラスチェンジしてるに違いありません」

「それは過保護よ。とゆーかアークは洗脳されそうにないわ。逆にレオ君が妹萌えに洗脳されそう」


 それよりもまずシスコンの時点で変態ではないかしらとディーネは密かに思う。

 ただ、そのシスコンも自ら妹と離れる決意をした。親としては息子の急な心変わりにビックリではあるが、いつまでもアディエルにかまけているのもどうかと思っていたので息子の成長は歓迎するものである。

 その時、玄関の方から謝罪に来ていたレオナルドの父親の相手をしていた夫の声が聞こえてきた。


「とにかくアークはレオ君に無理矢理連れてかれたわけではなく自分の意志で出て行きましたから問題ありません」


 その夫の言葉に反応して顔を上げた娘の姿を見てディーネはうわぁとこれから来るであろう娘の癇癪に対して覚悟を決めていくのだった。





 最初に兄の部屋を見た時は隠れて自分の様子でも伺っているのだろうと思っていた。

 声をかけなければ起きて来ない兄を起こすのは毎日の自分の仕事であり、時々軽いいたずらとして兄は気配なく自分の後ろに立って脅かすことがある。

 だけどその日は何かが違った。

 部屋には兄の姿がないだけではなく、開けっ放しのクローゼットの中には兄お気に入りの服も数点なく、また、兄が趣味で作ったり購入した拷問グッズもなかった。

 そして後ろを振り返っても存在しない兄の姿にアディエルはいつもと違うという確信を更に深めていく。

 新手の自分弄りならばまだ良い。だが、アディエルの中では徐々に不安が大きくなっていく。

 いてもたってもいられず家の中をひっくり返す勢いで兄の姿を探したが、どこにも兄はいない。そのまま何事か話し掛けようとした両親を無視して外に出て兄の姿を探した。まだ朝は早いが農作業している人はたくさんおり、その全員にアディエルは兄を見なかったかと尋ねた。しかし返ってくる答えは見てないの一択だけで、仕舞いには兄と仲の良かったレオナルドという青年までもがいなくなったという情報が入ってきた。

 この二人が同時に村からいなくなるなど無関係なはずがない。聞けばレオナルドは村を出るという置き手紙を残したという。となれば兄も村から出たに違いない。

 アディエルは兄の行動から目を離した自分を呪いたくなった。


 アディエルは自分が普通ではないと思っていた。それは容姿がどうのこうのというわけではなく、自分の頭の中の話だ。

 アディエルは前世という名の記憶を持ってこの世に生まれ落ちた。

 前世では自分は聖天族という翼を持つ種族であり、とある女神に忠誠を誓っていた存在だった。

 そして前世の自分の記憶はとある男が現れたことで急速に終焉へと向かっていく。

 それは自分の兄によく似た男。男は圧倒的な実力でもって自分を下し、ついには敬愛する主までをも追い詰めていった。

 その主の危機に駆け付けるべく自分は痛みと眠気に苛まれる体に鞭を打ち、男の背後から剣を突き刺した。

 完全に男の意表をついた攻撃はあっさりと通り、男を殺したかに思えたが、男は最後の力でもって自分の腕を掴んで身に纏う炎で焼き殺した。

 ただの炎なら自分が死ぬことはなかったであろう。だがしかし、その炎は敬愛する主すらを追い詰める実力を持った者の発したものであり、燃え尽きる前の蝋燭の如きもの。炎は一瞬で身を焦がし、堪える暇もないままに自分の命を奪った。


 そうした前世を持つアディエルであるが、自らの双子の兄として生まれた男は前世で自分を殺した男とよく似ていた。

 自分がそうであるように兄もまた彼の人の生まれ変わりかもしれない。

 そう思ったアディエルは兄を監視することにした。だが、兄は多少おかしくはあったが、記憶に残る男のように無茶苦茶強いというわけではなく、あくまでも一般の範疇に収まるような人物だった。

 故に大した危険はないとただの兄として接するようになり、親にすらまともに心を開かない兄が自分には悪戯っ子のように接してくれることが嬉しくもあった。ただ、兄が自分以外の村で変態扱いされる男にも心を開くようになってからは若干面白くはなかったが――

