プロローグ3
止めを刺すために指先に力を込めたその時、アークノイルは自身の顔に凄まじいまでの衝撃を感じ、その後体が吹き飛ぶ感覚に襲われた。
数十メトルほど吹き飛ばされて止まった所で起き上がってみれば、先程まで自分がいた位置に足を振り上げているランカトゥーリスがいる。
そこでアークノイルは自分がランカトゥーリスによって蹴り飛ばされたことを理解した。
「いってえな……」
蹴られた顔を手で摩りながらアークノイルは立ち上がった。
「あら、首だけを飛ばしたつもりだったのだけど頑丈ね」
ランカトゥーリスは言葉とは裏腹に無表情でアークノイルを見つめている。
「なんだ? 従者が殺られそうで慌てて助けにでもきたのか?」
対してアークノイルはおどけた言葉とは裏腹に内心驚嘆していた。
なぜならアークノイルはアディーナとの戦いにおいても常にランカトゥーリスへと気を回していたからだ。
いつ何時ランカトゥーリスが参戦しようとも対処できるように。
にも関わらず、気付けば顔を蹴られているという始末。アークノイルは二重の意味で面食らうといった状態だ。
「そうよ。この子は私のお気に入りなの。殺されちゃ敵わないわ」
そうしてランカトゥーリスは地面に倒れ、過呼吸になったかのように息を吸いつづけるアディーナを見る。
「も、申し訳、あり、ませんランカトゥーリス様……彼は私が……」
「もういいのよアディーナ。私は雑魚を片付けろと命じたけど、彼は雑魚ではないのよ。だから後は私に任せて休んでなさい」
そう言ってランカトゥーリスがアディーナの前に手を翳すと、事切れたかのようにアディーナがおとなしくなってしまう。
「死んだか?」
「眠らせただけよ」
アークノイルの軽口にランカトゥーリスは即答する。その言葉に怒りなどの感情の色はない。
「この子は才能はあるんだけど、実戦経験、特に格上に対してはほとんどなくてね。丁度いいと思って貴方と戦うのを見守ってたんだけど、予想より大分貴方は強かったわ」
「ふんっ、上等なアーティファクトを持とうと使いこなせていない奴相手なら雑魚と変わらん」
「気付いてたの?」
アークノイルの言葉にランカトゥーリスは少し驚きの色を浮かべる。
「当然だ。公爵級のアーティファクトの能力があんなちゃちい訳ないからな」
アーティファクトは本当に使いこなしていれば男爵級でさえ人が神の領域に足を踏み入れるほどの力を持つ。それが公爵級ともなれば簡単に神を凌駕するだろう。
それ故に公爵級となればアークノイルであっても無傷で済むはずはない。
「ふぅん……まあ、アディーナがソウル・イーターを使いこなせてないのは本当よ。とゆーか、こうして能力の一部でも解放したのは持たせた時以来だわ」
「本来の用途に使われない道具ほど憐れな物はない。だからこそ肝心な時に使い方がわからんのだ」
「言えてるわね。でも使うべき相手がいなかったってのも、一つの原因ではなくて? それに物騒な物ほど使うべき時は来るべきではないわ」
「使わずに鞘にしまった剣は錆びた方がいいと? それならそもそも持つべきではない。いや、元を正せば作るべきですらない」
「極論よ」
「議論しているつもりはない」
アークノイルはランカトゥーリスと語り合いながら徐々に間合いを詰める。無論、それはランカトゥーリスも気付いていることだろう。
だが、だからといってアークノイルが立ち止まる理由にはならない。
そうしてアークノイルは近付きながら小声で自身の持つ槍の起動言語を言う。アークノイルの持つ槍もまたアーティファクトなのだ。それは、アディーナの持つアーティファクトよりも劣る候爵級の物であるが、アークノイル自身はそれを十二分に使いこなしていると自負している。
アークノイルはランカトゥーリスを自身と同等以上だと認識した上でアディーナに講釈したように不意を討って一撃で決める腹積もりだった。
槍をただの武器として振るうだけならばあと数歩は近付く必要があるところまでアークノイルが辿り着く。しかし、アーティファクトとしての使用ならここまでで十分過ぎるほど近付いた。
アークノイルはランカトゥーリスを見つめたままニヤリと笑うと槍を大きく引き、次の瞬間突き出した。
「死ね」
虚空に突き出したただ一度の突き。
だが、アーティファクトととして起動した槍のそれはただの突きとは違う。
槍はアークノイルの体の中の魔力を媒介に風を生み、それが螺旋となってランカトゥーリスに襲い掛かる。
もちろんそれはただの風ではない。生み出した風は真空の刃を形成し、それが捌くことなど不可能な無限ともいえる数相手に襲い掛かる。
見えない刃をかわすなど到底出来はしない。尚且つ、ランカトゥーリスの傍には彼女自身の力で眠らせたアディーナがいる。
避けるならばそれはアディーナの死を意味するそれはアディーナの死に駆け付けたランカトゥーリスには出来るはずもない。
「……なるほどな」
アーティファクトによる攻撃が止んだ後にはゴッソリとえぐられた地面があった。
それだけならばまだいい。
しかし、削られた後には何の傷も負っていないランカトゥーリスとアディーナの姿があった。
「一体どんな手品だ?」
アーティファクトで攻撃した時点で自分の勝ちを確信していたアークノイルではあったが、油断による隙など生じさせてはいない。
万が一、ランカトゥーリスが攻撃から逃れた場合に追撃をかける用意はしていた。
だが、無傷で同じ場所に立っているとは予想していなかった。
「やっぱりその槍はアーティファクトだったか」
軽いな調子で言うランカトゥーリスだが、その姿に隙はない。
「アーティファクトに対抗するにはアーティファクトしかない。貴様のアーティファクトで逃れたと見るべきか」
「ご明察。でもどんなアーティファクトかは教えないわよ。だって、自分の戦いの術を相手に教えるのは愚かなんでしょ?」
アディーナに言い放ったアークノイルの言をとってランカトゥーリスはおどけてみせる。
アークノイルもまた最初からランカトゥーリスのアーティファクトの能力を教えて貰おうなどとは思っておらず、返答に落胆することはない。
「聞きたいんだけど、私に勝てると思う?」
ランカトゥーリスが問い掛ける。
アークノイルによるアーティファクトの攻撃は通じず、また彼女の攻撃を気付かないうちに身に受けた。それでもなお自分に抗うのか。ランカトゥーリスの問いは至極最もだ。
しかし、その問いに対するアークノイルの返答は言葉でなく態度で示された。
一瞬ともいえる速度でランカトゥーリスに近付くと槍を薙ぎ払う。狙いはランカトゥーリス自身ではなく、横たわるアディーナである。
「これが貴方の答え? てゆーか獣でもあるまいし、言葉で答えなさいよ」
「<蒼雷>」
ランカトゥーリスへの返答はまたも行動によるもの。
<蒼雷>
魔導系スキルにより射出される。蒼き雷がランカトゥーリスに向かってほとばしる。
「む〜だ」
しかし気付けばランカトゥーリスはアークノイルの背後に周り頭を掴んでいる。
それに構わずアークノイルは槍の持ち手を先端部にし、後ろにいるランカトゥーリスに向かって突く。自分の体を壁として死角となった槍の攻撃はすんでのところで体を捻ったランカトゥーリスにかわされはしたが、彼女が着ていたドレスを引き裂いた。
「危ない危ない」
かわされはしたが当たった。その事実にアークノイルは考える。
なぜなら当たる気配すらなかった攻撃が当たったのだからそこに糸口が存在するに違いないからだ。
なぜ当たったか。
そう考えた時、今までと違うところを考えれば答えは二つ。相手が油断したのか、それとも攻撃の瞬間の動作が見えなかったからか。
前者に関しての可能性は薄いと言わざるを得ない。彼女は油断などはしていないという確信があるからだ。
ならば後者しかない。攻撃が寸前まで見えなかったからこそアークノイルの攻撃はランカトゥーリスのドレスを切り裂いたに違いない。
そう考えればランカトゥーリスに攻撃の動作を見せなければいい。と考えたアークノイルはランカトゥーリスから距離を離れる。
その行動は一見すれば体勢を立て直しているように思えるが、アークノイルにしてみれば相手を誘い込むための動作に過ぎない。
幸いにして種は蒔かれている。
「逃がさないわ」
誘いだとは考えずにランカトゥーリスはアークノイルの間合いに入ってきた。
しかし声がしたのは自身の背後。<心眼>のスキルで周りの注意を怠ることはなかったというのに声をかけられるまで気付かなかった。
「くっ」
ランカトゥーリスの攻撃はただの蹴り。だが、その破壊力はアークノイルが今まで相対してきた者達の攻撃を全て引っくるめても確実に一番強いものだった。
「その頑丈さは驚嘆に値するわね。最初に当てた攻撃と違って今度は魔力を込めたのに」
ランカトゥーリスは内心本当に驚いていた。アークノイルに叩き込んだ攻撃は最初にアークノイルの軍勢を一瞬にして消し飛ばした攻撃に倍する力を込めていた。
自身の同族である神ですら戦闘不能に陥った攻撃にアークノイルは五体満足であり、最初に攻撃を当てた時よりも素早く立ち上がってみせた。
「ただの蹴りが効くかよ。つーかずっと言おうか悩んでたが、ポニーテールはハゲを進行するんだぞ?」
アークノイルは本当に攻撃が効いていないかのように振る舞っている。
そうした姿を見て、ランカトゥーリスは真面目にやらなきゃダメかも自分がやられてしまうかもと思った。
「地上の国に住む奴がどうなるか知らないけど少なくとも神は禿げないわ」
「いやいや、髪をむりくり引っ張って結ぶんだから頭皮にダメージが溜まっていくんだ。神だろうと変わらない。だってハゲた神もいただろ? まあ、ぶっ殺したけどな」
軽口を叩き合いながら二人は牽制し合う。ランカトゥーリスはどんな攻撃をするべきか考え、アークノイルは蒔かれた種を発芽させる時を窺う。
先に動いたのはランカトゥーリスだった。いや、アークノイルにしてみればランカトゥーリスが動いたことすらわからなかったと言っていい。気付けばランカトゥーリスは自分の目の前で剣を真っ直ぐに自分の心臓へ突き出していた状態だ。
「くそっ……」
急いで<金剛壁>を発動させるが、剣はするりと不可視の壁をすり抜けて心臓へと迫る。
<金剛壁>は物理的攻撃には鉄壁を誇る。それをすり抜けたとなればこの攻撃は物理的だけではなく魔導的要素も持っているていうことだ。
ランカトゥーリスの攻撃は止まることなくアークノイルの心臓を貫いた。