 そんな兄がその男と共に自分の前から姿を消した。そのことはアディエルにとって大変なショックだった。兄は自分よりもあの変態と一緒にいることを選んだ。だが、兄が自分の意志で村を離れるはずがない。ならば悪いのはあの変態に違いない。アディエルの考えは村人の大多数と同じ所へと帰結した。

 そんな時に外から父の声が聞こえて来る。


「とにかくアークはレオ君に無理矢理連れてかれたわけではなく自分の意志で出て行きましたから問題ありません」


 なぜ、父はこうも言い切ってしまうのか。

 そう考えた時に出た答えはすなわち、

 父はもしかしたら兄が出ていく所を見たのか――

 そう思った瞬間アディエルは立ち上がり玄関へと駆けていく。そうして見えた父の背中にタックルをかました。


「げふっ」


 弾け飛んだ父の背中に乗っかるような格好になったアディエルは構わずに父へと疑問をぶつける。


「兄さんが出ていく所を見たのですか?」


 思っていたよりも大分低い声がアディエルの喉から出てくる。


「アディ……まずは落ち着いて父さんの背中から降りようか」

「そんなことはどうでもいいです。で、解答は?」

「見ました。とゆーか話もしました」


 父の言葉にアディエルの胸の内に怒りが沸き上がる。


「止めなかったんですか?」

「男の旅路を邪魔するのはよくないかと思いまして……」

「うちの倅も一緒だったのか!?」

「黙りなさい。今は私が父に質問してるんです」

「は、はい……」


 グリードはアディエルの放つ得も言われぬ重圧にすごすごと引き下がった。


「レオ君の姿は見てない。多分どこかで落ち合ったんだろうね。父さん達も村の人達の話を聞いて知ったんだよ」


 ガルダの言葉にグリードは落胆する。ならば自分が気づく以外に息子を止めようがなかった。


「父さん、達?」


 そしてアディエルは父の言葉から気になる部分を拾い上げる。

 そして振り返ってそこにいた母を睨みつける。


「お母さんもいたと言うことですか?」

「ごめんなさい」


 娘の剣幕にディーネは早々に白旗を上げた。


「なぜ止めなかったんですか?」

「お父さんが行かせようって」

「母さんっ!?」


 妻の裏切りにガルダは絶望に満ちた声を上げる。

 この体勢はまずい。下手なことを言えば娘に殺られるかもしれない。そんな恐怖がガルダにとってアディエルの体重を重く感じさせる。


「兄さんは……本当に自分の意志で出ていったんですか?」


 しかし、アディエルの発した問いは何やら泣きそうな声音であり、口から出任せなど言える雰囲気ではない。


「ああ」


 だからガルダは誠実に、そしてただ一言に多くの意味を込めて答えた。


「そうですか……」


 父の解答を聞いてアディエルの頭は色んなことを考えていた。

 そして、その思考はとあるものへと辿りつく。

 それは前世で女神に仕えていたアディエルにとって最悪の予想。兄はやはりあの男の生まれ変わりで、隠していたのかそうでないのか、とにかく自分と同じく前世の記憶を持っていたのではないか。

 あれだけの実力を持っていたのだ。自分が前世の記憶を持っていたのにあの男が持っていないはずがない。

 だとすれば兄が外の世界に行って目指すのは天上の国だ。そして今度こそ女神ランカトゥーリス様との決着をつけにいったに違いない。ランカトゥーリス様が今の兄に負けるとは思えないが万が一がある。それにランカトゥーリス様が勝とうとも兄が死ぬ。出来ればそれは避けたい。

――となれば


「私も村を出ます」

「へ……」

「あら」


 娘の言葉に父は間抜けに母はこう来たかという声を発する。

 そうして行われた両親の説得にも応じなかったアディエルはアーク達から遅れること十日、エリス村から父をお供に出発した。

 アディエルの出立を聞いた村の男達のほとんどが彼女を止めようとしたり、ついて行くと立候補したがそれぞれの家族に止められて泣く泣く見送ったと言う。



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